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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮


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第32話 新人女官令嬢の潜入――ランチタイムは情報収集の戦場

 エレナは使い魔の黒リスの小次郎の指示どおり、昼食時間になると人目を忍んで侍女の制服に着替えた。


『いいか、この制服は超~特別仕様だ!』


 小次郎が、さも自分が作り上げたかのように自慢げに尻尾を振る。


『あと、この眼鏡もかけるんだぞ。これは侍女エレナ専用だからな』


 言われた通り、制服に袖を通すと、髪の色が変わった。

 亜麻色から焦げ茶色に変わる。

 不思議な面持ちで髪をひとつにまとめ、眼鏡をかけ直す。


 ど近眼の視力が矯正されると同時に、強力な”顔認識阻害”の付与魔法が発動する。


 鏡の中の瞳が鮮やかなアメジストから、静かなライトグレーへ塗り替えられる。


『エレナ、分かっていると思うが、侍女ってのは風景の一部なんだ。

 エレナの瞳はキレイだから俺様はすごく好きだぞ。

 けどな、美しすぎるアメジストの瞳は相手の印象に強く残ってしまうんだ。

 この灰色の瞳で徹底的に気配を殺すんだぞ!』


 熱弁を振るう小次郎をよそにエレナは不思議そうに、鏡をじっと見つめた。


 灰色の瞳。

 

 一瞬、同期のレイノルド・ハウルデュースを思い出す。

 彼も灰色の瞳。


 あの桁違いの魔力があるからか、彼は灰色でもその存在感は消せないけれど。

 そう思うと、ますます昼食はローゼルたち同期と王宮官僚食堂で食べたかった。


 けど、本命のお仕事があるから仕方ない。ここはぐっと我慢だ。


「変な感じだね、侍女に扮した姿。自分じゃないみたい」


 なんだか別人になったみたいで、どきどきする。


『そうだぞ、もうエレナはエレナじゃないぞ!』


 エレナの肩越しに小次郎が手を挙げて叫ぶ。


 新人研修中、毎朝出仕前にマインラートから役立つ魔法をたくさん教えてもらった。


 しかも休みの日は、「〈影〉は体力も必要だ」と言われ、筋肉痛になるほどの厳しい運動を課されるほど。

 お陰で領地にいる頃よりも筋肉がついた気がする。


 クロフォードも時間があれば顔を出し、〈影〉任務で使える魔法をエレナに仕込む。

 

 だけど、神出鬼没、彼はいつも突発で現れ、それからいつも忙しそうに、ある一定時間になると帰ってしまう。




『さぁ、エレナ、じゃない。侍女エレナ、心の準備はいいか⁉』


 エレナ以上に小次郎が張り切った声を上げた。


「うん、行こうか」



 侍女食堂、正式には従者専用食堂。


 質素な石造りの大部屋に簡素な木製テーブルと椅子が並ぶ。


 王宮官僚食堂と違い、厨房直結で食事が前方のカウンターで提供されるようだ。


 どうやら各自、お盆に決められた料理の皿を乗せて、好きな場所に座って食べる仕組みらしい。


(ふうん……)


 全然官僚食堂と雰囲気が違う。

 庶民的でかしこまっていない、砕けた雰囲気。

 

 お肉を煮込んだいい香り。

 パンを焼いた空腹をさらに刺激する匂い。


 エレナは他の従者たちにならって、料理が提供される列にお盆を持って並んだ。

 目の前で盛りつけられた料理の皿をお盆にとる。


本日のメニュー。


 厚切りベーコンと根菜の黒ビール煮込み。

 黒パンと山盛りのザワークラウト。

 温かな泥水のような濁った色のお茶。

   ※たぶん、麦を煮詰めたお茶なのだろうけど。


(お茶はともかく、匂いはいい。なんだかんだ美味しそう)

 

