第23話 初陣令嬢の地雷――癖強めな同期と凍りついた沈黙
クロフォードの話によると、入省式前に正門周辺は魔法騎士団による徹底捜査が行われた。
危険爆発物の爆破羅は、すべて除去されたという。
捜索時、魔法騎士団総団長 ルシアン・クレインバールの怒声が王城に響き渡ったほどの大捜索だったらしい。
また、同時に国境警備もかつてないほど厳重になり、不審者が相次いで逮捕されたと聞く。
試験直前にマリュードナバロー語を話していた二人の令息も、酒場で祝杯を挙げているところを国賊容疑で逮捕され、現在取り調べ中だ。
そんな胡乱な彼らが尋問されている傍らで、エレナの元婚約者 ニコライは王城不法侵入罪で厳しく咎められ、尋問の末に薬を用いた数々の婦女暴行が明らかとなった。
そして、その友人、ロシェを始め彼らの仲間たちは尋問され、さらに違法薬物入手方法について新たに問いただされている。
当分は王城地下深い牢屋に幽閉されるっぽい。
最終的にニコライは、父親から勘当どころか除籍され、服役後は平民として生きることになるという。
さらに、妊娠を偽っていた令嬢の、
「あれは嘘だった。侯爵夫人になりたかったから演技しただけよ」
という告白が広まり、社交界の格好の笑い者となった。
この話を耳にしたときは、さすがに不憫だなと思った。
――因果応報。
そう切り捨てるには、あまりに惨めな転落だった。
そんなこんなで、官吏登用試験の合格者は七名に絞られた。
そこに縁故採用はない。
古代魔道具の後遺症で辞退者が続出したためだ。
マインラートによれば後遺症は軽度で、養生すれば回復するという。
*
エレナは、魔法省職員として登城の日を迎えた。
合格通知と共に届いた王宮指定の女官の制服に袖を通し、マインラートが新たに用意したローブを羽織った。
ローブには、さらに強力な認識阻害魔法とありとあらゆる防御魔法が施されていた。
「エレナ、よくやった。兄ちゃんは嬉しいぞ」
兄ノックスは半べそかきながらもエレナの官吏登用合格を喜んだ。
本当は、皇族直下〈影〉諜報部隊で採用された、いわゆる特別入学のため、
感極まる兄の涙に少々心苦しいものがあったが、とりあえず魔法の実力で手に入れた合格。
感無量なところもある。
「お兄様、今日領地にお帰りになるんですよね?」
「ああ。今後のエレナの面倒は引き続きマインラート様が見てくださるというし、俺もそろそろ結婚式準備があるから帰ろうと思う」
「そうですよね、ここまで付き添って頂いて、ありがとうございました」
兄がいなくなるのは少々不安だが、兄には兄の人生がある。
ノックスはエレナの肩に手を置いて、真剣な顔つきで言う。
「いいか、エレナ。とにかく頑張れ。でも、どうしても駄目だと思ったらいつでも帰ってきていいからな」
思わずエレナは泣きそうになるが、ぐっと堪える。
「ありがとうございます。とりあえず、頑張ります。お父様とお母様にもよろしくね」
「もちろんだ。ちゃんとエレナも手紙書けよ」
「はい、分かってます。お身体には皆様お気を付けください」
なんとなく気恥ずかしさもあってエレナは棒読みになってしまう。
それでも、ノックスは嬉しそうに何度も頷いた。
*
そんなこんなで兄と別れて、入省式にエレナは参加した。
会場に入ってすぐ、出会い頭でローゼルと再会を果たせて喜び分かち合った。
レイノルドが軽く会釈したので、エレナも会釈し直す。
けれど、すでに制服の上からローブを纏い、しかもフードまで被る出で立ちのエレナをレイノルド以外の男性新官僚たちは明らかに不審がっていた。
同期というものが未だに何なのか分からないけれど、とりあえず彼らの顔と名前を憶えておこうと思った。
法務省所属になったローゼルと、
軍部補佐官になるレイノルドはもう憶えた。
ネイト・ファーヴァ子爵令息。
刑部省所属書記官。 ※軍部所属のレイノルドと近い仕事をするらしい。
彼はわりと有名だ。洗練された容姿に礼儀正しい紳士。
令嬢に人気のイケメンである。
ホキアン・バーンズリー伯爵令息。
総務省総括部所属。
温厚で穏やか。育ちの良さが全身に滲み出ているいい人。
ランス・マクィーン伯爵令息。
外務省国際情報統括室所属。
なんとなく目が離れているところが爬虫類に似ているけど、怜悧イケメンといえるほど端正な顔立ちをしている。
語学堪能、海外留学の経験あり。
今回の合格者の中で一番細長く背が高く、ネイト・ファーヴァ同様、令嬢たちに人気だ。
