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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮


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第21話:踏み出した令嬢の決別――格の違いと美しき来訪者

 マインラートは、布包みを自分のローブ内にしまう。

 そして、部屋の結界を解除した。

 

 張り詰めていた緊張が解け、部屋の空気がふっと緩む。

 エレナも倣って、結界を解除した。


 空気ははっとするほど新鮮で、深い静寂が満ちる。


「さて……」


 改まった声でマインラートが告げる。


「これをもってレイノルド・ハウルデュース公爵令息は軍部補佐官として、

 エレナ・ヴァービナス侯爵令嬢は魔法省特別補佐官として官吏登用試験を合格とする」


「ズルいじゃないか!」


 突如縛られたままのニコライが声を荒げた。


「なんでこの二人だけが合格なんだよ! 

 あれくらいなら俺でも出来る」


「は?」


 クロフォードの顔が露骨に大きく歪んだ。


「あのさぁ、あれくらいって、お前、封印魔法を施せるほどの魔力量も魔力知識も魔法技術もねぇじゃん」


「それは……でも、剣術は俺だって……」


「バーカ。お前は救いようのない馬鹿だ。

 レイノルド・ハウルデュース令息が持っている剣は、魔法騎士団特注の魔剣だ。

 それも見抜けないんだろ?」


「え? 魔剣?」



「そうだよ。魔力がない奴が持ったらただの重たい鉄の塊。

 お前程度の魔力でも同じ。あの剣を持ち上げることすらできない。


 魔法が使えて、日々鍛錬している魔法騎士団が使ってこそ、生かされるよう特別な付与魔法が掛かってるんだよ。俺だってあの剣を片手で持ち運ぶにはかなり大変なんだ」



「だからって、魔法が使えるだけしか能がない奴が合格なんて不平等だ!」


「ったく。お前さぁ、どこまで馬鹿なの?」


 ぎろりとクロフォードが前髪を上げながら、ニコライを睨みつけた。


「魔法を使えること自体がこの国では絶対的価値があるってこと、知らねえの? 

 赤子でもそれぐらい知ってるぜ?」


 クロフォードがニコライの顔をせせら笑うように覗き込むと、ぐっとニコライは言葉を詰まらせた。


「そもそも、この世界に平等なんて存在すると思うか? 

 貴族に生まれるか平民で生まれるか、この世に生を受けた時点で取り巻く環境は全然違う。

 そもそも不平等で成り立っているんだ」


「そ、それは、そうだが……」


「だからこそ、自分の才能を磨き続けて伸し上がるしかない。

 魔法がないなら知力と武力を鍛えればよかっただろ?」

 

 クロフォードはさらに顔を近づけ、逃げ場を奪うように、容赦なく言葉を叩きつける。


「エレナ嬢は魔法が使えたから、領地で魔物を領地の自衛警察団とコツコツ退治して、自分の才能を開花させた。

 じゃあ……お前は? なあ、さっき剣が得意って言ったか?」


「え……っと」


「なら、お前が余所で女と乳繰り合う前に、もっと腕を磨くべきだったんじゃないのか? 

 魔法を合算させて使う魔剣が扱えるほどにさぁ。

 そうすれば、万に一つ、魔法騎士団からスカウトが来たかもしれないだろ? 

 自分の怠惰を人のせいにするな」


「それは……」


 早口で畳み掛けるクロフォードの圧力に、ニコライは悔しさを滲ませながら言い淀んだ。


「まったく、貴様は間抜けだな」


 レイノルドが呆れる声を出した。


「は?」


 ニコライの顔が歪んだ。


「これだけの魔法を使える貞淑な令嬢 エレナ・ヴァービナス嬢を何もしなくても嫁に迎えることができたんだ。それを自ら破棄した。そんな男は間抜け以外何者でもない」


「あはは! 間違いない」


 据わった目つきで、クロフォードが大声で嘲笑った。

 エレナは意外な気持ちで二人を見た。


「し、失礼な……!」


 ニコライが喚いた。


「失礼はどっちですか?」


 思わずエレナは口を開き、まっすぐニコライを見据えた。


(まったく、この男はどこまで愚かなのかしら)


