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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮


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第36話 魔法使い令嬢の胸騒ぎ ―― 中庭のパレードと裏側に潜む殺気

 お昼休み。

 本日も晴天なり。


 最近のエレナの昼休みは、まず侍女食堂に噂収集をしに行く。

 その後、着替え終わってから、まだ昼休みの時間が残っていれば、たいていローゼルと中庭で会うことができたので、時間一杯までおしゃべりをした。


「今日も私たちは暇だねえ」


「うん、みんな、妖精姫のおもてなしに必死だもんね」


 エレナは欠伸をかみ殺しながら返事をした。


 魅了魔法の古代魔道具の研究もいよいよ大詰めで、研究に没頭してしまい、ここ最近徹夜続きだ。


 さすがに三日連続で王城に泊まり込んだため、マインラート・ソシュールから「いい加減に帰ってきて身体を休めなさい」とお叱りの手紙をもらったほどだった。


 侯国の妖精姫が遊学で訪れる前までは、クロフォードが魔法を教えにマインラート邸に頻繁に来てくれたので、必ず帰宅していた。


――よう、エレナ。今日は調子、どうよ?

 

 いつもクロフォードは深夜近く、窓からひょっこり現れる。


「いい感じだよ。クロフォードは?」


「う〜ん、ぼちぼちかなぁ。あ〜、でも今日街で寄った昼飯がくそ不味くて最悪だったかも」


「なにそれ。そんなにまずいの?」


「ああ、いままでかつてないほどの不味さでさぁ……」


 頭を掻きながら、撫でつけた髪をぐしゃぐしゃにして、腕まくりをする。


「んじゃあ、今日もクロフォード先生による魔法教室、始めますか」


「待ってました!」


 クロフォードから魔法を教えてもらうのは楽しい。


 彼の魔法は巧妙で繊細、美しくも荘厳だ。

 光彩陸離こうさいりくりで幻想的、胸がわくわくと躍る。

 静謐せいひつを秘めた詠唱なのにアグレッシブで、大地を踏み鳴らすような鮮烈なリズムを感じさせる。


 詠唱する姿は無駄がなく洗練されていて、どこか浮世離れしている。


 そんな彼にわたしは惚れ惚れとする。


 合間に話す何気ないおしゃべりだって、楽しくて気兼ねなくたくさん話せる。

 クロフォードもくだらない話やしょうもない冗談ばかりだけど、それでも身構えなくて心地いい。


 妖精姫がやって来てからは、クロフォードは王宮魔術師として魔法騎士団たちと警備にあたることになって、忙しいのか全然屋敷を訪れなくなってしまった。


 クロフォードのいないマインラート邸は少々息が詰まる。

 帰宅しにくい、というのが本音なのかもしれない。


 マインラートの教え方も懇切丁寧だし、すごく分かりやすい。

 教えてもらう度に、毎回感銘を受けるほどの神秘的な美と魔法を感じるが、マインラートが全力で放出した魔力をこの目で見てからだろうか、彼に対して“畏怖”という文字が常に頭に思い浮かぶ。


 マインラートはふだん飄々としているけれど、気圧される。

 絶対的に勝てないと思わせる隠然たる力がある。


 だからか、彼から教えてもらう時は、身の引き締まる思いがして、何が何でも必ずやり遂げなければ、という強迫観念に駆られる。


 マインラートとお話をするにしても、おしゃべり、というよりも上司への近況報告に近い。

 

 なんとなくだけど、マインラートからわたしは監視をされている、そんな錯覚に陥ってしまう。



 クロフォードとマインラートのような気兼ねない関係になるには、まだほど遠い。




「ねえ、エレナ。この前の王都で買ったコーヒー豆、飲んでみた?」


 ローゼルが尋ねた。


「うん」


「苦くなかった?」


「うん、あれはね、蒸らすのを丁寧にすると美味しくなるっていうのが分かったよ」


「へえ。エグミとか苦味も減る?」 


「減るよ。お湯の温度とか水の質とか淹れ方とか、それをちゃんとしてあげると、とても澄んだコーヒーになるの」


 つい先日も資料整理の合間に、誰にも見つからないよう魔法で完璧な温度調整を試行錯誤し、コーヒーをいかにカフェのように美味しく淹れられるのか、真剣に研究してしまったほど、最近すっかり心酔している。


