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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮


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第46話 傍観令嬢と覗き見の報酬 ―― 三人の目撃者と工作員の足跡

――マリュード皇国。


 彼らは、かつてこのアイルナバロー連合帝国の前身であったナバロー王国の血を継ぐ者たちである。


 その王国は魔法使いを迫害し、従属契約の鎖で縛り、奴隷と呪術によって栄華を築いた。

 だが、圧政に抗した地方の魔法使いたちが立ち上がり、自由と理を掲げて建国したのが、このアイルナバロー連合帝国であった。


 王権を失い、国を追われたナバロー王族は、東北の峻厳なる山岳を越え、その麓に新たな国 マリュード皇国を築いた。


 そして二百年の歳月を経た今なお、彼らは王権を奪われし怨嗟を胸に秘め、帝国を再び我がものとせんと虎視眈々と牙を研ぎ続けている。



***


「え? カトリーナ様はキムバートン・アイヒヴァルトの恋人?」


 エレナは驚く。

 彼女の魔力にキムバートン・アイヒヴァルトとの繋がりは何も感じられなかった。

 目下の王都の貴族令嬢はその辺りがわりと積極的と聞いていたけど。


(清い交際をしていたのかしら)


 つい邪推してしまう。


「ちなみに、サブリナ・フィルチ女官はワルト・チェッカレッチと恋仲だとよ」


「え? でも、あれは違う気がします」


 違和感を持ったエレナが思わず呟くと、ルシアンとアランが意外そうな顔をした。


「なんでそう思った?」


「え……っと、その」


 エレナは顔を赤らめてもじもじし出す。

 いざ殿方の前で口にするには少々恥ずかしい。


「官吏登用試験のとき、受験生たちから聞いたんです。

 あの2人はまるで恋人同士みたいに仲いいって。

 で、確かに魔力が混ざり合っていたから、そのう、ひょっとしてそういう深いご関係なのかなあ、と思ってたんですけど……」


「ほう……。――さすが鋭いな」


 ルシアンが感心したように唸った。

 けれど、空いた間が妙に気になる。


 アランとルシアンは目配せし合い、互いにため息をついた。


「俺にはそこまで分からなかった。

 どう考えても俺には理解し難い世界だし……」


「はい、俺もです。

 情事の痕跡を発見して、ようやく事実を見定めることができたので……俺だって理解し難い世界ですよ」


「どういうことですか?」


 レイノルドだけは、どうも意味が分からず、純粋に目をぱちくりさせていた。

 アランはため息をついて、束の間躊躇(ためら)ってから言う。


「彼らは同性愛者です」


「えっ! 男同士でですか?」


「だから言っただろ? 俺には理解できない世界だって。

 世の中には同性同士で愛を育む者たちがいるんだ」


「世の中ではそういうのが流行っているんでしょうか?」


 エレナのふとした質問に三人の動きが止まって、やけに顔が強張る。


「え? どういうことだ?」


「ああ、ええと……」


 これ、言っていいのかな。


「本日の昼休み、宮中庭園を散歩したとき、侯国のキラキラした男性たちがいたじゃないですか」


「まあな」


「その人たち、魔力が混じり合っているカップルが多かったんです。

 魔力が混ざり合うということは、そのう、男同士で睦み合っていないとそうなるということで……」


 エレナはぽっと頬を赤く染めた。


「男色家ばかりなのかと……」


「はあ? ヴァービナス女官はそこまで詳細な魔力が感知できるのか? 結構な人数がいたぞ」


 ルシアンが素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げた。


「魔力感知には……自信が少々あります。

 だから、その魔力の混ざり合いで……分かります。

 しかも、混ざり方が濃厚だったので……えっと……はい」


 エレナはコホンと誤魔化すように咳払いをした。


 クロフォードはこの力で、誰が誰と不倫しているかすぐ分かると言っていた。

 なんとなくエレナも最近それが分かるようになっていたが、あえて見て見ぬふりをしていた。


 改めて侯国御一行様を思い出すと、とっても異様だった。


 一見すると妖精姫が美形男子を侍らせているようだが、むしろあれは……。


 妖精姫は誰ともそういうただれた関係には陥っていなかったが、お付きの従者たちはかなり入り乱れていた。夜な夜なそういったことがお盛んなようだ。

 

「文化の違いですかね」


 アランの目がふと遠くなった。


「まあ、人にはそれぞれ性癖っていうのは確かにあるから、まあ……。

 あっ、言っておくが俺はノーマルだぞ」


「それをいうなら俺もそうですよ」


「俺もです」


 三人の男たちが勝手に断言し出す。


(大丈夫です、あなた方がノーマルなのは分かっています)


