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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮


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第33話 新人女官令嬢と魔法省の魔女――甘い香りは危険のサイン

 侍女食堂を出て人がいなくなると、小次郎がポケットから飛び出してきた。


『俺様、ひとっ走りして主様に報告してくるな!』


 そういうとリスらしく柱を伝って天井まで昇り、尻尾を振り回してちょこちょこ走り去った。



 エレナは着替えを済ませて、ローブを羽織って魔法省の入っている魔法塔へ戻る。

 途中、中庭でローゼルたち同期とすれ違った。


「あのね、いまから中庭を時間まで散歩しようと思っていたんだ。エレナも行かない?」

 

 ローゼルに誘われ、エレナは外の空気を吸いながら庭園へ向かった。



 心地よい昼の日差し。

 

 庭園は広々としていて、噴水の周りには色とりどりの花が咲き誇っていた。

 芝生の上には木製のベンチやテーブルが置かれ、昼食を楽しむ官僚たちの姿がちらほらいる。


 噴水の水音、花の香り、柔らかな風。


 本日の任務完了も相まって、 緊張が緩む。

 

 気兼ねなくおしゃべりできる同期たちと過ごすこのひとときが、どれほど貴重で安心できるものか改めて感じる。


 新人研修を経て、かなり打ち解けていた。

 エレナたち同期は“様”や“嬢”などの敬称をつけずに呼び合う仲になっていた。


「じゃあ、みんな教育係には恵まれたんだね」


 エレナは自然と笑みが零れた。


「うん、本当よかったね、って、ちょうど一安心していたところだよ」


 ローゼルが無邪気に頷いた。


「そうだ、エレナ」


 ランスが思い出したように声をあげた。


「魔法省恒例の新人いじめの洗礼は大丈夫だったか?」


「え?」


「さっき、モレーノから聞いたよ。

 さっそく無理難題、杖の成分を調べろって、先輩から丸投げされたんだろ?」


 同期のみんなが、エレナに心配そうに視線を集めた。


「ああ、うん。モレーノのお陰で解決したよ。

 心配かけちゃったね。

 けど、その、新人いじめって、恒例なの?」


「らしいよ。魔法省は軍部同様、実力主義。

 軍部はまだ縦社会で血の気が多い武官が多いから上層部も常に目を光らせているみたいだ。

 特に各騎士団長は強いし、曲がったことが大嫌いな人たちばかりだから、筋違いのことをするとかなり怖いらしい。

 けど、魔法省はそういった縦社会じゃない分、陰湿。

 最初から一般研究員と特別補佐官って真っ先に格付けされるって聞いたし。

 で、それって本当か?」

 

 ランスは心配そうにエレナの顔を覗き込んだ。

 ほかのみんなも同様に真剣にエレナの反応を待つ。


「うん、一般研究員と特別補佐官で作業する場所も分かれてる」


「そうなんだぁ。すごいね、まさに実力主義。

 まあ、身分差で分けられるわけじゃないから、ある意味ありがたいのかな」


 ローゼルが渋い表情で言った。


「あれ、魔法省だけらしいね。

 一般研究員もそこからさらに細分化されて下級、中級、上級って分類されるらしいし」

 

 モレーノが補足した。


「へえ、所属しているわたしより、みんな、詳しいね」


 案外、外部の方が魔法省の印象を言い当てているかもしれない。


「っていうより……」


 男性陣がレイノルドに視線を投げた。


「俺なんだ、その、魔法省の特殊な上下関係を話したのは。

 俺の教育係がエレナを心配していたから」


 神妙な顔つきでレイノルドがじっとエレナを見た。


「わたしを?」


「ああ。今年の新人女官はローゼルとエレナだけだから、何かと二人は注目を浴びてるらしいんだ」


 そういえば、ディースも似たようなことを言っていた。

 新人女官は何かと注目を浴びる、って。


「ローゼルの法務省は、公平公正で有名な大臣の下だから問題ないだろうけど、魔法省はいろいろ利害や派閥が絡む魔窟らしくて。

 大臣が中立貴族のリックランス公爵になってからは、だいぶ、そういった暗部が少しずつ取り除いているらしいけど、その部下は腹に一物を抱えている曲者揃いだと聞いたんだ」

 

