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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮


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第38話 魔法使い令嬢の証明 ―― 解析される悪意と魔力の真実

「ち、ちがう……」


 エレナは声を振り絞った。


 これみよがしに、ひそひそと囁く声。

 嫌な感じだ。

 視線が思わず下がる。 


 悪意と好奇心の入り混じった感情の視線が、ざわざわと空気を伝わって全身に沁みて来る。

 エレナはぎゅっと拳を握り締めた。


「そ、その魔法は、防御魔法です」


 精一杯声を絞り出した。


「何を言っているの? 

 あのね、防御魔法がこんなふうに人に危害を加える凶暴な振る舞いをすることはないのよ。

 防御魔法を知らないの?」


 オレンジ色の彼女は、まるで悪戯した子どもを叱るような口ぶりで言った。


 一般の防御魔法はそうだ。


 けど、これは少し魔術式を変えて魔力を少し強めにして施したものだ。

 彼女はそのことを知らないし、そういうふうに応用が利く知識を持っていない。


「防御魔法であってます。術式を変えたんです」


「術式を?」


「はい。わたしの研究室の扉を強引に、しかも攻撃魔法を使って壊そうとしたら発動する防御魔法です」


「そんな魔法、嘘よ。それに攻撃魔法? 

 偶然通りかかって攻撃されたってこの子は言っているわ」


 オレンジ色の髪の令嬢は、泣き続ける被害者という令嬢に視線を投げて、冷ややかにエレナに詰め寄った。


(わたしは、間違っていない)


 さっき扉を触って確認したけれど、攻撃魔法を受けた魔力残滓があった。


――この泣いている令嬢が嘘をついている。


「そもそも変だと思っていたのよ。

 新人で特別補佐官になれるって」


 彼女は徐々に表情を硬くして、エレナに迫った。



「しかも、リックランス大臣直々に古代魔道具の分析を頼まれるなんてあり得ない。

 だって、あなた、たいした魔力ないじゃない。一般研究員でも下級に属するわ。

 いくらリデル様の研究の依頼を数時間で裁いたとしても、それはたまたまよ。


 ほとんどをリデル様が終わらせていて、最後の一部だけをあなたが肩代わりしただけでしょ!? 

 先輩の成果を横取りしようだなんて、厚かましい行為甚だしいわ」



 彼女の声が徐々に大きくなって、激昂するのが分かった。


「それを、さも自分が全部やったみたいな顔でディース様にご報告するなんて。

 そうしたら、今度は攻撃魔法で先輩上官に怪我を負わせた。

 自分の力なさを隠すためとはいえ、卑怯よ」


 エレナは愕然とした。



 魔力が少ないように感じるのは、魔力制御をしているから。

 古代魔道具はわたしが封印し、あれは男性に直に触れさせてはいけないから。

 リデルの仕事だって、いままでの知識と能力を駆使し、やり遂げただけ。



 それなのに、全否定される。


「ちが……」


「いいえ、違わなくない。嘘をついて虚勢張って大臣やディース様に取り入るのもいい加減にして。

 みっともない。人を傷つけた責任を取って、さっさと辞表を出しなさい」


 冷たい声で、オレンジ色の彼女はエレナを恐ろしい顔で見た。

 エレナはいやいやと首を振った。


(やだ、こんなの)


 せっかく大好きな魔法を使えるお仕事に就いて、マインラート様やクロフォードからたくさん魔法を教えてもらって、気兼ねなく話せる仲いい同期がいて、ローゼルという友達も出来たのに。



 なんの根拠もない、ただの一方的な推測に過ぎない論理で追い詰められるなんて……!



 そう分かっているのに、気持ちは焦り、パニックに陥りそうだ。

 なぜいきなりこんなことを言われなきゃならないんだ。

 こんな不条理なことがあってたまるもんか。


 みんなが自分を見る。

 

 無表情な目。


 みんなが同じ目で。


「……それ、誰が見たんですか⁉ この方に攻撃魔法を仕掛けている場面を。

 証人は? 証拠は?」


 エレナは自分でも驚くほど大きな声で言い返した。


 一方的に言われっぱなしで、うずくまるのは終わりだ。


(だって、わたし、何も悪いことしていない!)