「今度、ローゼルにもコーヒーをご馳走させて」


「うん! 嬉しい。楽しみにしてるね」


 この前、ローゼルと王都でお買い物した。

 友達と初めてのお出かけ。


 王都の中心の噴水公園で待ち合わせして、ローゼルのお勧めの雑貨屋に寄って、カフェでお茶して、珍しい異国の食品を巡り、ランチして、本屋で数時間居座って。


 なんだかんだとても楽しかった。


「そういえば、エレナ。お菓子の結果どうだった?」


「お菓子?」


「そう、えっと、変な薬入っているかもしれないっていう、お菓子たち」


「ああ~、あれね」


 エレナは微妙な顔つきになった。


「あのお菓子の中に、王都でも有名な洋菓子屋の、それもなかなか手に入らないお菓子も含まれてたからさ。ちょっと気になっちゃったんだ」


 ローゼルが茶目っ気たっぷりに舌をちょろっと出した。


「ほら、お菓子とか、モノには罪がないっていうし、何もないのなら食べてみたいなあ、なんて」


 ローゼルは恥ずかしそうに指をこねくり回し出す。


「あ~……」


 エレナはますます言いにくくなって、視線を泳がす。


 ローゼルは大の甘い物好きだ。

 けど、家の借金のため、高級品と言われる菓子を自分のために購入しない。


 お菓子は自分で材料を買って作るのが当然のスタンスなので、赤の他人様から貰ったお菓子は、とても貴重なのだそうだ。


 先日の買い物もローゼルは最低限の日用品と、ちょっとした本とお酒を買っていたぐらいで、装飾品や化粧品、香水などを購入する素振りがなかった。


 想像以上に切り詰めて生活している。



 かくいうエレナもローゼルと同じで、そこまで飾り立てる服飾にお金をかける方ではないので、本と珍しいお茶、それからコーヒー豆と用具一式を購入したぐらいだ。


 別に切り詰めて生活する必要はないけれど、エレナはそんなローゼルが堅実で慎み深く、見習いたいと思っている。


 貴族らしくないといえばそうだが、ローゼルは簡単にモノが手に入らないから常にあるものでどうにかならないかと考える。


 上級貴族では思いつかないような細やかな気遣いも、目配りも、彼女は条件に合わせて上官が望む以上の仕事を平然とやっている。


 ローゼルの仕事の有能ぶりは、あっという間に有名になった。

 最近も侍女食堂でも話題に上がったほどだ。


 そんなローゼルに貢がれたお菓子の量は凄まじかった。


 エレナの想像以上。


 お菓子の入った缶の大きいのが20箱に、小さい箱25箱。キャンディーの入った布包みが11袋にお茶葉缶が12缶。


 フードを目深に被っているエレナですら、「新人さんだよね、頑張ってね」なんて、見ず知らずの官僚からお菓子を渡されたのだ。


 エレナが、アメリアにそれらの菓子たちの鑑定をお願いすると、アメリアは喜んで薬物鑑定魔法をしてくれた。


 結果、ローゼルに贈られた七割の食べ物に怪しげな薬が盛られていた。


 結婚したい貴族子息たちが、新人女官を花嫁候補として品定めしているのだろうけど、その熱意が少々怖くも感じる。


 媚薬入りのお菓子の量の多さに、様子を偶然見に来たリデルもディースもドン引きしているのに、

「これは面白いわ、こんな媚薬オンパレードは初めてよ」

 アメリアだけは目をぎらぎらさせて、今回目新しく見つけた媚薬成分の薬品分析を心から楽しんでいた。


 エレナもその分析方法を教えてもらって、実際自分が貰ったお菓子の内容物を確認してみたら、こちらも強力な媚薬剤が入っていて肝を冷やした。



「う~んとね、みんな、ローゼルのこと好きみたいでね。

 どうしても惚れてもらいたかったみたいなんだよね」


 遠回しにエレナは媚薬が盛られていた事実を言うと、ローゼルの顔が歪んだ。


「それって、結構な量のお菓子に変なモノが混じっていたってことよね?」


「えっと、控えめに見積もって、半分強だったかな」


 つい視線が泳ぐ。

 正確には七割を超えていたなんて、甘いもの好きなローゼルには到底言えなかった。


「はあ? 嘘でしょう。あり得ない」


 げんなりした声がローゼルから漏れ、彼女は細い指で頭を抱えた。


「あんな高価なお菓子に不純物を混ぜるなんて、お菓子に対して失礼だわ。

 それを作ったパティシエや、材料を育てた農民たちに謝ってほしいくらい!」


 相変わらず貴族令嬢らしくない発言だ。


 貴族はお菓子なんてその辺のふわふわの白パンと同じ扱いで、高級品ともなんとも思わない。

 