 レイノルドはエレナとローゼルを交互に見た。


「私は平気だけど、大丈夫? エレナ」


 ローゼルが心配そうに顔を覗き込んだ。


「う~ん、言われてみれば、確かに。

 一般研究員の方々はなんか色々ありそうな感じはしたけど。


 でも、わたしは、とりあえず特別補佐官だからって個室をもらったの。

 いまのところ、陰湿な洗礼はまだ受けてないよ。

 大量の仕事を振られたぐらいだし。

 

 それも最終的に教育係が、その仕事を振って来た先輩をしっかり注意してくれたし、でもなぁ、あれはあれで……」

 

 個人的に、あれだけやることがある方が、逆に燃えた。



 リデルが振って来たたくさんの魔法案件は、いままで自分が本で得た知識や、領地で魔物討伐などの実践で得た経験がそのまま活かせた。



 すごく有意義で、とにかく楽しかった。



 それに、必要な貴重な辞典などの書物は個室の本棚にすでに用意してあったし、足りなければ王宮内図書館に行けばあった。


 領地では祖母の目が厳しかったから表立って魔法の研究が出来なくて、むしろ魔物討伐のときも肩身の狭い思いをしていたけど、ここでは、のびのびやらせてもらえる。

 

 もちろん、それが仕事だからこそ堂々と魔法に向き合える。



 つまり、天職!



「楽しかった」

 

 思わずエレナがへらっと締まりのない笑顔を浮かべると、ランスが噴き出した。


「ふっ、全然苦じゃなさそうだな」


「えへへ、うん。

 実はモレーノに見せてもらったドラゴンの髭だって、ああいう機会じゃないと滅多にお目にかかることないし、そもそも杖って、うちの国にはない文化じゃない?

 隣のインリューラーク王国とか魔法国家の伝統というか、ものすごく貴重な経験した感じで、ますます魔法が好きになった感じだよ」


 大好きな魔法トークで饒舌になり、エレナの顔に満面の笑顔が広がるので、みんな一瞬きょとんとして、次に同時にくすっと笑った。


「やっぱエレナは魔法オタクね。

 エレナのレベルからいけば、一般研究員のいじめなんか全然問題ないのかもよ」


「マジかあ、心配して損したじゃん。

 でも、何事もなくてよかったよ」


「あはは、でも、なんとなくそんな気がしたよ。

 王宮医務室に来た時もすごく目がキラキラしていた気がするんだ。声も心なしか弾んでいたし」


「俺たちの同期の魔法使いは、思っていた以上に胆力があって偉大だったよ」


「まったくだな。

 逆にそこまで心配しなくてもよかったか」


 みんな苦笑を浮かべつつ、ほっと胸をなでおろした。


「それじゃあ、俺は片づけておきたい仕事があるから先に戻るな」


 ランスが軽く手を振った。


「ああ、そうそう。エレナ」

 

 去り際、ランスがエレナの前に立った。


「研究に没頭しすぎて寝食忘れるなよ」


 ランスはエレナの頭をポンポンした。


 みんなが一瞬「おや」という顔になって、エレナはランスの優しい眼差しと目が合って、一瞬息の仕方を忘れる。

 

 ランスはそんな視線なんかお構いなしで、そのまま爽やかな笑顔で「じゃあ」といって別れた。



 エレナはランスの触れた頭をそっと撫でるように触った。

 胸が甘酸っぱく騒ぎ、奇妙な疼きを覚えた。



「ふうん、そのうち職場恋愛が始まるのかなあ」


 ホキアンが意味深に言い、ネイトが「かもしれないな」と含蓄ある笑みを浮かべ、「俺も戻る」とレイノルドは心なしかむっとした表情で去った。


「あらあら、ふふ。これから楽しい展開になりそうだね」


 ローゼルがニヤニヤ笑って、エレナの肩に手を乗せた。


「どうするの? 引く手数多っぽいよ、エレナ」


「え? なにそれ」


 エレナは言われていることがよく理解できず、ぽかんとした。


「まあまあローゼル、こういうのは部外者が口を出すものじゃないって」


 モレーノまでニヤニヤ笑った。


「それもそうだね」


「だろ? んじゃあ、僕らも失礼するね。それじゃあね」


 モレーノ、ネイトもホキアン、エレナを見、ニヤニヤしながら去って行った。


(なによ、みんなして……)


