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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮


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第48話 傍観令嬢と同期外交官の苦悩 ―― 集結する重鎮と仕組まれた婚約

 ランスが深呼吸をしてマインラートの執務室の扉をノックする。

「どうぞ」

 すぐに返事があった。


 部屋に入ると、錚々(そうそう)たる顔ぶれが揃っていて、ランスはギョッとした。


 軍部総帥のハウルデュース公爵、クレインバール総騎士団長、魔法省ビーデル・リックランス大臣、新人挨拶以来お目にかかっていない宰相デメトリオ公爵。


 ただそこに存在しているだけで凄まじい威圧感を放つ面々が勢揃いしている。

 自己肯定感が高いランスでも、さすがに気後れした。


(先触れはしておいたが、これは……もはや場違いというものか)


 胃がキリキリしてきた。


「すまないね、ランス・マクィーン卿。

 先触れをくれたのにお客さんいっぱいで、驚いただろ?」


 飄々とした口調でマインラートは笑顔を浮かべた。


「いえ、こちらこそお忙しいところお時間をいただき、大変恐縮です」


「礼儀正しい子だね」


「とんでもございません」


 ランスはチラッと御仁たちを見た。

 彼らはただ新人官吏を見ているだけなんだろうが、圧が凄い。

 息苦しい。


 ただでさえ、マインラートは親しみやすい御仁だが、油断すると重みのある毒舌をさらりと披露する。

 ダメージを食らわないよう注意しなければならない。


「それで、君がここに来たのは、侯国のお姫様絡みかな?」


「はい、そうです。

 姫様からご要望がありまして……そのご相談をさせてください」


 豪華な顔ぶれから注がれる視線。落ち着かない。


「彼らなら気にしないで」


 強張るランスに気付いたマインラートは、明るい声を出した。


「みんな、君の苦労はよ〜く理解してくれているから」


「え、あ、はい。恐れ入ります。では、失礼致します。

 ナイトレルム侯国の要望で今後クレインバール卿の警護から外れるのであれば、王宮魔術師のクロフォード・ノーエランド卿を警備専門担当で希望しており、さらに彼の婿入りを望んでおります」


「はっ、今度はクロフォードときたか」


 ルシアンが鼻で笑った。


「あぁーあ、一番触れたらヤバい男の名を言っちまったなぁ、あのお姫様は」


 スキンヘッドの総帥ハウルデュース公爵は、盛大に自分のスキンヘッドの頭を叩く。


「ルシアンよりもあれは態度悪いぞ」


 リックランス大臣は、長い三つ編みをくるくる手先で回して遊びながら同情的な声を出した。


「クロフォードが唯一言うことを聞くのはマインラートだけだからね。

 あのお姫様じゃあ到底無理だろう。さて、どうする?」


 宰相デメトリオ公爵までも苦笑を浮かべてマインラートに尋ねた。

 妖精姫のわがまま要望よりも、クロフォードを選任したことに呆れ返っている御仁たち。

 その空気にランスはぽかんとした。


 彼らのクロフォードに対する言い方は悪いが、かなり情愛がこもっている。

 どうやらクロフォードは御仁たちの前では相当な悪ガキ、けれど、意外なことに、なんだかんだ愛されるキャラのようだ。


「そうですねえ、う〜ん……そうだ!」


 マインラートは、ぽんと手を叩いた。


「ここは手っ取り早く『婚約者いるぞ』宣言でもしておきますか?」


「え、クロフォードに婚約者?」


 みんなが一斉にぎょっとした。


「あはは、やだなぁ、もちろん偽装の婚約者ですよ」


 マインラートは陽気に笑って、手をひらひら振った。


「クレインバール卿のようにフリーだとまた異物混入とか諸々好き勝手するでしょう? 