 ましてや、格下の平民のパティシエや農作物を育てている民のことまで貴族は思いやらないのが通例。っていうか、そこまで考えない。


 そこがローゼルらしくて、本当に面白い。

 エレナはそんなローゼルが好きだし、その考えに共感する。


「実は、わたしも知らない官吏から貰ったお菓子があってね、それもクロだった」


 エレナは苦笑した。


「えー! もう、みんなお菓子をなんだと思っているのかしら」


 ローゼルは目を吊り上げた。


「処分するね、怪しいお菓子は」


「……ねえ、一人きりの時なら食べても問題ないかな」


 おずおずとローゼルが上目遣いで尋ねた。


「呆れた。あのね、もし特定の殿方にしか惚れない特殊な薬を盛られてたらどうするの? 

 それこそ、取り返しがつかないよ? 

 婚約破棄されて賠償金も請求されるし、いいことなんてないよ」


 エレナが怒り口調で言うと、ローゼルはさすがにばつが悪い顔して悄然とした。


「そうよね」


「もうお菓子やお茶は、その、身元が確かで信じられる人以外受け取ったら駄目だね。

 特にローゼルは可愛いから気を付けてよ」


「私が可愛い?」


 ローゼルはきょとんとした。


「うん、ローゼルはすっごく可愛いよ」


「何言ってんの。エレナの方が可愛くて美人だよ?」


 ローゼルは照れ臭そうに笑って、エレナの顔を覗き込んだ。

 エレナは苦笑した。


(この子、自分の可愛さ、分かってないのかな?)


 もしローゼルが何も知らず食べて、変な男に人生を狂わされたら……。そう思うと、ゾッとする。


 そんなローゼルは、空を仰ぎ見て、諦観の念をあらわして、おもむろにため息をついた。


「はあ、美味しそうなお菓子一杯あったけど。残念」


「甘いモノはリラックスすると同時に脳を活性化させる、だっけ? 試験の時も言っていたよね」


「うん、そうなの! 覚えていてくれたんだね」


「もちろん。ローゼルとの初対面の貴重な会話だもん。

 今度美味しいお菓子見つけたらプレゼントするよ」


「ううん、プレゼントはもう懲り懲り。

 この前みたいに一緒にエレナと食べに行きたい」


「そうだね。行こう」



 そのとき、ざわっと風が吹いて、中庭の向こう側から賑やかな声が聞こえた。


 不思議な魔力と、異国の香り、華やかな集団が現れた。

 アイルナバロー連合帝国では見かけない、色素の薄い美しい男たち。



 その中心には、麗しき美少女。



 透き通る肌に銀色の髪。

 侍女食堂で耳にした噂の、どこか夢幻的な美しさのある妖精姫がこちらを歩いて来る。


「うわぁ、キレイ。

 あれ、ナイトレルム侯国のお姫様だよねえ」


 ローゼルが思わず恍惚とした声を上げた。


「だね」


 エレナとローゼルは、妖精姫御一行様の邪魔にならないよう中庭の端っこにそれとなく身を寄せた。


 妖精姫は噂通り、ルシアン・クレインバール卿をかたわらに歩かせ、なにやら積極的に熱心に話しかけている。

 まさに恋する女の顔なのだが、ルシアンはむっつりと黙り込んだままで、失礼のない程度に時折相槌を打つ。


 そのとき、お姫様がエレナやローゼル、他の女官たちに視線をおもむろに投げ、そして、()()()()()()()()笑みを浮かべた。


 その瞬間、言葉に出来ない嫌悪感を覚えた。


 せっかくの美貌が底意地悪く、台無しになるほどの剥き出しの選民意識。

 美しさが毒に侵されているような不快感。



「ねえ、エレナ、あの黒髪短髪の大きい人が、レイノルドの憧れの総騎士団長?」


 ふとローゼルが尋ねた。

 ローゼルは初めてルシアン・クレインバールを見たようだ。


「うん。そう。キレイな顔の男の人だよね」


「だね、武官って感じの顔じゃないよね。

 でも、身体が大きくてごっついからかな、武官って言われれば武官だって頷ける」

 