 エレナだけが意味が分からず不服に思っていると、ローゼルがじっとエレナの顔を覗き込んだ。


「私には恋バナなんてほど遠いからね、エレナの恋バナがあったら聞かせてね」


「それは婚約者がいるから?」


「まあね」


「婚約者とラブラブ展開とかあるかもよ」


「う~ん、それはないね」


 やけに醒めきった声だった。


「私たちの関係性はあくまでも家同士の約束。それだけだから」


 ふだんから空気を読めないエレナでも、これ以上触れてはいけないな、と感じ、なんとなく気まずい沈黙が流れた。


「あっ、そうそう。ローゼル。話は変わるんだけどね」


 エレナは仕切り直すように、ローゼルにディースが言っていた注意事項を伝える。


――知らない官吏からお菓子を貰っても口にしないように。


「媚薬とか変な薬とか盛られているかもしれないからだって」


「えええ? 嘘でしょぉ」


「その驚き方、ひょっとして……」


「うん、実はすでにいろいろお菓子恵んでもらっているんだよね」


「食べた?」


「ううん」


「よかったぁ」


「昨日はお父様も家にいたから、一緒に夕食を食べることになっていたの。

 ちゃんと夕食を食べないといけないと心配させちゃうし、あえてまだ手を付けてなかったんだ。

 でも、今日三時のおやつに食べようかなあって密かに思ってたけど……」


 ローゼルは顔を蒼ざめた。


「間一髪だったね」


 エレナがほっとすると、ローゼルはムッとして口を尖らせる。


「せっかく有名なお菓子があったのに。すごく楽しみにしていたのにぃ。ああ、もったいない」


「でも、薬を盛るような怪しい殿方に恋しちゃう方が大変じゃない? 特に婚約者いるし」


「そうよね。うん、けど……」


 ローゼルは名残惜しそうな声を落とした。


「じゃあ、そのお菓子は貸して。

 時間できたら分析してみる。食べても平気か確認するから」


「いいの? エレナの邪魔にならない?」


「全然。むしろ、そんな怪しげな薬を分析できるなんていい勉強になるよ」


「もう、ほんと、エレナの魔法オタクぶりは筋金入りだね」


 ローゼルはケラケラ笑った。


「それじゃあ、今度持って来るね。分析よろしく!」


 ローゼルは軽く手を振って法務省のある執務塔へ戻って行った。


 ディースの忠告どおり、お菓子で餌付けして仲良くなろうとする、それも紳士的ではなく、下衆な下心を持って近づいて来る官吏はいるようだ。


 ぶるっと、エレナはなんとなく寒気がして、魔法省へ戻った。



*

 エレナが魔法省の自分の研究室に戻ると、違和感を覚えた。


 扉、誰かが触った形跡がある。


――魔法残滓まほうざんし

 魔法を使えば必ず残る痕跡。


 ディースが言っていたとおり、扉に鍵をかけて、さらにエレナ以外が開けられない施錠魔法を施していた。

 部屋内も、エレナ以外は持ち出しができないよう束縛魔法を施してはあったけれども。


 それでも強引に開けようとした痕跡が残っていた。

 魔法がいくつか使われていて、魔法残滓まほうざんしが漂っている。


 ゾッとした。


 とりあえず、扉を念入りに確認する。

 

