第3話 地味で不遇な令嬢の才能発掘──魔法大臣と未知なる接触
適正試験会場と言われた場所は、
王城近くに建つ巨大な貴族の屋敷だった。
王都の、しかも王城近くに建つこの屋敷。
「はあ、すごい……」
思わずエレナは感嘆のため息をついた。
しっかり手入れされた庭だ。
美しく刈り揃えられた広大なシンメトリーの表庭園は隅々まで手入れが行き届き、
そこから相当なお金持ちの貴族の御仁がお住まいだと物語っている。
大きく頑強な正門から玄関まで、馬車で軽く十分走る。
徐々に近づく大きな屋敷に、エレナは挙動不審になった。
(実はわたし、とんでもない場所に来てしまったんじゃないのかしら……)
エレナは広大な敷地に圧倒されていた。
「お、お兄様、ここは、どどど、どなたのお屋敷なんですか?」
震える声で付き添いのノックスに尋ねた。
「ここは元王宮魔術師筆頭のマインラート・ソシュール卿のお屋敷だよ。
名前ぐらいは知っているだろ?」
「うん、すごい高名な魔術師様だとかで……」
「王宮魔術師でも元々は筆頭とつくほどの凄腕魔術師。
すごいよなあ、
たぶんこの屋敷は国から支給されているものだぜ」
「へ? 支給?」
おそるべし、王宮魔術師筆頭。格が違う。
ただでさえ、王都はこの国一物価が高い。
地価というのは、王城に近づけば近づくほど高騰する。
それなのに、
こんな好立地の広大な敷地を支給されるなんて、
よっぽど皇帝陛下の信頼が厚いのだろう。
ようやく正面玄関に辿り着いて、エレナは馬車を降りる。
大きな立派で荘厳な正面扉を見上げた。
「はあ、扉も大きい……」
そのとき、エレナはびくっとした。
誰かが作った結界の中に入った。
まるで、冷たい水の中に全身が沈んだような、独特の圧迫感。
そして、誰かが見ている。
それは奇妙な視線だった。
お馴染みの悪意や貶めて来るようなものではない。
畏怖や軽蔑でもない、純粋に乾いた興味。
好奇心?
(こんな視線でわたしを見るのは誰?)
物理的な視線ではなく、恐らく、何かの遮蔽物があって、
その向こうからこちらを見ているのだろう。
たぶん、この予想は合っている。
魔道具を通してこちらの様子を窺っているのか、
はたまた魔法――そう、
魔法感知能力のさらに上級者向けの『透視魔法』を使って見ているのか。
切羽詰まった感じはないから、危険はないはずだ。
マインラート・ソシュール邸の正面玄関の扉が開いた。
執事であろうピシッと身だしなみを整えた初老の男性が、
恭しくお辞儀をして出迎える。
「ようこそいらっしゃいました、ヴァービナス様」
その背後には侍女たちも並び、同じように深々と頭を下げていた。
今日の兄ノックスの姿は、
王都に来たこともあるが、次期ヴァービナス侯爵らしく、
ちゃんと貴族紳士らしい服装をしていた。
ふだんは多少汚れてもいい服装と下ろしたままの無造作ヘアだが、
今はとても凛々しい。
髪もキレイに撫でつけ、素敵な好青年になっている。
そんなノックスは爽やかな笑みを浮かべ、執事に挨拶をする。
「お出迎えありがとうございます。私はノックス・ヴァービナスです。こちらは……」
エレナはノックスの背中に隠れていたが、
引っ張り出されるようにして執事の前に立つ。
声が上擦って言葉が出ないエレナに、
ノックスはやれやれと肩をすくめた。
「妹のエレナ・ヴァービナスです。少々人見知りが激しいため、申し訳ございません」
「はい、問題ございません。
では、ノックス・ヴァービナス様は別室でお待ちいただき、
エレナ・ヴァービナス様は私について来てくださいますか?」
あっ、まただ。
エレナは兄ノックスと別れて、三階の角部屋に案内された。
広々とした部屋を見渡す。とても高い天井の部屋だ。
臙脂色の重厚なカーテンに、ふかふかしたリッチな絨毯。
センスのいいアンティーク家具の寝椅子。
一人掛けのソファとそれに対になっているローテーブル。
窓際には大きな執務用のデスクと重厚な椅子。
どなたか偉い人、
たぶん家主マインラート・ソシュールの書斎なのだろう。
けれど、この部屋、この空間、なんだか露骨で、気持ち悪い。
(そうか、部屋全体に何かの結界が張ってあるんだ)
