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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮


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第2話 人見知り令嬢の無自覚宣戦――規格外の魔法で未来を撃ち抜く

「ごめん、ハッキリ言って俺のタイプじゃないんだ。

 今までずっと我慢していたけどもう限界だ」


 エレナ・ヴァービナスの元婚約者は、この辺りでは美丈夫と評判の男だった。


「エレナは不細工だ。

 おしゃれもしない。

 アクセサリー一つも身に着けない。

 俺に相応しくなろうと努力をしてくれない。

 それに、話をしていてもつまらない」


「……ごめんなさい」



 つまらない。

 その言葉はエレナにとって聞き馴染んだ単語のひとつ。


 みんなと同じ話題で盛り上がれない。なんとか会話についていこうと必死に王都の流行りモノを知って頑張って話をしても空振りばかり。

 結局エレナが興味を持っているのは魔法だけだった。



「謝るくらいなら、婚約破棄をしてくれ」


「え?」


「好きな女が俺の子を妊娠した。俺はその女と結婚する」


 エレナは彼が最初何を言っているのか分からなくて、ぽかんとした。

 理解するまで少なくとも十秒はかかったと思う。


 眼鏡の奥で瞳が揺れ、思わず心臓が止まりそうになった。


「だいたいエレナは女のくせに魔法が使えるらしいじゃないか。

 魔女の君と一緒にいるとこっちまで辛気臭くなって、周囲からも色眼鏡で見られるんだよ。

 それに、自分より魔法が使える女と一緒にいると、俺自身がつまらない存在に思えて仕方ないんだ」


 彼はカッと顔を赤くし、顔を歪ませた。


「本当の俺はこんなんじゃないのに。

 これも全部君のせいだ。

 君が至らないから俺がここまで惨めになって別の女のところに行くはめになったんだよ。

 分かるよな? 

 全部エレナのせいだから」


 貴族同士の婚約は家同士の約束事だ。


 守るべきことであり、貴族の家に生まれたからには家を守る義務がある。


 だが、彼は浮気の末に相手を身籠らせた。

 それなのに悲劇の主人公気取りで、一方的にエレナに罪をなすりつけて去って行った。


 それ以降、エレナはどこのお茶会やサロン、夜会に行っても周囲から嘲笑われた。

 誹謗中傷を浴び、傷ついて――と言っても表情が乏しいとかで誰もその気持ちを共感してくれず、

 嫌な思いを散々することになった。



 ブス。

 メガネ女。

 不細工。

 根暗。

 冴えない女。



 社交界で浴びせられた心無い言葉の数々。

 悪いのはエレナ・ヴァービナスだ、男を繋ぎとめる魅力がないからだ、と。


「侯爵家にあるまじき行為です、恥を知りなさい」

 祖母でさえ、婚約破棄されたのはエレナの不始末だと罵られた。


 どうやらこの裏には元婚約者と相手の女が、

 自分たちにとって都合のいいように噂を広めているようだった。



 だが、しかたがない。


 この国、アイルナバロー連合帝国では、昔から婚約破棄されるということは醜聞持ち扱いとなり、

 いわば一種の腫物扱い。


 要注意令嬢となってしまうのだ。


(見た目が不細工だから彼が違う女に目が行ってしまうのは当然よ)


 そう社交界に集まる令嬢たちは声高らかに言う。



(いえいえ、化粧して髪型を整えて、コルセットをすれば、エレナはちゃんと可愛い)


