第43話 無自覚令嬢と静寂に蠢く内通者 ―― 透明なマントと粘着質の罠
ルシアンがアランに事の顛末を話し終えると、アランは瓶詰めになったトカゲをまじまじと覗き込んだ。
「随分と精巧に造られた人形ですね」
トカゲは泥人形なのに、本物のトカゲのようにちょろちょろ細かく動く。
鱗のつややかさや目玉のぎょろぎょろする動作などトカゲそのものだ。
そのトカゲ捕獲の功労者の小次郎は後ろ脚で身体を掻き、顔を毛繕いしている。
「こちらはまた随分と可愛い守護動物だ」
アランが笑顔を浮かべ、小次郎を見た。
「ルシアン様」
レイノルドが警戒心を剥き出しに言う。
「エレナの言う“ニオイ”なるものがこのトカゲと一致したなら、侯国とマリュード皇国は最早敵同士ではなく、手を組んで我が国を陥れようとしているように思えます」
「う~ん、その線が濃厚だが……」
言い淀んで、ルシアンがちらっと瓶のトカゲを一瞥し、アランに視線を投げた。
「アランはどう思った?」
「え……っと、そうですね。侯国と皇国が手を組んだ可能性は確かに否定できません。
ただ、そうなると、二つ、疑問です。
一つ、なぜ侯国の王位第一継承者のエリザヴェータ姫が遊学中に敵と密通容疑を持たれるような行動をしたのでしょうか?
二つ目、なぜ妖精姫は敵国となるアイルナバロー連合帝国の騎士、クレインバール様に強力な媚薬ハーブを盛ってまで手に入れようとしたのか?」
「だよなあ」
ルシアンも唸った。
「それに、魔術師が皇国から亡命してきた可能性もあります。
一概に手を組んだと断定はできないですね。
まあ、憶測ばかりなので、今一度彼の正体と目的を確認しましょう」
「トーマスに言って魔術師の動向を探らせるか」
ルシアンは面倒くさそうに頭を掻いた。
トーマス、とは、第3騎士団団長の名前だ。
「あの、正体もなんですけど……少し気になる点が他にあります」
エレナがおずおず手を挙げた。
「なんだ? 言ってみて」
「なんで、侯国の魔術師は、ここに古代魔道具があるのを知ったんでしょうか?
そもそも盗まれた古代魔道具がこの国にあることを知った経緯とか、その辺も気になります」
ルシアン、アラン、レイノルドが互いに共犯めいた視線で目配せし合った。
やがて、ルシアンが口を開いた。
「侯国の魔術師は、とある情報筋からこの国にあると知ったらしい」
「とある情報筋?」
エレナは訝しむ。
「な、怪しいよな。詳細を聞いてもうま〜く濁されている。
だから、我が国としての対応は、その情報筋が明らかになるまでは、知らん顔を通すことにした。
だが、彼らはここ王城にあると確信めいていた」
「とはいえ、あれですよね」
アランが顎を触りながら付け加えた。
「そもそもここ魔法省のヴァービナス女官の手元にあるなんて、この国の人間だってごく一部しか知るはずない事実なんですよ」
「それって……、内部の誰かが漏らしたということですか?」
エレナが尋ねた。
もしそうなら、誰かが虎視眈々と狙い、ここをずっと見張っていた、ということになる。
そう思ったら、自分の無防備さが恐ろしくなった。
両腕を抱え、寒気を払うようにさする。
「内通者はいるだろうな」
はっきりとした声でルシアンが言った。
「さっきの影と土の融合魔法もそうだ。
俺たち軍部もリックランス大臣に古代魔道具の在処を聞いて初めて知ったぐらいだし、ましてや、ここの部屋の防御結界の属性なんて外部の人間は誰も知りやしない。
この結界も中に入って、実際触ってようやくわかったぐらいだ。
相手さんはここの内部のことをいささか知り過ぎてる」
ルシアンが肩をすくめた。
「内部に精通しているってことは、ここの研究員メンバーが一番怪しいですよね」
不安な気持ちを押し隠し、エレナが神妙な顔つきで言うと、三人はますます顔を見合わせ、気まずそうにする。それが余計、エレナを不安から恐怖に陥れる。
「やっぱ、ヴァービナス女官もそう思うよなぁ」
ルシアンがため息交じりに言った。
「ふつうに考えればその結論に達するのは当然でしょうね。
事情聴取に応じたリデル殿、ディース殿も内部犯を疑ってますよ。
それに、いろんな証拠が出た以上、疑わざるを得ません」
アランは肩をすくめた。
(いろんな証拠?)