 しーんと静まり返った。

 そこに声を上げる者はいない。


「誰も目撃者いないじゃないですか」


 エレナは声を張り上げる。


「それなのに、一方の言い分だけを鵜呑みにして、わたしを責め立てるってあんまりじゃないですか?」


「あのね、証拠とか証人とか求めるのは、たいがい犯人、って相場は決まっているのよ」


 オレンジ色の髪の令嬢は鼻で嘲笑った。


「それにあなた、自分の姿、鏡で見たことある?」


「え?」


「ローブを被って顔も見せない新人の言うこと、誰が信じるというの? 怪しさ満載よ。

 そのみすぼらしい姿から、あんたが明らかに嘘をついているようなものよ」


「ちょっと、カトリーナちゃん、そもそもの話の論点がずれている」


 のんびりとした口調でアメリアが口を挟む。



 一瞬、沈黙が訪れた。



「それに、カトリーナちゃん、言い過ぎよ。

 見た目だけで人を嘘つきと判断するのはよくないわ。

 

 だいたいこの雀ちゃんの言うとおり、サブリナちゃんの証言ひとつだけで、雀ちゃんを罰することはできないし、ましてや辞職願を出せなんて、一般研究員が特別補佐官に言うのは、それこそ、あなた、少々厚かましいんじゃないの?」



「いいえ、アメリア様」


 被害者ぶる水色の髪の令嬢 サブリナが、アメリアを涙目で見上げた。


贔屓ひいきで特別補佐官になった子に敬意を持つことは出来ません。

 ここにいる大半は彼女が特別補佐官になったことを不服に思ってますよ?」


「そうですよ、アメリア様。お考えいただければすぐ分かりますでしょ? 

 攻撃魔法と防御魔法の区別もついていない新人ですよ。

 だいたい自己顕示欲が強いからこそ、魔法省で目立つために、こんな怪しげなローブを着て顔を隠して楽しんでるんです」


 カトリーナと呼ばれたオレンジ色の彼女が静かに言った。


「えー、おかしいわね。

 わたしは、あなたたちの防御魔法の概念が間違っていると思っているけど?」


 アメリアが頬に人差し指を置いて、艶然な笑みを浮かべた。

 サブリナとカトリーナが目を真ん丸くさせ、群衆からも動揺が広がる。



「わたしの認識ではこの雀ちゃんと同じで、防御魔法もちょっと魔術式を描き替えて応用すれば、何か衝撃があった際、反撃するようにすることも出来るの。

 

 もちろん、そもそもは防御魔法だから攻撃魔法ほどの威力はないけど、泥棒猫を追いやるくらいは充分よ」



 サブリナとカトリーナは「え?」と絶句した。

 野次馬たちからも「そうだったのか」「知らなかった」という声が上がった。


「そうそう、上級魔術師ならそれくらい簡単にできるんだ」


 食事から戻って来たのか、ディースが階段を昇って来た。


「そういう防御魔法、エレナちゃんなら簡単に使えるよ」


「ディース様」


「君たち二人は中級以下だったよね? 

 防御魔法に魔術式を描き加えるだけの能力がないから、エレナちゃんの言うことを一方的に嘘だと決めつけたのかな? だとしたら、知識不足極まりないね」


 凄味のある視線をディースから向けられ、サブリナとカトリーナはぶるりと震え上がった。


「俺も、コイツの実力は折り紙付きだって証明するぞ」


 面倒臭そうにしながらも、一階で二階の様子を窺っていた無精髭のリデルが、手を挙げながら階段を昇って来た。


「あら、特別補佐官と元特別補佐官が雀ちゃんを保証するのね」


 アメリアが楽しそうにクスクス笑った。


「そりゃあ、保証するしかないだろ」


 面倒臭そうにリデルが後頭部を掻きむしる。


「あれだけの仕事をあっという間に片づけたんだぜ。

 あれは魔法知識も必要だけど、繊細な魔法を使っての実験も必要だった。

 中級程度じゃあ出来ない魔法も多く含まれていたし」


「へえ。室長にこの前のこと、こっぴどく叱られた甲斐があったね」


 ディースがからかうように言うと、リデルはばつが悪そうに小さい声で「うるせぇ」と言い捨てた。


「ったく、話を聞いてたけど。……本当馬鹿馬鹿しい。

 単にチビは馬鹿みたいに魔法知識が膨大にある魔法マニア、

 とんでもなく精巧な魔術式とか誰も知らないような魔法を平然と使えちゃう。

 悔しいが、俺はチビの実力を認めざるを得ない」


 ふふ、とアメリアが肩を揺らして笑った。


「そういうこと。サブリナちゃんやカトリーナちゃんも分かった? 