その結界が、
べたべたした何かが肌に纏わりつくような、
重く湿った感じがする。
これ、なんの結界だろう。
「お掛けになってお待ちください」
執事はそう言うと懃懃丁寧に言って部屋を出て行った。
また視線を感じる。
さっきは突然興味を失ったかのように
視線の気配が消えたけど、
今度はさらに強く感じる。
(誰かが見ている……)
エレナは緊張した面持ちで、
案内された部屋のソファに何気ない風を装って腰かけた。
元王宮魔術師筆頭というくらいなのだから、
至る所に魔法がかけられていても不思議じゃない。
でも、この部屋に入ってからの視線はやけに露骨で不快だ。
エレナは魔力感知には長けている方だった。
だから魔法を通した視線も感じたし、この結界も気付いた。
魔法を使えない人とか、
ノックスのように魔力感知が苦手という人には分からないだろう。
それぐらい微弱な魔法が、
さっきからエレナの身体に巻き付けるようにつきまとっていた。
高い天井までありそうな本棚に目がいった。
所狭しと隙間なく本がびっちり並んでいる。
エレナは興味深い題名を見つけると、
思わず本を手に取って読みたい気分になった。
けれど、ここは、ぐっと堪える。
この視線の相手が上級魔法使い。
もしくはさらにその上の特級魔法使いだ。
(それなら、わたしがこの視線に気づいていることも分かっているはず。
それでも、あえてじっとわたしを見ている)
エレナはすとんと腹落ちした。
(ああ、そっか。わたし、すでに試されているのね)
そもそも適正試験会場だって言われてここに来たんだし、
ひょっとして、この視線を感じるか否か、
これが適正を見るためのテストだったりするのかもしれない。
数々の魔法の危険任務をこなす王宮魔術師。
これくらい感じ取れなくてどうする、という感じかな。
挑戦的かつ好戦的だ。
不意に、その気配が消えた。
いなくなった。
その言葉がぴったりだと思った。
そのとき、扉が開いた。
「やあ、エレナ・ヴァービナス侯爵嬢」
入って来た美しい男は、四十前後というところか。
緑の艶やかな長髪をゆったりとした三つ編みでまとめ、
柔らかな笑みを浮かべている。
だが、口元にはにこやかな笑みを浮かべているはずなのに、
切れ長の目には獲物を逃さない鋭い眼光が宿り、空気が張り詰めた。
エレナはぞぞぞぞ、と粟肌が立った。
(わたし、この人にいま見定められているんだ)
エレナはすっとお腹を押さえた。
大丈夫。
ヴァービナス侯爵令嬢として恥ずかしくないように、
ふだんつけないコルセットも付けたし、
お化粧だって侍女たちにより健康的に見られるように綺麗にしてもらった。
それから、
もじゃもじゃに近い癖のある髪の毛も水と風の魔法を使って、
綺麗にストレートになるよう整えた。
引きこもりだけど、
ぱっと見はちゃんとした貴族令嬢に見えるはずだ。
エレナは眼鏡をくいっと直す。
立ち上がってぺこりと頭を下げた。
「エ、エレナ・ヴァービナスです」
あ、しまった。
こういうときはスカートをつまんで挨拶するカーテシーをするべきだっけ。
令嬢たるもの、目上の方には最上級の敬意を表すお辞儀だ。
この人の気品溢れる堂々たる風貌から上級貴族に間違いないのに、
なんたる失態。
こんなことが祖母にバレたら、
また叱られてしまう。
「私はピーテル・リックランスだ」
彼は気を悪くした気配はなく凛然と名乗って、
笑顔で手を差し出してきた。
どうやら握手を求めているらしい。
恐る恐るエレナは握手をしようと手を伸ばすが、
微妙に距離があって握手に達しない。
「全然握手する気配を感じないね」
にっこりと微笑むピーテル・リックランスに、エレナはしまった、と焦った。
「すすすすみません!」
一歩近づいて握手をした。
彼の手を握ったその瞬間。
静電気のような、
鋭い衝撃が指先から腕を駆け抜けて、
全身の毛が逆立った。
反射的に手を放して、ピーテル・リックランスから距離を取る。
「ほう。感覚が鋭いね」
ピーテル・リックランスは不快感を示すわけでもなく、
むしろ、感心しながら呟いた。
「しかも、相当な魔力量だ。
これはマインラートの言うとおり逸材かもしれない」
