第58話 解析令嬢の再会――偽装婚約者の正体と禁忌の反魂術
「大丈夫だったかな、あのあと……」
エレナはクロフォードに王宮の外まで送ってもらうことにした。
エレナのローブのフードは珍しく被っていない、ミシェーラたちと会った姿そのままだ。
安堵したのもあり、すっかりフードの存在を忘れている。
柔らかな風がエレナの頬を撫でた。
訪れた当初の気持ちとは裏腹に、ほっとしたのもあって満開のバラに芳醇な香りに素直に酔いしれたくなる。
(昨日の夜もなんだかんだ寝たの、遅かったしなぁ……)
安心したせいか、視界が霞む。
エレナは眼鏡をはずして目をこすった。
「まあ、なんとかなるだろ」
クロフォードは、いつもの砕けた口調になって手を空に伸ばして背伸びをした。
「どっちにしろ、明らかにあの姫さんの方が、ミシェーラ皇女にもエレナにも失礼だったからな」
そう言うとクロフォードがエレナに振り返った。
「そうかな?」
眼鏡を外したエレナとクロフォードの目が合う。
「うん、だって、不細工じゃないじゃん。エレナって」
「え?」
クロフォードは鼻の下を指で撫で、話題を戻す。
「いつもはキャッキャッしているあのミーハー皇女様も今日ばかりは違ってたぜ。
っていうか、妖精姫があそこまで性格が悪いとは思わなかったし」
「だよね。ちょっとあれは……。
さすがのミシェーラ皇女殿下も思うところがあったのよね、きっと」
エレナは眼鏡をかけ直しながら、反芻する。
彼女の口から出た”不細工令嬢”。
あの台詞が心の中に深く刻み込まれている。
「あのお姫様、わたしの過去、どこまで探ったんだと思う?」
「どうだろう」
クロフォードは肩をすくめる。
「ニコライ・イグナートについては、エレナとの婚約破棄騒動よりも、男爵令嬢に無残に騙され捨てられ、そのまま罪人として捕縛されたことの方がもはや有名だからなあ。
でも、俺が一番腹が立ったのは、あの姫様がニコライの不始末よりも、エレナのことばかりやけに貶めようとしていたことだ」
クロフォードが怒りを新たにする。
なんとなくエレナはそれが嬉しくて、頬が綻ぶ。
「ありがとう。
わたしの代わりに怒ってくれて」
「礼はいらない。俺が勝手にあの姫さんの言動に腹が立ってるんだ」
口を尖らせてクロフォードが言った。
不意にエレナの足が止まった。
クロフォードも止まった。
「どうした?」
「あのね、わたしね、アカデミー途中退学者なの」
顔を俯き、思い切って声を出した。
エレナは過去をカミングアウトすることにした。
クロフォードなら自分の知られたくない黒い歴史、それを知ってもらっても受け止めてくれそうな気がしたからだ。
淡い期待。
「わたしね、ずっと、いじめを受けてて……」
声が震えた。
でも、気味悪がったら? 軽蔑されたら?
きっと、わたしは立ち直れない。
だけど、話さずにはいられなかった。
少し間があって、それはほんの数秒の話だったのだろう。
けれど、エレナには永遠のように長く感じた。
「だから?」
ぼそっとクロフォードが言う。
「気にする必要ないだろ、そんなの」
平然とした、むしろ、不思議そうな表情を浮かべている。
エレナは目をぱちくりさせた。
ずっと背中に張り付いていた不安が小さくなる予感がした。
「むしろ、そういう過去があったから、エレナは他人の気持ちを察するのがうまいんだ」
クロフォードは腰に手を当て、エレナを真っ直ぐ見据えた。
「ち、違う。ただ、人に嫌がられたり、自分の無意識に放った言葉で人を傷つけるのが怖いだけなの。
臆病者なだけだよ」
いつも人の顔色ばかり窺って、自分の思いは封印して、自分さえ我慢するのが美徳だと思っていたから。ただそれだけ。
「臆病者の方が長生きするよ」
くすっとクロフォードは笑った。
「長生き?」
なぜそんな話になるのか?
