第4話 地味で不遇な令嬢の無自覚防御──一閃の無詠唱、英雄たちを驚愕させる鉄壁の守護
扉がノックされると、返事をする間もなく開いた。
華奢で、焦げ茶色の髪の青年が入って来た。
たぶんエレナと同じくらいの年齢。
端正で綺麗な顔をした青年だ。
彼は馴れた所作で無駄なくお茶を淹れ、
いかにも働き者という感じのキビキビした動作で
ピーテルとエレナに出した。
「どうぞ」
目が合ってびくっとした。
くりっとした綺麗な若草色の瞳。
男性にしては透けるような肌の白さが印象的な男の子だ。
「ど、どうも」
エレナが軽くお辞儀をする。
彼はニッと笑いかけてきた。
ふと、違和感を覚えた。
なんだろう、これ。
それから既視感が湧き起こる。
そんな中、彼はそそくさと部屋を出て行った。
「そうそう、さっきの続き」
ピーテルはティーカップに手を伸ばしてお茶を飲む。
エレナもその動きに合わせてティーカップを持った。
「女官、つまり、官吏になるということだから、
こればかりはスカウトで採用はできないんだ」
「え?」
「試験を受けてもらわないといけない」
「試験というのは、官吏登用試験ですか?」
「うん、それ」
ピーテルはティーカップを置く。
「縁故採用という手もあるけど、
魔法省はちょっと特殊な立ち位置にあって
縁故採用はしていないんだよ」
「そうなんですね……」
縁故採用。
それは上流階級にしか認められない特権だ。
ただし、縁故採用の場合、待遇は「准帝国公務員」となり、
正規採用の「正帝国公務員」とは給料などの待遇が変わって来る。
正規で採用されるには、官吏登用試験の合格は必須。
超難関と有名な試験だ。
(これは、まず魔法云々の前に真剣に勉強しないといけない……)
一応アカデミーではなく、領地の屋敷で一通りの教育は受けている。
けれど、正直試験合格には自信がない。
それにこういう試験は、女という時点で、
令息が受験するよりもはるかに不利だと聞いたことがある。
「ところで、もう一度確認。
君は結婚の意思はないということでいいかな?」
突然脈絡のない会話に、エレナはきょとんとした。
「ほら、さっきのクレインバール卿との」
「ああ、おばあ様の……。
全然興味はありません……」
「そうか!」
ピーテルの顔がぱっと輝いた。
「なんでそんなことを聞くんですか?」
エレナはさすがに訝しく思って尋ねた。
「あのね、もう一つだけ。
確実に入省出来る方法があるんだ。
けど、それは中立立場にいることが第一条件なんだよね」
「中立……」
「そう。何者にも属していない。
まあ、家柄的にヴァービナス侯爵は中立的な立場にあるし、
有力貴族とも特に癒着していない独立した存在。
クレインバール卿との見合い話が浮上しているから、
ちょっと軍部寄りになる可能性があるなら無理かな、
と思ったんだけど。
彼と婚姻する意思がないのであれば、
そっちで採用されれば問題ないかな、と思ってね」
「はい、結婚は興味ありません」
エレナは即答した。
あちらだって、こんな根暗な女は願い下げだろう。
「そうか。じゃあ、それはクリアだな。
だが、少々危険な仕事でね」
「危険?」
「うん。身の危険がある、と言えばいいのかな。
でも、まあ、侯爵家の娘さんだからね、
そこまで危険任務を与えることはないと思うんだけどね……」
ピーテルが言いにくそうに言い淀む。
ふと、また視線を感じた。
(あれ……?)
そのとき、急に思う。
そういえば、さっきの給仕の彼、どこかで見たことがある。
どこだっただろう。
あの日、あの笑顔。
記憶を探る。
遠い日、遠い昔、ざらざらとした風景。
知っている。
不意に、身体がピリッと疼いた。
次の瞬間。
背後の扉から、凄まじい殺意が膨れ上がったのを感じた。
エレナが咄嗟に立ち上がった。
振り返ると、スローモーションで扉に無数の穴が開くのが見えた。
エレナは
ローテーブルを風魔法でひっくり返してその裏に隠れ、
ピーテルも床に伏せて身を隠す。
激しく鳴り響く銃弾の音。
連続した弾の攻撃は、しばらく続いた。
そして、急に静寂が訪れた。
「おいおい、クロフォード、ちと乱暴すぎないか?」
聞いたことのない男の、どこか場違いな、のほほんとした声。
穴の開いた扉の向こうからした。
「そうですかぁ?
