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婚約破棄された引きこもり魔女ですが、実は天才魔女でした。王宮で無自覚覚醒します!  作者: 兎丸 蓮


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第1話 人見知り令嬢の雷撃戦 ──人見知り令嬢は、雷霆を呼ぶ

はじめまして、兎丸うさぎまる れんと申します。

数ある作品の中から、本作を見つけていただきありがとうございます!

ゆるりと楽しんでいただければ幸いです!

「エレナ、アウルベアが近隣の村に出たらしい。ほら、行くぞ」

 静寂を破るノックもなく、兄ノックスが部屋にずかずかと踏み込んできた。

 分厚い魔法書に没頭していたエレナ・ヴァービナスは肩を震わせて顔を上げた。抵抗する間もなく、ノックスは母親猫が子猫の首根っこをくわえる仕草で、エレナを掴み上げた。

「お、お兄様、わたし、いまご本を読んでいるんですけれど……」

「そんなの、後からでも読めるだろ?」

 ノックスはエレナから本を奪い取ると、ぽいっと無造作にソファに投げ捨てた。エレナは慌てて手を伸ばすが、指先が空を切る。

「あぁぁ、貴重なご本なのにぃ」

「――《風よ、運べ》」

 ノックスは短い詠唱を発動させ、長椅子に落ちるはずだった本がふわりと風に乗って音もなくテーブルの上に戻された。エレナは視線を本に釘付けにしたまま安堵の息を洩らした。

「これでいいだろ? ほら、討伐だ」

「ひょぇぇ……」

 情けない声を漏らすエレナを小脇に抱え、ノックスは口笛を吹きながら廊下を歩き出す。そのまま、ぽんっと馬車へ押し込まれた。

 目的地は侯爵領地の僻地の森──魔力漂う地(まりょくただようち)。魔物大量発生区域。

   *

 馬車の端で身を縮こまらせるエレナに、ノックスは大きなため息をついた。

「せっかくエレナには魔法使いの才能があるんだからさぁ、たまには領主の娘として貢献しろよ」

「む、む、無理……」

 エレナは声を震わせた。

「はいはい。そう言いながらもエレナは出来る子だよ。魔物を目の前にすれば、ちゃんと対峙できるんだから」

(それこそ男の俺よりも冷酷無慈悲に)

 ノックスは内心で呟き、冷笑した。

「そ、そんなこと言っても……」

「すでに村人に死傷者が出ている。侯爵領の自衛警察団ではもう手に負えないんだ」

「え、死傷者?」

 エレナの顔がサッと蒼ざめた。

「ああ、そうだよ。これを領主の娘として放っておくことができるかい?」

 兄の問いかけに、エレナはぶんぶん首を振った。

「だよね」

「えっと、今回出没したのは、アウルベアなんだよね?」

「うん。梟頭の熊の姿をした凶暴な魔獣だ。そいつが近隣の村々を襲った」

「また“魔力漂う地”から生まれた魔物?」

「恐らく」

 ノックスは頷いた。

 魔物は、魔素という澱んだ魔力の瘴気が滞る暗く深い森“魔力漂う地”から誕生するという。エレナは今回対峙する魔獣の情報を必死で思い出す。

 アウルベアは魔獣図鑑で見たことがある。

 体長は通常の熊より大きく強く、非常に獰猛で貪欲、短気で攻撃的な性格だ。滅多に人を襲うことはないが、時折強い瘴気にあてられるととんでもなく凶暴化するという。今回はそんな感じなのだろう。瘴気にあてられた魔物は厄介だ。

「ほら、そろそろ到着だ」

 馬車はひとつの小さな村に到着した。

   *

 本来なら穏やかな農村のはずなのだろうが、そこには荒れ果てた光景が広がっていた。屋根の抜け落ちた家、焼け焦げた柵、壊された井戸、踏み荒らされた畑。泣きじゃくる子どもの声が空に響く。エレナは苦しくなって、思わず胸元を押さえた。