エレナは首を捻った。
「いいか、エレナ」
クロフォードがエレナの目の前に来て、視線に合わせるように屈んだ。
「俺、さっきミシェーラ皇女殿下の前で言ったこと、撤回する気ないから。
エレナが短期間で必死に官吏登用試験の勉強に励んだことも古代魔道具を封印したことだって、あと王宮魔術師の試験でとてつもない防御魔術を見せたことも、それからそれから、必死で女官として人前でちゃんとしゃべろうと努力をし続けていることも、全部ぜ〜んぶ尊敬しているんだからな。
自分を卑下しすぎだ」
クロフォードは少し怒ったような口調で言った。
でも耳たぶが真っ赤に染まって、やがて視線をエレナから逸らす。
エレナはじわじわと感極まって頭が真っ白になる。
クロフォードに受けれ入れてもらえた……。
「わたし……この前、修復魔法を取得したばかりの未熟者だよ?」
エレナがぼそっというと、クロフォードがこつんと頭を優しく叩く。
「バーカ。あれをこの短期間で習得できただけでも、すごいんだって。
すげぇ勉強してたじゃん。失敗できないからって」
「そうだけど……」
「しかも、難しいと言われている生命連動魔法まで同時に連動して魔法を発動させた。
成功したんだろ?」
「うん、まあ」
何度も何度も繰り返し覚えた詠唱。
そして、複雑に入り組んだ精緻な魔術式。
必死で頭に叩き込んだ。
まさか、また初見で魅了魔法の古代魔道具の赤ルビーを直すことになるとは思ってもみなかったけど――小次郎が見守る中、うまくできた。
「すげぇんだよ。
エレナ、自信持て」
エレナの頭をクロフォードは撫でた。
それもいつもの頭ポンポンじゃない。
さっき触れたみたいに、婚約者エレナの亜麻色の髪を梳くように優しく撫でる。
全身がどきどきと波打つ。
クロフォードはエレナの髪を一房、そっと手に取った。
「それにさ、一応さ、俺にだって選ぶ権利ってもんがあって」
クロフォードがエレナから目線を逸らして、独り言のように言う。
「俺はそんなエレナだから、偽装でもエレナが婚約者ですごく嬉しいんだ。
身勝手だと思うけど、正直浮かれている」
エレナの目が大きく見開き、胸に甘いときめきが押し寄せてきた。
あの日、あの笑顔。
記憶を探る。遠い日、遠い昔、ざらざらとした風景。
知っている。
「ああ、恥ずかしい……」
クロフォードが突如その場にしゃがみ込んで、両頬を手で覆った。
「――クロフォードなの?」
「ん?」
「なにが?」
「わたしが、アカデミーでいじめられてたとき、わたしに無詠唱魔術を教えてくれた人」
クロフォードは一瞬目を見開いて、エレナに向き合うように立ち、頬を掻いた。
「……思い出しちゃったか」
残念そうにしつつも、わずかに口角を上げて誤魔化すようにクロフォードは笑った。
そうだ、わたしがあの時、生徒たちから数々の暴行を受けている最中、わたしは無意識のうちに魔法詠唱を唱えて防御魔法を施していた。
でも、それでは間に合わなくて、身体は痛めつけられ、顔は腫れあがっていた。
打ち付けられた頭から血が流れ、死をも覚悟した。
誰も助けてくれない。
世界は残酷だ。
遠く霞む意識の中で絶望的な淵を彷徨っていた。
抵抗できず縮こまるエレナを襲う少年少女たち。
彼女の耳に障る不快な笑い声。
そんな興奮状態の彼らに、1人の少年の凛とした声が降り注いだ。
――お前ら、最低だな
周囲が少年を目にすると一転、彼らは怯えた表情をしてバッと一斉に下がった。
そこから記憶がない。
たぶん、意識を失っていた。
気付くと、エレナは温かい何かの揺らぎあるものにおぶさっていた。
それは、少年の背中。
彼に背負われて、医療室に向かっていた。
「あっ、気付いた?