 わたしも雀ちゃんは上級魔法使いだと思っているわ。

 魔力量だけでその魔法使いのレベルを判断しているようなら、いつか足(すく)われるわよ」


 サブリナはサッと顔を歪め、反論する。


「ですが……!」


「そうだね、余談だけど、上級魔物の人型は油断させるために平気で魔力を制御して現れるらしいよ。

 魔力量だけ見て判断していたら寝首を掻かれる」


 ディースはサブリナの語尾に被せて言った。


「まったく、このチビは特級に匹敵する実力かもしれねぇんだ。なあ、チビ」


 リデルが腕を組んで、じろっとエレナを見た。

 エレナは、褒められているはずが、なぜか怒られているような胸中になって身を縮こまらせた。


「あら、特級ならわたしと同じじゃない」


 アメリアが手を叩いてニッと笑った。


「ねえ、雀ちゃん。ひとつ、教えて。

 何で防御魔法をかけたのかな?」


「す、雀じゃありません……。エレナです」


「いいじゃない、雀ちゃんなんだもの」


 アメリアはあくまでもエレナを雀と呼び続けるらしい。

 エレナは訂正するのを諦めた。


「えっと、わ、わたしの研究室には、貴重な古代魔道具が保管されてます。

 それはこちらに配属した初日にオーヴァーストリート室長が皆様の前で手渡したので、ご存知の方はご存知だと思います」



 エレナがおどおどしながら話すと、研究員みんなは、顔を見合わせ頷いた。



「あの魔道具は大変危険です。

 室長から手渡された時点では封印処置が施してあったので、そこまで危険な感じがしませんが、あれは人の精神を干渉します。

 

 だから、万が一を考えて誰かが持ち出さないよう、また封印を勝手に解かれないために防犯用で研究室に結界を作っておいたんです」



「なるほどねえ」


「そういうの、確かに大事だな」


 アメリアとリデルが鷹揚に頷いた。


「そうね、わたしも研究室に勝手に入って来ないよう常に防犯するようにしてるわ。

 鍵だけじゃあ心許ないもんね」


「まあ、そういうことだ」


 ディースも大きく頷く。


「なあ、みんなもさ、去年の貴重な種が紛失した事件憶えているよね?」



 声を上げてディースがみんなの顔を見回すと、おずおずとみんなが不安そうに顔を上げた。



「あの事件のせいで、俺たちは優秀な仲間が辞職に追い込まれた。

 だから、俺はエレナちゃんに言ったんだよ。用心はしておきなさいって。

 

 エレナちゃんは教育係の俺の言われたことを素直に聞いて防犯用の結界を施した。

 まずそこはみんな理解すべきだ」



 みんな、かつての仲間を思い出し、ディースの話を聞きながら頷いた。


「そうですね、百歩譲って防犯用の結界を張ったのは致し方ないと思います。

 けど、防御魔法に反撃させる魔術式を施す必要性がありますか?」


 毅然とした態度でカトリーナが尋ねた。


「ひ、ひ、ひ必要あります」


 エレナは声をひっくり返らせながらも、なんとか言い返す。

 たくさんの目がエレナに向く。


 エレナは、びくっとしながらも打ち明ける。


「じ、実は、配属翌日、わたしの研究室の扉が何者かに無理矢理開けようとした痕跡がありました」


 研究室にどよめきが起こった。


「ぼ、防犯用結界があったから何も被害はありませんでした。

 けど、また同じようにされ、扉を壊されて盗まれても困ります。

 だから強引に魔法を使って扉を開こうとした者には、静電気が走るよう防御魔法を少々書き換えたんです」


「嘘よ!」


 サブリナが声を張り上げた。


「そんな可愛い静電気なんて代物じゃない! 

 明らかに悪意のある攻撃だったわ。

 あたしが一体あなたに何をしたっていうの⁉」


 涙ながらにサブリナは訴え、カトリーナに縋るように抱き着いて泣いた。


 また、ひそひそとする声が上がる。


「なあ、特級っていうぐらいだから、防御魔法からの攻撃魔法に書き換えることをしたんじゃないのか?」

「ああ、そうだな。上級から特級は俺たちでは想像もできないような魔法を使えるからな」

「盗難防止、防犯っていってもやり過ぎよね」

「サブリナ様、可哀想」


 (あぁ、本当、こういうの、やめて欲しい)

 