 かといって侯国側もクロフォードが独身なのはあちらも下調べしてあるでしょうから、『妻子持ちです~』なんて今更いえないじゃないですか。

 とはいえクロフォードですからね、あれが妻子持ちでは偽装工作とはいえ、妻子役の方が可哀想です。

 だから、まだ婚約者の存在が一番ベストかなぁ、なんて」


「だが、あの姫さんのことだ。誰なのか探るぞ」


 総帥ハウルデュース公爵が顎を撫でた。


「ああ、だから、クロフォードには実は婚約者います、って先に紹介しちゃえばいいんですよ」


「それも手だが、相手の令嬢がいるのか? 彼奴きゃつはなにかと女の理想が高いぞ」


 宰相デメトリオ公爵が眉をひそめた。


「彼女を使うのか」


 ぼそっとリックランス大臣が呟いて、みんな静まり返る。


「おっ、さすがリックランス卿。話が早い」


 マインラートが嬉しそうに笑った。


「……ほう、あのクロフォードが偽装とはいえ自分の婚約者にしてもいいと承諾するご令嬢がいるのか?」


 好奇心剥き出しの視線で総帥ハウルデュース公爵が身を乗り出した。


「ええ、最近ね。いい感じの女性がいるんですよ」


 マインラートは含みある笑みを浮かべた。


「エレナ・ヴァービナス女官ですか」

 

 ルシアンがぼそっと呟いた。

 

「ああ、殿下も気に入っておられた新人のあの子かぁ」


 突如、御仁たちが一斉に声を上げた。


 そうみんな納得しているが、ランスだけは違った。


(ちょっと待ってくれ、なぜそこでエレナなんだ? しかも、殿下が気に入った?)


 まったく話についていけない。

 だいたい、なぜ新人女官の名前をこの錚々たる面子が知っているんだ?


「だが、インリューラーク王国のお姫様お気に入りの騎士は、妻子持ちでも執拗な要求は収まらなかったらしいぞ」


 宰相デメトリオ公爵が眉間に皺を寄せ、低い声で苦言を呈する。


「問題ないですよ、あの子なら」


 マインラートはにっこり微笑む。


「防御魔法は僕よりすごいんです。まあ、でも女性だし、物理的な攻撃には弱いだろうから、その辺はクロフォードに警戒を怠らないよう伝えておかないといけませんけどね」


「なにっ、マインラートよりもすごい防御魔法? それは素晴らしいな」


 ハウルデュース公爵が興味を示した。


「はは、総帥殿。何を今更。白々しいですよ。

 御子息と同期の令嬢です、総帥のことですから、とっくに調べがついているでしょ? 

 御子息けしかけて、あの子にちょっかいを出させているくせに」


 マインラートが乾いた笑いを浮かべた。


「聞き捨てならない言い草だな」


 悪びれる様子なくハウルデュース公爵が豪快にガハハと笑った。


「でも、調べ終えているでしょ?」


 笑って誤魔化そうとするハウルデュース公爵に、マインラートが鋭い視線を投げた。


「まったく、かなわんなぁ。ああ、そうだ、調べたさ。

 珍しく朴念仁の息子が気軽におしゃべりできる仲になったご令嬢だ。

 しかも、貴殿も気に留めている魔法使い。

 父親として『仲良くしておけよ、お茶くらい誘え』とアドバイスしただけだ。

 これも親心というものだ、大目に見てくれ」


 ランスは僅かに眉をひそめた。モヤっとした感情が胸を掠める。


 官吏登用試験のあの日からエレナとレイノルドは距離が近い。


 なにせ特別試験を受けた間柄だ。

 交わされる共犯めいた目配せ。


 二人は口に出せない試験の記憶を共有し、レイノルドは他同期が知らないことに対して、僅かに優越感を抱いていることをランスはずっと察知していた。


 しかもあんな強烈な父親から仲良くなるよう促されては、恋愛に奥手そうなレイノルドも動かざるを得ないだろう。



(偽装とはいえ、エレナとクロフォードが婚約か)



 釈然としない気持ちが疼き、割り切れない切なさが込みあげた。

 どう考えても嫌だなぁ。


「おや、ランス・マクィーン卿、何か不服かい?」

 

