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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮


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第44話 無自覚令嬢と冷徹な鼠取り ―― 魔法残滓と軍用靴の罠

 闖入者ちんにゅうしゃである精巧にできた泥トカゲをしげしげとレイノルドは観察する。

 そして、作業台で首を掻く小次郎。

 一人と一匹は目が合うと、なんとなく見つめ合ったまま固まる。


「罠?」


 エレナが訊き返すとルシアンとアランも頷いた。


「ああ、そうだ。最近、軍部の倉庫から窃盗が多発していてね。

 そろそろこっちも限界でね。

 相手に引っ掻き回されるのは趣味じゃない」


 ルシアンが肩をすくめた。


「どんな罠を仕掛けたんですか?」


 エレナは恐る恐る尋ねた。


「魔法騎士団の詰め所を手薄にしたんだ。

 犯人が動きやすいようにね。

 それと、靴だ」


 ルシアンは得意そうに笑って足元を指差す。


「靴?」



「なぜ、分かったんですか?」


 抵抗も虚しく、薄暗い取調室まで連行されたカトリーナは悔しさを滲ませて尋ねた。


(透明マントを羽織っていたのだから、わたしがどこにいるかなんて分からないはずなのに。

 ましてや、爆破羅ばくはらを仕掛けることだって……)


 何もない、殺風景な夜の四角い狭い部屋。

 痛いような静けさ。


「靴」


 第2騎士団副団長マッシュ・モラレスが一言、呟いた。


「靴?」


 半ば強制的に椅子に座らされたカトリーナはきょとんとした。


「そう」


 マッシュは、机を挟んだカトリーナの前に椅子を持ってきて、威圧感を与えるように正面に座って、テーブルの上で手を組んだ。


「刑部省の武官も文官も、全員軍部支給の靴を履く決まりだ。

 けど魔法省所属の君は、自分で用意した靴だよね」


 机下のカトリーナの靴をマッシュは指差した。


「軍部支給以外の靴を履いた足跡だけに反応するよう、刑部省の、特に軍部倉庫の床に特殊魔術をかけてあるんだ。

 最近、をわきまえないねずみがこの塔の中をうろついて、大事なもんを盗んでいくから困っていたんだよね。押収物の中でも最も危険な爆発物の爆破羅ばくはらに、違法薬物だろ、それから武器庫から拳銃一丁まで消えた」


 マッシュは指折り数える。


「しかも、軍部上層部のお偉いさんの部屋まで侵入しようとしたのか、魔法を使った形跡もあったんだよ。

 それって精神的にも衛生管理上にもよくないだろ? 

 だから鼠取りを仕掛けたんだ」


 薄笑いを浮かべたマッシュは、頬杖をついてじっとカトリーナを見つめる。

 カトリーナは全身が強張るのを感じた。


「それに、小さな足跡だからね、すぐメス鼠だな、と思ったんだ。

 それでいて魔法は中級程度。

 宰相府の人事に事の次第を話して問い合わせれば、魔法騎士団副団長特権で全官僚の魔法レベルと身体的特徴を教えてくれるんだよ。

 小柄、女、中級魔法使い。

 ね? 簡単なことだろ?」


 マッシュは歯を見せて笑い、カトリーナは歯ぎしりをした。


「あんたは魔法省に所属しているくせに、こういう魔術にすら気づいていないんだもん。びっくりしたぜ。

 中級でも、魔法感度や知識は残念ながら下級レベルだね。

 何年も務めている官僚なんだから、もうちょっと精進すべきじゃねぇの? 

 けど、まあ、本当、分かりやすく、たくさんの足跡をつけてくれたから、お礼を言うべきかな」


 カトリーナは顔が熱くなるのを感じた。

 そこに、ぐっとマッシュが机に身を乗り出した。


「ありがとうね。

 お陰で、すぐカラクリが分かったよ」


 腹立たしいほど美しい顔が、すぐそこにあった。


 カトリーナは、ぐっと拳を握りしめた。

 屈辱と苛立ち。

 まさか彼らがそこまで早く気付いていたとは思いもしなかった。


「そして、魔法省の件も、自首してきてくれるとはね。

 こちらとしては、大変ありがたい行為だね」


 口調は穏やかだが、そこには侮蔑が含まれた眼差しがマッシュから向けられた。


 冷ややかな目。


 カトリーナはぞくっとした。

 まるで視線が突き刺さり、体温が奪われていくようだった。


 彼らを甘く見すぎていた。


 ふだん縁のない武官たち。

 品行方正に真面目に働いていれば、同じ王宮内勤務でも彼らと関わることは滅多にない。

 けれど、一度危険視されれば、彼らは執拗に追いかけてくる。

 国家安定のため、そういう大義名分のもと、武力をチラつかせ、恐怖で支配をする。


「そうそう。あんたの魔法残滓は、今頃うちの団長アラン・リックランス様が魔法省で鑑定魔法使って採取している最中だよ。

 鼠の魔法と一致するか否か、確認はすぐとれると思う」


(どうして?)