独り言のように呟いてニヤッと嗤う彼に、
エレナは肌寒さを覚えた。
思わず目の前の男を奇妙なものを見る目つきで観察する。
彼はにっこりと笑ったままだ。
内心がひんやりとする。
「まあまあ、座って」
ピーテルはエレナに座るよう勧め、自分が最初に腰をかけた。
エレナもピーテルから目を離さずにすごすご座った。
少しでも目を離したら、
この男からとんでもない攻撃が仕掛けられそうな、
そんな気配がしたからだ。
「初めまして。私はこれでも魔法省の大臣をやっている身なんだ」
「魔法大臣……!」
エレナは息を呑むと同時に尻込みする。
初っ端からこんな偉い人が出て来るとは思ってもみなかった。
王宮はいくつかの省庁に分かれている。
そのひとつ、魔法のことを総合的に統括する魔法省がある。
その頂点に立つ大臣。
(うわぁ、変に緊張してきた)
「ああ、そんなに身構えなくていいよ」
顔が強張るエレナに、ピーテルは飄々とした口調だ。
「君も知っているだろ?
我々が優秀な魔力を持っている魔法使いを
スカウトしているという話は」
「えっと、魔法騎士団の団員をスカウトしているのは
聞いたことはありましたが、
王宮魔術師のことは、ごめんなさい、聞いたことがなくて……」
「ああ、そうか。
いまはそっちの方が有名なのか」
ピーテルは感心するように顎を撫でた。
「まあそうだよね、
魔術師スカウトの方は圧倒的に人数を絞り込んで選定しているから。
うん、仕方ない。
武官はいろいろと戦闘人数の確保が必要なんだ。
魔法騎士団は一般公募もしているんだけど、
スカウトマンたちも結構な人数に声をかけているんだよ」
ピーテルは少し間を置いて、エレナをまっすぐ見た。
「けどね、王宮魔術師はそうもいかない。
何故だか分かるかな?」
「え? それは……」
エレナは口ごもった。
王宮魔術師。
その名は有名だし、限りなく畏怖に近い響きで語られている。
それに選ばれることは、
この国の魔法使いにとってとても名誉でもある。
「せ、精鋭ばかり集めた厳選された魔法使いの集団だから、ですか?」
エレナが恐る恐る言うと、ピーテルはぽんと膝を叩いた。
「ああ、なるほど。そういう解釈ね」
魔法は太古からあるが、使える者は少ない。
その奇跡の力は未知なる部分も多い。
そのため恐怖を抱かせる。
「人は知らないものに恐怖するんだ。
目に見えぬ未知な術を使いこなすという点において、
帝国民は魔法使いを畏怖しているね」
ピーテルは顎を撫でながら続けた。
「その中枢にいる王宮魔術師は特級魔法使いが多い。
彼らの目的は武闘派魔法使いの魔法騎士と同じで、
皇族を見守り、
国境を見張り、
数多の魔物から陰に日向に守ること。
いわば少数精鋭の優秀な番犬だ」
「魔法騎士団よりも、ですか?」
「そうだね、
魔法騎士団の方が派手な戦闘や捕獲劇などで何かと目立つが、
実際、魔法騎士を管轄する軍部よりも、
貴族議会より権力を握っているのは王宮魔術師だ」
とはいえ、彼ら王宮魔術師は帝国公務員でありながら、
魔法騎士団よりもその実態はあまり知らされていない。
ただ明確なのは、魔法はこの世において絶対的な力ということ。
エレナは、自分が「強力な」魔法使いであるという自覚はなんとなくあった。
けれど、
まさかそんなすごいものに選ばれる対象になるとは
今まで考えたこともなかったし、
ここに来るまでの道中も絶対何かの間違いだと思っていた。
「けどね、
魔法が使えても性格に難があったりすると
皇帝陛下のお傍に仕えることができないからね。
横暴でも横柄でも困る。
その点、
エレナ・ヴァービナス嬢は貴族淑女としての教養もあるし、
知性もある。
魔力量だってかなりある。
まあ、どもって喋る癖は多少おおめに目をつむるとして、
家柄的にも皇族に代々忠誠を尽くしているし、
皇族の側仕えとしても充分合格だ」
「ま、ま魔力量、わたしって、ある方なんですか?」
「うん。かなりあるよ」
「何でそんなふうに言い切れるんですか?」
「ああ、そうだよね。魔力感知でもだいたい推し測れるけど……」
ピーテルは少し逡巡してから言う。
「さっき私と握手しただろ?