 部屋に入り、失せ物がないか念入りに確認した。


 部屋の中までは侵入された形跡はない。

 古代魔道具も無事だ。


 相手の魔法に打ち勝つにはシンプルにその相手より魔力量が強く、技術が優れていることだ。


 侵入できていないということ、つまり、扉を力ずくで開けようとした者は、わたしより魔力量も技術も劣る魔法使いだ。


 昼休みはほぼ全員席を外すため、魔法省所属でない者だって出入りが出来る。


 魔法残滓があるから犯人探しをしようと思えば、いくらでもできる。

 けど、それは時間の無駄な気もする。

 そんな時間があれば、ローゼルがもらったお菓子の分析方法を考える方が有効的だ。


 ひとまず、今度扉に攻撃魔法を仕掛けられた場合を想定して、微弱な静電気が相手の身体に走るぐらいの結界魔法は仕掛けておこうかしら。


 一度結界を解除する。


 そのとき、花の甘い香りが漂った。


「あんらぁ、あなたが新人特別補佐官?」


 ねっとりとした女性の声に、エレナは振り返った。


 妖艶なすらりとした美女がいた。


 長いブロンドヘアに碧眼の瞳。

 透けるように白い肌。

 そして、薄い絹のワンピースは、陽光に透けて身体のラインを露骨に浮き彫りにしている。


 それどころか、下着のレースの刺繍までがはっきりと見て取れた。

 豊満な胸が半分近く見え隠れし、スリットの入ったスカートからはしなやかな美しい生足が覗く。


(は、破廉恥すぎる!)


 目のやり場に困るどころか、どこを向いても彼女の白い肌が視界に飛び込んでくる。


 エレナは思わず自分のローブの襟元をぎゅっと掴み、あまりの刺激の強さに耳たぶまで真っ赤に染め上げた。




 それにしても、扉は締めていたはずなのに、彼女は平然と開けた。



 あの扉は、魔力の強さを量るように作られている。

 弱ければ弾かれ、強ければ通される。

 つまり、魔力はエレナより強い。


(ちょうど結界を解除してたからなあ)


 強い者ほど容易に入って来られるのも事実。

 

 だから研究室には、結界を張り重ねておくことが欠かせないのだ。


 とはいえ、彼女から莫大な魔力を感じるのは事実。



「ふうん、顔認識させないための認識阻害付与魔法のフードを被ってるのね」


 美女はつかつかと部屋の中に入ってきて、エレナの目の前に立つ。

 そして、吸い込まれそうな碧眼に淫靡いんびな色香を混ぜた眼差しで、じっと見下ろす。


「よろしくね、可愛い雀ちゃん。特別補佐官アメリア・レンフィールドよ」


 甘い花の香りがエレナの鼻腔を突き、ふわりと豊かな胸元が視界を覆った。

 柔らかな指先がエレナの顎を捉え、逃げ場を奪うようにくいっと上向かせる。

 フードが滑り落ち、無防備な素顔がさらけ出された。


「やっぱり。フードを外した方がずっと美少女じゃない」


 彼女は艶やかに微笑む。

 あまりの美しさとその色気にエレナは顔を真っ赤に染め上げた。


 口づけできそうなほどの至近距離。

 近くで見れば見るほど、すごい美人である。


「お姉さんがいろんなこと、教えて、あ・げ・る」


「は、はい……」

 

 まるで強烈なお酒を呑んで酔ったような凄まじい浮揚感。

 のぼせあがりそうだ。


「おい、アメリア、やり過ぎるなよ」


 そのとき、空いた扉の向こうから男性の声がした。


「あら、なあに? 一般研究員に成り下がったリデル殿。何か文句でも?」


 アメリア・レンフィールドが鋭い眼差しを扉前に立つリデルに視線を投げた。


「ああ、あるよ。いたいけな新人を自分の研究材料にしようと目論むな」


「あんたには関係ないでしょ?」


「ああ、関係ないさ。

 でもな、これ以上何かあって俺のせいにされたらたまらんからな」


「はあ? あんた、すでに何かやらかしたの?」


 アメリアは呆れた声を上げた。


「やらかしていない。新人の腕試しだ」


「で、結果は?」


「すげえ奴が入って来たっていうのがよく分かった」


 リデルがエレナに視線を投げ、そして、ぎょっとしたような顔をした。


 それから奇妙なものでも見たような顔つきで、エレナの顔をじろじろ見る。


「で、この色っぽい新人美少女雀ちゃんに何をやらせたの?」


 アメリアが尋ねた。

 リデルがなかなかしゃべり出さないからだ。


「ああ、俺の苦手分野の成分解析をたった数時間で終わらせやがったんだ。

 しかも高等魔術でちゃんと確認までやってのけた。

 ディースもさぞかし焦っただろうね、こんな優秀な人材が教育係になるなんてな」


「ディースの場合いい虫よけになると思ったんじゃない? 