悪いな、声をかけるが遅くなったな」
彼はエレナが顔を上げたことに気配を感じたのか、何気なく声をかけた。
絶望の淵にいたエレナに手を差し伸べてくれた大きくて温かい背中。
エレナは不思議な気分で彼をぼんやりと見つめた。
「お前さぁ、せっかくすごい魔力持ってるんだから、防御魔法ぐらい無詠唱でやれるようになれよ。
詠唱していると時間かかって守れる自分の身も守れなくなるからさぁ。
本当、その魔力もったいない。
お前ならとんでもない魔法使いになれるんだからさ」
「……なれません、そんな……すごい人に」
ようやく紡ぎ出せた声は、弱々しく情けない掠れたものだった。
だって、こんなにもわたしは醜い。
この世界は誰も私を受け入れてくれない。
エレナは鼻の奥がツンと痛くなって、気付くとメソメソ泣いていた。
「大丈夫、俺が保証する」
彼は泣き出すエレナを嫌悪することなく、静かに受け止めた。
「魔法、本格的に学べよ。
そうしたら、大勢でしか攻撃できない糞卑怯な連中なんてあっという間に見返せるさ」
粗暴な言葉遣いだけど、率直で素直なその台詞。
嘘偽りは感じず、まっすぐエレナの胸に響いた。
体が所々痛い。
けど、温かい。
そっか、わたし、もっと魔法を使ってもいいんだ……。
心の中にぽっかり空いていた穴が、彼のぬくもりで満たされていた。
「――あのとき、助けてくれて、本当にありがとう」
エレナはバラが咲き誇る庭園で、まっすぐ射抜くようにクロフォードを見つめた。
誰もが道端の石ころのように扱った中で、彼だけがわたしの魔力を、わたしという存在を真っすぐに肯定してくれた人。
「あはは、マジで思い出しちゃったか」
照れくさそうにクロフォードは頬を掻きながら笑った。
「俺さ、ナディア・グロウディーナが嫌いなんだよね」
その声音には嫌悪感と不快感がひどく含まれていた。
ナディア・グロウディーナ公爵令嬢は、いつもエレナを目の敵にしていた。
露骨な蔑み、取り巻きたちとクスクス意地悪く笑う輪唱が、エレナの頭の中で反芻される。
その中にサブリナ・フィルチもいた。
エレナは青ざめた。
おぞましい記憶と恐怖がじわじわと全身を侵していく。
「俺は、傲慢で常に人を攻撃して蹴落とし、俺の前ではいい子ぶるあの女たちが本当に気に食わなかった。腰巾着のように付き従う中流以下の子息どももそうだ。
そのくせ、上位貴族がいなくなるとすぐ目下の者をいたぶる」
クロフォードは、目に暗い光を宿し、腹の底から込み上げた怒りを滲ませる。
「エレナのときもそうだった。
俺が退学手続きしている間に攻撃していた。
あの女さ、本当に世間常識なさすぎなんだよ」
「えっ、退学?」
「そ、俺、魔力馬鹿だろ? 制御できなくて家からもほぼ勘当状態。
で、アカデミー在学時にちょっと魔力暴走事件起こして、大目玉を食らってさ。
その事件を聞きつけたマインラート様が俺を拾ってくれたんだ。
そう、それでその退学手続きしているときに、エレナがあんな暴行事件に遭って……」
クロフォードは一瞬、言い淀んで端正な顔を歪ませる。
「すごく後悔してた」
ゆっくりとエレナを見るクロフォードの若草色のその眼差しは、悲しみに揺れていた。
「そうだったの?
そんな後悔だなんて……」
エレナはぷるぷると首を振った。
どうして?
なんでクロフォードが泣きそうな顔をしているの?