モレーノ・ガヴァーゼル伯爵令息。
医務局検疫薬剤科所属。
医者の家系でとにかく医学に詳しい。
見た目は穏やかな丸っこいアライグマに似ていて、磊落で、もっさりしているが、憎めない愛嬌がある。
入省式が終わると流れ解散となり、ローゼルが嬉しそうにエレナの元に駆け寄って来た。
「エレナ、約束通り祝い酒、飲みに行こう!」
ローゼルは思った以上に人懐っこい。
小動物的な愛嬌と、少々華奢な体格ではあるけどノーブルな美少女だ。
入省式最中、女性に興味を示さない硬派なレイノルド以外の男性陣が、ローゼルが噂の”今世紀最大の悪役令嬢”と全然違うことに驚き、面白いほど度肝を抜かれていた。
「え、めちゃくちゃ普通に可愛いし、しかも性格も良さげじゃん……?」
彼らのどよめきを耳にして、思わずエレナは笑ってしまった。
けど、レイノルドは特に反応なし。
そう考えると、彼は基本女性には興味があまりないようだ。
「うん、行こう行こう」
マインラートに今晩遅くなることを伝えておこう。
マインラートから今朝出掛けるときに彼の使い魔の白鳩を与えられた。
しばらくの間の連絡はこの鳩を使うよう言われている。
エレナが鳩を呼び出す呪文を唱えると、鳩が空の向こうからやって来てエレナの肩に止まった。
その足にさっと走り書きしたメモ書き『同期のローゼルとご飯を食べて帰ります』の手紙を括りつけ、飛ばした。
「すごい、あれはエレナの使い魔?」
ローゼルが目を輝かせた。
「ううん、師匠の使い魔だよ」
「師匠! わぁ、やっぱエレナほどの魔法使いになると一味違うのね」
「そんなんじゃないよ」
エレナが照れ笑いを浮かべていると、同期男性メンバーがにこやかに近づいて来た。
「ごきげんよう、ご令嬢方。いまから同期飲み会をやろうと思っているんだけれど、一緒にどうだろうか?」
爽やかな笑顔を浮かべたネイト・ファーヴァが口火を切った。
「明日からみんな仕事始まって何かと忙しくなっちゃいますし、せっかくのご縁です。
ここで結束を深めておきたいっていうか、親睦を深めませんか? もちろん下心はないのでご安心を」
親しみやすい笑顔を浮かべたホキアン・バーンズリーが続く。
エレナとローゼルは顔を見合わせた。
「私は女の子同士だけが良かったんだけどなあ……」
ぼそっとローゼルが、エレナしか聞こえない小さな声で口を尖らせた。
エレナの脳裏にはクロフォードの声が蘇っていた。
――一緒に入省するんだ、もはやそれは友達越えて同期。
多少の変わり者でも難関試験を共に突破した仲間になるんだから、今後も付き合いは続くぞ。
仲良くしておいた方がいい。
「でも一理あるよね。彼らの付き合いはこれからも続くから仲良くしておいた方がいいのかも」
自分でそう言いつつ、エレナの胸は強く鳴った。
ちらっと見ると、レイノルドは参加しない様子だ。
「なるほど、そっかぁ、そうよね。これから部署は違うけど働く仲間だもんねぇ。
じゃあ、今度にしよう、エレナと女飲みっ」
ローゼルが束の間逡巡してから無邪気に言った。
そう、同期。
けど、知らない男の子たち。
鼓動がどくんと大きく鳴った。
息がしづらい。
思い出す。
意地悪く自分を嘲笑うまとわりつく視線。
嫌な錯覚が襲って冷や汗をかく。
(ああ、どうしよう)
ローゼルにはあんな偉そうに言ったくせに、だんだん怖くなってきた。
「わ、わたし、ごめん、なんだか緊張してきた。自分で言っておきながら……ひ、人見知りだから……」
エレナは思わず自分の腕をさすった。
ローゼルは一瞬きょとんとして、エレナの手を繋いだ。
「大丈夫、私も割と人見知りだよ。一緒にいれば怖くない」
ローゼルは、にこっと笑った。
その蜂蜜色の双眸に吸い込まれそうになった。
それから、呼吸がなんとなくしやすくなる。
(ああ、すごくいい子。これのどこが今世紀最大の悪役令嬢なんだろう)
「お誘いありがとうございます」
ローゼルが一歩前に出た。
「皆様、是非とも行きましょう。でも、私たち人見知りだったりするのでお手柔らかにお願いしますね」
ローゼルが微笑むと、男性陣の頬が一斉に綻んで、歓喜の声を上げる。
(ああ、そうか。彼らはローゼルと仲良くなるのが目的で、わたしはおまけだ)
引き立て役、
モブキャラ、
不細工。
こういうとき、過敏に自分の立場が分かってしまう自分が嫌だ。
そもそも分かっていたことだ、ローゼルは可愛い。