 たぶん、分厚い眼鏡が原因だ。

 そう両親や兄はいつも慰めてくれる。


 そう、わたしは眼鏡をかけると途端に本格的にブスになって冴えなくなる。


 とはいえ、生まれつき目が悪い。

 わたしはぼやけた世界では生きていけない。

 この眼鏡だけがわたしに輪郭を与えてくれる。



 エレナは思う。


 なぜかわたしが悪者になる。

 納得がいかない。


 引っ込み思案で人見知りだし、地味なのは認める。

 けど、わたしは何も悪いことをしていない。

 それでも、いつも責められる。



 ああ、嫌だ。怖い。人の目がとても怖い。


 さっさと修道院にでも入って、俗世とは切り離して穏やかな生活をしたい。


 ――――――――――――――――


「エレナ、魔術師試験を受けてきなさい」


 魔獣を退治してほっとしたのも束の間、屋敷に帰る頃にはすっかり夜が更けていた。


 そのまま身なりを整えて食堂で食事についた途端、父が唐突に言い出した。


「な、なんで!?」


「つい先程、著名な王宮魔術師の方が、お前の討伐をご覧になってたそうだ」


「著名?」


 ノックスが訝しげに眉をひそめた。



「今ここではその名は伏せるが、すごくエレナの魔法を褒めていてなぁ」


 父は嬉しそうに頬を綻ばせる。


「え、え、見てた? どういうこと?」


 エレナは目をぱちくりさせる。


 あの場にいたのは兄と自衛警察団のジェイドと、それから我が侯爵家の護衛兵のみのはずだが。


「うん、上空から御覧になられていたそうだぞ」


「上空!?」


 ノックスが素っ頓狂な声を上げ、尋ねる。


「上空ということは飛行魔法か何かで、見たってことか?」


「ああ。そうらしい」


 父は何気なく肩をすくめて答えるが、エレナもびっくりしていた。


「えっ、あの魔法はとんでもなく魔力量を消費する上級魔法のひとつだよ」


「そうだよなぁ。

 ましてや、うちの領地のように深い森に覆われている空は、

 空を縄張りとする羽翼魔物たちに襲われる確率も高いからとにかく危険なはずだ」


 ノックスは困惑するエレナと顔を見合わせた。


 そのとおりだ。

 飛行魔法で安全に移動するには、

最低でも飛行しながら防御魔法と簡単な攻撃魔法が瞬時に出来るくらいの腕は必要だ。


 だが、飛行魔法を維持しながら、別の術を操るのは難易度が高く、地上よりも繊細な操作が求められる。


(そういえば……)


 エレナはふと思い出す。


 帰りの馬車の中で強力な魔力の衝突を感じた。

 窓の外を見たら、大きな鳥が落ちていくを見かけた。

(ひょっとして、あれって……)


「だから言っただろ? 著名な王宮魔術師なんだ。

 エレナでも無詠唱で飛べるのだから、それくらい簡単なんだろう」


 悠然と父はワイングラスを手に持つ。


「そうだけどさぁ……」


 ノックスは納得がいかない表情で、頬を掻いた。



 エレナはこのヴァービナス侯爵領地の領主の魔法使いの娘として、

小さい頃から飛行魔法と同時に攻撃や防御魔法が発動できるよう教育されていた。


 だからか、難なくこなすことができるが、余所から来た魔法使いは羽翼魔物を甘く見る。

 たいていの者は痛い目に遭う。


 それなのに、その著名な王宮魔術師様は平然としていたというのか。

 さすが、皇帝陛下の御前で活躍する魔法使いは一味違う。


「それでな、その方が言うには是非ともエレナに王宮魔術師試験を受けに来て欲しいとのことだ」


 ワインを飲んだ父は嬉しそうに頷いた。


「はひ?」


 エレナが父の言葉を理解するのにかなり時間を要した。

 その間に、ノックスが反応する。


「それはつまり、エレナがスカウトされたってことですか? 父上」


「スカウト、ああ、なるほど。あれが噂のスカウトってヤツなのかぁ」


 父はのんびりとした口調で言い、ステーキ肉を美しい所作で一口サイズに切ってから頬ばった。


「うむ、たぶんそういうことだな」


 もぐもぐと口を動かしながら父は満足そうに頷いた。


「ちょ、ちょっと待って。

 王宮魔術師といえば、王都の王宮でいろんな偉い人たちと会って、

 すごーい偉い人のために魔法を使って悪い奴らを倒してっていうエリートの集団で……」



 エレナの声は小刻みに震える。


 それは、つまり、

 人からすごく注目されるということと同義であって、

 たくさんの人たちといっぱい関わらなくてはならない。


 そもそも王都は、

 ここの何倍も人口が多くて、

 平民貴族商人がびっくりするほどいて、

 様々な人種や身分の人たちが行き交う。


 さらに王宮といえば、父以上に偉い人もたくさんうじゃうじゃいるのだ。



 無遠慮に向けられるたくさんの視線。ぶるっと戦慄をした。



(なんて恐ろしい……!)