あのとき、手を差し伸べてくれただけで、もう充分なのに。
「あの時、助けてくれて、本当にありがとう。
実はわたしもね、あのあと、すぐに退学したんだよ」
凄惨ないじめに遭ったエレナを、その怪我を目の当たりにした侯爵の父がひどく憤慨した。
即、学校に厳重に抗議した。
けれど、相手はこの国四大公爵グロウディーナ家の令嬢。
結局、公爵家に強く配慮された沙汰が下され、ナディア・グロウディーナはお咎めなし。
ただし、関わった生徒たちは反省文十枚と一カ月の謹慎処分で、事は何事もなかったかのように幕引きにされた。
「あの時、あの人たちから言われた言葉があってね、それが”不細工令嬢エレナ”だったの」
「だーかーら、エレナは不細工じゃない。
俺が保証する」
むきになったクロフォードが、一歩前に出て声を上げた。
「ふふ、ありがとう」
思わずエレナから笑みが零れた。
クロフォードがくしゃとエレナの頭を撫でる。
かつてはどこかナイーブで、研ぎ澄まされた鋭い刃のような少年だったのに、今ではその鋭さが随分と丸くなっている。
顔つきもぐんと大人びて、カッコよくなったクロフォード。
どうして今まで彼のことを忘れていたんだろう。
たぶん、あれは自分の中で封印しておきたかった過去だったから。
けど、いまのわたしならその記憶を受け止められる。
クロフォードがいるからだ。
クロフォードがあの日、王宮魔術師試験でお茶を出し、二ッとわたしに笑いかけてくれた。
あれは、きっと、『よく来たな』という意味の笑顔だったに違いない。
「そういえば、その言葉、あのお姫様も言ってたよね……」
ぽつりとエレナは思い出したように口にした。
「え? その言葉?」
クロフォードの顔が途端に神妙になる。
「あのお姫様、どうしてわたしが”不細工令嬢”っていうあだ名でいじめられていたことを知ってたんだろう?」
不安に思ってエレナは両手を握り締めた。
「確かに。それは不可解だな。
さすがにあの短期間でアカデミーのそこまで細かなこと、調べられないはずだし……」
そう、やはり考えれば考えるほど不可解だ。
そこまで調べられる時間はなかった。
実際あの場にいたアカデミーの生徒、もしくは昨日サブリナたちと共にいた女官たちでないと、そんな数年前のことを思い出せるわけがない。
「そうよ!
昨日サブリナ様にも同じこと言われたんだった」
彼女はそれをネタにわたしに攻撃を仕掛けるつもりだった。
以前気に入らない同僚を退職に追い込んだように、そして、エレナがいじめられてアカデミーを退学したように、官僚としても退職するようにしていた。
サブリナはワルト・チェッカレッチに恋をしていた。
「彼女からワルト・チェッカレッチを通じて妖精姫の耳に入ったのかも……」
ふとエレナは口を噤んだ。
とはいえ、ワルト・チェッカレッチの気配はなかった。
だが、もし、仮の話だがワルト・チェッカレッチが推測通り侯国の魔術師だとして、一国の姫様にそんな話をするのだろうか?
何かが引っかかる。
「どうした?」
クロフォードが心配そうにエレナの顔を覗き込んだ。
「あのね、さっきからあの妖精姫に違和感があったんだ」
「え? どんな?」
「お姫様からサブリナ様と同じ魔力、口癖。
それから仕草、態度もなんとなく似ていたの」
「は?」
エレナが切羽詰まった表情で訴えるが、クロフォードは要領を得ないとばかりに眉をひそめた。
もう一度、さっきまでの妖精姫の言動と、昨日取り囲まれたときのサブリナを思い出し、何度も必死に記憶を辿る。
どうして彼女はあんな発言をした?
そのとき、彼女はどんなリアクションをしていた?