 マインラートは、顔が強張って行くランスの表情を嗅ぎ取って話を振った。


「え、っと、ええ、いえ」


 ランスはハッと我に返って、おずおずとマインラートを見た。


「その、ただ彼女は私の同期なので、偽装とはいえノーエランド卿の婚約者を演じれるかどうか心配になりまして……」


「へえ、なんで?」


 意外そうにルシアンが尋ねた。


「エレナ・ヴァービナス女官は、極度の人見知りのあがり症です。

 新人研修を経てようやく同期の自分たちにも慣れてきた感じです。

 それなのに、他国の姫君を欺くには少々厳しいかなあと思いました」


「まあ、一理はあるね。

 けど、なんとかするでしょ、あの子なら」


 一瞬逡巡するも、マインラートは楽観的にあっけらかんと言う。


「なんてたって、新人で魔法省の特別補佐官になっちゃった子だからね、それくらいは軽くクリアしてもらわないとね。ねえ、リックランス大臣」


 ねっとりとしたマインラートの視線を受けて、リックランス大臣の頬が引きつった。


「お前は本当に才能のある子には厳しいなあ」


「やだなあ、僕は意地悪でこんなこと言いませんよ。

 伸びしろがある子にしか、そもそも期待しません。

 ましてや、クロフォードが何かと気にかけている女の子は、エレナ嬢しかいないですからね」


「ほう、あの悪ガキのクロフォードがそこまで気にかけているのか。

 それは私も改めてもう一度会ってみたい。

 新人挨拶のとき、そこまで気に留めてなかったからな」


 宰相デメトリオ公爵が興味を示す。

 総帥ハウルデュース公爵も呑気に口にする。


「儂も会ってみたいぞ。話は愚息から聞いてはいるが、儂は新人挨拶時、遠征に行ってて実物にはまだお目にかかっていない」


(おいおい、ローブを被った新人女官がここまで注目されるってどういうことだよ!?)

 

 ランスが内心慌てふためいている最中、ハウルデュース公爵がルシアンに尋ねる。


「ルシアンはエレナ・ヴァービナス女官とは何度か顔を合わせたんだよな?」


「ええ。さっき話した女官、あれが、エレナ・ヴァービナス嬢ですよ」


「ほうほう、古代魔道具の分析を成し遂げた子、その子がクロフォードのお気に入りか」


「じゃあ、ちょうどよかったんじゃないかな。

 侯国の魔術師と対面させる機会を探っていたわけだし」


「まあ、ある意味、棚から牡丹餅ですけどね」


 ルシアンは苦笑した。

 

 いやいや、ちょっと待ってくれ。

 ランスは心の中で大混乱だ。


 外交官というのは何かとバランスが大事だし、水面下では微笑んでいても、それぞれ思い描く将来に布石を打っているのが常。心理的駆け引きのオンパレードだ。


 柔軟な発想が求められる一方、弱腰姿勢は断じて許されない。


 相手の国の文化や発する言葉の裏を読めるようにならないと痛い目を見る。否、自分の発言が国を危うくさせる時だってある。


 俺は交渉事が好きだ。ある種のゲームとして割り切っていたので、ストレスを感じなかった。

 けれど、このモヤモヤした気持ちを抑え込むのは難しい。


「あの、クロフォード・ノーエランド様を専属警備に出来ないとなると、代わりはどなたにお願いすればいいでしょうか? いないのであれば、クロフォード・ノーエランド様をやはり専属に置かれた方が侯国にも印象がいいかと思いますが?」


 ランスは冷静に言葉を慎重に選んで質問をした。

 

 エレナをこんな厄介事に巻き込みたくない。


 いや、違うな。


 俺は彼女の隣にクロフォード・ノーエランドが立つ、それが耐えられないのだ。

 その光景を想像するだけで胸が締め付けられる。



 元同級生であり、コイツには敵わないと思い知らされた男。



 エレナは自分を醜いと思っている節がある。


 その原因は、十中八九アカデミーでのいじめだろう。


 俺は、学年こそ違うが、彼女がとある上級貴族の令嬢から苛められていることを遠巻きで知っていたし、助ける義理もあの当時はなかったから、ただ傍観者として見て見ぬふりをしていた。

