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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮


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第25話 初陣令嬢の詠唱――月下に響く静寂の轟音

 動悸が激しくなった。

 ニコライが逃亡……。


 嘘でしょ。


 王城の地下牢はかなり厳重管理で、

 そうそう脱獄できるものじゃない。


 マインラートからの光る文字には、まだ続きがあった。



――本日の夕刻頃、脱走時ニコライは、違法薬物の使い過ぎで廃人化する前触れの“オーバーメディケイション”を起こした。



 “オーバーメディケイション”。



 それが起きると魔力が異常に膨れ上がって、普段は魔力量が少ない者でも一時的に暴走し、魔法使いは魔力が枯渇するまで魔力暴走をし続けるらしい。


 ニコライも突然魔力を暴走させて、見張りの新人騎士を倒して脱獄したようだ。



『まったく、文句ばっかり言って被害者ヅラする奴こそ一番質が悪い』



 クロフォードがそうぼやいていたのを思い出す。


 ニコライは取調べ中、ずっとエレナに対して恨み言ばかり言っていたらしい。


「全部エレナのせいだ。俺は何も悪くない」


 ニコライが反省するような素振りはまったくなかったという。


(クレインバール卿とクロフォードの口添えがなかったら、今頃わたしも……)


 危うくエレナもニコライの仲間とみなされて、魔法騎士団にしょっ引かれていたかもしれなかった。


(それだけニコライがわたしを恨み、道連れにしようとしているのであれば……)




 エレナの前に現れる可能性が高い。




 そう思ってマインラートは手紙を送ったのだろう。

 ずきんと胸のどこかが痛んだ。


(どこまでも自分勝手な人だなぁ)


 己の所業を悔いるのではなく、虚言でわたしの価値を落とそうとしている。

 どうやったら、そこまで自分を正当化できるのかが理解できない。


 婚約破棄を告げられた時、目の前に降りかかって来た出来事にうまく対応できなかった。


 自分の感情をどう扱えばいいのか分からなくて、

 怖くて、

 人との関わり合いを避けて、修道院に入ろうとしていた。


 けど、今はたくさんの人たちの手助けとか運とか、そういったことが全部重なり合って、わたしは、ここまで来られた。



――そんな過去の亡霊と化したニコライに負けたくない。



 ふと、エレナは店の前の大通りが異様な緊張感に包まれたことに気づいた。


 夜は更け、人通りはほぼない。

 けれど、何かが背後にいる。


 ひゅっと、小さな風が起こって頬を掠めた。


 ローブに付与した防御魔法が発動してビリビリとした。


 後ろを振り向いて、気配の強い上空を見上げる。


 そこには月を背景に、屋根の上に立つニコライがいた。



「見つけたぞ、エレナ」



 ニヤリとニコライがわらっていた。



 *

 ニコライの偏執的な執念さに、背筋が凍る。


 エレナは嫌な予感がして、すかさず周囲に影響がないように、魔法詠唱を唱えて多重結界を展開した。



  「月影は欺きを砕き、星光は心を照らす。

   揺らぐ魂よ、安らぎの環に眠れ

   ――月天詠(ルナ・セレスティア)!」



 外部からの侵入を拒む回避結界。

 

 さらに防音と耐久強化を重ね、ニコライがこの結界内から逃げ出さないよう束縛効果のある結界も施す。



  「影を裂き、道を閉ざす。

   揺らぐ魂よ、環の中に留まれ。

   束縛の光よ、逃亡を拒め

   ――月縛環(ルナ・バインディング)!」



 これだけ結界を張っておけば、外部からは何が起きているか分からない。

 それに、オーバーメディケイションの魔力の暴走の二次被害を防ぐことが出来る。



「全部お前が悪い。お前が父上に一言口添えしてくれれば、


 すべてが収まったんだぁぁぁぁ!」



 突如、ニコライの双眸が赤く揺れ光り、獣のように咆哮し始めた。


 全身を反らし、口からは泡が零れ、空に向かって絶叫している。


「え、魔獣化している……」


 エレナは衝撃を受けた。


 完全に顔つきがおかしい。


 オーバーメディケイションをこの目で見るのは初めてだった分、ショックが大きい。

 魔法新聞の注意喚起で症状を読んで知っていたが、これは想像以上だ。


 ニコライは、屋根を巨大な鉤爪のような風魔法を使って、引き裂いた。


 夜の静寂を切り裂く音が、まるで雷鳴のように響き渡る。


 そして、その鋭い先端は矢のように飛び、轟音を立ててエレナに迫る。


 だが、エレナの周囲に透明な魔法防壁が出来て、激しく衝突した衝動で火花を散らす。


 甲高い音を響かせ、破片が雨のように地面へ降り注いだ。


「え、無詠唱でこれを……?」


 エレナは唖然とした。


 すごい。

 無詠唱で、これほど高密度の魔法をニコライの僅かな魔力で出せるなんて。


 おそらく、薬で体内の魔力供給器官を強制的にこじ開けているのだろう。


 こんな無茶な魔力の使い方をしていたら、当然体への反動は凄まじいはずだ。

 けれど、薬で痛覚も倦怠感も麻痺しているのか、ニコライは無詠唱でエレナに攻撃魔法で襲いかかる。 



 領地で数多くの魔物と戦ってきたエレナにしてみたら、こんなもの痛くも痒くもない。



 ニコライの攻撃はエレナの魔法防壁であえなく消え失せる。


 ニコライはエレナに攻撃が当たらなかったことに苛立ち、地団駄を踏む。


「くそっ!」


 さらに、無詠唱で屋根の石を剥ぎ取って浴びせる。


(ああ、しつこい。それに、結構面倒だなぁ)