どう考えてもやはり一つの考えしか思い浮かばない。
エレナの心臓はひときわ強く脈打った。
「うん、やっぱりそっくりだった……」
「だから、なにが?」
「彼女に、似ていたの。妖精姫が」
クロフォードは不意に何かを考え始めたように黙り込んだ。
風が吹いて、花の香りが胸を締め付けるようにますます濃くなった気がした。
「実は、俺も……白状すると、あれは昨日までの妖精姫と違うと感じたんだ」
ゆっくりとクロフォードが重い口を開いた。
「最初は気のせいかと思ってたんだ。だって、そんな訳あり得ないから。
けど、その『キスしろ』とか言い出した時にその違和感が確信できた。
中身が別人だ、人が変わったって」
クロフォードもこの違和感に苛立っていた。
「ただ、やっぱりあり得なくて、こんな感覚を人に理解してもらうのは無理だと思ったんだ」
クロフォードはここ一週間の妖精姫を知っている分、本日の彼女の態度に憮然とし、エレナ以上にヤキモキしているはずだ。
それにミシェーラのあの挑発的な咎めるような口調が印象的だった。
「ミシェーラ皇女殿下もお気づきになってたよね?」
「……ああ、あの様子だとたぶんね。
随分と煽っていたからな」
クロフォードは肩をすくめる。
「だったら、説明し難いこの感覚も独りよがりではない、と言い切れるな。
あと、外交官の男もなんか感じ取っていたと思うぜ。
彼もずっとあの姫と一緒にいたからな」
「外交官って、ランスのことだね」
「そう、そいつ。
なにせ、昨日まで姫のご機嫌を損ねないよう必死だったけど、今日は違ってた。
エレナを小馬鹿にする妖精姫にあいつも地味に怒っていた。
まあ、ある意味、ようやくこの国の外交官らしくなった、って感じがしたけど、違和感を覚えてたはずだ」
「そっか、そういえば、ランスに助けられたね、わたしたち」
ランスがいなければ、偽装婚約というのがバレていたかもしれない。
エレナからふと安堵の笑みが零れた。
そのことに、クロフォードのこめかみがぴくりと動く。
「だいたいキスとか、んなもの、人前でやるもんじゃねぇよ。
何言ってんだよ。あの姫さんは。
あの外交官が口を出さなくても、俺がうまく言いくるめる予定だったんだぜ」
突然クロフォードが悪態をつきながら、拗ねてみせる。
エレナはきょとんした。
急にクロフォードが子どもみたいにランスと張り合って始めたからだ。
「まあ、あれはやりすぎだったよね」
くすっとエレナは笑った。
「ああ、うまくキスする振りして、そのあとの反応を見てやるつもりだったのにさ……」
ますます不貞腐れたような表情をクロフォードは浮かべた。
そう、あの言動も不自然だった。
「ねえ、妖精姫って前々からあんなふうに、無茶な欲求をしてたの?
わがままですぐ予定を変更するっていうのは聞いていたけど」
「いや。あんな露骨なのはさすがに初めてだ」
クロフォードは真顔になって、首を振る。
「積極的で色恋沙汰に旺盛な姫だけど、この国に来た当初なんて、結構初心だったぜ。馬車から降りるとき、エスコートのクレインバール卿の手を握っただけで頬を真っ赤にするくらい純情だったし」
「えー、そうだったの?」
「うん、キスという言葉をああやって人前では言わなかった。
でも、途中からクレインバール卿を呼び寄せて、わざと耳元で囁いたり、世の大半の男が悶えそうな可愛い女の子仕草をして、すげぇあざといアピールはしていたけど……」
「だから帝国の侍女たちが露骨に彼女を嫌がっていたのね」
「だろうね、女性が見たらすぐ分かるような明け透けな感じだった。
あれはあからさまで俺は好きじゃないね。
でも、それでも、あんな露骨な発言はしなかった。
世間知らずでわがままでも、最低限の品位は保っていた。特に女性の前ではね」