 カトリーナは内心首を捻る。


 だって、第2騎士団は王城警備兵担当の騎士団。

 第2騎士団長のアラン・リックランスが王城内で起きた事件を調査するときは、必ず懐刀の、そう、目の前にいるマッシュを必ず連れて行くはずだ。


 彼の攻撃魔法の威力は無論のこと、その繊細な魔術は随一だと聞く。

 数々の事件捜査の鑑識にあたる彼の鑑定魔法は、魔法犯罪捜査に特化した魔法技術捜査研究所の技術に匹敵するほどだ。


 その彼がいない隙を狙って、あえて関係者立ち入り禁止区域の地下倉庫に忍び込んだというのに。


「はは、不思議? なんで、ここにいるのって思っているでしょ?」


 見透かすように、マッシュは面白いものを見るような目つきでカトリーナの顔を覗き込んだ。


「俺の得意分野は鑑定魔法、それって結構、王城界隈じゃあ有名らしいね。

 てっきり俺もそっちに行ったと思ったでしょ?」


 マッシュは、にかっと笑った。

 カトリーナはぐっと言葉に詰まった。


「いやぁ、なかなかいい作戦だったと思ったよ。


 手薄の軍部を狙う。


 目の付け所は、すご〜く良かった。

 第1騎士団は近衛騎士だからね、宮殿ばかりで滅多にこっちにいない。

 第3騎士団はクレインバール総騎士団長と侯国の妖精姫の警護にかかりきり。

 第4騎士団はその妖精姫の突発的なわがままお出かけリクエストを叶えるために、王都周辺の警護強化で忙しい。

 第5以降は王都外を警護しているから、定例訓練と会議のとき以外ここにやって来ることは少ない。

 それと、まだどこにも所属していない新人騎士たちは、夜になれば必ず宿舎に帰る。


 残るは王城を中心に警備する第2騎士団をどっかへやれば、刑部省ならびに軍部は手薄になる」


 マッシュはカトリーナを指差す。

 

「そこであんたは昼間に事件を起こしたんだ」


 カトリーナはぎくっとした。

 体中の血がカッと逆流し始め、動揺し始めたのを悟られないように視線を落とした。


「自首してきたとき、あんたは『プライド高くて劣等感の塊、サブリナ・フィルチ女官をけしかけて、生意気な新人女官をちょっと懲らしめようと思った』そう供述した。

 だがなぁ、寝言は寝てから言ってくれ。

 あんたらの目的は、そんなかわいいイタズラなんかじゃない。

 もっとたちが悪い。


 魔法省のエレナ・ヴァービナス特別補佐官の研究室から古代魔道具を盗む。


 それが本来の目的だった。違うか?」



 頭の中では彼に何を言われても反論する自信があった。


 けれど、いざとなると真正面からマッシュを見ることができない。

 美しいけれど、責め立てるような冷ややかで、獲物を追い詰めるような眼差し。


 カトリーナは、速まる鼓動を感じながらも、なんとか自分を奮い立たせる。


 これも全部彼のため、彼に喜んでもらうためよ。


 そう思って少し顔を上げると、そこにはねじ込むようにカトリーナの顔を覗き込むマッシュの顔があって、びくっとした。

 彼の視線に居心地の悪さと恐怖心を覚えた。


「残念だったね」


 ぼそっとマッシュは言った。


「え?」


「新人の魔法使いが、思いのほか格上だったんだ。

 君たちじゃあ太刀打ちできないほど。

 でも、これはこれで失敗するのは当初から見込んでいた、いわば計画通りだったのかな」


 ゆったりとした動作でマッシュは頬杖をついた。


「君はわざと自首した。

 王城内でそんな事件の通報があれば、第2騎士団としては早速捜査しないといけなくなる。

 君の狙い通り、第2騎士団長と何人かの騎士は魔法省に出向いたよ。


 けどね、その時点で怪しさ満点だったんだ。

 魔法省だけで完結できたはずの事件だったのに、わざわざここに自首してきたのはなんで?って。

 ってことで、あんたは自分から網にかかりに来たんだよ。

 この意味、わかる?」


 まるで幼子を宥めるような声音、いや、違う。

 彼はわたしを侮辱しているんだ……!


 カトリーナは唇を噛みしめた。

 胸の奥が焼け付くように熱い。

 怒りと屈辱に体が震える。


「カトリーナ・ガンドルフィ男爵令嬢。

 君の恋人は、亡きキムバートン・アイヒヴァルトでしょ?」


 唐突な質問に、カトリーナは頭が真っ白になり、心臓が嫌な音を立てて跳ねた。


「ひょっとして、彼が……、いや、罪人が、獄中死したことを逆恨みして、軍部に爆破羅を仕掛けるつもりだったのかな? だから、ここの倉庫に設置した」


 カトリーナは声が出なかった。

 ここは必ず反論するべきなのに、声が出てこない。


 有無を言わせぬマッシュからの圧迫感が、カトリーナに迫りくる。

 物々しい魔力に、体が震え上がり、背筋が凍った。


爆破羅ばくはらを作るには、この国では手に入らない材料が数多くある。

 特に一番肝心な火薬は、この国では唯一認められた軍部の一部以外は持込禁止だ」


 マッシュがカトリーナの目をぎろりと覗き込む。


「なあ、魔法騎士団が国賊の関係者を監視してないと思った? 

 帝国公務員だから疑われないと? 

 んなわけないじゃん」


 マッシュは椅子に深く腰を掛け、指先で机を軽く叩いた。


「君のここ数か月の行動は、すべて俺達の監視下にあった。

 透明マントで姿を消したって、足跡は消えるわけじゃないからね。

 いいか、キムバートンの犯罪は君が思う以上に危険なんだよ」


 そのとき、取調室の扉が開き、書記官ドレイク・フロストパンセが入ってきた。

 手には魔法残滓の鑑定結果が記された羊皮紙があった。


「副団長、鑑定完了しました。

 魔法省で採取した残滓、ならびに軍部上層部の部屋への侵入者の魔力残滓、すべて彼女の魔法残滓と一致します」


 完全に逃げ場を失った。

 カトリーナの視界が揺れ、椅子の背に縋るようにして座り込んだ。


「どうする? 全部げろっちゃう?」


 マッシュが鮮やかな笑顔でカトリーナに問いかけた。

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