こんなローブ着てどもって喋る根暗女なんか不気味以外なにものでもない。
(やっぱり行くのをやめようか)
でも、ローゼルにそれでは悪い。
身勝手で劣等感溢れかえる黒々とした感情が、ぐるぐると胃の中で渦巻く。
「エレナ嬢も行くなら、やはり俺も参加してみたいんだが、いいか?」
レイノルドが手を挙げて声を上げた。
「え、あっ、ああ、もちろん」
ランス・マクィーンが意外そうな顔をしながら返事をした。
エレナがぽかんとしていると、レイノルドが「この前はどうも」と会釈をした。
「ほら、一応特別試験で合格し合った仲だから」
照れ臭そうにレイノルドが抑揚なく呟いた。
「へえ、レイノルドくん、君は案外積極的なんだね」
ネイトが合流するレイノルドを肘で突っついた。
「何が?」
レイノルドはきょとんとした。
彼なりの義理立てなのだろうか。それとも単なる気まぐれか。
理由はともあれ、なんだか救われた気がした。
*
王都の上級貴族たちがグループで酒を楽しむレストラン。
このレストランはホキアン・バーンズリーのご家族が常連の店らしく、突発来店だったにも関わらず、かなり上質な個室に案内された。
「乾杯!」
ワイングラスが重なり、澄んだ音が響いた。
グラスの中身はヴァービナス侯爵領産の赤ワインで、美食家というモレーノ・ガヴァーゼルの勧めた逸品だ。
「へえ、すごい。これが名高いヴァービナス侯爵領地産地のワインか」
ランス・マクィーンがワイングラスを回して、味わうようにして飲む。
「ま、ま、まさかうちの領地のワインがこんなに高級品になって売り出されているなんて、ぜ、全然知らなかった」
エレナが驚いていると、ローゼルが羨ましそうに身を乗り出した。
「じゃあ、エレナは領地ではこれを毎日飲んでるの?」
「う、うん、まあね」
領地では当たり前すぎて価値を分かってなかった。こんなことならもっと味わって飲んでおくんだった。
「いいなあ。こんなに美味しいワインが毎日飲めるなんて。幸せだろうなあ」
「あはは、イースティリア家だって、子爵が土魔法の権威とかで農地改革して、すごく糖度の高い高級フルーツをたくさん作ってるって有名じゃないか」
ネイトが、もう空になったローゼルのグラスにワインを入れながら言った。
「ありがとう。あれは販売用です。ふだんはさすがに食べないですよ。
でも、旬のものは採れ過ぎるから領地から大量に送ってきますね。変でしょ? 領地のみんな、領主家族を残飯処理班扱いしてるんですよ。だから、保存がきくジャムにしてもらってから送ってもらうようにしてます」
「えー、羨ましい。
イースティリア子爵領地で採れた果物で作ったジャムはすごく美味しいんだよ。あの地の特産になっているし」
「え、そうだったの?」
「そうだよ、スコーンにつけて食べるも良し、紅茶に入れても良し、とにかく最高なんだ」
モレーノ・ガヴァーゼルがそのときの口に広がる味を思い出したのか頬を緩ませた。
「ああ、確かに。うちの姉たちがイースティリア領地産のジャムをすごく絶賛していたな」
ランス・マクィーンがワインを飲みながら呟いた。
「へえ、そうなんだ」
ローゼルがますます意外そうな声を出した。
「そういえば、ランスのマクィーン家って、女系だって聞いたことがあるけど、それは何番目のお姉さんの話なの?」
ネイトが興味津々でランスに尋ねた。
「イースティリア領地産地のジャムが好きなのは2番目の姉と末の妹だよ。
我が家の兄弟編成は長女、次女、兄、俺、妹が2人。そこに母上と祖母を入れると女性は6人、計9人家族だ。女系家族の末路だよ。
家の中じゃ、俺の意見なんて小鳥のさえずり程度の価値しかない。」
「あはは! それは肩身狭いなあ」
ネイトが笑い飛ばすと、ホキアンが前菜を美しい所作で口に運びながら言う。
「ランスに女姉弟いる感じが全然しないね。男兄弟で育った感じがするよ」
「そうか?」
「うん」
「逆に男兄弟で育ったのはレイノルドの家だよな? 総帥一族は男系と聞いたことがあるぞ。レイノルドの家は全員男兄弟なんだっけ?」
ランスが、さっきからずっと黙っているレイノルドに話を振った。
「いや。最近妹が生まれた。だから、兄が3人、弟が1人、そして末に妹が1人だ」
「その末っ子ちゃん、さぞかし総帥パパから可愛がられるんだろうなあ」
ホキアンがのほほんとした口調で言うと、レイノルドは重々しく頷いた。
