第10話 踏み出した令嬢の遭遇――要注意人物の集結と不気味な残滓
(まさか一番会いたくない奴とここで鉢合わせするなんて……!)
生憎話しかけてきたニコライとロシェは、
彼女の隣にいるのがエレナだと気づいていないようだった。
エレナは、フードをさらに深く被る。
きっとこのローブを被っているからだろう。
改めてマインラートの付与魔術の凄さを実感した。
付与魔術は、人によって魔法の精巧性が変わる。
「私のお手製ですけどいいですか?」
「えー、すごい。逆に嬉しいなあ」
「じゃあ、はい、どうぞ」
彼女はにこやかに布袋をロシェに差し出した。
「どうも」
ロシェは彼女の笑顔に釘付けになりながらも、
クリモナの甘煮を摘まみ、口に入れた。
「うん、これは癒される。
なんていうか、甘すぎなくてちょうどいい」
「お口に合ってなによりです。
お隣の方ももし良かったら、どうぞ」
彼女がニコライにも差し出した。
「え、あ……ありがとうございます」
ニコライは恭しく頭を下げて、頬を赤くする。
それからニコライも彼女に釘付けになりながら、
クリモナの甘煮を口に入れた。
「確かに。これは試験前の緊張をほぐすにもちょうどいい」
「お褒め頂き、光栄です」
くりっとした双眸を細めた彼女が微笑んで、
ロシェとニコライの顔が蕩ける。
(同性のわたしが見ていてもこの子は超絶可愛い)
思わずエレナの頬が緩む。
「ふだんからお菓子作りを?」
ロシェが有能な男の顔つきになって、彼女に尋ねた。
「ええ。
でも、令嬢なのにお菓子って、
はしたないですよね」
彼女は苦笑する。
「いえいえ、
君みたいな可愛い子が作るお菓子なら
いくらでも食べてみたいですよ」
ロシェも爽やかな笑顔を見せた。
どうやら2人のお目当ては彼女らしく、
積極的に話しかけたみたいだ。
特にロシェの勢いがすごい。
「私はロシェ・ガルブレイスと申します。
あなたのお名前は?」
「え……っと」
なんとなくエレナは居場所がなくなって、
そろりそろりと彼女たちから距離をとり始める。
しばらく間があってから、彼女が気まずそうに名乗った。
「ローゼル・イースティリアです」
(まさか……⁉)
エレナは慌てて振り返って、
ローゼル・イースティリアと名乗る彼女を見た。
*
「ほう、ローゼル・イースティリア嬢ですか」
ロシェが少し躊躇い、
ニコライもちらっと彼女に意味深な視線を投げた。
たぶん、3人とも同じことを思ったはずだ。
今世紀最大の悪役令嬢と揶揄されている令嬢が。
こんなに小柄で華奢な可愛い美少女だなんて、信じられない!
「実はわたしたち、
ご婚約者のレオーネ・ウルーム令息とは懇意にさせて頂いてまして……」
ロシェは躊躇いがちにローゼルに言うが、
ローゼルはますます複雑そうな顔をする。
「そうですか」
なんとなく気まずい沈黙が流れた。
そのとき、この国にはない言語が聞こえてエレナははっとする。
「へえ、マリュードナバロー語だ」
ぼそっとローゼルが呟いた。
ローゼルは、どこかぼんやりとした様子で、周囲にゆっくり見渡す。
「マリュードナバロー語?」
エレナがぽかんとして尋ねると、ローゼルは頷いた。
「はい、たぶんあの人たちかな……話しているのって」
ローゼルの視線を辿ると、そこには2人の男たちがいた。
引き締まった筋肉に、精悍で似通った面差し。
お揃いのシルエットを綺麗に見せる流行りの短髪カット。
彼らが纏う空気が似ていた。魔力も。
秘めやかな熱い視線を交わす。
他人が入り込む隙はなく、何かを熱く語り合っている。
彼らは流暢に外国語を話す。
全然分からない。
(何しゃべっているか全然分からない……)
でも、なんとなく、彼らから目が離せなかった。
「珍しいなあ、マリュードナバロー語なんて」
ローゼルはぼんやりと呟く。
「え、すごい。よく分かりましたね?」
「へへ、実はちょっとだけ知ってるんです。
でも、かなり限定的ですけどね」
ローゼルは恥ずかしそうに笑った。
(いやいや、マリュードナバロー語と分かった時点で充分です)
そもそもマリュードナバロー語は
この国ではあまり耳にしない言語だ。
いわゆる、旧ナバロー王国の言語だ。
忌まわしき亡国のナバロー王国の名を口に出すのを憚るため、