 エレナは苦笑しながら、頷いた。


「それで、話を戻しますが」


 アランが改まった声を出した。


「結局のところ、キムバートンが獄中死したんですが、あれはワルト・チェッカレッチを逃がすため。命を張った陽動作戦だったみたいですね」


「命を張って恋人を逃がすって、随分と情熱的ですね」


 まるで最近流行りの歌劇のシナリオのようで、エレナは驚いた。


「まあ、ロマンチックに言えばそうなりますね」


 アランは複雑そうに、ますます苦笑する。


「けど事実は、もっと面倒でしたよ。

 ……ああ、ルシアン様、この際です詳細情報をすべてお話しても差し支えないですよね?」

 

 アランがソファに腰掛けるルシアンに尋ねた。


「もちろん、いいぞ。

 ここまできたらヴァービナス女官も協力者だ。異論はないよな?」


「異論もなにも……あんな変な術を見せられて、関わるな、と言われても難しいですよ」


「だよなあ」


 ルシアンは面倒そうに頭を掻いた。


「それじゃあ、遠慮なく」


 アランが打って変わったように乾いた声で説明し始めた。


「先程、副団長のマッシュから報告がありました。

 それによると、ワルト・チェッカレッチに偽証経歴を与えたのは、サブリナ・フィルチ女官です。

 そして牢屋番を買収して一連の者たちを脱獄させる手助けをしたのは、カトリーナ・ガンドルフィ女官でした。

 ニコライ・イグナートに薬を与えたのも、その牢屋番でしょう。

 現在、買収された牢屋番を洗い出し中です。

 そこで、一番問題なのは、資金の出所です」


 アランが全員の顔を見回した。


「どうやら、キムバートンの隠し財産が存在したようで、彼がいざという時のためにガンドルフィ女官へ指示していたようです」


「ほう、で、キムバートンの隠し貯金はどこに預けてあったんだ?」


「王都中心を流れるテーミナル川の郊外の廃屋の床下だそうです。

 ただの廃屋ではなく、“秘密結社 黒の杖”の隠しアジトだった場所です。

 十年前に魔法騎士団によって摘発され、その後は空き家になっていました」


「また随分といわくつきの土地に隠したな」


「ええ。ですが、故意でここに隠したのか、もしくは単なる偶然だったのか。

 それはわかりかねます。

 ただいま別部隊が確認に向ってます」


 エレナは静かにアランの報告を聞きながら、首を捻った。


――黒の杖? 


 この国にはいくつか反政府組織が潜んでいると聞いたことがある。そのうちのひとつだろうか。


「脱獄後、二人の女官との連絡係は、共に脱獄したロシェ・ガルブレイスが担っていたそうです」


「え、ロシェ・ガルブレイスが?」


 エレナはぎょっとした。


 試験当日はそこまで懇意にしている様子はなかった。

 むしろ、遠巻きで彼らを観察し、ニコライと一緒になって彼らの思想を批判している節すらあったのに。


「意外です……」


 エレナは独り言のように呟いた。


「ロシェ・ガルブレイスは薬の売人ですよ」


 アランがエレナに視線を投げた。


「え? 売人?」


「そうだ、ワルト・チェッカレッチがバイヤーで、売人がロシェ・ガルブレイス」


 ルシアンがソファの背もたれに腕をかけて皮肉めいて言った。


「令嬢たちの間で噂になっていたんだろ? 