これくらい臨場感ないと実践で役に立てないでしょ?」
全然悪びれた様子のない若い男の声。
むしろ、あっけらかんとしている。
のろのろとピーテルが起き上がって、周囲を見渡す。
それから、つかつかと歩いて部屋の扉を勢いよく開ける。
ボカっと何かを叩いた音が響いた。
エレナは、恐る恐るテーブルの陰から這い出て、
部屋の外の様子を窺った。
「クロフォード、やり過ぎだ!」
無数に穴が撃たれた扉は、
半壊して今にも崩れ落ちそうになっていた。
その向こう側、
さっきお茶を淹れてくれた給仕の男が後頭部を押さえている。
「お前はどれだけ魔法銃を打ち込んだんだ!?
だいたいここまでやる必要はないだろう!」
クロフォードとピーテルに呼ばれていたのは、
さっきのお茶を給仕した彼だった。
その彼をピーテルが物凄い剣幕で叱り飛ばしている。
(ひょっとして、クロフォード・ノーエランド?)
由緒正しき侯爵家の次男で、この国が誇る王宮魔術師のひとり。
王宮魔術師の中でも異端児と呼ばれるほどの天才的な魔術の使い手。
若くして数々の手柄を立て、
軍部とともに敵国からの侵略を退けて国境を守った“英雄”でもある。
社交界嫌いな彼は滅多に顔を出さない。
そのためエレナも彼の顔を初めて間近で見た。
もやっとした何かが脳裏を横切った。
(ん~、どこかで会ったような気もする)
それにしても……。
エレナは足元を見た。
あれだけふかふかだった絨毯は穴だらけだ。
窓の臙脂色のカーテンも天井から
ぶら下がっている部分が残っているだけ。
せっかくの高級ソファも物凄い数の穴があいてしまっている。
(これがもし防ぎきれずに身体に当たっていたら……)
今頃になってどっと冷や汗が噴き出してきた。
ひょっとして、これも試験?
ちゃんと避けられるか否か、怪我をせずにいられるかどうか。
だとしたら随分と無茶なことをする。
エレナはずり落ちた眼鏡を指で整えた。
これは魔法銃での連射攻撃だ。
手が震えた。
魔法銃は、火薬式の銃と似た構造だが、
弾丸そのものに強固な魔力が込められている。
通常の攻撃魔法よりも頑丈で、破壊威力があって危険だ。
防壁魔法を張っても一枚だけでは貫通されるほどの威力のため、
国としては使用を固く禁止している。
一体どこでこんな凶器を入手したのか。
エレナは喉が乾いているのを感じた。
本来は一発ごとに魔力を込めるため、
連射などできるはずがない。
それを平然と打ち続けたクロフォードは、
噂に違わない並外れた魔力の持ち主なのだろう。
けれど、不思議とそこまで莫大な魔力を感じない。
エレナはクロフォードも気になったが、
その隣にいる長身の男も気になった。
一見彼もクロフォード同様、そこまで強い魔力を感じない。
けれど、その奥底の何かがゆらゆら揺らいでいる。
「おい、聞いているのか、クロフォード!