マリュードナバロー語とここの帝国民は呼ぶのが通例だ。
母国語以外でふだん耳にするのは、
北西にあるインリューラーク王国の公用語のインリュー語。
あとは、南にある国々が使うライニードル南部語くらいのはず。
(だとしたら、変なの)
エレナは首を捻った。
あえてこの国の言語でない、
しかも流通していないマリュードナバロー語で
話す必要があるだろうか。
なんだか胸騒ぎがする。
咄嗟に魔法詠唱を小さな声で唱えて、
彼らの言語を記憶する。
「アーカイア・ヴェルバ、
時の書庫に刻まれよ。
十二の鐘鳴るまで、
忘却を拒む」
これはクロフォードが教えてくれた、とっておきの魔法だ。
言語が分からずとも、十二時間記憶に留めておける、
という諜報用魔法だ。
マインラートからクロフォード直伝。
それを今度はクロフォードからエレナに。
やがて彼らは、徐々に語尾を強め、
次第に言い争って徐々にヒートアップする。
ざわざわと「なんだ?」と周囲が視線を投げ始めた。
それに気づいた彼らは気まずそうに目を逸らす。
そのうち、互いに無言で距離を取って、
違う方向へ歩き出した。
「ふうん。
あれはキムバートン・アイヒヴァルト子爵令息と
ワルト・チェッカレッチ男爵令息だね」
ロシェが、顎を撫でながら言った。
「珍しいな、2人が言い争うなんて」
ニコライも不思議そうに2人を見る。
エレナは、ハッとした。
その名前には聞き覚えがあった。
(これってすごい偶然よね……)
ここには、朝マインラートが言っていた
要注意人物ばかり揃っていた。
ローゼル、キムバートンとワルト。
いよいよ何かが起きそうな感じがしてきた。
(いやだなあ、いざ要注意人物たちを目の前にすると……)
いたたれない不安が襲う。
何かやらないと、
何か情報を集めないといけないという焦燥感が支配する。
「あ、あの、お、お2人は知り合いなんですか?」
思い切って、ロシェとニコライに明るく質問をした。
ロシェもニコライも一瞬きょとんとする。
(大丈夫、
わたしは今天下のマインラート様が施した
認識阻害の付与魔法がかかった特製ローブを着ている、
ニコライは私だと気付かない)
あえて、
本来の自分では出すようなことのない、
明るい声にしてみたつもりだった。
だから、きっと大丈夫。
ニコライと会っていたときのわたしは、
もっとどもっていたし、
暗かった。
ロシェとニコライは、
互いになんとなく目配せし合う。
ロシェが口火を切った。
「うん、俺たちは酒場で知り合ったというか。
2人とも飲み仲間だよ」
「……へえ」
マインラートの話では、
家柄も派閥も接点がないはずの二人だ。
(けれど、あれの魔力は……)
「二人はね、わりといい奴だよ」
ロシェは話を続ける。
「キムバートンは人当たりよくて話やすいし、
ワルトだって貴族だけど商売やってるからか、
すごく気さくで色々目新しい物を教えてくれたりするし。
この前も俺たち、
異国の稀少な品物を見せてもらったところだよ」
「そうそう、そうだった」
ニコライも頷いた。
「そのあと、あの2人は他国の貿易商と会って、
新しい事業を始めるとかなんとか言っていたよな」
「あ、あ、あの、
あの事業を始めるってことは、
2人は普段から仲がいいってことですか?」
「うん、仲いいね。
こっちがびっくりするほどだよ。
というか、
あの2人は似た者同士っていうか……な?」
ロシェがニコライに含蓄ある視線を送る。
「うん。常に同じなんだ。
好きな物とか食べ物、趣味、旅行好きな点とかも。
それこそ、
恋人同士なんじゃないかっていうぐらいべったり。
男同士だぜ?
ちょっとキショいよな」
ニコライは半笑いを浮かべた。
「まあ、その辺は俺もちょっと無理だな」
ロシェは苦笑して、肩をすくめた。
(なぁにが、キショい、よ)
エレナは鼻を膨らませた。
浮気して婚約者を捨てた男が、
偉そうに人の関係性をコケにするなんて。
試験が終わったら、魔法で馬に蹴られるようにしてやろうかしら。
ふと、そんな不穏なことを考えたりする。
……ま、そんなこと、時間がもったないからやらないけど。
(やっぱこの人、もう無理だわ)
「んでも、将来のこの国への志っていうの?
思想?