実は私ね、
その人の一部に触れるだけで正確に
その人物の魔力量を測定できる体質なんだ」
「え?」
「あと、属性も。
君は実に興味深い属性だね。
メイン属性を四つも保持している。
火、雷、土、そして氷。
これが水でなくて氷というところはびっくりだね。
しかも相性真逆の火と氷だ。
なかなかない組み合わせだ」
ピーテルはしげしげと挙動不審のエレナを
不思議な動物を観察するように見て呟く。
「あれ? ……氷? 水じゃなくて?
ほう、それは珍しい。熱を奪うのではなく、
時間を凍てつかせるような魔力だ。実に面白いね」
ピーテルは満足げに頷き、言葉を継ぐ。
「そうそれでね、
君の魔力量は僕の二番目の息子以上にあるなあと思ったんだよ。
あの子もね、君と同じくらい魔法の才能があったんだ。
うちの四人の息子たちの中でも最も際立っていて、
あの子が幼少から王宮魔術師になれると見込んでいたね。
実際王宮魔術師のスカウトが来たときも、
『ほら、やっぱりね』と思ったんだ」
ピーテルは語り続ける。
「けどね、ほぼ同時に魔法騎士団からもオファーが来ちゃったんだよね。
僕自身はあの子に魔術師になって欲しかったんだ。
でも、そこは親の心子知らずってやつなのかなあ。
本人は剣術を使う武官の方が向いているから魔法騎士団になりますって宣言して、
そっちに行っちゃったんだよ。
まあでも、
今じゃあ魔法騎士団の第二騎士団副団長まで昇りつめているから、
結果的にあの子にはよかったかもしれないんだけど」
ピーテルは拗ねているような表情をし、それからハッとした顔になった。
「ああ、すまない。話が逸れてしまったね」
「いえ」
「まあ言いたかったことは、
魔法騎士団の十あるうちのひとつの副団長になった
息子以上の魔力量があるってこと。
私はね、
君が我が国の魔法を第一線で引っ張る人材にふさわしいと感じたよ。
スカウトマンの彼も褒めていたよ、
『アウルベアを討伐した君の魔法は素晴かった』と」
魔獣討伐の様子をスカウトマンである著名な王宮魔術師が
偶然目撃していたと父も言っていたことを、
エレナは思い出した。
とはいえ、あれは怒りの感情があったからうまくいったのだ。
魔物に破壊された村の様子も、馬車から覗き見て哀しくなった。
領民が一生懸命作った畑が無残にも荒らされ、
家も壊されて、子供たちが身を寄せ合って泣いている。
胸がギュッと苦しくなった。
その上、魔物の周囲には弱い小動物たちが何匹も嬲り殺しにされて、
さらに可愛い小動物も目の前で殺されそうになっていた。
それに異様なまでに腹が立った。許せなかった。
怒りという感情は時にはとんでもないエネルギーを生み出し、
その気持ちの揺らぎに魔法が影響を受け、
爆発的な魔法を生み出すときがある。
あのときは怒りすぎて、少々失敗した。
なにせ魔物解体班によると、
魔物の毛を剥いだら、肉片の大半が丸焦げになっていて、
本来は食用として扱えたはずなのに、
渋々家畜の滋養強壮剤として使うことになったという。
(ふつう、あの場面を偶然目撃しただけでスカウトするかしら?)
ふとエレナは疑問に思った。
だいたい、あれくらいの魔法は中級者なら誰でも使える代物だ。
特級ばかりが集まる王宮魔術師だったら朝飯前だろうし、
そこまで魔法使いが不足しているという話も最近は耳にしたことがない。
よりにもよって、
あんな辺鄙な山奥のヴァービナス侯爵領地にわざわざ足を運んだんだ。
エレナの魔法が
それなりに強い魔法使いだという何かしら情報があったからこそ、
王都からやってきた――そう考えた方が自然だ。
このスカウトは腑に落ちない。
(不思議だったんだよね。
魔法をなるべく人に知られないようにしていたのに)
なんで中央に、しかもこんな偉い人にバレたのかしら。
元婚約者だって、
わたしが魔獣を倒せるほどの魔法使いだなんて知らないのに。
「ってことで、おめでとう、君は選ばれたんだ。
王宮魔術師に歓迎するよ、エレナ・ヴァービナス嬢」
ピーテルが拍手しながら笑顔を浮かべた。
「と、とんでもございません。
わ、わたし、王宮魔術師に向いていないです!