 ロシェを取り巻くグループが令嬢に薬を盛って次々と暴行していたっていう。

 その薬の出所もワルト・チェッカレッチだ」


 ルシアンの口調は冷ややかだった。


「じゃあ、ロシェ・ガルブレイスが官吏登用試験を受けた目的は……」


「官吏になり、王宮内に違法薬物を流行らそうと目論んでいたようですね。

 だが、官吏登用試験突破は甘くないです」


 アランの声には少々皮肉がこもっていた。


「ニコライ・イグナートは?」


 エレナは恐る恐るその名を口にした。


「ああ、あれは単なる駒ですよ」


 さらりとアランが言い捨てる。


「彼は大した情報は持ってませんでした。

 ロシェ・ガルブレイスにとって、彼は田舎から出てきた金持ち貴族子息。

 たぶらかして、利用していただけにすぎません。

 現にニコライ・イグナートの”オーバーメディケイション”をトリガーにキムバートンは自害し、我々は脱獄を許してしまった。

 ロシェにとっては、ニコライは操りやすい格好のカモだったんでしょう」


 エレナの不安を打ち消すようにアランの表情は醒めきっていた。


「ロシェの違法薬物売買は、異国のバイヤー貴族商人から買い取っているという情報が、魔法騎士団にも寄せられています」


 アランがレイノルドに目配せし、レイノルドは静かに頷くと、持っていた書類の束からエレナに1枚の人相書きを手渡した。


 それを見てエレナはハッとした。


 手配書の文字はこの国の文字じゃないインリュー語、インリューラーク王国の公用語だ。


 それからこの人相のイラスト。

 官吏登用試験会場で見た、そして古代魔道具のニオイから感じ取った映像と同一人物。


 ――ワルト・チェッカレッチの顔だ。



「インリューラーク王国では、彼はアイタリナ・ペトロヴィッチと名乗っているようです。

 といっても、ワルト・チェッカレッチ同様、これも偽名みたいです。

 両国とも商人ギルド立入許可用の偽造した身分証が発行されています」


 アランは肩をすくめながら苦笑した。


「この人、たくさんの名前を持っているんですね。彼は一体何者なんですか?」

 

 手配書をまじまじと見つめながらエレナが尋ねた。


「さぁ」


 三人とも声を揃えて、首を傾げる。


「少なくともこの国の皇族に対して、あまりいい感情を持っていないのは確かだ」


「正直、マリュード皇国の工作員であることぐらいしかつかめてませんね。

 でも、本日新しい証言が浮上しましてね」


 アランが含蓄ある物言いをした。


「ああ、そうだった」


 ルシアンは思い出したように、ニッと笑った。


「今年の新人は何かと粒揃いらしいな。というか、運がいい、もってる。

 ああ、もちろんヴァービナス女官も含むぞ」


「ん? ごめんなさい、どういう意味ですか?」


「ネイト・ファーヴァ書記官、とホキアン・バーンズリー卿、あとモレーノ・ガヴァーゼル研修医務官、だっけ。彼らは実に人をよく見てるね。交友関係も広いし、多くの情報を持っている」

 

 突如ルシアンの口から新人同期三人の名が出てきて、ますますエレナはアランやルシアンの言いたいことが分からず、頭に?マークを浮かべている。

  