 どこを見渡しても人、人、人……溢れかえる群衆。


 人の多さを想像しただけで、エレナは目が回りそうになった。


「む、む、む、無理無理無理!」


 思わず激しく首を振って声を荒げる。


「エレナ、動揺するのも分かるけど、そんな大声を上げるのは令嬢としてとてもはしたないわよ」


 母に穏やかに注意されて、エレナは慌てて口を閉じた。


「そうか、無理か。でも先方と約束してしまったからなあ。必ず行かせますって」


 どこまでもマイペースな口調で父は続ける。


「う~ん、王宮魔術師試験を受けにいかないのであれば、

 近々王都でお見合いをしてもらうことになるんだが。

 それでもいいんだよな?」


「え? なんで?」


 エレナはますます飛び上がるほど慄く。


「実はな、おばあ様がまた新しい縁談を持って来たんだ」


 びくっとエレナは肩を震わせ、母を見た。


「そうなのよ。

 おばあ様に『しばらくはこういったお話はご遠慮願うわ』と言ったんだけどね、全然話が通じないのよ」


 母は頬に手を当て、困ったように首を傾げてため息をついた。


「しかも今回は次期辺境伯の嫡男、ルシアン・クレインバール卿ですって」


「ままままままままますます無理!」


 社交界の人間関係に疎いエレナでも知っているほどの超・有名人だ。


 美丈夫だが、冷酷無慈悲。

 国に反旗を翻すような危険思想の輩や、敵国スパイには同情は禁物、

 一切容赦しない魔法騎士団の総団長

 ――鬼総騎士団長(・・・・・・)のルシアン・クレインバール。


 彼が引き継ぐ予定の領地は、

 悪鬼のように冷血で非道な騎士でなければ、

 生きて帰って来ることは出来ないと噂される死地だ。


「辺境伯夫人はなぁ。それはちょっとばかりエレナには敷居が高い気がするんだが……」


 言い淀む父にノックスも大きく同意する。


「うん、そうだね」


 ノックスはワイングラスを優雅に回す。


「彼って、噂によると眉目秀麗どころか、文武両道の筋骨隆々なんだろ? 