 ローゼルがもぞもぞしながら、エレナに身体を寄せて囁いた。


「体格もだけど魔力量がとにかく爆発的に多くて、私はちょっと怖いかも」


「あ~、うん、分かる」


「エレナも怖い?」


「怖いっていうか、その、わたし、根本的にイケメンってなんか苦手なんだよね」


「へ? そうだったの?」


 ローゼルが意外そうな顔をした。


「うん、綺麗すぎて眩しすぎるっていうか、直視できない」


「あはは。なんかわかる気がする。

 じゃあさ、ランスやレイノルドはどうなの?」


「え? なんであの二人?」


 エレナはきょとんとした。


「あの二人も割とイケメンじゃない?」


「ローゼルはあの二人がタイプだったの? 

 ローゼルにはネイトが……」


「違う違う。もう、そうじゃないんだって。

 エレナにとってどう? って話」


 ローゼルはエレナの言葉を遮って言うと、拗ねた表情をした。


「わたし? うん、二人とも真逆のタイプでカッコいいし、素敵だなって思うよ」


「う~ん、私の求めてた答えじゃない。

 エレナは、本当自分に向けられたベクトルに鈍感すぎね」


「ん? ベクトル?」


 ますますエレナが首を捻る。



 妖精姫のあとを端正な顔立ちの護衛と官僚たちが通り過ぎる。


 今回メイン外交官として同行しているランス、そして、露骨にうんざりした顔つきをするクロフォードもいた。


 妖精姫御一行様の一員なのに、クロフォードだけはなんだか違って見えた。

 単に美しいと言えばそれまでなのだが、独特な雰囲気を感じた。 

 

 エレナがクロフォードとマインラートと懇意にしていることは内緒だ。

 もちろん、ローゼル、他同期にも。


 ランスがエレナとローゼルに気付くと、爽やかな笑顔を浮かべた。

 二人とも軽く手を振り返した。


「ああやってみると、ランスっていいところのお坊ちゃんよね」


 ローゼルが改まった口調で言った。

 エレナは同意してくすっと笑った。


「だね。素敵な貴公子にしか見えない。あの痛快な毒舌はみんなに秘密なのかな」


「そうじゃないかな。ひとたび口開けばあの外見との落差はないよね」


「けど、一番落差があるのはネイトの方じゃない?」


「ああ、確かに。見目麗みめうるわしい爽やか青年なのに、一言しゃべりだしたときのあの口の悪さ。あれはネイトに憧れている令嬢を幻滅させるレベルだよ」


「うん、間違いない」


 そのとき、エレナはつまらなそうな顔をしているクロフォードと目が合った。

 エレナは陽の光よりも温かいものを頬に感じた。


 ローゼルに見えないように小さく手を振ってみる。

 クロフォードの目が一瞬見開き、小さく何度も頷いた。


(ふふ、あれは間違いなく照れている)

 

 クロフォードは思った以上に照れ屋さんで、ちょっと天邪鬼で不器用なところがある。


 そういえば、ニコライ捕獲の褒美でお出かけしよう、と言っていたが、何かと互いにスケジュールが噛み合わず、まだ出掛けられていない。


 このご遊学の付き添いが終わったら、ちょっと声をかけてみようか。


(そういえば、クロフォードも”イケメン”といえば、イケメンだよね……)


 けど、なぜだろう、彼は別。



 キラキラで眩しい、というよりも、同志であり、仲間。

 ううん、特別。

 他愛ない話をする、その短くそっけない一言が愛おしい。


 ほんの一瞬、横を向いて交わす視線が限りなく嬉しい。



 自分がうきうきしているのがなんとなくおかしくなって、エレナの口角が上がる。

 そんなエレナをローゼルが不思議そうな表情をして見上げた。


「なんかいいことあった?」


「ううん、またローゼルと王都でお買い物したいなって思っただけ」


「あっ、いいね。今度はさ、最近出来た中心街のカフェでお茶しよう」


「あそこの新作のケーキ食べたい」


「私も!」


 ローゼルが頬を緩めている間に、妖精姫御一行様は去って行った。


 エレナとローゼルは、法務省のある執務塔へ向かって歩き出す。

 しばらくするとローゼルがぼそっと言った。


「ハリボテ感満載のお姫様のお散歩風景だったね」


「ローゼルもそう思った?」


「うん、なんか浮いてる感じがした」


 今回の侯国出迎えにあたり、国賓を迎えるための練習台として若手官僚が全面的に活躍している。


 一応粗相があってはならないし、あってもすぐフォロー出来るようにと、文官からは総務省宮廷内部局のバーンズリー局長(同期ホキアンの父)が、武官からはルシアン・クレインバールがお目付け役としてつけられたようだ。