「恐ろしいほど激甘だ。俺たち男兄弟には鬼のように怖いんだ。けど、妹の前では、とろけた飴細工みたいになるんだ。見ているこっちの背筋が凍るよ」
「あはは、分かる。僕のところも姉上と妹には父上、すごく甘いんだよねえ」
モレーノがワインを飲みながらにこやかに笑った。
食事は穏やかに進み、同期たちは饒舌にお喋りに興じ、料理、お酒に舌鼓を打って気分も高揚する。
エレナはすごく不思議だった。
こうやって同世代の男女で食事をするなんて、いままでのわたしではあり得なかった。
学生時代は苛められた記憶ばかり。
だから余計に、奇妙で慣れない。
――新しい感覚だ。
「そういえば、知ってるか? 今回の受験生ですげぇヤバい奴がいたらしいぜ」
ネイトが口火を切った。
「ヤバい奴?」
「そう、ホップラブソングっていう超絶ヤバい違法薬物を摂取しながら受験してたんだってさ。
その上、複数人で令嬢を誘って眠り薬を盛って集団で暴行してたらしくてさ」
ネイトの言葉に、エレナがぎくりとした。
レイノルドと目が合って共犯めいた視線を交わす。
ローゼルも思い当たったのか、エレナと目配せし合う。
「それ、俺も聞いたことあるぞ」
ランスが同意するように声を上げた。
「元々サロンでもそういう黒い噂が耐えなかった連中だよな」
「ホップラブソングっていうあの薬、本当物騒なんだよね。特に魔法使いを廃人にしちゃう効果が強いし」
「そうそう、以前流行ったとき、西部地方の魔法使いがぐんと激減したっていうじゃないか。
あれも、実は、敵国がわざと魔法使いが減少するよう仕組んだんじゃないかっていう陰謀説があるよ」
「うへえ、それはえげつないな」
「国を内部崩壊させる魂胆だったのかな」
「僕は絶対知らない奴から薬買うのやめておこう」
「同感だな。薬は国の許可を得た薬剤師から買うのが確実だ。俺はこれから国外に出る機会が多いから注意しないと」
「間違いないね。逆に僕はそういうヤバい薬を栄養剤がわりに服用してぶっ倒れる官吏を治療しないといけないから、少し気が重いよ」
ネイト、ランス、モレーノ、ホキアンが口々に好き勝手に話す。
「ローゼル嬢もエレナ嬢は大丈夫だった?」
「え?」
ホキアンの質問にエレナとローゼルはきょとんとした。
「ほら、さっき話に出たヤバい受験生。
あれ、ロシェ・ガルブレイスとニコライ・イグナートっていう奴らなんだけど。試験当日とか話しかけられたり、誘われたりしなかった?
特に魔法使いの女の子を狙ってたらしくて。魔法使いが好みのタイプだったんだろうな」
エレナとローゼルは顔を見合わせた。
エレナが気まずそうに「ああ……」と言葉を濁した。
「うん、エレナと私も話しかけられたし誘われたよ。でも、断ったよ。良くない噂は耳にしていたからね」
ローゼルがさりげなく答えた。
「そっか。それは断って正解だったね」
「そういえば、ニコライの奴、婚約者放置して、男爵令嬢に手を出して婚約破棄したはいいが、実はその妊娠話も嘘ですっかり騙されていたらしいぞ」
ネイトがワインを飲みながら、愉快そうにくっくっと笑った。
「マジか、最悪だな。っていうか、そこまでいくと滑稽だな」
「アイツ、サロンで散々俺のこと子爵令息だからって小馬鹿にしてきたさぁ、ざまあって感じだったぜ」
ネイトはワイングラスをゆったりとした動作で回す。
「そういえば彼は、自分よりも格下爵位の子女ばかりを馬鹿にしていたよな」
「そうそう、まあもともと評判良くない奴だった。
婚約破棄された令嬢も、言葉はあれだけど破棄されて正解だったよ。
あんな男と結婚しても絶対幸せになれない」
ぶっきらぼうに言うランスに同意するようにホキアンが鷹揚に頷いた。
エレナはなんとなく羞恥と自己嫌悪に陥り、視線を落とした。
レイノルドから視線を感じ、ローゼルは気まずそうに黙ってワインを飲む。
「そういえば、その令嬢の名前って……」
モレーノがぼそっと呟いた瞬間、四人はハッとしたように口を噤んだ。
弾んでいた会話が、目に見える速さで凍りついていく。
全員の視線が泳ぎ、その婚約破棄された相手が、いま目の前にいるエレナであると察したようだ。
地雷を全力で踏み抜いた。
その事実に、陽気だった笑い声は消え失せ、部屋には砂を噛んだような沈黙が支配した。
隣の個室から漏れ聞こえる賑やかな笑い声が、やけに遠く、冷たく響く。
――それは、エレナの心をひどく不安にさせた。