 

 彼女には婚約者もいた。


 そこに、あえて他人の子息が助けに入るのもおかしい。

 面倒事にはあえて関わる必要はない、当時はそう思って、彼女を助けようともしなかった。


 何の因果か、そのいじめていた令嬢が、まさか上官の娘になるとは思いもよらなかったし、俺はあのとき助ける気すらなかった非道な野郎のくせに、彼女に惹かれている。


 それでいて、その彼女は……。


「姫様にはとりあえず第3騎士団総出で警備に当たるんですよね? 総帥」


 ルシアンが総帥ハウルデュース公爵に確認するように尋ねた。


「ああ。いままではルシアンと第3騎士団の一部だったが、今宵以降は予定通り団長のトーマス、副団長のテラリスも加わる。二人とも妻のいる身だ。姫様と密接に関わる専属警備にあたっても問題ない」


「ですが、姫様は専属警備にはご自身が信頼した者しか置きたくないとのご意向です」


 ランスは食い下がった。

 冷静を装う舌の奥で、熱が渦を巻く。


「だったら、侯国の中で専属警備をお選びいただくよう進言すればいい」


 ルシアンの鋭い視線に射抜かれ、ランスの肩が僅かに跳ねた。


「第3騎士団の団長と副団長は俺が育てた部下だ。

 彼らを信用できないというのであれば、それはこの俺、ルシアン・クレインバールを信用できないと同意義だ」

 

 ルシアンの声は重く、空気を押し潰すようだった。


「我が国は、侯国の属国でもなければ友好国でない。

 有事の際にだけ手を貸すと約束し合った協力国に過ぎない。

 それでもここまで遊学中の侯国の姫を厚遇しているのは、我が国の好意に他ならない。

 好意を踏みにじるようなことをしたのはあちらのお姫様だ」


 怒りが滲んだルシアンに、ランスは喉が乾いて、背中がひんやりとする。



「まあまあ、ルシアン。彼はレイノルド同様、新人だ。

 まだまだ外交官としてもまだまだ。

 もっと噛み砕いて言ってやらんと」

 

 ハウルデュース公爵が仲介に入る。


「確かに、少々こちらも彼女を厚遇しすぎたとは思う。

 これもそれも将来国賓を招いた場合を想定した若手育成目的。

 我が国にとって若手を育てるまたとないチャンス、好都合だったからな。

 そりゃあ、あちらさんも勘違いするわ。

 まあ、それは、そんだけ若手がしっかり手厚くもてなした証拠でもあるけどな」


「まあ、そうですね」


 ルシアンは肩をすくめた。


「けど、侯国の行き過ぎたわがままに、勝手に異物混入させて、うちの軍部主要メンバーに食させようとした。ましてや、精神干渉の魔法の古代魔道具を盗もうとした疑いもある」


「え!?」


 ランスはぎょっとした。


「総帥、それはまだ内密ですよ。憶測にすぎませんから」


 ぼそっとリックランス大臣が言った。


「ああ、そうだったな。

 けど、彼が今回の遊学の担当外交官なのだろ? 

 だったらそれぐらいの機密事項は耳に入れるべきではないか?」


「そうかもしれませんが……」


「あの、どういう意味ですか?」


 ランスは思わず話を遮った。


 本来は目下の者は目上の言葉を遮ってはいけない。

 ランスはマナー違反をした。

 だが、ランスの問いかけに咎める様子はなく、宰相デメトリオ公爵がサッとハウルデュース公爵に目配せした。



「ランス・マクィーン卿、そもそも外交官とは、世界各国と平和に共存し、我が国の平和と帝国民の安全を守ることだ」


 デメトリオ公爵が静かに穏やかに話し始めた。


「だからこそ、侯国の言われたことをそのまま叶えるだけではいけない。

 我が国に有益な方向になるように仕向けないといけない。


 けれど、我々はいま侯国から何も得られぬまま貴重な軍事力と人材、資源を損なうかもしれない事態に陥った。それが異物混入であり、先程ちらっと話の上がった古代魔道具の窃盗未遂疑惑だ。

 もし仮に異物混入が実行されていたら、どうなっていたと思う? 