 どうやら、「安い、早い、お腹が膨れる」がモットーで食事が日替わりで提供されているようだ。


 官僚食堂とは違う、働く現場の力強さを彷彿させる家庭料理。


(ふふ、いつもと全然違ってて、なんだか楽しい)


 見渡すと食堂自体、そこまで込み合っていなかった。


 従者たちは官僚と違って交代制で昼食を摂っているようだし、席は何気に空いている。



 エレナのスカートのポケットがもぞもぞも動く。

 小次郎が補佐するといって忍び込んでいた。


『魔法に秀でている者に俺様が見えちゃうからここに隠れているぞ』


 一応ここは食堂。

 衛生管理的な問題で追い出される可能性があるため、小次郎はリスなのにそれを考慮し、姿を見せないようにするらしい。


 なかなかきめ細やかな気遣いのできるリスだ。

 

 本日のランチセットを手にしたエレナは、とりあえず食堂全体を見渡せる部屋の一番端っこに座る。



 そこにひょこっと小次郎が顔をポケットから出した。


『なかなかいい場所を陣取ったな、偉いぞ』


「ここからなら小次郎くんの姿は見えない?」


『おう。その代わり、近くに誰か座ったら隠れるからな』


「分かった。で、小次郎くんのご飯は?」


『使い魔は基本モノを食わなくてもやっていける。

 けど、もしくれるならあとで王宮の庭園でドングリを拾ってくれ! 

 なんならピーナッツとか胡桃とか買ってくれてもいいんだぞ』


 つぶらな瞳をキラキラさせる小次郎にエレナは思わず笑みを浮かべた。

 

 さては、密かに何かくれるのを期待しているな。

 さすがにこんな可愛い瞳を輝かす小動物に「あげない」なんて冷たいことは言えない。


「ピーナッツや胡桃が好物なの?」


『おうよ! あの香ばしい味わいがたまらないんだ』


「じゃあ、あとであげるね。

 確か研究室にナッツ系のお菓子があったはず」


 今日は胡桃入りクッキーをおやつに持ってきている。

 その胡桃の部分だけをあげればいいのかな。


『やったぁ!』


 小次郎がガッツポーズをした。


 リスって木の実以外何を食べるのかな? というより、使い魔は食べてはいけない禁忌のものとかあるのかしら。犬猫は玉ねぎが駄目なんだよね。


 エレナはそう考えつつ、食堂の料理を口に運んだ。

 うん、なかなか美味しい。


『おい、エレナ。飯に集中しすぎだ。

 厨房の奴らとか、その辺の従者たちの会話をちゃんと盗み聞きしておけよ。

 あと、せっかく灰色の瞳にしたのに、目力が強すぎだ。もっと伏し目がちで食うんだ』


 小次郎が小声で一生懸命、エレナを指導する。


「あ……はい。ごめんなさい」


 エレナは苦笑した。


(目力、強すぎって……。そう言われてもなあ)