 二人に代わり、レイノルドが言葉を紡ぐ。


「あの三人、侯国の魔術師に見覚えがあったんだよ」


「え、見覚え? って、どこで?」


「この国で、この王城で。あと、いろんな酒場で」


「酒場? え、侯国の魔術師が城下町に現れたことあるの?」


 エレナはますます話が見えず混乱した。


「うん。城下町どころか、あれだよ、あれ、官吏登用試験当日。そこにも現れた」


「ん?」


「エレナも見ているぞ。なにせ彼らの会話が怪しいとマインラート・ソシュール様に報告したのはエレナだからな」


 レイノルドの台詞せりふにエレナはふと動きが止まった。


「まさか……」


 はっと息を呑んだ。


「ああ、侯国の魔術師は彼、脱獄したワルト・チェッカレッチだよ」


「え⁉」


 エレナは目を見開いて驚いた。


「あいつら、例の妖精姫のわがままで、間接的に仕事を増やされて本来の昼休みを逃したんだ。

 それで、やむなく遅い昼休み時間を取ったそうだ。

 本来の昼休みより二時間後くらいの官吏食堂で。ばったり三人とも鉢合わせしたんだと」


「二時間後って」


 エレナは思い出しながら言う。


「ちょうど妖精姫が怪しいハーブを使って、クレインバール卿にお菓子を作ろうとしていたタイミングだよね?」


「そうだ。俺は例の単語をランスに訳して貰った後だった」


 その頃、わたしはサブリナとカトリーナの謝罪が終わって、小次郎に事の顛末てんまつを愚痴りながら、割れた魅了魔法の古代魔道具のルビーを修復していた。


 それで、小次郎が「本当に彼女らが嫌がらせだけのために魔道具を盗もうとしていたのか?」と疑っていた。


 そういえば、小次郎はなぜここに現れたのかしら。

 胡桃が欲しくてやって来たにしては、色々タイミングが良すぎる。


 エレナがちらっと毛繕いする小次郎に視線を投げていると、レイノルドが淡々と話を続ける。


「昼食を食べ終わって、いつもみたいに、きっと中庭で寛いでいたんだろうな。

 本当偶然三人が揃っていた。

 そこで人目を憚るような、隅の目立たない場所に男がいるのをホキアンが気付いたんだ、『あっ、侯国の魔術師だ』って」


 中庭というのは、昼休みは人通りの多い。

 けれど、就業中や、ましてやお茶の時間でない時間帯はほぼ人はいない。皆無といってもいいぐらいだ。


「なぜ、ホキアンがその男が侯国の魔術師と分かったのかというと、彼が侯国の紋章を刺繍したローブを着ていたからだ。

 顔はフードを目深く被っていてよく見えなかったらしい。ただ、『他国の魔術師が庭園に現れるなんて珍しいなあ』って、最初はそんなに気に留めてなかったらしい」


「ふうん、ホキアンって案外いろんなところに気が利くもんね」


 エレナにとってホキアンは、気立ての良さや大らかさから、領地のよく躾けられた牧羊犬のイメージがぴったり当てはまる。

 けど、人が気づかないようなきめ細やかなところまで、実にじっくり観察をしていて、案外同期の中で一番洞察力に優れているのではないかと思う。


「そうなんだよ。それで、そこに、オレンジ色の髪色の女官が現れた。

 二人は知り合いのようで、身を寄せ合うように木の陰に隠れたんだ」


 エレナはレイノルドが話す傍らで、ネイト、ホキアン、モレーノがニヤニヤしながら、二人を物陰から覗き見る姿を想像した。


 これはもしや他国の使者と我が国の女官の逢引現場か、ときっと三人は興奮を隠せなかったはずだ。

 恋愛事に過敏な同期三人は目配せしながら、静かにそれを観察する。



 ほぼ誰もいない手入れされている庭園で、人目憚るように大木の木陰に身を寄せ合う男女。

それはまるで逢瀬のような禁断の関係を彷彿させる。



 相手はどこの女官だ? 

 顔を見たい。


 が、よくよく見ると何やら二人の雰囲気がおかしい。

 そんな色っぽいわけでもなく、生暖かいわけではない。

 どこか醒め切って業務的で事務的。



 なんだぁ、と残念がる同期三人組。



「そこへ新たな、これまた気の強そうな水色頭の女官が意気込んでやってきたらしく、突如その魔術師の頬を平手打ちしたんだと」


 これはいよいよヤバい、修羅場だ! と三人は慌てふためくが、好奇心も相まってそのまま見守っていただろう。


 そして同時に、他国の女官二人にも手を出すなんて、「なんてお盛んな魔術師なんだ」とさぞかし沸き立っていたに違いない。



「で、ぶたれた勢いで、偶然魔術師のフードが取れたんだ」



 その魔術師の顔を興味津々で見ると、そこには彼らの知っている顔で全員驚愕した。


 魔術師はきっと慌ててフードを被っただろう。

 それから三人の視線に気づいた魔術師は、慌ててフードを被り直し、三人はサッと回廊柱の陰に隠れる。

 

 泣き喚く女官と、宥める魔術師、そして呆れ顔のオレンジ髪。


「『これが世に言う三角関係か』とあいつらはあいつらでドギマギして見守っていたそうだ。

 まあ、そのうち魔術師と女官たちはそれぞれ別れて去って行った、というそんな目撃談だ」


 きっと三人は思ってもみなかった衝撃的な光景に、動揺し、興奮したに違いない。

 そして、「あれは一体なんだったんだろう」といろいろ推測しながら、わいのわいの話し合う。


「で、ちょうどそこへ俺が回廊を走って刑部省へ行こうとしてたんだ」


「グッドタイミングがやけに重なり合うものだね」


 エレナがぼやく。


「うん、俺も思った」


 レイノルドも腕を組んで頷いた。



「でも、こういうとき、何でか、重なるときは重なるんだよ。

 で、あいつらに呼び止められたんだ。

『侯国の魔術師は何者なんだ? どうしてワルト・チェッカレッチと同じ顔をしているんだ?』ってね。

 俺はその、ワルト・チェッカレッチという男を知らない。

 けど、あいつら話によると、年若い貴族子息が集まる小さなサロンや集まりで何度か顔を合わせたことはあったらしいんだ。


 貴族であると同時に商人をやっているとかで、いろんな商品を紹介されたこともあったみたいだ。

 で、そのときは新種の葉巻とかベリー系のスイーツ、雑貨、家具などなど。中には元気になるという栄養剤とか怪しい薬もあったとか。

 葉巻をネイトは買ってしばらく交流が続いたけど、なんか怪しい連中とも付き合っていたし、公の社交の場にワルトは絶対に現れない点から、不審に思って縁をスパッと切ったらしいんだ」