 魔法オタクのモグラ生活を好むエレナとは対極的だ。

 とてもじゃないけど、気が合うとは思えない。

 だいたい、まだ婚約破棄されて半年も経ってないんだよ。

 この見合い話は時期尚早じゃないかな」


「でもねえ、おばあ様が言うにはね、あちらは魔法使いの令嬢を強く求めているらしいのよ」


 母がため息交じりで口を挟んだ。


「辺境伯とうちの侯爵家なら身分的にもそれなりにバランスもいいし、

 死地と呼ばれていると言っても、ここの領地とさほど変わらないみたいでね。

 同じように魔物が頻繁に出るだけらしいの」


 含蓄ある視線を母はエレナに向ける。


「だから、エレナの魔法の強さを考えれば全く問題なしって、そう一方的に判断しちゃってね。

 それにノックスの言った通り、本当にとてもいい男らしくて」


 母の声音が年頃の少女のように、少しはしゃぐ。


「いい男でも、無理無理無理無理」


 激しくエレナは首を振った。


 イケメンは何歳になっても目の保養。いつもそう言っている祖母が思い浮かぶ。


 祖母は、いわゆる面食い。

 美しさは正義であり、醜さは罪。

 自分好みの見目麗しい男の見合いばかりさせようとする。容姿偏重、外見主義者なのだ。


 そんな祖母の、イケメンを目の保養とする気持ちは同性として分からなくもないが、でも、無理。


 イケメンはエレナのコンプレックスを刺激し、余計気後れさせるだけの存在だ。

 本当に、心の底からやめて欲しいと思う。


 だいたい、元婚約者の件もあり、当分の間異性には関わりたくない。


 それに、令嬢が騒めくほどの美形と言われる麗人とわたしが、彼の隣を歩いたら……。


 エレナはその光景を想像し、ぞっとした。


 また外野から敵意の視線を向けられて、背中から刺されそうな殺意を感じるはめになるのではないか。


 いいことなし! 