 

「あのお姫様。わざと官吏のお昼休み場所をお散歩したんだよね、見せびらかすために」


 ローゼルが眉間にしわを寄せた。


「見せびらかす? 何を?」


「ルシアン・クレインバール卿と自分が仲良しってこと。

 ほら、かなり勝ち誇った顔していたじゃない?」


「ああ~、ローゼルもそう感じた?」


「うん、そりゃあね。去り際なんてさりげなくクレインバール卿に寄り添うみたいにして、女官たちを見てきたし。 なんか、感じ悪い、女官に喧嘩売ったな、って思った。

 そういうことするから、評判悪いんだよ。『協力国のお姫様が偉そうに』って」



「ねえ、ローゼル。初歩的で申し訳ないんだけど、その、協力国と友好国って、何が違うの?」


 ふと、エレナはずっと疑問に思っていたことを尋ねた。


「えっとね、協力国は軍事的な約束だけ。

 侯国の場合、マリュード皇国に攻められたら援軍を出すって取り決めがあるの」


「ふうん」


「その点、“友好国”は経済、政治、文化面での交流を深め、互いに良好な関係を築こうとしている国を指してるよ。

 国際的交流も盛んだし、身近な例だと、北西のインリューラーク王国とか南部のビファーヘイブン共和国、東のライニード王国はまさにこれ。

 あちらの国のトップが来るときは国賓として招くことが多い」


「ああ、だから陛下が率先して夜会や晩餐会を開くんだね」


「そう。国全体で大いにもてなすの。

 今回はさすがにそこまでではないみたいだね、殿下たちがおもてなしをされているようだけど、夜会はごく一部の上級貴族だけを招待していたみたい。

 国をあげて歓迎ムードとかちょっとほど遠いかな」


 エレナは首をかしげる。


「じゃあ、あのお姫様が総騎士団長をご所望するのは問題ないの?」


「そりゃあ陛下が命じたら、クレインバール総騎士団長は臣下として陛下の御命令とおり婿として出向くしかないよ。

 けど、すでに陛下が婿候補として第3皇子クラレンス殿下を紹介しているからね。他の家臣を望むのは礼儀違反だよ」


「まあね、一国の次期王位継承者にしては奔放な振舞いだよね」


「奔放っていうか……世間知らずだね」


 ローゼルは肩をすくめた。


「侯国とは深い交流もないし、国益を損ねてまで総騎士団長を差し出す理由はない。

 姫様はそこを分かってないみたい」


 それだけあの国との婚姻に、この国はメリットを感じていない。


 帝国民に愛されている第3皇子だが、後ろ盾は弱く、そこまで強大な魔力もない。



――だからこそ、侯国が寝返らないための楔として婿入りさせるには都合がいい。



 けれど、それ以上の意味はない。


「もし本気で婚姻を考えてるなら、大臣たちが動いてるはずだよ」


 ローゼルは淡々と続ける。


「外務省も軍部も、法務官まで引っ張り出されてね。

 あんなふうに若手の練習台のようなエセ国賓扱いはしないで、本格的に国賓扱いでもてなすよ」


「なるほど。じゃあ姫様の婿探し、侯国も本気じゃないんだね」


 エレナは思わず笑った。


「たぶんね。あの侯国の面子を見る限り、若い人ばっかりだったじゃない。

 侍女も年配者が誰一人いなかったし。重役っぽい人もいなかったしね」


「さすが、法務省。よく見てるね」


「ううん、私なんてまだまだ。

 これは先輩たちからの受け売りだよ」


「えー、でもこうやってわたしに分かりやすく教えてくれたじゃない、ローゼルだってすごいよ?」


「ううん。もうね、先輩たち、びっくりするほど頭が良すぎて全然ついていけないもん。

 毎日法律全書が手放せない。日々勉強だよ」


 ローゼルはうんざりするような面持ちを浮かべて、苦笑した。


「それにしても……そう考えるとさ、あのお姫様、少し可哀想だね」


 エレナはぽつりと呟いた。


 当たらず触らず、この国での遊学中に何事もなく平和に過ぎ去ってくれればそれでいい。

――この国にとって、侯国がマリュード皇国側につかなければそれでいい。