 食堂はしだいにざわめき始め、ほどよく人が集まって会話が飛び交うようになった。


 こうしてみると、様々な職種の制服が見える。


 基本、王城で働く者は下級貴族か、平民でも、庶民学校を卒業した裕福で身元が確かな者しかいない。


「女官になれてなかったら、王城勤めの侍女になるつもりだったんだ」

 ローゼルがそう言っていたのをふと思い出す。



 家が裕福でない子爵位の令嬢は、何かしらの職に就くことがあると聞く。


 たいてい女性の場合、どこか高位貴族の侍女か女主人に使えるメイドや、もしくはその教養の高さから女家庭教師をしたりする。

 ここにいる大半がそういった子爵以下の貴族ばかりだ。


 時折、執事職など上位従事職の男性も入り交じっている。



「そういえば、昨日から新人官僚が配属されたみたいね」


 近くに座った侍女グループたちが話し出した。


 エレナはどきっとした。


 思わずそっちに顔を向けそうになるが、小次郎からの痛い視線が注がれ、ぐっと堪える。


「そうそう、そうなのよ。あのイースティリア嬢もいたわよ」


「え、マジ? うわぁ、やだなあ」


「実物見てみた?」


「うん、見たよ。宰相府にライアナース法務大臣と挨拶しに来てたわ」


「どう? やっぱり悪女だった?」


「それが全然。地味だし、お堅い感じ」


「え? 嘘、そうなの?」


「うん、しかもさぁ、小柄で可愛いの。

 っていうかむしろ美少女」


「それって単に猫を被っているだけで、その可憐さを盾に男を侍らす性格悪い女じゃないの?」


「ね、そう思うでしょ? けどね、これが全然なの。

 ふつうに侍女にも礼儀正しいし。本当拍子抜け」


「えー、噂と全然違うじゃない」


「そうなのよ、あたしなんて傲慢チキな大柄な女だってずっと思っていたぐらいだよ」


「実はさ、あたし、この前、廊下で水の入ったバケツを派手に落としちゃったの。

 しかも、イースティリア嬢の前で。

 これって王宮侍女長に叱られる系じゃん。

 けど、『大丈夫ですか?』って、あの子駆け寄ってきてハンカチまで差し出して」


「うそぉ!」


「でね、ひっくり返ったバケツまで直してくれたのよ」


「え、めっちゃいい子じゃん!」


 口々にローゼルのことを言い出すので、エレナは自分のことのように、とってもドキドキしていた。

 

 同時に、心の中でずっと訴える。


(そう、そうなの、ローゼルはとてもいい子なの! 噂が真実とは限らないのよ!)



「そういえば、あと一人、新人女官が入ったじゃない? 魔法省の」


「ああ、名前なんだっけ。婚約破棄された侯爵令嬢でしょ」


 どきっとした。

 心臓をわしづかみにされたように、急に苦しくなる。

 思わず胸元を押さえる。


「ああ、あの可哀想なご令嬢よね」


「そうそう、男がとんでもないクズ男だったのよね」


「あれは完全に男が馬鹿よね。

 男に媚びるしか能のないエステラ・ペトロフ男爵令嬢に妊娠したって騙されてさぁ」


「マジで? 馬鹿を通り越して阿保じゃん」


「しかもこの前、違法薬物使用とか王城不法侵入罪で捕縛されたんだよね」


「そうそう。で、脱獄してついに東北部の山岳収容所に送られたらしいよ」


「あの極寒の地の監獄ね。いい気味よ。

 あいつらの仲間にわたしの友達が被害に遭って、本当不憫だったわ」


「えー、マジ最悪じゃん」


「でしょ? 純潔奪われちゃったからって婚約破棄されて慰謝料まで請求されたらしいの」


「うわぁ、悲惨ね」


「そういえば、あと2人、男の仲間が脱獄したままよね?」


「え、そうなの?」


 侍女たちの声が一瞬慄き、エレナはちらっと視線を投げた。


「うん、魔法騎士団が血眼になって探しているらしいんだけどね」


「え、やだなあ」


「そいつの名前は?」


「ロシェ・ガルブレイスよ」


 その名を耳にした途端、エレナの動きが止まった。

 思わず体を硬くする。


「あと、ワルト・チェッカレッチってやつ」


「え? 誰それ?」


「わかんなーい」


「あ、ねえねえ、そろそろ交代時間よ。急いで食べないと」


 侍女グループたちの1人が食堂内の時計を見て声を上げた。


 侍女たちはおしゃべりをやめて慌てて食事に専念し始めた。



 今度はエレナの隣のテーブル席に座る少し年配の侍女グループたちの声が聞こえた。


「再来週だけ? 北の国のナイトレルム侯国が来るのって」


「うん、そう。協力国だけど、若手の国賓待遇の練習台として取り扱うらしいわよ」


「あそこって北の果ての小国でしょ? 