 ランス・マクィーン卿、君の見解を聞かせてくれ」



 それはつまり妖精姫の仕込んだ催淫剤入りの菓子を食べ、薬の効果でルシアンが姫と睦み合ってしまった場合ということか。


「我が国の軍部としての信頼を失います」


 ランスの声は毅然としていたが、胸の奥では心臓が荒々しく打ち続けていた。


「しいては、侯国から国としての信頼を失墜させてしまいます。

 他国からもそしられ、信頼を失うことになるでしょう。

 それから、クレインバール卿は責任をとって侯国に婿入りをし、場合によっては多額の慰謝料も発生すると考えられます」


「うん、そうだね。よくできました。

 侯国はそれを狙っているかもしれないんだよ」


「え……」


「勘繰り過ぎ、ということもあり得る。

 でもね、万に一つのことも想定に入れて先読みして行動せねばならない。

 このままでは我が国に何も利益になるようなことはないのに、

 むしろ、あちらに搾取されるだけになる可能性もあり得る。

 そうなったら新人とはいえ、君だって売国外交官と糾弾されるかもしれないんだぞ」


「ま、まさか、そんな! 俺はそんなつもりは……」


 ランスは息が詰まって、視線が泳いだ。



「うん、君にそんなつもりがないのはここにいる我々はよく分かってるよ。

 けどね、君がそう誹られても利を得る派閥がいるんだよ。


 はっきりと姿を見せずとも親侯国派、ルシアン・クレインバール総騎士団長や、クロフォード・ノーエランド王宮魔術師を良く思わない貴族たち。

 しいては、その上司のハウルデュース公爵やソシュール卿の反対派などなど。足を掬われないように気を付けないよね。わかる?」



「は、はい」


 ランスの背中を冷たいものが這い上がった。

 そうだ、ここは官僚世界であり、貴族社会の社交界の一つ。気を付けねば。


「そういえば、君のマクィーン伯爵家は中立派で法曹一家のライアナース伯爵と懇意だったよね?」


 リックランス大臣が唐突に全然違う話題をランスに振った。


「ええ、はい。姉がライアナース伯爵の御子息と婚約中です」

 

 ランスはきょとんとしながら答えた。


「そうか、だったら憶えておくといい。

 グロウディーナ公爵にとって、ライアナース家は目の上のたんこぶなんだよ」


「え?」



「これは社交界ではなかなか表立っていない話だが、ライアナース伯爵は公爵家より爵位は格下。

 とはいえ、司法界で代々公正な裁判官を輩出している法の権威の一門。

 法曹界への影響力が凄まじい家柄だ。

 ライアナース伯爵が治める法務省は、友好国からも手本にされるほど公平と評価が高い。


 いくら外交に強く、国内外で発言力が大きくても、法律を動かすには彼らの許可がいる。

 権力を牛耳りたい彼には大きな壁だよ」



「それは、つまり、そのライアナース伯爵家と我が家の繋がりの嫌がらせで、侯国の外交官を私に任せた、ということですか?」


 しどろもどろになるランスに、リックランス大臣は肩をすくめた。


「さぁ、そこまではハッキリ言いきれない。けど、間違いなく君は試されているよね」


 ランスは絶句した。


 だが、ずっと疑問だったことに、答えをもらった気がした。

 なぜ、新人の自分がこんな役回りをさせられているのか。


「ところで、インリューラーク王国でも今回の異物混入に似たような行為があったんだが、その話は聞いているかな?」


 デメトリオ公爵が尋ねた。


「え、いえ、初耳です」


 その瞬間、場の空気が冷えた。


 憐みの視線が一斉にランスに注がれる。


 ランスは全身から血が引くのを感じた。

 どうしてそんな目を向けるんだ?