 侵略されず独立国家でマリュード皇国に屈することがなければ充分。



「まあね。侯国の皆さんは彼女には激甘みたいで、咎める様子もないし」


「それって一歩間違えれば道化だよね」


 侍女たちが彼女のことを「世間知らずの他国のお姫様」と揶揄しているのも頷ける。

 そもそも彼女の行動は一国のお姫様っぽくない。


 年齢はエレナと同じらしいんだが、なんだか幼稚だし、おとなげない。

 どこか夢見がちっぽい。その奔放さは、無邪気さではなく危うさに見えた。


 そういうことも相まって、クラレンス殿下もあくまで他国のお姫様を案内しているに過ぎない態度で淡々としているいう。


「自分が国の代表としてもてなされている自覚がないのかもね」


 ローゼルの声は醒めきっていた。


「そうだよね、命狙われているんでしょ? 

 それなのにいくら王城内とはいえ、官僚が大勢休んでいるこの中庭を闊歩かっぽするんだもの」


「ね、ちょっと警戒心なさすぎ。

 離宮でご宿泊なら、ふつう散策は結界が強固な宮殿内の庭園のはずだもん」


「確かに。不自然」


「まったくだよ。それじゃあね、エレナ。私、戻るね」


「うん、またね」


 ローゼルは手を振って、執務塔へ歩き出した。



 エレナも魔法省のある塔へ向かって歩いていると、マリュードナバロー語を話す女性2人の声が耳に飛び込んできた。


――どうしてマリュードナバロー語?


 マリュードナバロー語は、敵国マリュード皇国の公用語だ。


 マリュードナバロー語を話す彼女たちは、侯国の妖精姫付きの侍女たちだ。

 どこか異国情緒漂う寒い地方独特な制服ですぐ分かる。


 彼女たちの顔色は心なしか強張っていてやけに真剣、顔色もなんだか蒼ざめていた。

 何かを熱心に打ち合わせしながら、ぶつぶつ話し合っている。


(あれ? 侯国の人たちは、マリュード語を話すときも独特の訛りがあるはずなのに、彼女たちはあまりに流暢すぎる……?)


 その違和感は、あの日に感じたものと似ていた。


――官僚登用試験。

 あのとき、魔法で憶えた台詞で、マリュード皇国による爆発テロを未然に防げた。


(何をしゃべってるんだろう)


 エレナは、最近マリュードナバロー語を勉強している。


 敵を知って己を知る。

 敵の状況や戦力、戦略を理解し、同時に自分の能力や資源を正しく把握していれば、何か事が起きても対応できる。


 好奇心も相まって、なんとなく気になって聞き耳をたてた。


(ふむふむ、妖精姫がルシアン・クレインバールのためにお菓子を作るとかなんとか言っている……)


 必死で知っている単語を照らし合わせて理解しようとする。

 勉強している甲斐もあって、単語がわかると少し嬉しい。


 平穏な会話そのもの。


 けれど、なんだろう、胸騒ぎがする。

 不穏な雰囲気が漂う。


 そのうち彼女たちの口から聞き慣れない単語が飛び出した。



――ヨヒンベアドルナ



 まるで呪文のような単語。


 この単語は何というんだろう?


 お菓子の材料のひとつなのかしら。

 さっきからヨヒンベアドルナ云々ってずっと話しているけど……。


 マリュード語の文法にしては語尾の跳ね方がおかしい。

 まるで、理性を焼き切るための古い呪詛のような、いま研究している魅了魔法の理論とも、どこか共鳴するような嫌な波動を感じる。 


 どちらにしろ、お菓子の材料にしては妙に重く、くらい意味を孕んでいるように思えた。


 なにせ、彼女たちの表情は穏やかとは無縁だ。

 真剣というより、破滅を覚悟したような切迫した調子だった。



 ヨヒンベアドルナ


 

 不思議な響き。

 お菓子に混ぜるには、あまりにも禍々しい。

 


 エレナには、姫様の奔放さと、この不穏な言葉が奇妙に頭の中でリンクし、ただの甘い菓子作りの話には思えなかった。

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