 ノックスは隣で腕を組み、低く呟く。

「今回の魔物はかなり強い。放っておけば、またどこかの村が消えるぞ」

 エレナの背中を波のような戦慄が駆け上がり、さっきまで読書に戻りたいと無邪気に願っていた心は、いつの間にか消えていた。

「ヴァービナス領主代行ノックス様。お初にお目にかかります、ジェイドと申します」

 馬車を降りたノックスとエレナを出迎えたのは、この地域の自衛警察団のリーダーだ。三十前後の屈強な体格に、精悍な短髪と綺麗に整えられた無精髭。

 ちらっとジェイドがエレナを一瞥した。不審そうな眼差し。

 エレナはさっとノックスの背中の陰に隠れるように身を潜めた。

「よろしく、ジェイド」

 ノックスが爽やかな笑みを浮かべて、ジェイドと握手を交わした。

「こちらこそろしくお願いします。では、さっそくご案内いたします」

 ジェイドは陽光がほとんど届かない木々が鬱蒼と生い茂る森に先導して入って行った。

 エレナはノックスに引っ張られるようにしてどんどん森の奥深くへと入っていく。

 こういった“魔力漂う地”は国全土の各地に点在し、特にこの地域は多かった。

「アウルベアに襲われた警察団員に怪我は?」

 ノックスがジェイドに尋ねた。

「はい、3人重軽傷を負いました」

 ジェイドの乾いた声に、エレナの背中はふたたび緊張し、思わず兄の外套を握る手に力を込めた。

「魔法使いは皇族や貴族に多いからね。血統によってはまったく使えない者もいるけど、ここの自衛警察団に魔法使いは?」

「おりません」

 魔法は誰でも使えるわけではない。

 稀に平民でも魔力を持って生まれてくる者はいるが、魔法を扱うにはある程度の魔術の勉強が必要だ。

「そうか。それはさぞかし苦戦しただろ? よくここまで頑張ったな」

「いえ、とんでもございません。こちらこそ、力不足でこうして領主代行のノックス様にご足労いただくことになり、誠に申し訳ございません」

 ジェイドは歩きながら、目下で会釈した。

「一応、それでも3年前まではここにもいたんですよ。かなり強い奴が」

「へえ、そうなんだ。すごいね。高度魔術は充分な教育を受けられないと扱えないからね」

 ノックスは肩をすくめた。

 高度魔術は、十分な教育を受けられない平民には難しく、自衛警察団などに入って魔法を独自に習得する者が多い。

「その彼はいまどこへ?」

「中央の魔法騎士団にスカウトされてしまい、そのまま王都へ行ってしまいました」

「なるほどね」

 強い魔力を持つ者は、身分問わず皇帝お膝元の王都 王宮内の宰相府からある日突然スカウトがやってくる。

「魔法騎士団は名誉職だし、断然お給金がいい。結局、引き抜かれちゃうんです」

 ジェイドは苦笑した。

「だよね、うちの領地としては大きな痛手だ」

 ノックスはため息をついた。

 エレナは複雑な胸中で2人の話を聞く。

 そういった経緯があって、数年前からこの領地ではエレナが代用戦力として魔物討伐をしていたからだ。

 不意に、訝しむジェイドと目が合い、エレナはびくっと肩を震わせた。

(ひぃ、こっちを見ないで!)

 エレナは心の内で必死に叫ぶ。

 そう、魔物退治だけなら問題ない。

 どれだけ魔力が強い魔物でも平気だ。

 そんな魔物よりも、エレナにとって怖いものがあった。

 鬱蒼と茂る森の気配、魔物、というよりも、エレナは見慣れない男に怯える。

 エレナが毎回ノックスと共に魔物討伐に現れると、自衛警察団の彼らはエレナに露骨な不信感を向けるのだ。

――おいおい、こんなチビのお嬢ちゃんを連れてきてどうするんだ。何考えてるんだよ、さっさと帰れ。

 そう強く無言で、その目が訴えている。

 それが怖い。

 今回も同じだ。

   *

 ジェイドが枝を払いながら先導し、ノックスは歩調を崩さず進む。

 エレナは兄の背に隠れ、外套の裾をそっと掴んで離せない。足取りは小さく、落ち葉を踏む音さえ控えめになる。

――猫背は淑女の恥。

 祖母や母の声が、今も頭の奥で響く。

 幼い頃から繰り返し叱られたせいで、こんな時でさえ背筋を伸ばす癖が抜けない。

 傍から見れば怯えているようには見えないだろう。むしろ優雅に森を散歩する貴婦人のように映るはずだ。

 けれど、本当は違う。

 兄の裾を握る震える手。

 小さな歩幅。

 エレナの恐怖を物語っているが、残念ながら、初対面の人々は彼女を“令嬢が魔物を物見遊山で見物しに来た不届き者”と見るだろう。

 「自衛警察団の1人がアウルベアの片眼を潰したんです。トドメを刺す前にこの森に逃げ込んでしまいまして……」

 ノックスがずんずん歩き進める中、ジェイドが言い訳するように説明をする。

「手負いとはいえ、かなり怒り狂っています。このまま放置するのは危険で、中央の魔法騎士団に応援を要請しようかと思っていたんですが……」

 ウォォォォォォ!