「そんな大事な情報すら耳に入れさせないとは。

 いささか陰湿すぎるだろ」


 ハウルデュース公爵は腕を組んでフンと鼻を鳴らした。


「いや、これは公爵というよりも彼の教育係に問題があるかもしれないぞ。

 さすがに担当外交官にはそれぐらいの情報を入れなければ、外務省としての落ち度になり、大臣としての責任を問われる」


 リックランス大臣が言った。


「ああ、言われてみればそうですね。公爵ならもっと徹底的に狡猾にやりますから。

 上層部も知っている情報を隠すってのは、ちょっと生ぬるいです。

 だいたい、能力のない新人に担当外交官を務めさせるわけがない。

 むしろ、後輩の方が優秀で嫉妬してあえて情報を耳に入れない教育係に原因があるんじゃないですかね。毎年あるあるだ」


「おかしいなぁ、教育係は一蓮托生だから、ちゃんとした人物が選抜されることが多いはずなんだけどね。まさか、人事制度の内容がまだ知れ渡っていないのかねえ」


「いや、時々その一蓮托生の意味をよく分かっておらん馬鹿がいる」


「ああ、確かに毎年いますね、そういうの。後輩にすべて責任を押し付けて辞めさせる教育係が。

 それでいて自分はカネを握らせて責任を免れる。

 優秀な新人が辞職に追い込まれるパターンのひとつです。本当に質が悪い」


 好き勝手にみんなが口々言い合う。


 ランスはただ冷や汗を流すしかなかった。  


 少々引っ掛かりのある発言があるものの、どうやらここの面子の御仁はグロウディーナ公爵とは反りが合わないことは確かだ。


「マクィーン卿の教育係は誰?」


 ふとルシアンがランスに尋ねた。


「タロンリード・リイアッティ卿です」


「リイアッティ……、ああ、男爵家のあの子息か。確か、本来彼が侯国担当になる予定だったはずだったよな?」


「はい、そうです。けど、マリュードナバロー語とインリュー語を話せないとかで、グロウディーナ公爵から直々に私が任命されました」


「なるほど。相手国の言語を話せるのを大前提にしているあの公爵ならそうするだろう」


 ルシアンがしみじみ呟くと、ハウルデュース公爵は「決まりだな」と鼻で笑った。


「自分の能力なさで後輩に情報を与えないとは、狭量な奴だ」


「まあまあ、その辺の人事改革は宰相府の役割なので、デメトリオ公爵に一任しましょうか。話を戻しますよ」


 マインラートが全員の顔を見回して微かに微笑んだ。


「インリューラーク王国もね、クレインバール卿のように、お気に召された騎士のご家族はかなり思い悩まされていたようですよ。

 まあ、そんなこんなで、その騎士の奥様は妊娠中だったけど残念ながらお子が流れてしまった。

 小耳に挟んだところによると、それも妖精姫から頂戴したお茶に原因があったのではと推測されてます」


「え……、それは、ひょっとしてお茶に墜胎効果が?」


 ランスは自分の顔が文字通り蒼ざめるのを感じた。


「ああ、その通り。

 お姫様は『そんなこと子を流す作用があるなんて知らなかった』とうそぶいておられたらしいが、怪しいよね。

 侯国の姫の医療知識は豊富、しかも医薬品にも精通しているとの噂。

 それなのに魔術師を通して商人からわざわざ取り寄せた形跡があった」


「本当だったらひどいですね」


 ランスの声は震えた。


「とはいえ、偶然取り寄せて贈ったお茶に墜胎効果があっただけなのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 ただ今日の異物混入の件もあったからね、彼女には注意しないといけないよ、新人外交官」


「分かりました。教えてくださり、ありがとうございます」


 ランスは頭を下げ、お礼を言った。

 

――妖精姫の要望を通すだけではいけない、ちゃんと考えないと。


「とりあえず」


 デメトリオ公爵が仕切り直すように声を上げた。


「クロフォードには婚約者がいるということなので、直轄の警護依頼は謹んで辞退しよう。

 クロフォードには、いままでどおり我が国の他の王宮魔術師同様、後方支援にあたってもらう。

 そして、侯国の姫様御一行のメイン警備は第3騎士団が総力であたる。ということでよろしいかな? マインラート殿」

 