 居たたまれない最悪の気分だ。


 こっちが思わず泣きそうになる。



「はいはい、話を戻すわよ」



 アメリアが手を叩いて、みんなを黙らせた。



「実際、検証してみましょう。雀ちゃんは結界魔法を施しただけ。

 攻撃魔法じゃない、防御魔法をいじっただけと言っている。

 だったら、誰かが実際強引に開ければいいでしょ? どういうふうになるのか。


 だって、雀ちゃんの論理からすると、サブリナちゃんがこの扉に攻撃魔法を仕掛けなければ、発動しないようになっているんだもの」



 アメリアはエレナの部屋の扉を撫でるようにわざと触った。

 研究員の中に「うわっ、触った」と声を上げる者がいた。


「うふふ、ほら、このとおり、触っただけでは何も起きないわ」


 アメリアはにんまり微笑んで、みんなの顔を見渡した。


「それはアメリア様の魔力が新人よりもすごいからじゃないんですか?」


 群衆の中からそんな声が上がった。


「なるほど。じゃあ、次、俺が触るよ。教育係だし」


 ディースが手を挙げた。


「ディースは駄目」


「なんで?」


「だって、教育係だから。庇う可能性だってあるでしょ? 

 二人は一蓮托生、それにディースの魔力量もそれなりにあるわ」


「じゃあ、俺」


 リデルがエレナの研究室の部屋の扉前まで進み出た。


「あんたも駄目」


 アメリアに駄目出しを食らう。


「なんでだよ」


「リデルも魔力が強いのよ。魔法はシンプルに魔力量が多いものに負ける。 

 だから、この中で最も魔力量が弱い人物が適しているのよ」


「この中で最も魔力が弱いとなると……」


 ざわっと周囲がどよめいた。

 ディースがサブリナに視線を投げた。

 自ずとみんなの視線をもサブリナに集中した。


「サブリナちゃんだね」


「ひどい! 被害に遭ったと訴えているのに、またあの扉に近づけというんですか?」


 サブリナが屈辱的だと顔を強張らせた。


「だったら、僕がやりますよ」


 気弱そうな丸眼鏡をかけた小太りの青年が、群衆をかき分けながら前に出た。


「サブリナ嬢の次に魔力量が少ないのは僕です。だから、僕がやります。

 僕は、攻撃魔法は苦手ですけど、防御魔法は得意です。

 防御魔法を使ってから触るのは構いませんよね?」


「ああ、もちろん。マグナス、助かる」


 ディースが爽やかに言うと、丸眼鏡のマグナスは口元に僅かに笑みを湛えて首を振った。


「いえ」


 マグナスは、小さくエレナに会釈をし、エレナも慌てて返した。


「それじゃあ、すみません。

 まず防御魔法をかけさせていただきます」


 マグナスは扉前に立った。

 それから、魔法詠唱を唱える。

 正確に一言一句誤りがないように、丁寧に。




 長い詠唱が続く。


 場の空気が張り詰め、アメリアが欠伸を噛み殺す。

 魔力量が少ない者は、詠唱をすべて唱えないといけない。


 ついにはアメリアが欠伸を噛み殺しきれず、「まだ?」と呟いた。


「もう少しだ。これだけ長い詠唱を一言の誤りなく言えるのは逆にすごいことなんだぞ。

 基本に忠実な証なんだから待て」


 意外なことにリデルが宥めた。


 こういうのに一番イライラしそうな人だとエレナは勝手に思っていたので、エレナは心の中で「リデル様、誤解してました。ごめんなさい」と謝った。


「お待たせして申し訳ありません。では、いきます」


 マグナスはくいっと眼鏡を上げ、ごくりとみんなが固唾を飲む。

 誰もが息を呑み、沈黙が落ちる。


 そっと扉に手を伸ばして、ドアノブを捻ってガチャガチャ開けようとする。


 だが、扉は全然開かない。

 何も起きない。


 沈黙が流れた。


「本当に……攻撃じゃなかったんだ」


 誰かがぽつりと呟いた。

 みんな、一斉にほっと肩を撫でおろす。


(そりゃあそうだ)


 エレナは、サブリナとカトリーナをちらっと見た。

 他の研究員たちも懐疑的な目でサブリナを見始め、嫌疑のざわめきが波紋のように広がり、次々と囁きが重なる。


「じゃあ、嘘をついていたのは……」

「サブリナなのか?」

「カトリーナも怪しいぞ」


 ざわめきが雪崩のように広がり、空気が一気に反転した。

 さっきまでエレナを断罪していた視線が、今は二人に突き刺さる。


 エレナは拳を握りしめたまま、胸の奥に熱が広がるのを感じた。


「ありがとう、マグナス」


 にこやかな笑顔でディースが、マグナスの肩をポンと叩いた。


「んじゃあ、次は俺が攻撃を仕掛けてみるぞ。

 アメリア、俺と、他に怪我人が出ないように防御魔法を施せ」


 リデルが楽しそうに腕まくりしながら、扉の前に立ってアメリアに指示した。


「まったく偉そうに」


 アメリアがため息をつくと、防御の短縮魔法詠唱を施した。



   「《静風障壁エアリアル・シールド》」



 リデルが魔法詠唱をし始めて両手を重ねて扉にかざす。

   