そこまで活躍できません!」
エレナは首をぶんぶん激しく振った。
「そ、それにわたしはとても小さな人間です。
国のためとか言われてもぼんやりとしか理解できませんし、
そんな高尚な志も持っていない。
スカウトの方が御覧になられていた魔物討伐は、
身近な人や動物たちが苦しんでいたから必死になれただけなんです」
捲し立てて言い訳を並めるエレナに、
一瞬ピーテルは目を見開き、
それから豪快に笑いだした。
「あはは! これはまた謙虚な辞退の回答だな。
その魔力量を持っていて、
しかも本来一つしか持てない魔法属性だって四つも持っている。
それなのに小さい人間かぁ」
ピーテルが顎を撫でた。
「けど、果たしてそうだろうか?」
懐疑的な目でピーテルはエレナの顔を覗き込む。
エレナはびくりと身を震わせた。
「君はここに来た時点で感じただろ?
我々の視線を。
そして、この部屋の結界を」
ぞくっとした。
やっぱり試されていた。
あの露骨な視線は、私が気付くかどうかカマをかけていたんだ。
「エレナ嬢、我々を見くびらないでもらいたいな。
君が王宮魔術師として活躍できるだろうという確固たる情報があったから、
スカウトしに行ったんだ。
君は将来、歴史に残る魔法使いになると言っても過言じゃない。
魔法の天才だ」
「か、かかかかか過言です! そそ、その目算、見誤ってます!」
エレナは再び首をブンブン横に振った。
「だ、だいたい、な、なんでわたしが魔法を使えるって知ったんですか!?
あ、ああ、あの地域では女が魔法を使うのは小賢しいとか言われるから、
内緒にしてたんです」
「ああ、そうだったんだね。う~ん、知りたい?」
ねっとりとした視線で、ピーテルはエレナを見た。
「はい。お、教えてください」
エレナが頷く。
この国の一部では、
女性が魔法を使うことを忌避する風潮が残っている。
最近でこそ廃れていっているが、
田舎になればなるほど未だその考えは根強い。
そのため、
エレナの魔法については結婚の弊害になってはいけないため、
祖母はエレナが魔法使いであることを伏せることにした。
父もそれに倣い、
エレナが魔物討伐を行ったことをあえて王宮へ報告していなかったのだ。
もしこれが、
エレナが貴族子女たちの通う学園アカデミーを無事に卒業していたら、
もっと早い段階で気づかれていただろう。
けど、
エレナはいじめが原因で入学一年目にして不登校になり、
結局人が怖くて退学した黒歴史がある。
(だから、
みんなわたしが魔法をそこまで使いこなせるなんて
知らないはずだったのに)
「それじゃあ、カラクリを特別に教えようか。
そもそも君は、なぜわざわざ、
しかもヴァービナス侯爵領地までスカウトしに出かけたと思う?」
「そ、それはですね、
きっとわたし以外にもあの地方にすごい魔法使いがいたんです。
わたしはそのおまけで……」
「違うよ」
ピーテルはエレナの適当に誤魔化そうとする答えを、
ぴしゃりと跳ねのけた。
「そもそも、それ、本気で言ってる?」
圧迫感のある眼差しが注がれて、息が詰まった。
逃がした獲物は逃がさない的な、狩猟者の目つきだ。
ヤバい、
目の前の御仁はわたしに辞退することを許さないし、
拒否権を行使させないつもりだ。
「えっと……」
エレナの視線が泳ぐ。
「令嬢の君なら知っていることだろうけど、
このアイルナバロー連合帝国は、
多くの小民族が寄り集まって出来た国だ」
ピーテルはのんびりとした口調で言いながら、悠然と脚を組む。
「母国語が同じだが、民族は異なる。
民族が異なると何が起きるか?」
「か、か、考え方や宗教など、
いろいろな観点から齟齬が生じやすいです」
「正解。
だからこそ、国はね、
この平穏な御代を続かせるために
常日頃から各領土の動向には目を光らせて監視しているんだ。
それはもう驚くほど逐一に報告が上がって来る」
「逐一ですか……」
エレナの声が思わず引きつった。
「そう、逐一」
ピーテルの眼光の奥がさらに鋭く光った。
わたしが魔法を発動させているのは主に魔物討伐。
土砂崩れや水害などの自然災害でこっそり陰から魔法で支援をしているが、
このことも父はエレナの名をあえて報告書にあげていない。
(なんでだろう。もやもやする……)
ハッとして、エレナは呟いた。
「ひょっとして、魔物の討伐の件数!?」
「そう、よく分かったね。そうだよ」
ピーテルは満足そうに美しく微笑んだ。
「知ってたかい?