「うんうん、女性同士の方が何かと気を遣ったりするからね」
「ああ。今日は品がないというか、露骨に悪意を見せていきなり怒鳴り出したのはびっくりしたなぁ。
従者ですら驚いていたし。
……言われてみると、声質は変わらないけど、口調も高飛車だった気がする」
「そう」
彼女は恋愛に積極的で肉食的な一面はあった。
けど、一国の姫としての気品はあった。
昨日の中庭で見かけた時、雰囲気から高貴な女性だとすぐ分かったし、儚い美少女特有の品格ある仕草や身のこなしが、その佇まいから漂っていた。
あの勝ち誇った笑みだけは、ちょっと残念だったけど、それ以外は間違いなく一国の深窓のお姫様。
(しまったなぁ。
昨日の中庭の御一行の妖精姫をもっと注意深く観察しておけばよかった)
エレナはしゅんとする。
昨日ぼんやり眺めていた自分が恨めしい。
さっきも、ワルト・チェッカレッチの魔力を探ることと、偽装婚約者を演じるだけで精一杯だった。
「結局、ワルトはあの場にいなかったよ」
「そうか。じゃあ、どこに行ったんだろうな」
クロフォードは前髪をかき揚げ、遠くを見た。
彼は今どこかに身を潜めているのだろうか。
この王城のどこかで控えているんだろうか。
それとも、まだ街に身を隠しているのか。
そうだとしたら、騎士団が泥トカゲの魔力残滓を手掛かりに、ワルトを探しているはずだ。
この国の魔法騎士団は優秀だ。しばらくすれば見つかるはず。
ワルトさえ捕縛できれば、妖精姫の突然の変貌ぶりにも説明がつくかもしれない。
(変貌? ……やっぱり、明らかにあれは……)
そのとき、エレナの頭の中の歯車がカチッとうまく当て嵌まった。
「ねえ、クロフォード。『秘密結社 黒の杖』は死者を蘇らせる呪術を使うって言ってたよね?」
「え、あ、昨日の話か」
唐突なエレナの質問にクロフォードは、目をぱちくりさせながら答える。
「うん。あいつらは反魂の術を行おうとしている。けど、実際は空いている体、つまり遺体とか人形に生きている動物の魂を移し替える術しか成功していないぜ」
けど、それは十年前に検挙したときの話だ。
あれから年月は経過している。
魔法だって十年もあれば、新たな魔術式が開拓され、進化している。
”呪術”もそうだったら?
人間の魂を移し替える術式が確立しても、なんら不思議でない。
「ねえ、昨日、亡くなった人、いるよね?
しかも殺害現場には呪術の魔法陣があったって」
エレナの声は震えていた。
自分でも突拍子のない思い付きだと思ったけど、それならあの妖精姫の態度の変貌ぶりも、魔力の酷似も説明できる。
忘れもしない、川沿いで見かけたサブリナの遺体から放たれていた魔力。
思い起こしてみれば、妖精姫からそれに酷似した気配があり、彼女が生きているとき実際に耳にした発言の数々があった。
だから、既視感を覚えたんだ。
そして、青い目をした男――。
エレナは侯国の従者たちの中にいた不気味な男を思い出し、ぞくりと震えた。
「え、ちょっと待ってくれ……」
クロフォードが言葉を失った。
クロフォードもエレナが言おうとしているのが分かったようだ。
「もしエレナの考えが合っているとしたら、かなりヤバいぞ。
だって、あれだろ?
そうなるとあの姫はもうすでに……」
――亡くなっていることになる。
エレナは大きく頷いた。
「わたし、とっくに妖精姫は亡くなっているんじゃないのかと思う。
だって、あの体からサブリナ様の魔力に酷似したものが混ざって感じたもの」
エレナの胸の鼓動は止まらなかった。
その時、黒い毛玉が2つこっちに向かって走って来たのが視界に入った。
あれは小次郎と、小次郎より少し大きい黒リスだ。
不安がどんどんと膨らむ。
なぜだろう。
エレナにはあの小さな影が、次の不穏を告げているように思えてしかたなかった。