 突如、獣の咆哮が森を揺らした。

 地面が震え、木々がざわめく。

 動物たちは逃げ惑い、鳥が鳴き声を上げて一斉に飛び立つ。

「あはは、こんな状態のまま中央に応援要請していたら、それこそ絶対間に合わないよ。近くの村のいくつかは壊滅させられてしまう」

 ノックスは盛大に苦笑した。

「いいよ、ここは領主代行で我々が対応するから」

「お任せしても問題ないんでしょうか?」

 ジェイドはちらちらと懐疑的にエレナを見る。つまり、こんな令嬢の妹を連れてきた状態で、あんな凶暴な魔獣を倒せるのか。そう言いたいのだろう。

「問題ないよ、な、エレナ」

 ノックスが背中に隠れるエレナに声をかけるが、エレナはもじもじして地面に視線を落とした。

 ノックスは大きくため息をつくと、ジェイドに言う。

「悪いけど、俺たちの後ろを歩いてくれる? この子、極度な人見知りでね……」

「ですが……!」

 ジェイドが言い淀んだ瞬間、また咆哮が聞こえた。さっきよりすごく近い。

 すかさず男が木々をかき分けると、そこには大きな樹木に近い巨大なアウルベアが、傷つけられた眼を押さえ、そこから血を流して呻いていた。

 エレナは息を呑んだ。

 痛みのあまり地面をのたうつアウルベアの周りには、体をちぎられ、血塗れになった大量の鳥や小動物の無残な遺体があった。

 エレナは顔を歪め、視線を一瞬落とした。

 きっと苦しくて痛くて、無我夢中で近くにいた動物たちを捕まえ、力の限りなぐり殺したのだろう。

(ひどい……!)

 一匹の黒うさぎがその手に捕まり、握り潰されそうになっている。

 黒くつぶらな瞳と目が合った。

「助けて」と、エレナに無言で訴えているようだった。このままでは体が無惨に引き裂かれてしまう。

「ダメ……!」

 小さく掠れた声でエレナは兄を退けて前に出て、腕を伸ばす。

「あっ、お嬢様!」

 慌ててジェイドがエレナを引き留めようとするが、ノックスはそれを制した。

「黙って」

 咎める鋭いノックスの声。

 エレナは怒り狂うアウルベアから目を逸らすことなく、魔法詠唱を口にする。

「大地に眠る緑の鎖よ、獣を縛れ……!」

 蔦が蛇のように動き出す。

 それにアウルベアがエレナに気づいた。

 這い上がるように起き上がり、手に持っていたうさぎを投げ出し、エレナに襲い掛かる。

「風よ、柔らかな掌となりて──小さき命を抱け」

 ――《|アウラ・マヌス》

 うさぎは見えないクッションに落ちたように、ふんわりとその身体を風で受け止められた。

 アウルベアは力いっぱいにエレナに殴り掛かるが、突如見えない透明な壁に阻まれたように巨体がその反動で弾き飛ばされた。

「何ですか、あれは」

 ジェイドはぎょっとした。

「あれはエレナの防御壁だ。最強だよ」

 離れた場所で余裕そうに眺めていたノックスが、ニッと笑った。

「えっ、防御壁!? 魔法ですか? ですが、詠唱していませんよ!?」

 通常、魔法を使うには魔術式を表すために魔法詠唱が必要だ。

 だが、彼女はしていない。

 ジェイドが困惑する。

「エレナは数々の魔物退治で、魔法防御だけ無詠唱で使えるようになったんだ」

「それはすごい……」

 素直に驚嘆するジェイドと対称的に、ノックスの顔が僅かに歪んだ。

(いや、魔物でも学園という名の魔窟で培った力だけどな)