ヴァービナス侯爵領地の魔物や魔獣の出没の多さは、
死地と呼ばれるクレインバール辺境伯領地並みに多いってことを」
「は、はい。その話は少しだけなら両親から聞き及んでいます」
「それなら話は早い。
そもそもクレインバール辺境地は、
この国の最北端で山岳に囲まれた土地で
古くから遊牧生活を続けてきたんだ。
また隣国からの襲撃もたびたび受けることがあってね、
元狩猟戦闘山岳民族なんだよ」
王都からクレインバール辺境伯領地までかなり距離がある辺境地。
飛行魔法を使っても三日。
馬車なら一週間以上かかる。
そのため、敵国や魔物に襲撃されてから中央に報告し、応援を待つ、
なんてことをしていては遅い。
「彼らは自分たちで自分の身を、自分たちの土地を守る必要があるんだ。
皇帝陛下もあの地だけは特例で、
私兵団の結成と兵力増強を特別許可している。
だから、
まあ、
クレインバール辺境地の私兵団は強いからね、
滅多に魔法騎士団を要請しないのは頷ける。
けどね、
ヴァービナス侯爵領地民の元は温厚な農業部族だし、
そこまで自衛警察団に強靭な兵力部隊があるわけでもない」
ピーテルはエレナをじっと見つめる。
「それなのに、
凶悪な魔物や魔獣出没があっても
ここ数年一度も魔法騎士団に要請を出したことがない。
これって、つまり、
魔法騎士団に匹敵する誰かが討伐しているってことだよね」
エレナの視線がますます泳ぐ。
「さて、ここまで言えば君はもう分かったでしょ?
君は地域性や慣習からその凄い魔法を隠していたみたいだけど、
名前こそなくても侯爵家からの報告で、
君の情報はなんだかんだ筒抜けだったんだよ。
お父上の、魔物討伐した魔法使いへの愛情というのかなあ、
推し愛が凄まじかったというか」
ピーテルは苦笑した。
そういえば、
父はエレナが魔物を倒すたびに「やっぱりうちの娘はすごいんだ!」と
親ばか発言を繰り返していた覚えがある。
「スカウトマンがわざわざ君に会いに行った理由は、
それら魔物討伐はすべて君、
エレナ・ヴァービナス嬢が行っていたと確信したからだよ」
「さ、さすが中央ですね。
それだけ洞察力に優れた官僚が集まってみえるんですね……」
エレナは諦観の念を示した。
「ふふ」
ピーテルはふと小さく笑った。
「ごめん。実はね、
こんなふうに偉そうに言っているけど、
実際のところ、君が魔法使いという決定打になったのは、
婚約破棄された君のために祖母のマンスル夫人が、
次期辺境伯のルシアン・クレインバール総騎士団長との
お見合い話を取り付けたからなんだ」
艶然とピーテルが微笑んだ。
「え? な、な、何でそのことをご存知なんですか!?」
エレナは別の意味で動揺した。
なにせ、お見合い話は祖母とクレインバール家と
内々的に進めようとしていただけで、
まだ外部が知る由もないはずだった。
「あのね、わざわざルシアン・クレインバール総騎士団長が
私のところを訪ねてきたんだよ。
あそこの嫁の第一条件がそれ相応な魔法使いのご令嬢だからね。
夫人が豪語するように、
『本当に凶悪な魔物を倒せている令嬢なのか』ってね。
もし本当なら魔法省でもその情報を持っているだろう、
みたいな感じで」
「あ~、それで……」
エレナはがっくり肩を落とす。
なぜ自分が「強力な」魔法使いなのがバレたのか、そのカラクリがようやく分かった。
全部おばあ様のせいだったなんて。
「そう、それでね、君、彼と結婚するの?」
「はひ?」
身を乗り出して尋ねるピーテルに、エレナは目をぱちくりさせた。
「珍しくあの女嫌いのルシアン・クレインバール総騎士団長が興味を持ったからね。
彼、多くの令嬢を湧き立たせるほど顔だけはとにかくいいだろ?