あれをよく熱く語り合っていたよな」
「ああ、酒の席ではいつもそうだった」
「思想?」
エレナが首を捻った。
「うん……そう」
ロシェが何かを口にしようとして、一瞬言い淀む。
「……こういってはなんだけど」
神妙な顔つきで声を潜め、
身を寄せる。
「ちょっとヤバいんだよね、その思想が」
「やばい?」
エレナとローゼルも声を潜め、
顔を近づける。
「うん、旧ナバロー王国の王権復古とか言っちゃってさ。
まあ、酒が入った席だから、
あまりみんな気にしてなかったけど、
あれは魔法騎士団に密告されたら
確実に捕縛されるネタだよね」
ローゼルとエレナは思わず顔を見合わせた。
すると、ローゼルがやけに醒めた声で呟く。
「それはちょっと……。そんな受験者がいるんですね。
そういう、その、すでに滅んだ国の信念を貫き通す人って、
危険とみなされて受験資格失っていると思ったのに」
「官吏登用試験はさ、
点数が取れれば思想なんて関係ないみたいだからね。
不敬罪にならない程度なら許されるんじゃないのかな」
ロシェは苦笑した。
「でも、
正直俺たちが見てても
ヤバいなあと思う時があったぜ」
ニコライが顎を撫でながら言った。
「まあね。そういうときは遠巻きで見守るに限る」
「だな。
けどさ、そっち系の偏りある思想者がたくさん採用されたら、
内政もそういう変な方向性になっちゃわないかって、
ちょっと受験生としては国の行く末を危惧しちゃうよな」
ニコライが、いかにも真面目くさった意見を、
もっともらしく言った。
(よく言うよ。
あなたの思想も自分の都合のいいように解釈できる
お花畑能天気野郎のくせに……)
ついエレナは、また内心毒づく。
「ふうん、だからかぁ」
ローゼルが乾いた声で言う。
「ほら、過去問にあったじゃないですか。
この国の歴史、皇帝陛下の偉業を記述させる問題。
あれって旧ナバロー王国信者なのか危険思想者を
炙り出すフィルターなんです、きっと」
3人は目を見開いて驚いた。
「そっか、なるほど。
そういう意味でああいう問題が数多く出題されていたのか」
「だな。加点方式の問題ばかりなのも納得だ」
ロシェとニコライが焦った様子だった。
顔つきがかつてないほど真剣になって
何かを考え込み出した。
エレナは軽い衝撃を受けた。
ただ問題を解くことに必死だった自分と違い、
彼女は出題者の意図まで、
ーーその裏側も見抜いて勉強してきた。
エレナはローゼルの整った横顔を改めて見た。
(この子、賢い!)
「そ、それじゃあ、
ああいった問題の回答を書くときは、
ちゃんと言葉を選ばないといけないですね。
危うく不敬罪に問われてしまうかもしれないし」
エレナが言うと、ローゼルは苦笑した。
「ね、ちょっと言い回しに気を遣って冷や冷やしますよね」
恋は人を愚かにする、と聞いたことがある。
けれど、本当に?
さっき、婚約者の名を出したとき、
ローゼルは微妙に顔を曇らせた。
束縛するほど好きなら、笑顔を見せるはずだ。
「あ、あの、ローゼル様。
クリモナの甘煮、ありがとうございました。
胃がキリキリしていたのが和らいだ気がします」
「いえ、そんな。とんでもない。
試験前にお話できて、私こそリラックスできました。
ありがとうございます。
お互いベストを尽くしましょう」
気合を入れるポーズなのか、
ローゼルは腕の前で両手を握りぐっと力を込めた。
そんな姿もとにかく可愛かった。
(これが噂の今世紀最大の悪役令嬢……?)
凛とした気品に、この洞察力。
つくづく噂は当てにならないな、とエレナは思った。
そのとき、男を侍らしている令嬢が四人の前を通りかかった。
はち切れんばかりの胸を強調する露出の高いドレス。
大半の男たちは分かりやすく、
その女性の胸に目が行っている。
エレナも思わず、栄養抜群のお育ちのいい胸に着目してしまった。
けれど、
それよりも、
彼女の赤いルビーのネックレスがすごく目を引いた。
(なんだか禍々しい色をしている……)
「……あれ?」
不意に、生温かな独特な気配を、魔力反応を感じた。
彼女が歩いたところから、ほのかにピンク一色に染まっている。
妖艶で艶美。
官能的な甘い香り、凶暴で獰猛な色。
まるでカタツムリが通った後、
ドロリとした痕跡が筋となって残っている。
立ち上がるピンクの靄の向こうで、
歪んだ景色がゆらゆらと揺れた。
かぐわしい、うっとりするような心地よい香り。
それなのに、どこか凶暴で、いかがわしい。
ーーエレナの心をひどく不安にさせる、不吉な輝きを放っていた。
読んでいただき、ありがとうございました!
最後に出てきた謎の靄……一体何者なんでしょうか。
そして、ローゼルが意外と(?)賢くて良い子で、作者としてもお気に入りのキャラになりつつあります。
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※本作は「カクヨム」にも『カァーム・ビュラクラト ―元引きこもり魔女王宮奮闘録―』というタイトルで掲載しております。