 無詠唱だと、どれくらいのタイミングで攻撃されるのか皆目見当もつかない。



  「凍てつけ、貫け

   ――氷槍(アイス・ジャベリン)!」



 エレナは氷の槍を放つ。


 二つの魔法が衝突する閃光。


 衝撃波で地面が揺れて瓦礫の雨が地面を叩き、白い煙が立ち込めた。



 静まり返る。

 煙が消えていく。


 ニコライは勝ち誇った笑みを浮かべたが、

 

 そこにエレナはいない。


 ニコライはたじろいだ。

 

 きょろきょろと周囲を見回した。

 人影がない。


「いい加減、あなたとのご縁を切らせていただきます」


 声が宙から降って来た。

 ニコライはハッとして空を見上げた。


 エレナは空に浮かんでいた。


「お前、飛行魔法まで使えるのかよ……」


 ニコライが忌々しげに言いかけたそのとき。



  「白銀の雨よ、鋭き矢となりて降り注げ。

   氷刃よ、闇を裂き敵を穿て

   ――月降雨矢ルナ・フロストシャワー!」



 エレナは手を振り下ろす。


 細かく鋭利な氷の矢が夜空を裂いてニコライに一直線に走る。


「生意気なっ!」


 ニコライは舌打ちしながら、自分の身体よりも大きい炎の大蛇を作り上げた。


「へえ、すごい」


 エレナは思わず感嘆の声を漏らした。


 炎の大蛇はニコライの三倍はある。

 エレナの攻撃を咆哮とともに呑み込み、熱風が周囲を焼く。


 オーバーメディケイションの力で、強大威力のある上級魔法をいとも簡単に使っている。


 屋根に火が移り、エレナは即座に氷の詠唱を唱えた。


  「白銀の息吹よ、燃え盛る焔を抱き眠らせよ。

   冷気の波よ、静寂をもたらせ

   ――月氷幕ルナ・フロストヴェール!」



 冷気が広がり、炎は一瞬で鎮火した。


 エレナが屋根の上に降り立つ。


 ニコライがそんなエレナを睨みつけた。

 憎悪、

 敵意、

 私憤が渦巻く。


(この人にとって、いつだって私が悪いのだ)


 ニコライの目がカッと見開かれ、建屋の石レンガや屋根の木材が、まためきめきと音を立てて外れ、再びエレナに襲い掛かった。


(あれだけ大きな火の大蛇があれば、わたしを簡単に飲み込むことだってできるのに)


 その方が勝算は高いし、余計な魔力を消耗せずに済む。



 けれど、今の彼は、与えられたばかりの玩具に夢中な子供そのものだった。



 力業でなんとかしようとする愚鈍さばかりが目立つ。


 エレナは静かに詠唱を紡ぐ。



  「捕縛の網よ、炎を絡め取れ。

   反転の理よ、力を返し、敵を討て。

   我が声に応じ、連撃の矢と成れ

   ――反焔炎網リバース・フレイム・ネット!」



 向かってきたレンガや木材は、すべて防御壁に当たって弾かれ、木材は粉々となって雨のように地面に降り落ちた。


 さらに怒り狂ったニコライは、大蛇の口から火の玉を次々と撃ち込む。


(ようやく大蛇を使う気になったのね)


 でも、もう遅い。


 轟音と共に火球が飛び、空気を震わせる。


 だが、エレナは放たれた火球を魔法の網で捕らえ、反転させその勢いのままニコライへと弾き返した。


 爆音が夜を揺らし、火の玉が地面を直撃する。

 自らの火に焼かれたニコライは地面に飛びのいて逃げ惑う。



 続いて、エレナから放たれた凄まじい重量感を持った巨大火の玉が地面を直撃した。


 鈍い音が響き渡った。


 そのとき、ニコライの体に火の玉が当たった。


 衝撃が走る。


 ニコライは苦痛に顔をしかめた。


 それでも、必死でエレナを探す。


 また、いない。


(くそっ、あの女……)


 屈辱に苛まれながら、ぎりっと歯ぎしりをする。


 彼女に怯えていた面影はもはやない。

 瞳の奥の研ぎ澄まされた眼光。


 ――冷徹な魔術師の目だ。


 不意に、ひゅっと耳元を掠め、次の瞬間、足元にびしゃっと氷の塊がぶつかった。


 あまりの痛さにニコライはうずくまった。


 そして、ハッとして見上げた。

 そこには、エレナが月を背景にして宙に浮かび、その様子を冷ややかに見ていた。


 またあの目だ。


 ふいに、夜風が強く吹いた。

 深々と被っていたエレナのフードが脱げ落ち、銀の月光がその素顔を照らし出す。


 あらわになったその素顔に、ニコライは絶句した。


 ――そこには、彼が知る『地味で冴えない女』など、どこにもいなかった。

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