 先々代のときはそれなりに交流があったけど、いまさらなんで来ることになったんだっけ?」


「なんでも王女様の婿探しとかで友好諸国を渡り歩いているみたいよ」


「へえ、自分たちの国内にいい男がいないのかしら」


「小国だもの。あそこもマリュード皇国と接しているから少しでも軍備拡張と増強。

 あと、いざとなったときの援軍交渉をするんじゃないの?」


「なるほどねえ。じゃあ、クレインバール総騎士団長とか目付けられるんじゃない?

 あの人、無駄に顔だけはいいからさぁ」


「鋭いわね、その王女はクレインバール卿を常にご所望なんだそうよ。

 でも、あの人いなくなったらこの国の大きな過失になるでしょ」


「そうね、損失が大きすぎるわよね。

 この前の王城に仕掛けられた爆発物もあの方が主体で動いたから、魔法騎士団が一丸となってすべて見つけ出せたって聞いたわ」


「さすがよね。カリスマ性があるというか、我が国になくてはならない方だわ」


「そうそう、だからね、陛下的には第3皇子を紹介するそうよ。

 クレインバール卿には警備担当をさせるけれど、次期辺境伯として活躍してもらいたいから、婿入りさせないって」


「そうよね、死地って呼ばれる領主の辺境伯もこういうときは大きいわね」

 

 小次郎の主様がおっしゃるとおり、想像以上にここにはいろんな話が飛び交っているようだ。


 そういえば、ランスが「配属当初から忙しくなりそうだ」なんて研修中にぼやいていた。

 

 これはそういう意味だったのか。

 

 他所からの要人を迎える、つまり、外務省の出番でもある。

 語学堪能なランスはきっと引っ張りだこなのだろう。



 エレナはナプキンで口を拭いた。初日にしてはなかなか有意義な話が聞けた気がする。


(さて、戻ろうかな)



「あら、あなた、1人なの?」


 ふいに、綺麗な漆黒の髪に、ワインレッドの瞳、なんとなく既視感のある侍女がエレナに声をかけた。


「お隣いいかしら?」


「え、あ……」


 エレナが返事をする前に彼女はエレナの前の席に座った。

 年齢はエレナと同じくらいだろうか。

 控えめだけど、端正に整った硬質的な美のある侍女だ。


(誰かに似ている。誰だっけ?) 


 そのとき、ぱっと閃く。

 

 官吏登用試験会場でカンニング者を炙り出した、あの時協力してくれた元騎士の男の人。


 つい、エレナはじっと彼女を見る。


 やっぱ、似ている。

 ひょっとして兄妹なのかしら。


「そっちはどう?」


 不意に急に彼女が声をかけてきた。


「え? そっちって?」


「ほら、ミシェーラ皇女殿下のお茶会。

 その制服は王宮でも後宮付きの侍女でしょ?」

 

 ミシェーラ皇女は、先日お会いしたユリウスの二番目の妹君だ。

 

 ちらっとポケットの中の小次郎を見ると、大きく頷いていた。

 

 彼女の言うとおり、侍女エレナの制服は、後宮付き侍女のもの。

 皇太子殿下の部屋付き侍女なのだから当然だ。


 後宮は、基本皇帝陛下の妃とその子どもしか住むことを許されていないプライベート居住宮殿である。


「わ、わたし、後宮といっても皇太子殿下宮殿の方なの」


「へえ、そうなんだ。あそこはお掃除武官しか入らないと思っていたわ」


 彼女は食事を口に運ぶ。


「えっと、そう。最近入ったの。

 殿下が留学からお戻りになって妃候補が来るときに備えて、男性だけで部屋を整えるのは良くないからって」


「なるほどねえ。上はもうそんなことを考えているのねえ。

 でもさぁ、うるさい侍女長とかいなさそうで気軽そうでいいわね」

 

 イヒヒと彼女は笑った。


「そ、そんなことないよ。

 その分責任重大っていうか、抜け打ちテストみたいなのもあるし、いろいろ気苦労も多いよ」

 