   「《風刃術ヴィント・アーツ》」



 その瞬間、風の突風が扉を攻撃した。



 途端にリデルに向かって微弱な電流が稲妻の如く身体に纏わりつく。

 

 だが、それはアメリアの魔法で相殺された。



「はっ、なるほどね。攻撃を感知すると静電気が発動する仕組みか。

 ふうん、害虫除けにはちょうどいい魔法だな。今度俺も使ってみよう」


 リデルは感心して、じろじろ扉を見つめる。


「あの感じだと、本来はちょっとビリっとして痺れる程度のものですね」


 マグナスが言うと、ディースが顎を大きく頷きながら撫でる。


「うん。同感だ」


 アメリアは四つん這いになって猫のように擦り寄って身を屈めて、床に伏したままのサブリナを覗き込んだ。

 

 一斉に視線がサブリナへと突き刺さる。

 さっきまでエレナを断罪していた群衆が、今度は彼女を疑い始めた。


「ねえ、サブリナちゃん。あなたの証言が怪しくなったんだけど、そろそろ本当のことを打ち明けてくれない? あなた、一体何をやったの?」


「何もしてません! もっと強力な魔法でした。

 だって、あたしはこんなに痺れて動けなくなったのに!!」


 納得いかないとサブリナは目を潤ませて口を一文字に結んだ。


「サブリナ様、水魔法で攻撃しましたよね?」


 エレナは独り言のように言った。


「は? 何言っているのよ」


 サブリナがエレナを睨みつけた。


「それから、カトリーナ様、指先を見せてください。

 火傷、してますよね?」


 エレナは絞り出すような声でカトリーナに近づく。

 カトリーナはびくっと肩を震わせた。


「どれどれ?」


 すかさずアメリアがカトリーナの手首を握って掌を広げた。


「あら、本当。指先が火傷しているわ」


「やっぱり」


 エレナは、はあっとため息をついた。


「わたしがこの静電気の防御結界を張った理由は、先日の攻撃魔法の魔力残滓が残っていたからです」


 青ざめる二人にエレナは真っ直ぐ向き合った。



「魔力残滓は二つありました。

 水属性と土、いいえ、土属性と誤認しそうですが、これは植物の生命力を強制的に引き出した跡……植物魔法です。これらは違う個体から発した魔力でした。

 魔力残滓はだいたい二、三日で風化します。


 今、この扉から漂うのは、リデル様の風魔法と、この前攻撃された同一の魔力の水魔法と植物魔法の残滓。新たに攻撃魔法がされ、リデル様のと混ざり残っています」



「あら、雀ちゃん、案外優秀なのね。

 そこまで魔力残滓が鮮明に読み取れるなんて。どれどれ?」


 アメリアが扉の前に立って撫でるように触る。

 

 しんと周囲が静まった。


 みんな固唾を飲んで、アメリアの答えを待つ。


 恐らく、この研究員の中で最も魔力量が強く、すごい魔法使いはアメリアなのだろう。


 しかも、彼女は最年長者。

 誰よりも信頼が厚い。

 だから、みんな彼女に従うんだ。


「そうね、わたしも同感。

 リデルの風、それからサブリナちゃんの水、カトリーナちゃんの土、いいえ植物の蔦、その三人の魔法残滓が感じられるわ」


 アメリアの声が部屋中に響いた。


「そんなぁ……」


 サブリナとカトリーナは悲壮感に包まれた表情をして、互いに庇うように抱き合う。

 そんな二人をエレナは冷ややかに見下ろす。


「サブリナ様は雷と水の相性――電流は水を伝って身体を走ることはご存知ですか?」


「それぐらい知っているわよ!」


「……おかしいですね。

 もし、あなたが水を『無』から生成できるほどの中級以上の実力者なら、これほどのダメージは負わなかったはずです」


 サブリナがぎょっと目を見開く。


「魔力で生成された純粋な水は、電気をほとんど通しません。

 けれど、あなたが使ったのはこの場の湿気や木々の水分をかき集めた不純な水だった。

 だから、術式に組み込まれた電流がそのままあなたを直撃したんです。

 つまり、あなたは『無』から水を生み出す基礎力すら備わっていない下級魔法使い」


「なっ……!」


 周囲がざわめいた。


「えっ、あの子下級だったの?」

「中級って嘘ついてたのか?」


 カッとサブリナの顔が真っ赤になった。

 