 これ以上、生きた心地のしない状況は絶対に御免だ。


「そうよね。エレナって本当美形が苦手なのよね」


 母が大きくため息をついた。

「だって……」


「それにしてもおばあ様も勝手よね。

 そもそも女性が魔法を使えることを嫌がる貴族もいるから、

 ”エレナが物凄い魔法使い”というのは伏せておこうって

 言い出したのはおばあ様なのにね。

 途端に手のひら返し、困っちゃうわ」


「エレナ。これは、ある意味、チャンスだぞ」


 ノックスが身を乗り出した。


「チャンス? なんで?」


「スカウトなんてそうそう来るもんじゃないしさ、王宮魔術師になるのも手じゃないか?」


 兄にはすでに結婚目前の婚約者がいる。

 次の春には結婚式を挙げ、新婚夫婦用に建てた屋敷に移る予定だ。


 エレナの元婚約者と兄の関係はそこまで悪くなかった。

 だからこそ、彼のエレナに対する酷い仕打ちには、エレナ以上に腹を立て、

 婚約破棄された妹の将来を両親以上に心配してくれている。


 自分がこの屋敷にいるうちに、

 臆病者の妹エレナの安息地を見つけておきたい、

 という兄なりの気遣いを感じる。



「あら、やっぱりノックスもそう思う? エレナが王宮魔術師になった方がいいって」


 母が声を弾ませた。


「ああ、当然。なにせ今日含め、俺は数々の魔物討伐で、

 エレナの魔法使いとしての才能をこの目で見てきた。


 だいたい王都の奴でも滅多にスカウトを受けることはないよ。

 特に王宮魔術師は厳選されている。

 スカウトを受けた時点で、それはそれで名誉なことでもあるんだ」


「そうなのよね。

 エレナには魔法という才能があるんだから、それを生かすのが最適よね。

 それに王宮魔術師という名誉ある職にもし就けたら、

 おばあ様も当分の間はエレナの結婚を諦めると思うのよね」


 母がにっこりと微笑んだ。


「なるほど」


 その手があったか。


「そうだなあ。もし王宮魔術師が嫌なら、直近の結婚回避策含めると、魔法省の女官になるしかないなあ」


 父が母の言葉を引き継ぐように言った。


「はへ? え? 女官?」


 また新たなキーワードが出てきてエレナは戸惑った。


「いいね、それ名案!」


 兄が勢いよく席を立った。


「エレナ、魔法省の女官になれば、

 エレナの好きな古代魔道具や摩訶不思議な古代書物とかの研究が仕事で出来るぞ」


「古代魔道具……」


 少し興味を惹かれるエレナにニヤリと父は笑った。


「そういえば、著名な王宮魔術師様が言っていたなあ。

 王宮魔術師は何かと人と会って打ち合わせなどをする機会が多い。

 だけど、王宮内務官の魔法省の女官になれるのであれば、

 自分の口添えもあるから、特別に毎回大勢と顔を合わせずに済む、

 そういった研究分野に特化した仕事をさせることもやぶさかでないと」


 エレナの瞳がキラリと光った。


 エレナの楽しみは月に一回発行される魔法新聞を読むことだ。


 そこには、新しい魔法が紹介されていたり、

 巷で流行りの魔道具の広告が掲載されていたりして、

 侯爵領という田舎の僻地に暮らすエレナには、非常に好奇心をくすぐる読み物だった。


 きっと、その辺も同級生たちから仲間外れにされる理由なのかもしれない。


 たいていの令嬢は、

 王都で流行っているドレスや宝飾品、歌劇やオペラ、貴族のゴシップネタを好む。


 イラストや絵ばかりで表現されている大衆新聞は読むけど、

 こういった文字の多い新聞を忌避する。


 逆にエレナにとって流行りものはあっという間に廃れるものであり、

 すべて絵空事のように虚しく感じてしまい、

 ハッキリ言って全く興味がない。


 文字の多い読み物の方がわくわくする。


 とはいえ、識字率の低いこの国では、

新聞などの小難しい書物は紳士の嗜みのようなものと考える貴族は多い。



 魔法新聞や官報、外国新聞など難しい文字ばかり読む女性を

「小賢しい」だの「生意気」だと陰口を叩かれる。



 魔法も同じだ。



 今でこそ女性が魔法を使うことを蔑まれる頻度は減ったが、

それでも書物同様、女性が上級魔法を使うことを嫌がる貴族はいる。


 特に王都から離れた辺境はそういった貴族が多い。


 なので、祖母の鶴の一声、エレナが魔法に精通していることは社交界には伏せてあった。



「どうだろう、エレナ」


 父が穏やかに話し出した。


「新しい婚約とか結婚もいいが、エレナにはエレナしか出来ないことをやっては?」


「わたしにしか出来ないこと?」


「ああ。これからの女性は自立して生きるのもいいと思うんだ。

 著名な魔術師様もそうおっしゃってみえたし、エレナの持っている魔法の才能は生かすべきだと思う」


 エレナは視線を床に落とした。



 女性が結婚に左右されない人生を歩む。



 そんな夢のようなことが叶うのだろうか。


 エレナの考えを見透かしたように、父はおもろに話し始めた。


「そりゃあ、昔から領主貴族は、

 家繁栄のために婚姻という形で権力を拡張し、欲しいものを手に入れてきた。

 それは我々が領民の税で生活し、代わりに領民を守るためだからだ。

 領地の安全をより盤石にするためにも、

 侯爵令嬢としてエレナには、おばあ様の言うとおり軍事力のある伯爵家に嫁いでもらうつもりでいた。

 家同士の結びつきを強めて、

 互いの領地の魔物討伐の際の兵力増強はもちろん、文化交流を視野に入れて」

 

 父の顔が次第に険しくなる。


「だが、今回残念ながら、あちらのバカ息子が呆れ返るほど我儘な理由で反古してきた。

 あれにはいまだ腸が煮えくり返りそうだし、

 あのバカ息子を一発殴ってやればよかったと今でも思うが、 

 先日伯爵家からはたんまり慰謝料も貰ったことだし、

 まあこれで一区切りはつけようと思う」

 

 父は一方的に怒り、一方的に溜飲を下げる。

 こんなに表情豊かな父は久々だ。

 エレナ以上に家族は元婚約者の行いに腹を立てている。


「そもそもあの縁談もお義母様が持って来た話だろ? 

 また同じ手段でエレナに家のために我々親は嫁げとはよう言えん。

 そういうのも相まってこれ以上無理して結婚させるのを親として躊躇うところだ」


 父はすまなさそうな顔をした。母もその隣で頷く。


「家のため、

 我々親のため、

 おばあ様がそう言うから、

 周りがそう期待するから。

 そうじゃなくて、これを機にエレナの意思が伴った行動で、エレナの好きなように生きてみなさい。

 だって、エレナの人生だぞ。

 とりあえず、現状打破として、王宮魔術師、もしくは王宮で働く女官の試験を受けてみてはどうだ? 