 エレナは必死でいろいろ想像して、それっぽく架空の話を作り出す。


(わたしってこんなに嘘をすらすら話せるんだ)


 新たな自分の発見がありつつ、背中には嫌な汗が流れ落ちる。

 わざと嘘をつくというのは、やはり慣れない。


 ちらっと小次郎に視線を落とすと、小次郎は「よくやった」とでも言うように、鷹揚に頷いている。


「そっかぁ。こっちはさぁ、もう例のあの公爵令嬢のお陰で振り回されっぱなしよ」


「公爵令嬢?」


「そう、ナディア・グロウディーナよ」


 その名にエレナはぎくりとした。


 

 思い出す。

 好奇、

 侮蔑、

 軽蔑、

 そんな視線に串刺しにされるような痛み、孤独でどうしようもなかった苦痛。



 ぞっとする。



 エレナは、自分が顔面蒼白になっているのを悟られないよう必死に表情を作る。


「あの方は後宮でもご迷惑を?」


 必死で出した声が震えた。


「迷惑どころじゃないわよ。わがままがひどいひどい。

 ミシェーラ皇女殿下の前では猫被っているけど、殿下がいなくなると途端にあたしたち侍女を見下す発言のオンパレードでね。本当腹立たしいわ」

 

 彼女は食事しながら愚痴を口にする。 


「『あたくしは公爵令嬢なんだから言うことを聞いて、ひれ伏しなさい』ですって」


 彼女はナディア・グロウディーナ公爵令嬢の口真似をした。


「まったく、こっちは『は?』って感じよ。

 あたしたちは皇女殿下付きの侍女よ、何であんたなんかの命令をきかないといけないのよ。

 だいたいマナーがなっていないのはどっち? って感じ。

 彼女が用意したお茶だって高級なだけで季節外れ、香りが強すぎて他の殿下のご友人のお茶を殺しちゃっているの。

 それすらも気づかないから、こっちが逆にドン引きよ。

 皇女殿下も何であんなのをお茶会に招待するのかしら」

 

 ぽんぽんと文句を言う彼女の率直さに、エレナは唖然としながらもなんとなく好意を持った。

 裏表がない感じがほっとする。そして、つくづく同情した。


「公爵家、ましてやグロウディーナ公爵の愛娘だからだね」

 

 エレナは自分でも驚くほど冷ややかな声を出した。


「はあ、やっぱ。まあ、そうだよね。

 今度小国の侯国もお越しになるし、ますます外務大臣のグロウディーナ公爵のお力添えが必要だものね。ごますりをしておかないといけないのね」

 

 彼女はうんざりするような顔で肩をすくめた。


「うん。だよね。だから皇女殿下も彼女を無下にできない。それだけだと思う」


「あら、あなたもあのご令嬢のこと、嫌い?」


「嫌いという次元を超えているかな。

 彼女には散々嫌な目に遭わされたからね」


 エレナが抑揚なく言うと、彼女の目が大きく見開く。


「よっぽど大変な目に遭ったのね。

 あなた、美人だからさぞかし妬まれたでしょう?」


「え? わたしが美人?」


「そうよ。自信ないの?」


「自信……なんてない。

 だって、あの令嬢に散々みんなの前で不細工、地味女、不気味って罵られたもの」


 ナディア・グロウディーナとは貴族子女が通う王立アカデミー学園でクラスメートだった。

 