エレナ嬢が機敏だったから良かったようなものの、
下手したら怪我をさせていたかもしれないんだぞ」
ピーテルの怒鳴り声はまだまだ続いた。
「エレナ嬢、すまないね。大丈夫かい?」
クロフォードの隣に立っていたあの彼が、
青ざめているエレナに労わるような声を投げかけた。
銀髪の長髪を一つに緩く結ぶ端正で気品溢れる顔立ち。
柔和で温厚な優しい雰囲気。
「え、あ、はい」
エレナはおずおずと頷いた。
「そうか、それならよかったよ」
彼はほっとすると同時に、
何かを面白いものを見つけた様子で
エレナの方にゆっくり歩いて来た。
それから、エレナが盾代わりに使ったローテーブルの表面を見入った。
「へえ、これはすごいね」
彼がそう呟くと、
ピーテルとクロフォードもハッとしてそれを見た。
「見て見て、彼女、やっぱりすごいよ!」
はしゃぐような声をあげる彼に、
エレナは嫌な予感が胸を掠め、顔を強張らせた。
「クロフォードの魔法銃の弾、全部弾き返してる!!」
興奮する彼の声に引き寄せられるように、
ピーテルとクロフォードが部屋の中に入る。
「これは。ほう、素晴らしい」
ピーテルはしげしげとテーブルの表面を触り始めた。
「は? っていうか、こっちの方が、ありえねえって」
クロフォードは、露骨に顔を歪めて部屋を見渡した。
その視線を辿るように、長身の彼も部屋全体に視線を投げた。
「ほう、すごい。エレナ嬢、君。こんな芸当、どうやって身に着けたんだい?」
感心するような声。
口角がニッと上がる。
エレナはぎくりとした。
(しまった。反射的にやってしまった!)
エレナの座っていたソファも、
その足元の絨毯も、
銃の弾の反動で当たった床は
魔法銃で見事なまでに破損した。
だけど、エレナが盾代わりにしたローテーブル以降の後ろは――。
その一線を越えて、まるで頑強な防御壁があったかのように傷一つもなかった。
カーテン以外の布製品。
窓ガラスとか壁。
本棚や執務用テーブルセットもすべて無傷だ。
「カーテンは風圧で揺らぐからね。
ちょっと防御魔法が間に合わなかったのかな。
でも、窓も壁に傷一つない、これは本当すごいなあ」
彼は珍しいものを見る目つきで、部屋をじろじろ観察する。
「詠唱を唱えてなかったよね。無詠唱でこれを?」
ピーテルが目を剥く。
「うん、やっぱりこれは女官では勿体ない。
試験も難関で受かる可能性も少ないし……」
長身の彼が顎を撫でながらピーテルに言った。
「まあな」
「特別試験をして合格という裏技はありますけど、どうでしょう?」
「最悪それでいくとしても、
一介の魔法省の官吏にしておくには惜しいぞ」
「はあ、っていうか、ここまでやれるヤツ、
そうそういねぇよ」
クロフォードが二人を無視してう~んと背伸びした。
「――天と地に刻まれし理よ、我が声に応えよ。
砕け散りし壁、裂けし床、崩れ落ちし柱よ。
その残滓を光に溶かし、在るべき姿へと還れ。
時の流れを編み直し、秩序の糸を織り直すは王宮の叡智。
破壊の痕を覆い隠し、静謐なる調和を取り戻せ。
《大修復魔法――リストレーション・マグナ》」
悪態をつきながら、クロフォードは魔法詠唱をした。
たちまちボロボロになった物すべてが、
元通りに修復していく。修復魔法だ。
「すごい」
エレナは思わず小さく呟く。
穴が開いていた箇所はやがて元のとおりに戻り、
傷ついた床もきれいなまっさらなものになって、
割れたティーカップも、
中に入っていたお茶までもが再現されている。
魔法銃の銃撃が起きる前に戻った。
修復魔法は時空魔法の一種で、
かなりの鍛錬と繊細な魔術式を誤ることない正確さが必要だ。
時空魔法は一歩間違えれば、
魔法事故を引き起こしてしまうデリケートな魔法。
そもそもそんな魔法を使える人間はほんの一握りだ。
エレナは感極まって直った家具を触った。
「修復魔法、そんなに珍しい?」
クロフォードが面白がる顔つきでエレナに尋ねた。
「は、はい。時空魔法自体、お目にかかったことがないので」
「でも、あんたほどの魔力があれば、訓練すればすぐ使えるよ」
クロフォードは不敵に笑った。
(あれ? やっぱり、この人、どこかで会った気がする)
その笑顔になんとなく既視感を覚えた。
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