「ふうん、ネイトってそういう野生の勘的なものがあるよね、

 怪しいと思ったら、ぱっと縁を切れるっていうか」


 ロシェとニコライとも不審点があって縁を切ったと言っていた。


「そうそう。野生の勘ってやつなのか。

 たいてい縁切った奴は、後日胡乱な事件で逮捕されているとかね。

 爽やかで品行方正な顔に似合わず、鼻が利くというか、面白がってグレーな境目を彷徨っているというか」


「ふふ、そうだね。

 けど、レイノルドが回廊を走っていたのはなぜ?」


「ああ、それは妖精姫が本当に媚薬入りのハーブを持ち込んでいたことを軍部に報告しに行く途中だったからだ」


「ああ、なるほど」


 エレナはぽんと手を叩いた。


「で、その話が総帥経由で俺たちの所にやってきたんだ」


 ルシアンが言うと、アランも隣で頷いた。


「まさか、同期三人の下衆な好奇心が、軍部のお役に立てるとは思いませんでした……」


 エレナは複雑な顔で答えた。


「いやぁ、そうかもしれないが、すげぇ役に立ったぞ。

 ネイト・ファーヴァ書記官の証言どおり調べたら、ワルト・チェッカレッチは招待状客の履歴が残るような場には、一切参加した記録がなかった。まるで大勢の前では顔を晒したくない、と言うかのようにな」


「本当ですね、そんなことに我々も気づきませんでした。

 それで、一緒にいたというオレンジヘアと水色ヘアの女官について、目撃者三人に女官の人相書きを見せたら、サブリナ・フィルチ女官とカトリーナ・ガンドルフィ女官だと証言も得られました。

 その後すぐですよね、カトリーナ・ガンドルフィ女官が魔法省で起きた件について自首してきたのは」



 部内での事件だ。

 貴族にとって内輪で事件があることは醜聞になるから、こういうのはだいたい内々に処理されることが多い。



 魔法省だけの諮問委員会も、そういった醜聞の拡散を恐れて、内々で処理しようとする打算的な一面もある。



「けれど、彼女は上官に相談なく魔法騎士団に来ました。その時点で何かあるなって思ったんですよね。とはいえ、ガンドルフィ女官は昼間の目撃証言、それを自分だと認めなかったみたいですけど」


 アランは肩をすくめた。



「それでも有益だろ?」


 ルシアンが得意そうに笑った。


「はい、あの二人がワルト・チェッカレッチと繋がっているのは明確です」



 状況的には覗きと変わらないので、三人の行動はあまり褒められたことではないが、偶然が偶然を呼び、結果的に軍部に有益な情報を与えることになったから、まあ良かった。


 けど、繋がったようで何かまたひとつ、もやもやしたものを背負い込んだ気がする。


「あの」


 エレナがふと、思考の海から顔を出すように呟いた。


「何だ?」


「あ、……そのワルトという方は、最初から『侯国の魔術師』としてこの国に来たのでしょうか。

 それとも、本物の魔術師は別にいて、どこかで入れ替わった……なんてことは」


 ルシアンとアランが困ったような顔で目配せし合う。


「……今のところ、侯国から入国した魔術師の記録と、ワルトの足取りに矛盾はない。

 だが、そもそも『本物の侯国魔術師』がどんな面をしているか拝んだ者は、この国には一人もいないんだ。とりあえず二人、この国に来ているということ以外はね」


「じゃあ、最初からそのうちの一人に彼が……?」


「あるいは、入国前にすり替わっていたとしても、俺たちには確かめる術がない。

 ……不気味な話だがな」


 エレナは、瓶の中でうごめく泥トカゲを見つめた。


(誰も知らない、本物の顔……)


 じわりと、背中に冷たいものが走った。


「えーっと、じゃあ、ワルト・チェッカレッチと侯国の魔術師の身元を再確認すれば、とりあえずここに攻撃を仕掛けた人か否かが判明する、ということですね?」


「そうだ」


――ワルト・チェッカレッチ。


 インリューラーク王国ではアイタリナ・ペトロヴィッチという名前で違法薬物を売りさばき、魅了魔法の古代魔道具をセインレイム准男爵に渡した商人。

 そして、侯国の魔術師、かもしれない。



 まだ推測の域からは出ることはできないけれど、随分と多彩な変化術を操る人物であることは間違いないようだ。


「侯国の魔術師がこの国に来て魔法を使った形跡はなく、魔力残滓も当然ない。

 だが、とりあえず、ワルト・チェッカレッチとこの泥トカゲを作った人物が一致するか否か確認する方法は得た」


 ガラス瓶に入った泥トカゲをルシアンは手に持った。


「これを捉えた黒リスには褒美をやらないとな」


 小次郎がルシアンを輝く目で見た。


「こいつ、生意気にもちゃんと人の言葉、分かっていやがる」


 ルシアンは小次郎からの視線を感じ、にかっと笑った。

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