 この前も差し入れとか言って総務省の女官が菓子を持ちこんだけど、あれ、強力な媚薬入りだったんでしょ」


「らしいね。顔が良すぎるというのも何かと大変なんだな」


 リデルは肩をすくめ、またちらっとエレナを見た。


「あら、知らないの? 

 見た目九割で何事も判断されるのよ。顔がいいことは武器よ。

 ねえ? 雀ちゃん?」


「雀ちゃんじゃなくて……」


 エレナが名前を言おうとするが、


「見た目九割というんだったら、その破廉恥極まりない服装を正せ」


 リデルに言葉を遮られた。


「やだぁ、ひょっとしてリデル、わたしと睦み合いたいの?」


 アメリアはリデルに抱き着いて、首に手を回す。


「冗談じゃねえ。その手はもう騙されねえよ。

 お前と睦み合っても実験体にさせられるだけだっていうのがよく分かった。おい、新人」


 リデルはアメリアを強引に引き離して、エレナに声をかけた。


「この女には気を付けろよ、見た通りどスケベマダムだ。

 先輩上官だと思っておとなしく従っていると、あっという間に薬を盛られて他の男と交わらされるぞ」


「ひぇっ!」


 エレナは思わず声を上げた。


「失礼ね、薬を盛るなんて。

 あれは交わった時に気分が高揚して、魔力変化を起こしやすくするためなの栄養促進剤なだけよ」


 くすくす笑って、アメリアはまたリデルに抱き着いて首筋に口づけをした。


「だー、やめろ」


 リデルはアメリアを剥がすように離れ、一歩後ろに大きく下がった。


「もう恥ずかしがり屋さんね」


「そういう問題じゃないだろ」


「新人ちゃんも欲求不満になったらいつでも来なさい。

 素敵な相手を割り当ててあげるわよ。

 あ、そうそう、それこそ変な薬を盛られそうになったら持って来なさい。

 美少女特別価格無料で解析してあ・げ・る」


 そう言うとアメリアは投げキッスをした。


「本当、いいんですか? 

 さっそくお願いしたいんですけど」

 

 エレナがものすごい勢いで食いつくと、アメリアとリデルが逆にびっくりした。


「え、冗談で言ったんだけど……。

 まさかもう変な男が手を出そうとしてるの?」


「わたしより同期の子が様々な方からお菓子を頂いたそうで……」


 エレナはローゼルが見ず知らずの官吏たちからお菓子をもらった経緯を話した。


「それって、ローゼル・イースティリア嬢か? 今世紀最大の悪女とかいう……」

 