 子羊の皮を被った鬼たちの“いじめ”という名の暴力から、そして生贄にされぬよう身を守るために会得した、と言った方が正しいかもしれない。

 ジェイドは初めて無詠唱魔術をこの目にしたのだろう。無詠唱魔術は王宮魔術師の中でも一握りの天才しか成し得ない神業なのだから。

 そんな周囲の驚きを知ってか知らずか、エレナは背筋を伸ばし、獲物を見据える。

 さっきまでの怯えや恐怖はない。

「鎖よ、縛れ!」

 ――《|ヴィンクルム・ヴェルデ》

 植物の蔦が蛇のようにしなやかに動き、アウルベアの巨体に絡みついた。

 蔦から生えた鋭い棘が、獲物を逃がすまいと締め付け上げた。

「雲よ集え、空を覆え。雷鳴を孕み、邪を討つ裁きの刃となれ・・・・・・」

 詠唱の言葉が森に澄んで響き渡った。

 そのとき、ジェイドはハッとして空を見上げた。空が心なしか厚い雲に覆われ始めた気がする。

「これで終わり」

 エレナが手を挙げて振り下ろした。

「蒼穹よ応えよ、雷鳴を孕み、裁きの光で闇を討て──!」

 ――《|テンペスタス・カエリ》

 その瞬間、稲妻がピカッと光って、閃光が落ちる。

 ズドーーーーン!

 稲妻が森を裂き、轟音とともに地面が揺れる。

 それと同時に、強い突風が一瞬舞った。

 ノックスとジェイドは、あまりの光の強さと衝撃で目を閉じ、顔を腕で覆う。

 風が収まり、2人が瞼を開く頃には、小柄なエレナの足元に真っ黒焦げになって絶命したアウルベアが横たわっていた。

 ジェイドは目を剥いた。

「あり得ない……本来なら数人がかりで半日かかる相手を、一瞬で……」

「おお〜、さすがエレナ」

 ノックスが、場違いな明るさで拍手してエレナに歩み寄った。

 今まで背筋を伸ばして凛然としていたエレナが、急に猫背になって、恐る恐る振り返った。

「こ、これで、いい?」

 つい先程まで凛々しく戦っていた女性と同一人物とはとても思えないほど、戦々恐々としている。エレナは指先をぎゅっと握り締め、視線を泳がせた。

「うん、充分だよ。お疲れ様。さて」

 ノックスが振り返って顎をしゃくった。

 すると、背後に控えていた侯爵護衛兵たちが物陰からサッと一斉に出てきた。手早く黒焦げになったアウルベアを、ノコギリのような刃物を取り出して解体する。

 その間にエレナはそそくさとノックスの後ろに隠れた。

 爪と嘴は武器や生薬の材料に、羽毛は高級布団、毛皮は衣類やコートに使える。肉は魔力を取り除けば美味しくいただけるご馳走になる。魔物とはいえ人間に有効な成分は、血の一滴も無駄には出来ない。

「す、すごい……」

 ジェイドが茫然と感嘆の声を上げた。

 先程の不信感丸出しの視線から一転、熱烈で尊敬を込めた眼差しに、エレナは首を振ってますますノックスの背後に隠れた。

「だろ? うちの妹は凄いんだ。けど、内緒にしておいてくれよ。こんな凄技が出来るってバレたら婿候補が消えちまう」

 ノックスは苦笑した。

「これだけ凄い方が嫁になるなら頼もしい限りですが……貴族令嬢というのはいろいろ大変なんですね」

 ジェイドは同情的な声を出した。

   *

 エレナが魔物を倒した上空から、一人の青紫の外套を羽織った男がほうっと感嘆しながら呟く。

「ほう、これは素晴らしい。想像以上だ」

 わざわざここまで足を運んだ甲斐があった。

 銀髪の長髪、エメナルドグリーンの瞳をし、端正で気品溢れる顔立ち。年は三十前後の長身の男だ。

 彼は顎に手をあててエレナを見下ろす。彼の羽織る鮮やかな青紫色のローブが、上空の風で揺らぐ。

 男は、そこにまるで透明な板があるかのように、上空を闊歩する。

(この逸材を放置しておくには、やっぱり惜しい。どうするのが一番いいかな)

 男はふと閃き、満面の笑顔を浮かべた。

 それから、にこやかにその場を飛び去った。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

本作は、執筆の合間に少しずつ更新していく「不定期更新」となります。

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自分のペースではありますが、大切に書き進めていきたいと思っております。よろしくお願いいたします!

※本作は「カクヨム」にも『カァーム・ビュラクラト ―元引きこもり魔女王宮奮闘録―』というタイトルで掲載しております。

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