だから、君もその彼に熱を上げる一人なのかなと思ってね。
だから王宮魔術師の話を辞退しようとしているのかなあ、
それなら納得せざるを得なくて……」
「いえいえ! そんな畏れ多い……!」
エレナは分かりやすく蒼ざめた。
美形と言われる彼がわたしなんかと結婚だなんて申し訳ないし、
いやいや、
それよりもその美しいと噂されるほどの方と、
目を合わせることすら恥ずかしすぎて、
いつか心臓が止まってしまう。
ううん、それ以前によく考えてみろ。
美しいと持ちきりの騎士が夫なんて、断じてあり得ない。
お見合いだけで気後れして窒息死してしまうかもしれない。
(無理、無理、絶対に無理なの!)
「あはは、その顔は彼と結婚を全く望んでいない感じだね」
「はい……」
「そうか。ルシアンでも振られることがあるんだなあ」
「リックランス卿はルシアン・クレインバール様と親しいのですか?」
「まあね。なにせ彼は息子の上官だからね」
「ああ。なるほど」
総騎士団長は十ある魔法騎士団の総責任者だ。
「私が思うにね、結婚をまだしたくないのなら、
手っ取り早く王宮魔術師として活躍して
自立するのが一番の近道だと思うよ」
「や、やっぱり、そういう話になりますよね」
「うん。王宮魔術師になってしまえば、
結婚話は暫定的かもしれないが、すぐにしなければならない、
という現状を遠のける最善の策と思う。
現に何人かの女官たちはそうやって実家からくるお見合い話を断っている。
『国から任された大切な仕事があるから今は無理』ってね」
「ああ、確かに……」
『皇族以外、不当な命令や指示、不要な重圧をかけてはならない』
帝国公務員は稀職だ。
官吏登用試験を合格した、ごく限られた者にしかなれない。
だから法律で手厚く保護されている。
「国から任された仕事」と言われれば、
親でも無理に辞めさせてまで結婚させられない。
強引なことは帝国公務員法に違反とみなされ処罰される。
(そうか、だから両親がやけに王宮魔術師になることを勧めたのね)
「まあ、それでも大半の女官は適齢期になって、
そこで気の合う若者がいれば、
職場恋愛的な流れで婚姻し自分から辞めていく。
もちろん、そのまま独身を謳歌する者もいるよ。
君は自分自身で人生を選ぶチャンスを
手にしようとしているってわけだ」
ピーテルは愉快そうな声を上げた。
従来、貴族の娘は家のために嫁いで家を繁栄させる。
それが当然であり、常識で義務だった。
けれど、そこには結婚に縛られない生き方が目の前にある。
エレナはごくりと唾を飲み込んだ。
「そうそう、
君の地元のように女性が魔法を使うことを
いまだに良くないと考える古臭い貴族もいるが、
王宮では――というよりも魔法省には
そんな考えを持っている人はそうそういない。
それこそ、そういう思想自体が我が国の弊害になる人材だし、
女だからってその優秀さを貶めるのはいかがなものかと思う」
「で、でも、わたしには王宮魔術師は、むむむ無理です」
「それは、自分が小さい人間だから、
とかじゃなくて、ぶっちゃけ目立つのが嫌だから?」
エレナは一瞬躊躇い、無言でこくりと頷いた。
「そうか。人前に出るのも厭うとは聞いていたが、さては対人恐怖症かな?」
「えっと……」
なんと答えればいいのか。気まずい沈黙が流れた。
「ひょっとして原因はその分厚い眼鏡によるルッキズムだろうか。
生まれつきど近眼なんだっけ」
「え、あ、はい」
エレナは気まずい気分で、
ずれ落ちる眼鏡をくいっと指で元の位置に直す。
「そっかぁ。
容姿の美醜で人を嘲笑う者が貴族には特に多いからね。
けど、付与魔法を施した、
そう、もう少しレンズの薄いものに変えれば、
問題は解決すると思うけど?