 隣で話をそれとなく聞いていたリデルが声を出した。


「ローゼルは全然悪女じゃないです」


「わたしもその子の噂聞いたことあるわ。

 みんな、どんな悪女なのかと身構えていたら、ふつうの可愛い女の子って感じで拍子抜けしたって」


「そうなんです。

 あの子は至ってふつうの、というよりかなり賢いご令嬢です」


「ふうん。イースティリア家って、確か子爵位なのに代々皇帝陛下の信頼厚い家柄ってことで有名よね。

 そうよねえ、そんな噂があったら、悪い男たちはますます手を出したくなるわよねえ」


「え、何故ですか?」


「ほら、たとえ彼女に婚約者がいたとしても、悪女って噂があれば、強引に男女の仲になっちゃっても男が一方的に悪いとされないわ。

 きっとそういう悪い男はこう言うの、

『彼女にたぶらかされた』

『彼女から俺に色目を使ってきたんだ』ってね」


「だな。むしろ、悪評さえ気にしなければ、男側からしたらまさに棚から牡丹餅ぼたもち

 女官になった才女の、爵位は低くとも、陛下の覚えめでたい名家の娘とあわよくば結婚できるんだ」


 リデルが肩をすくめた。


「そういうこと。

 逆にその身分の低さが、男たちのハードルを下げていることもあるよ」


「そんな……」


 青ざめるエレナに、アメリアがぽんと肩を叩いた。


「いいわ、市場ではどんな薬が出回っているか確認できるチャンスだわ。

 是非とも持ってきて。

 無料で、しかも超即効で解析してあげる」


 アメリアは艶然と微笑んだ。


「ありがとうございます!」


「ふふ、いいの。それじゃあ、また声をかけて」


 アメリアは軽く手を振って部屋から去って行った。


「ったく」


 リデルが舌打ちをした。


「あの、た、た助かりました。

 アメリア様の神々しいお姿にどうしていいか分かんなかったんで……」


 エレナがおずおずリデルに言うと、リデルはエレナを見、大きなため息をついた。


「あれが神々しいのか」


「はい、素敵です。けど、ちょっとわたしには刺激が強いっていうか……」


「刺激が強いのは、お前もだろ?」


「へ?」


「ローブを被っていたのはそういう意味か」


「意味?」


「お前――その顔、特に口元のホクロ、エロいって言われない?」


「はい????」


 エレナは首を捻った。


「言われないか。ちっ、これから天然は……」


 リデルは気まずそうに頭を掻いた。


「どちらにしろ、アメリアは男女の秘め事とかそう言った薬剤に超絶詳しい。

 もし今後お前も変な薬盛られたらアイツの実験台にされない程度にアイツを頼るといい。

 あの女、あんな恰好なりをしているけど、薬草とかそういう魔法分析のスペシャリストだ」


「実験台……。はあ、ご忠告ありがとうございます」


 エレナがそう言ってぺこりと頭を下げたが、それでもリデルはその場をなかなか動こうとしなかった。

 

(なんだろう、何かまだ話があるのかな)


「仕事、丸投げして悪かった」


「え?」


「時々たいした魔力持っていないくせに、特別補佐官に成り上がるような縁故野郎が紛れているからさ」

 

 不貞腐れたようにリデルは言った。


「魔法省は縁故採用していないと、リックランス大臣もおっしゃってましたが、そんな方がいらしてるんですか?」


「まあ、あの人が大臣に就任してからはないけど……それでも確認しておきたかったんだ」


 リデルは、きっと制御した魔力を感じ取って自分より低い格下だと見積もったのだろう。

 それであんなに大量の仕事を無茶振りしたわけか。


 もっと仕事を振ってくれてもいいけど。

 でも、そうするとまたディースに叱られてしまうし、彼の仕事を奪ってしまう。


「あっ、でも謝ってくださったということは、リデル様にわたしは認めて頂いたということでいいんでしょうか?」


 エレナが明るい声を出した。


「あ? 調子にのんな。確かに短時間であっという間に片づけたのはすごいと思ったけど、お前は新人だ」


 リデルは、ずかずか部屋に入って来て、エレナの額をぐりぐり指で押す。


「これからじっくりお手並み拝見させてもらう」


「は、はひ」


 噛み噛みになるエレナの返事のリデルは、ため息をついて腕を組んだ。


「まあ、とりあえず、しばらくは気を付けろよ」


「え?」



「魔法省は実力主義だけど、それを阻もうとする勢力がある。

 勢力って言うか、嫉妬で出来る奴の足を引っ張る奴もいる。

 身勝手に相手が優秀だからと何をやってもいいんだと集団で攻撃してくる。


 弱い奴ほど群れたがる。

 一般研究員の中にはお前を陥れようと考えてる奴がいるからな」


 

 フンとリデルは鼻を鳴らした。


「ふ、不健全ですね、その考え方」


「ああ、不健全だ。

 そんなこと考えている時間があれば魔法の研究しておけって思うんだがな」

 

(この人、口は悪いけど魔法はなんだかんだ好きなのかな)


 そう思ったら、なんだかリデルに親近感が湧いて来た。


「ますますご忠告ありがとうございます。心しておきます」


 エレナはぺこりと頭を下げ、リデルを上目遣いで見、にこっと微笑む。


「リデル様はいい人ですね」


「はあ⁉ 

 べ、別に俺はお前がどこまでやれるのか確認しておきたいだけだから。

 礼を言われる筋合いはない」

 

 リデルは顔を真っ赤にして部屋から颯爽と去って行った。

 

 エレナは扉をパタンと閉め、考える。


(扉を強引に開けようとしたのは、そういった人たちなのかしら)


――用心に越したことはない。

 

 ディースの台詞せりふが脳裏を横切った。

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