 デメトリオ公爵が爽やかに笑ってマインラートを見た。


「ええ。問題ありません。あちらには侯国の魔術師が二人もおられますし、あえて役目が被るこちらの魔術師が専属警備にあたる必要はないでしょ」


「そうだな」


 うんうん、と鷹揚にハウルデュース公爵は頷いた。


「第3騎士団は、姫が喜びそうなイケメン揃いですから問題ないでしょ」


 ルシアンがシニカルに笑った。


「ランス・マクィーン卿、そういうことだから。

 クロフォード・ノーエランドとエレナ・ヴァービナス女官は今から婚約中になった。

 ということで、彼はお姫様の専属警備は難しい」


 マインラートの笑みは凄味を帯び、ランスは思わず気圧されそうになった。

 口には出さなくとも「もちろん、君もこの婚約が偽装なんてことは他言しないようにね」という圧力が加わっている。


「ほ、本人たちの了承なしで大丈夫でしょうか?」


 ランスは躊躇ためらいがちに尋ねた。


「うん、問題ない。国家の魔法力を損なわないよう協力してもらうだけだ。

 ヴァービナス女官には私からもちゃんと伝えるから」


 リックランス大臣が静かに言った。


「はあ……。承知しました」


 エレナの上官にそう言われたら、他部署のランスはおとなしく従うしかない。


 それよりも、ここでの決定事項を上官であるグロウディーナ公爵にどうやってお伝えしようか。

 彼はお姫様の御機嫌を損ねないよう、なるべく意に添うようにと指示があった。


「君の上官、グロウディーナ公爵には私からそれとなくうまく伝えておくよ」

 

 ランスの気持ちを見透かしたようにデメトリオ公爵が艶然と微笑んだ。


「え、あっ、ありがとうございます!」


 ランスは思わず頭を下げる。

 だが、一瞬、宰相の柔和な笑みの奥に、鋭い光が潜んでいるのを見て背筋が粟立った。


 上官のグロウディーナ公爵もそうだが、彼はそれ以上に政治家として残酷な判断を平然と下せる冷血な一面も持つこの国の最高権力者だ。

 いくら強硬派な上官グロウディーナ公爵も、宰相の前ではあれこれ言えまい。


「いやいや、これくらいお安い御用だよ。君だって新人なのに、本当ご苦労様」


 宰相デメトリオ公爵は、ランスの労うようにぽんと肩を叩いた。


「教育係についてもグロウディーナ公爵に言っておくね」


「色々お手数をおかけして申し訳ございません」


「いいや、人事については私の裁量範囲内でもある。ましてや君はまだ新人。

 配属に問題が発生すれば責任者の大臣含めて相談するのは私の仕事。

 まあ、君も何かと今後も居心地の悪いことが発生するかもしれないが、頑張って。

 グロウディーナ公爵はなんだかんだ実力があれば、反対勢力の家柄の子息でも無下にすることはない。

 今後の君に期待しているよ」


「恐れ入ります」


 ランスは頭を深々とさらに下げる。

 庇護の温かさと冷血な権力者の影が同時に迫り、喉の渇きを覚える。


「それでは、まだ仕事が残っているからね、私はこれで失礼するよ」


 デメトリオ公爵は重鎮たちに軽く手を振って部屋を出た。


「あの、ちなみに、先程総帥閣下のおっしゃられた古代魔道具の盗難未遂とは、一体なんのことか、教えていただいてもいいでしょうか?」

 

 ランスはどうしても気になって尋ねた。


「じゃあ、俺が道すがら話そう」

 

 ルシアンがランスの背後に立ってぽんと背中を叩いた。


「あ……、ありがとうございます。よろしくお願いいたします」


 ランスが首だけ振りむいてお礼を言うと、「どういたしまして」と穏やかに笑った。


「さて、そういうことなので俺たちも失礼します」

 

 ルシアンは上層部三人に慇懃丁寧に一礼をし、ランスに部屋を出るように目で促した。

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