 もう少し身の程をわきまえられる人だと思っていたのに。すごく残念でならない。


「ニコライ・イグナート侯爵令息。あなたは、どこまで恥をさらせば気が済むのですか?」


 冷ややかに言い放った自分の声に、エレナ自身も驚いた。

 だがその瞬間、エレナは確かにニコライと決別できた、と実感できた。


(もうわたしは婚約者の顔色を窺って萎縮するだけの女じゃない)



「先程クロフォード王宮魔術師様もおっしゃってましたが、元王宮魔術師筆頭マインラート・ソシュール様の御前なんですよ。

 目の前にいるのは現役王宮魔術師クロフォード様と、公爵令息レイノルド様。

 さらに私は、あなたの新興侯爵家よりも由緒ある名門の娘です。


 口を慎むのはあなたではなくて? 身の程をわきまえない」



 高圧的なエレナの声に、ニコライは「な……!」と目を剥いただけで何も言い返せない。

 

 この場で一番低い地位にいるとようやく気付いたようだ。


 ここは貴族社会で階級社会。

 身分のあるこの国では、皇族や格上貴族、上級階級の者を敬うのが常識。


 礼儀に背いているのはニコライだ。


 本来ならニコライは、マインラートやクロフォードと気安く言葉を交わすのも烏滸おこがましい。それくらい彼らは雲の上の人物だ。


(ニコライの両親は、とても礼儀正しい聡明な方々だった。

 それなのに彼を取り巻く何がここまで彼を愚かにしたのだろうか……)


「そうだよねえ、考えてみたら、僕、すごい人だったねえ」


 ぽんと手を叩いてマインラートがのんびりした口調で言った。


「今更この人は何を言っているのだろう」とエレナ、クロフォード、レイノルドから少し冷たい視線を向けられる。けれど、彼は気にしていない。


「ニコライ・イグナートくん、ほら、このローブの色、見て」


 茶目っ気たっぷりにマインラートが見せびらかすように立ちあがって、絶句しているニコライの前でくるりと回った。

 まるで新品のドレスをお披露目する可憐な乙女のように。


「あのね、この青紫色を王宮で身に着けるのを許されたのは、この国の魔法最高峰地位にいる、もしくは過去就いたことのある王宮魔術師だけなんだよ」

 

 マインラートはニコライの前で、あえてしゃがみ込んだ。


「それだけ無名の君よりずっと偉い人なんだよね、僕。

 ああ、つまり、こういうときは……」

 

 マインラートは楽しそうにニッと微笑んで黙り込み、


「頭が高い! ニコライ・イグナート」


 声高らかに威圧的に怜悧にニコライに言い放った。


 マインラートの声が鋭く響いた瞬間、ピリッとした緊張感が走り、全員が黙る。

 ニコライの顔が青ざめた。


「って、君にいうべきだったかな。

 あはは、楽しいねえ、一度言ってみたかったんだよね、この台詞せりふ


 マインラートははしゃぎながら、首を傾げた。

 だが、その背後に潜む威圧感は消えなかった。


 この人はお茶目な性格なんだろうが、やっぱり怒らせたらかなり怖い人物なんじゃないかなと、エレナは密かに思いつつ、言葉を失っているニコライを冷ややかに一瞥した。



「おや、予定よりも早いな」


 その時、唐突にマインラートが呟いて立ち上がった。

 何かを感じ取ったのか、扉に視線を投げかけた。

 

 エレナはもちろん、レイノルドもクロフォードでさえ、マインラートの言っている意味が分からずぽかんとする。

 

「ふふ、これは大変な方がお出ましだね。どうする? エレナ嬢。

 あの御方は君に興味津々だ。ご自身の目で君を確認しにきたよ」


 意味深な言葉なのにマインラートは無邪気に笑う。

 