 帝国最高学府のアカデミーは、表向きは、帝国の未来を担う者を育てる厳格な場としているが、家柄による序列が強く、四大公爵家や侯爵家の子息が頂点。


 才能よりも家柄が重んじられる場でも、いくら魔力量が桁外れでも、序列に逆らうことは許されなかった。


 実際は社交と権力闘争の縮図だった。


 公爵令嬢の彼女は、常に格下を見つけては貶めた。


 その標的にエレナはなってしまった。


 悪評を流され、毎日のように公開処刑された。


――本当に、不細工で救いようのない醜い令嬢ね。


 ナディアはあの美しい顔で薄ら笑いを浮かべて、エレナを見下ろして言った。



「はあ? マジで? ますます見る目がない女ね」


 彼女の声でハッと我に返る。

 彼女の顔がおもむろに歪んでいた。

 心底嫌悪している表情だ。


「それは大変だったわね、でも気にすることないわ。

 そんなのひがみよ。

 自分に自信のない小心者ほど、自分より優れている者を見ると足を引っ張りたくなるの。

 あなた、美人だからきっと許せなかったのね。

 本当小さい女ねえ、ますます嫌いになったわ」


 同情的な声が漏れ出て、やがて彼女はぷんすか怒って食事を口に入れた。

 エレナはふと笑みが零れた。

 その何気ない一言が、なんだか救われた気がした。

 

 あの時、誰もそう言ってくれなかった。


 ナディアはあえてエレナの友人たちに圧力をかけ、やがて誰しも巻き込まれたくないと離れていった。

 それどころかナディアに加担した者もいた。


 あの頃、彼女に勝てない自分に悲観し、憤りを覚えた。


(だけど、もうあの頃と違う)


 どれほど深く傷つき、死ぬくらい辛苦を味わったとしても、わたしは耐えて、ここで頑張っている。

 

 それに、ここにはニコライに言い返してくれたローゼルがいる、わたし以上にニコライに怒ったクロフォードもマインラートもいる。

 レイノルドだってニコライのやった行いを侮蔑していた。



 今なら、理不尽な暴力を振るう彼女にいじめられた過去を振り払える。



――〈影〉としての任務を果たそう。



「ええ、でも、内緒だよ。カッコ悪い話だから」


「もちろん。っていうか、やっぱり性格ブス、あの女。

 ますますぎゃふんって言わせたくなってきた」


 彼女がフォークを肉にブスッと突き刺した。


「ぎゃふん?」


「そう、ぎゃふん、鼻を明かしてやりたいってこと」


「ああ、その気持ち、痛いほど分かる。

 でも、あれでも仮に公爵令嬢だからね、変に身分を盾にさらなる嫌がらせをしてきそうじゃない? 

 ここで愚痴り合うだけにしておきましょう。

 あなたに何かがあったら大変だし、わたしも悲しい」


「まあ、そうね。あんなんでも一応、天下の四大公爵の令嬢だものね」


 彼女は肩をすくめた。


「それじゃあ、わたし、仕事に戻るね」


 エレナはにこっと微笑んで、席を立った。


「愚痴、聞いてくれてありがとうね」


 彼女は人懐っこい笑顔を浮かべた。


「ううん、全然。午後もお仕事お互い頑張ろうね」


「ねえ、名前、教えてよ。

 また休憩時間が合ったら一緒に食べよう。

 あたしはリバーラス」


「わたしは……」


 本名はまずいと思ってエレナはなんとなく偽名っぽいのを必死で考える。


「エレーナ」


 ポケットの中の小次郎が「芸がないな」って鼻で笑うのが聞こえた。


「エレーナ。わぁ、キレイな響きね」


 何も知らないリバーラスは感嘆の声を上げた。


「ありがとう、リバーラス。

 あなたの名前も素敵よ。またね」 


「うん、またね」 


 リバーラスが手を軽く振った。

 エレナは笑顔を浮かべて、お盆を持って食器返却口へ向かった。


 なんだろう、不思議な高揚感がある。


 エレナ・ヴァービナスじゃなくて、偽装した侍女。


 違う人格と考えるといつもよりはっきりしゃべれる気がする。

 背筋だっていつも以上にしゃんとする。


 ナディア・グロウディーナの名前を聞いたとき、一瞬嫌な思い出に引っ張られそうになった。


 しかし、リバーラスが共感してくれたことであの時の自分を受け止めてもらえた気がした。


――頑張ろう。

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