それでも駄目かな?」
「はい……」
容姿云々じゃない。
そもそも魔法は好きだ。
魔道具とか魔術の研究はしてみたい、という好奇心はある。
家族だって、
結婚に囚われない新しい生き方があるからと背中を押してくれた。
元婚約者から日々蔑まれ、
馬鹿にされ、
周囲からも見下され、
貶され、
嫌悪され、
誰にも相手にされなかった過去の日々。
これで王宮魔術師なんてなったら、また彼らに何を言われることか。
きっと他の人だってあの時のように、わたしの話なんて信じてくれない。
エレナの膝の上の握り締めた拳がガタガタと震えた。
ピーテルはそれに気付く。
「うむ。君はご両親ほどこのスカウトを喜んでいないようだね。
ご両親から聞いたかもしれないが、
君をスカウトした『著名な王宮魔術師』っていうのが、
ここの家主マインラート・ソシュールという男でね。
奴は驚くほど粘着質な男でね」
「へ? 粘着質?」
「そう。狙った獲物は逃さないタイプだし、その上、我儘。
どうしても君を弟子にして王宮魔術師として
活躍してもらいたいんだってさ」
ピーテルは肩をすくめ、エレナはそれでも全力で首を振った。
できればこのまま不合格通知をもらい、人目憚る修道院に入りたい。
「ん~、そこまで嫌がるのかあ。
王宮魔術師が目立つから嫌という理由なら……
そうだなあ、魔法省の女官はどうだろう?」
ピーテルはぱちんと膝を叩いた。
「つまり、完全に私の部下になるんだ。
もともとマインラート・ソシュールもね、
君が人前に出たくないと言う可能性も考慮して、
魔力計測すると共に私に君を面接させる腹積もりだったんだ」
「え? そうなんですか?」
「うん。君みたいに巧みに魔法を使える人は貴重だからね。
中央に留めておきたかったというのが本音だ。
それでね、私の部下になりたい場合、
魔法省の官僚になってもらうしかない」
ピーテルは、エレナを誘い込むように言葉を重ねる。
「魔法省というのは、
他の各省庁と異なって実力社会だ。
魔法が強い者ほど好きな分野で活躍できる。
人付き合いは苦手でも魔法研究に没頭できる部署もあるよ。
そうだね、
魔法の研究がしたいのなら 『魔法総括調査研究室』なんかお勧めだね。
魔道具とか魔獣、古代魔法文書や古代魔術式とか、
研究テーマはいろいろあるよ」
「魔道具?」
思わずエレナの目が輝く。
「おや、興味ある?」
にこっとピーテルが笑うと、エレナは大きく頷いた。
「ここなら専属の上司、関係同僚少数、
それ以外は滅多に言葉を交わさなくて済む。
代わりに期限までに報告書と研究成果を
必ず提出してもらわないといけないけどね」
「ぐ、具体的なお仕事内容はどうなんでしょうか?」
若干前のめり気味のエレナに、ピーテルは鷹揚に笑顔を浮かべた。
「そうだね、多様多種だけど、例えばダンジョンの調査」
「ダンジョン……!」
ヴァービナス侯爵領地にはダンジョンはない。
物語や魔法新聞でしか知らない世界だ。
「うん。そこで魔物や階層を記録し、宝玉や古代魔道具を持ち帰る。
あるいは冒険者ギルドから出てきた古書の修復や呪文解除。
新種の薬草の研究や、魔道具の量産設備の開発もあったりするね。
まとめると、魔法に関する研究と調査ばかりだ」
にこっとピーテルは笑った。
なんと魅力的なお仕事案件ばかり!
研究だけじゃなくて冒険要素もあるようだ。
「そんなに興味深いことをお仕事にしていいんですか?」
不安な様子から一転、エレナの顔色がぱっと明るくなった。
「もちろん。興味、ある?」
「はい!」
「けどね」
そこに扉がノックされた。
お読みいただき、ありがとうございます!
今回は少し長くなってしまいましたが、エレナの適正試験の様子をどうしても一気に読んでいただきたく、一話にまとめました。
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※本作は「カクヨム」様に『カァーム・ビュラクラト ―元引きこもり魔女王宮奮闘録―』にも掲載しております。