 エレナは冷ややかに二人を見下ろす。


「カトリーナ様の火傷も同じ。

 植物を伝って電気が流れた。

 ただ、水よりは伝導率が低いので、手を離した分だけ軽傷で済んだのです。

 それから、カトリーナ様はサブリナ様より魔力量が強いぶん、魔力に対する『感度』が良かったことも災いしましたね」



 二人は絶句した。



「土魔法は一般的には雷属性への攻撃時には有利です。

 それに、防御魔法は攻撃魔法よりも多く魔力を消耗しますからね。


 もし本気でやるなら、サブリナ様が水魔法で攻撃して、カトリーナ様が土属性の防御魔法に徹底していれば、この惨事は免れ、扉も突破していたかもしれません。


 けれど、あなたはサブリナ様と攻撃魔法を発動させ、ましてや植物の蔦を介してしまった。

 それが敗因です」



 ハッとしてカトリーナが、眼光を鋭くしたエレナを見た。


「ふふ、完璧な説明ね。どうする二人とも。罪を認めるなら今よ」


 アメリアは擦り寄る猫のように身を屈めて、二人の顔をまじまじと覗き込む。


「……あの、悔しくて……。

 年下でこんなローブを羽織った不気味な女の子があたしたちより上だなんて信じたくなかった。

 だから、少し困らせてたろうと思ったんです……」


 しくしくとカトリーナは泣き出した。

 サブリナは悔しさを露骨に出したまま、唇を噛みしめた。


「はっ、馬鹿だろ、お前ら。

 やっぱ魔法の知識だってやっぱチビの方が持ってんじゃん」


 リデルが鼻で笑いながら続ける。


「悔しいとか信じたくないとか、テメーの感情より、まずこの薄い扉に頑強な結界を張っている時点で、充分自分たちより実力が上だと気付けよ。何年魔法使いやってんだよ!」


「それ、君が言う? 

 君だってエレナちゃんの実力を疑って、鬼のように仕事を与えて翌朝までやっておけ、なんて無茶振りしたくせに。

 あのファイル、全部手付かずで白紙、君の筆跡の魔術計算式のメモ書きも何もなかったぜ」

 

 ディースが皮肉めいて言うと、リデルは気まずそうに頭を掻く。


「ああ、あれは俺が悪かった。

 だから、チビの実力も悟って、素直に謝った」


「あらら、それじゃあ()()()()使()()のサブリナちゃんも謝らないとね。

 先輩で上級魔法使いのリデルも、中級魔法使いのカトリーナちゃんも謝罪したんだもの。

 格下のあなたたちが謝るのが筋ってものよね」

 

 ねっとりしたアメリアの視線にサブリナは顔を真っ赤にさせた。


「ご、ごめんなさい」


 しばらくしてから沈黙を破り、みんなが見守る中、ぷるぷると肩を震わせて渋々サブリナは蚊の鳴くような声で呟いた。


「二度と、こんなことしないでください」


 エレナがそう言うとカトリーナだけは静かに頷き、周囲の空気もようやく和らいでいった。


「あの、ディース様」


 場が収まって、それぞれ作業に戻ろうとしたとき、エレナはディースに声をかけた。


「どうした?」


「あの、一般研究員で中級魔術師って、お仕事で古代魔道具に触れる機会ってあるんでしょうか?」


「え、中級で?」


「はい」


「ううん、絶対あり得ないね。中級で古代魔道具は危険すぎる。

 せめてリデルぐらいの上級者でないと厳しいよ」


「そうですか」


「なにか気になることでもあった?」


「いえ、大丈夫です」


 エレナはそれとなく何事もないような笑顔を浮かべた。


(やっぱりおかしい……)


 エレナは不気味な気配を思い出す。

 だって、あれ、完全に古代魔道具の魔力だった。


 なんで、彼女からそれを感じたの?


 エレナは一抹の不安を抱えながら、問題を起こした二人の背を見つめた。

 彼女たちの背後に、あの、どろり、とした不快な魔力が陽炎のように揺らめいて見えた。

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