第14話 踏み出した令嬢の試験――協力者と謎の男
古代魔道具による魅了魔法騒動もなんとか落ち着き、
順調に受付が終わった者から会場へ入る。
もちろん、
その間にもカンニング防止の結界に阻まれて入室できず、
別室へ連れて行かれる者が何人かいた。
エレナとローゼルも
ようやく試験会場に入れた。
部屋は大きなホールになっていた。
学校の教室と同じように
整然と机と椅子が
前方の演台に向かって並んでいる。
無論、王宮内なので、
一つ一つのテーブルと椅子は
学校のものと比べものにならないほど豪華なものだ。
試験の席は指定だ。
ローゼルは真ん中の最前列。
エレナは一番隅の最も目立たない場所。
しかも、ニコライとは対角線上だった。
ほっと胸をなでおろしたその瞬間。
黒髪を撫でつけた赤目の試験官が、
いつの間にか背後に立っていた。
気配をまったく感じなかったことに、
エレナは息を呑む。
無言の彼から意味深な何かを訴える視線。
(ひょっとして!)
目が合って、
試験官の鋭い眼光にびくつきながら、
エレナは軽く会釈をした。
試験官も無言で小さく頭を下げる。
(彼だ、クロフォードが言っていた協力者というのは)
彼が元魔法騎士団だったのなら、
その気配を感じなくても当然だろう。
エレナは、クロフォードが教えてくれた魔法を実践した。
机に潜む異物を暴き出すための魔法だ。
探知魔法と応用的な対象指摘、
今回は生き物以外の対象を探す透視魔法。
「光よ、真実を映し出せ。
熱を持たぬ影をも暴き、隠された異物を顕現せよ。
我が眼に応じ、机の秘匿を解け。
――熱源探知透視魔法」
前から三番目、窓際から二列目。
腰を下ろした男の机の下に
四角いものが貼られているのを
確認する。
エレナは試験官に視線を投げた。
彼もエレナの合図に気付く。
エレナは、手にした羽ペンで
「前から三番目、窓際から二列目」
と振って合図をした。
それから
机の下をエレナが触る仕草をすると、
試験官の彼は頷く。
エレナが指示した
その席の前に立った。
男は肩をびくりと震わせ、
蒼白な顔で恐る恐る試験官を見上げた。
「失礼」
試験官は急に屈みこんで、
机の下を確認する。
他の試験官も異変に気付き、
その席の男を取り囲む。
協力者の彼は
その机の裏から紙を取り出した。
その紙はすでに答えが記載してある解答用紙だった。
「ご同行願おうか」
にこりともせず冷徹な声と共に、
他の試験官たちが男の両腕をつかむ。
そのまま別室へ強制連行した。
同じ要領でエレナはさらに二人を指摘した。
また同じように
試験官たちが別室へ連行していく。
これを見た受験者たちからの反応は様々だった。
ほっとする者、
驚く者、
連れて行かれた者を軽蔑する者、
無関心な者。
ただ全員が、
この試験で不正するのは
かなり困難であることを悟っただろう。
やがて試験開始の時刻が近づく。
そのとき一人の体格のいい男が現れた。
受験生の一人なのだろう。
だが、男からの圧倒的な魔力にエレナは寒気を覚えた。
(な、なに、この人……)
熊のように大きな体格。
浅黒い肌に短く刈り揃えられた髪。
圧迫感のある存在感に、
周囲の空気がわずかに張り詰める。
なんとなく近寄りがたい雰囲気だ。
愛想がないが、
顔立ちは彫りが深く、
冷たいくらいに整っている。
目が合ってぎょっとした。
灰色の双眸は氷のように冷たく、
すべてを見透かすかのように射抜いてきた。
慌てて目を逸らした。
男は何事もなかったように指定席に腰を下ろした。
そして、試験が始まった。
*
「試験終了」
張り詰めた試験官の声が会場に響き渡り、
一斉に解答用紙が回収された。
試験中も必殺仕事人のような試験官たちが
数々のカンニングを摘発し、
だいたい十人くらい別室へ連れて行かれた。
受験者数は五十人を満たなくなり、
試験会場は空席が目立ち、
広い会場に妙な空虚さが漂う。
なんとか試験を乗り越えたエレナはほっとする。
解放感と疲労に包まれた会場は
ざわざわと私語が増え、
弛緩した空気に包まれる。
やがて流れ解散となった。
エレナは、なんとなくさっきの灰色の双眸の大男が気になって、
その背中を見た。
鍛え抜かれた背筋が盛り上がり、
鎧のように硬質な肉体を感じさせる。
彼の魔力量は桁違いにすごい。
どちらかといえば、
文官というよりも武官を目指した方がいいのではないか、
と余計なことを思ったりもするほど。
「あ、あの……」
ローゼルが、
すごすごとエレナの席に近づいて来た。
「試験お疲れ様。さっきの約束憶えてるかな?」
指をこねくり回してローゼルは
ためらいがちに声をかける。
エレナはちらっとニコライを探す。
彼は、
ロシェや他の友人らと談笑し合っている。
「え、あ、うん、もちろん憶えてるよ」
年の近い女の子から、
改めてこうやって声をかけられるのは、
なんとなくこそばゆくて、
嬉しい。
「えっと……自己紹介が遅くなってごめんなさい。
わたしはエレナ・ヴァービナスです」
「わぁ、可愛い名前!」
ローゼルがはしゃいだ声を上げた。
「え、そ、そうかな?」
女の子から名前を褒められたのは初めてだった。
「わたしは、その、ローゼルの方が可愛いけど。
響きがすごく女の子らしいし」
エレナがそう言うと
ローゼルは恥ずかりそうに頬を赤らめた。
「ええ、本当?」
「うん、なんかお花のいい匂いがしそうな名前、って思っちゃった」
「わあい、女の子からそう言ってもらえるなんてすごく嬉しい」
ローゼルは無邪気に喜ぶ。
その可憐な照れた笑顔に
エレナはなんだかほっこりする。
「ねえねえ、エレナって呼んでいい?」
ローゼルは小さな体を精一杯前に傾けて、
瞳をきらめかせる。
「うん、もちろん」
エレナが答えると、
ローゼルは春の花が一斉に咲いたような笑顔を見せた。
(すごく人懐っこい子だなあ)
なんでこんなに可愛い子が
「今世紀最大の悪役令嬢」なんて言われているのか。
さっぱりだ。
違和感しかない。
「ね、エレナ。一緒に正門まで帰ろう?」
「うん、帰ろう」
エレナは嬉しくなって席を立ちあがって、
会場を後にしようとする。
だが、その時。
ロシェとニコライを始め、五人の受験者の貴族子息が、
影のように立ちふさがり、
行く手を塞いだ。
彼らは笑みを浮かべながらも、
瞳の奥に薄暗い企みを宿していた。
さっきまでの解放感は一瞬で消え、不快さだけが場を支配した。
お読みいただきありがとうございます!
無事に(?)試験が終了しました。
協力者の試験官とのアイコンタクト、エレナもなかなかやりますね。
そして登場した、熊のように大きくて灰色の瞳を持つ謎の男……。
文官試験には似つかわしくない圧倒的な存在感ですが、一体何者なのでしょうか?
ついにエレナとローゼルの友情も芽生え、ほっこりしたのも束の間。
ラストに立ちふさがるニコライたちの影……。
次回、このピンチをどう切り抜けるのか!?
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