 新しい道を試してみるのも悪くないと思うぞ」


「つ、つまり、本当にわたしの好きに選んでいいということ?」


「そうだ。スカウトもこれも何かの縁だ。

 王都に出て王宮魔術師でも女官にでもなれば、

 エレナのその魔法の才を持て余すことなく発揮できるし、

 王城で働いて自立できれば、

 無理に結婚もしなくてもいい。

 それどころか、田舎貴族と揶揄される我が侯爵家から王宮魔術師か女官が出れば、

 体面重視のおばあ様の面子も保つことができるし、諸手をあげて大喜びするだろう。

 もちろん、

 親としてはそこで新しいご縁があればラッキーっていうのもあるけどな」


 父はニッと笑った。


「でも、王宮魔術師は分からないけど……

 王宮内務官、女官になるための官吏登用試験はすごく難しいって聞くよ」


 王宮魔術師の試験は募集要項が明らかになっていない。


 どんな試験を受けるのか、どんな魔法使いが対象なのか、そんな話は一切聞いたこともない。

 魔法新聞にも掲載されていない。


 官吏登用試験はこの国の貴族であれば誰でも受験できる。

 ただし、国家試験で最も難しいということで有名だ。


 このための英才教育を幼少期から受けていた貴族子息でも、九割は落ちるという狭き門。

 それを女性が受けて官吏になるということは、それだけ才女である証となるけれど。


「まあまあ、エレナ、あまり堅苦しく考えるな。

 一か八かやってみてもいいんじゃないの? 

 モノは試しってね」


 椅子に腰かけ直したノックスがワインを飲みながら、あっさりと言った。


「えー、そんな他人事のように……」


「大丈夫だって。

 もともと学園の入学試験ではそれなりの好成績だったんだ。

 退学後も家でそれ相応の勉強をこなしているだろ。

 まあ、それ以上に官吏登用試験は難しいというけど、何事も経験、受けてみればいいじゃん。

 魔法に関しても、

 今日の魔獣討伐で自衛警察団のリーダーのジェイドが『この魔法の才能を生かさないのは勿体ない』って

 ずっと言っていたしさ」


「けど……」


「俺もエレナの魔法の凄さをもっと幅広く活用できないものか、

 とちょうど思っていたところなんだよね」


 ノックスはワイングラスをテーブルに置く。


「ほら、男だったらもっと幅広く選択肢があったんだろうけど、

 女に生まれてきたということだけで、この国は、というかこの世界は随分と選択肢が狭まる.。

 だけど、魔法だけは男女差関係ない。

 女が男と同じ土俵で戦えるんだ、これを生かさないともったいない」


「ほら、ノックスもそう言っているんだし、とりあえず王都に行って来たらどうかしら?」


 母は口元をナプキンで拭く。


「ほら、あなた、婚約破棄されて以来ずっと塞ぎがちだったでしょ? 

 王都で美味しいもの食べるついでに試験を受けに行くだけよ。

 目的は娯楽。ね?」


「で、でも……」



 人の目に多く晒されるのは怖い。



「大丈夫、あなたはわたしの可愛い娘よ。

 どもって喋る癖さえ直せば、あなたは完璧。

 どこに出しても恥ずかしくない侯爵令嬢。

 おばあ様の厳しいマナー講座だって終了したんだし。

 自信持って」


「う、うん……」


「王都に行くのは気晴らしにもなると思うわ。

 ああ、お見合いのことはおばあ様にもうまく言っておくから心配しないで」


 母は艶然とした笑みを湛えた。


「あ、ああの、試験に合格しなくても怒らない?」


 もぞもぞエレナが言うと、父と母は顔を見合わせて嬉しそうににっと笑った。


「もちろん。ちょっとした力試しに行くだけだ。

 そんなに気張らず行っておいで。

 嫌になったらいつでも帰ってこればいいんだから」


 というわけで、引きこもりを極めていたエレナは王都へ向かうことになったのだ。

お読みいただき、ありがとうございます。

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※本作は「カクヨム」様に『カァーム・ビュラクラト ―元引きこもり魔女王宮奮闘録―』にも掲載しております。

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