 エレナはますます言葉の意味を計りかね、不安な面持ちになった。



「さぁて、では、皆さんお立会い。ユリウス皇太子殿下のおなぁり~」


 部屋の扉がばんと自然と開いた。

 全員ぎょっとした。

 エレナは、急いでマインラートの“皇太子”という台詞を聞き、頭を下げた敬服のポーズを示した。



――そして、高貴な香気を纏った美しい青年が爽やかな笑顔で入って来た。



「やあ、久しぶり。元王宮魔術師筆頭マインラート・ソシュール」


 唐突な状況がつかめずにいるニコライだけがぽかんとしていて、それ以外は全員エレナ同様、敬服のポーズをしている。


「ご無沙汰しております。ユリウス殿下。

 この度は留学中での一時期帰国、ありがとうございます」


 マインラートが深々と膝を曲げてお辞儀をした。


「いいよ、全然。ちょうど執務のために戻ってこないといけなかったし。

 タイミング的にはすごく良かったよ」


 現在皇太子ユリウスは友好国に留学中だ。

 期間は五年。

 とはいえ、皇太子にしかできない執務があるため時々極秘帰国している。



――〈影〉の上官は、皇帝陛下と皇太子殿下のお二人。



 殿下の代理で他の皇族が現在は担っているとは聞いていたけれど。

 ひょっとすると、これが〈影〉採用の最終試験なのかもしれない。


 古代魔道具封印は言葉通り女官入省への入口にすぎず、〈影〉は別口。

 そう思うと、胃がキリキリしてきた。


「ああ、みんな、顔をあげていいよ」


 ユリウスは寝椅子に優雅に腰かけ、微笑みかける。


 金糸の髪に碧眼、気品に満ちた美貌。

 部屋全体がぱっと明るくなった気がする。


 すかさず、彼の側仕えの侍女がお茶などの用意をし始めた。

 それから、部屋には護衛なのだろうか、屈強な体格の軍服を着た大男が二人入って来て、扉を静かに閉めた。


 彼らはマインラートやクロフォード、レイノルドよりもずっと背が高く、体格もいい。

 そして精悍な顔立ちをしていた。

 

 特に奥の短髪黒髪の男は、武官にして恐ろしいほどの美しい顔立ちをして、とても美丈夫で驚いた。


「ああ。そこのローブの君、顔を見て話したいからフードを取ってくれるかな?」


 エレナは自分のことを言われていると気付くと、慌ててロープのフードを取った。

 

 ユリウスは、エレナを見ると一瞬目を見開いてにっこりと笑顔を浮かべた。


 そして、周りをぐるりと見て、ひとつのところでとまってから、一瞬顔をしかめた。


「ねえ、マインラート。あれはなんだい?」


 ユリウスがニコライに対して顎をしゃくった。

 それから、美しい所作でティーカップに手を伸ばす。


「ああ、あれは王宮に忍び込んだねずみです。ちょうど魔法騎士団に突きつけようと思っていたところなんですよ」

 

 マインラートがあっけらかんとして言うので、ドア付近に控えていた武官の男、二人の肩がぴくりと動いた。


「ふうん。そうか、鼠か。それは王宮の衛生管理上良くないね」


 ユリウスはひどく醒めきった声でお茶を飲む。


「ですよね。しかもこの鼠、不法侵入しようとしただけじゃなく、さらに禁止されている違法薬物を摂取しているようです。

 それから、彼らにはちょっとした婦女暴行の嫌疑もありましてねえ……」


 含蓄あるマインラートの台詞に、ニコライがようやく自分の置かれた状況が分かったようで、顔を蒼ざめてガタガタと震え始めた。


「そう。それはますます精神的にも衛生管理上よろしくないね。

 んじゃあ、ちょっと鼠さんにはご退出願おうかな」


「はい、承知いたしました」


 マインラートが笑顔で恭しく頭を下げ、クロフォードに目配せした。

 

 クロフォードは、騒ぎ出す気配のあったニコライに、彼の声がしばらく出ないよう素早く、小声で魔法をかけて黙らせた。

 

 そして、ニコライを魔法で浮き上がらせたかと思うと、黒髪の武官の前におもむろに突き出すように引き渡す。


「クレインバール卿。

 この鼠、くそ生意気ですが、いろいろ情報は持っていると思います。

 徹底的によろしくお願いいたします」


「承知した」


 強張った顔つきで、クレインバール卿と呼ばれた黒髪の男は、軽々と野良猫のように、ニコライの首根っこをつかみ、部屋の外へ引きずり出した。


(ちょ、ちょっと待って)


 エレナはびくつく。


(い、い、いま、クレインバール卿って、クロフォード、言ったよね?)



――クレインバール卿。

 

 つまり、

 おばあ様が持って来たお見合い相手 

 ルシアン・クレインバール総騎士団長、その人ではなかろうか。



(あわわわわ……)



 あんな恐ろしいほどの美形とわたしをよくくっつけようと思ったわね、おばあ様。

 祖母の大胆さが逆に恐ろしい。


 エレナはルシアン・クレインバール総騎士団長が気になるものの、末恐ろしく振り返ることができなかった。

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