エレナは眉をひそめた。
魔法騎士団でもあれこれ何かを掴んでいるようだ。
だが、犯人断言まではできない曖昧さがあるということか。
「ということは、いよいよ彼女が怪しくなりますね」
レイノルドがその犯人に繋がることを呟いた。
「彼女?」
エレナは、首を捻った。
(てっきり、あんな乱暴な魔法で攻撃してきたから男性だと思ったんだけど……)
再び、得体の知れない不安が込み上げてきた。
アランがそれに気付いて、優しく微笑んだ。
「ご安心ください。ヴァービナス女官。
今頃、もうひとつの罠にかかっているはずですよ、彼女。
うちの第2騎士団の中で最も粘着質男が待ちわびてますからね」
含蓄ある笑顔を向けられるも、ますます要領を得なくなって、エレナは眉をひそめた。
(わたしの知らないところで、何かが蠢いている)
エレナはじわじわと胸の奥に広がる恐怖に息苦しさを覚えた。
***
取り調べはもう終わった。
あとは沙汰を待つだけ。
そっと彼女は周囲を窺った。
誰もいない。
彼女はサッとマントを頭から羽織った。
彼がわたしのために、わたしが敵を獲るために贈ってくれた特別な贈り物。
自首したのだから、きっとわたしはそこまで重い罪にはならないだろう。
あとは、彼のために、アレを仕掛ければいい。
そうすれば、わたしの役目は終わる。
彼女は、出払った魔法騎士団の静寂に包まれる詰め所の地下収納倉庫、火薬庫に向かった。
その足取りはしっかりしていた。
迷わずに目的地に突き進むも、時折魔法騎士団員や刑部省所属の文官たちとすれ違う。
その都度、授かった透明になれるマントを深く被る。
このマントは、魔法の結界が張られていなければ、どこへでも侵入できる便利な道具だ。
ただ、魔法騎士団の詰所は結界ばかり。
至る所に張り巡らされている。
まるで蜘蛛の巣のように。
あの新人の結界もこれに似ていた。
幾重にも張られていた結界。
しかも静電気を纏った防御魔法だなんて、聞いたことがない。
そして、それだけ自分があの新人の足元にも及ばない現実を突きつけられた。
知識も魔法の応用力も……。
彼の同志が求めているあの古代魔道具は、予想外のガードの堅さで手に入れることは出来なかった。
だが、彼だって特級魔法使いだ。
あんな新人に負けるわけがない。
もう同じ手には引っかからない。
今頃彼が入手しているはず。
火薬庫に辿り着くと、魔法騎士団員一人とそれに付き添う文官が扉の鍵を開けるのを見つけた。
この時間帯は、魔法騎士団と文官が日替わりでペアとなって、火薬庫と、それから少し歩いた先の押収物が保管してある倉庫、隣の武器庫の確認を行っている。
その三つの地下収納倉庫は、厳重に鍵がかけられ、結界が施されている。
ちょうど彼らがその結界を解除した。
(まさに、チャンス到来)
ついでにこのまま火薬庫と武器庫にアレを仕掛けて、それから違法薬物の原材料を貰っていこうかしら。
材料は持って帰って売れば高値で売れる。
(ふふ、軍部の奴ら、全員後悔するといいわ)
火薬庫に入って行く彼らの後をそっと追った。
彼らが火薬量をチェックしている間に、棚と火薬の間にアレ、威力絶大だという爆発物の爆破羅を置く。
彼女は微笑む。
これでここももう終わり。
その時、急に周囲が明るくなって、纏っていたマントが何かに引っ張られ、強引に剥がされた。
「え?」
肩をぐっとつかまれた。
「不法侵入者、捕獲」
ひんやりした低い声がすぐ耳元で聞こえて、びくっとした。
「逃しませんよ」
振り返ると、黒髪を撫でつけた赤目の文官ドレイク・フロストパンセと、端正な顔立ちの第二騎士団副団長マッシュ・モラレスがいた。
冷徹な二人の微笑に不気味さを覚えた。
そして、バラバラとその後ろには数名の無表情な騎士団員がやって来て取り囲まれた。
「副団長、爆破羅、設置と同時に無効化、回収完了です」
すぐさま別の男の声が上がって、驚いた。
――なぜ? 何でこんなに早く回収されるの?
たとえわたしが捕まったとしても、彼らは仕掛けられたこと自体に気付かないはずなのに。
胸がざわめき、足元が崩れるような感覚に襲われた。
「もう一度隈なく探しておけ。あれは爆発するとマジで洒落になんねぇんだ」
天賦の美貌を持つ青年なのに、口ぶりは驚くほど粗暴。
令嬢たちの間ではルシアンに次ぐ美貌と噂される副団長マッシュ・モラレスが声を張り上げた。
そんな彼が、こちらを見て、老若男女すべてが蕩けてしまいそうな甘い笑みを浮かべ、まっすぐ向かい合う。
「さて、カトリーナ・ガンドルフィ男爵令嬢、改めて話を聞こうか」




