5話
【毎日22時更新】
本作は、聖女と“人外の護衛”が世界の理を巡る旅へ出る、
シリアス寄りのダークファンタジーです。
暴力描写があります。苦手な方はご注意ください。
世界観は重めですが、物語は「聖女×護衛」のバディ関係を中心に進みます。
楽しんでいただければ幸いです。
「…誰?」
「護衛のゼオバンだが、寝てる間に忘れたのか?」
お嬢は面白いなぁとか呑気に笑ってる男が、私を起こした。
色々限界で、遂に幻を見ているのか。
身なりは一般的な旅人の装いをしていた。
白い麻のシャツに、土色のパンツは裾がしっかりと脛まである黒のブーツに仕舞われて、膝丈の革のマントまで着けている。
ーーだれ?
現実逃避気味に、空を見上げれば、陽は朝方より随分高くあり、雲が悠々と漂い、その下を鳥達が飛んでいた。
ーーゼオバン?
私は、もう一度男をしっかりと見る。
髪と髭は赤錆色で、粗末な紐端ではないしっかりとした紐で一つに結って、背中に流して髭は生えているが整えられて、良い香りの髪油まで付けてある。
「…変わりすぎ、じゃない?」
朝方から今まで、恐らく四時間ほど寝ていた筈で、普通ならそれなりに回復している筈の頭が、見えている景色に頭を訴えている様な気がする。
「詳しくは馬車で話すから、起き抜けで悪いが、今は少し急いでくれ」
そう言って、彼は手早く片腕に私の荷物を抱え、空いた手で私を引っ張りながら乗合馬車へと向かった。
ーー奴隷戦士は、どこいった…?
手を引く広い背中に、ボロ布の奴隷姿が重なって見えた気がした。
二頭立ての乗合幌馬車。
中は、両脇が長椅子になっており疎に先客がいた。
きちんと聖職者としての表情を作り、フードを被った状態で、空いていた奥の端に座り、私と他の乗客を隔てる壁の如く、彼が隣に座る。
「…それで、その服らはどうしたの?」
馬車がゆっくりと動き出してすぐに、本題に切り込む。
「それよりも、まずは改めて自己紹介、といかないか?一応、”はじめまして”だろ?」
そう言ってのける様は、まるで聞き分けのない子供を諭す親、保護者のつもりか。
ーーここは主導権をとらないと。
相手は竜じゃない、男だ。
振り回されるわけにはいかない。
醜態を晒すのだけは、竜だけで十分なのだ。
そう思い、自慢の笑顔を作って静かに挨拶をする。
「…ミレイア巡礼助祭。聖人ウムの7つの軌跡を巡礼する完全巡礼の業を行ってるわ」
「”ゼオバン”と呼ばれてる。御身の護りを任された、よろしく」
声は低く、落ち着きを感じさせた。
顔をよく見てなかったような気がして、彼の横顔をみる。
左は金、右は翠の瞳が切れ長の目に収まり、深い堀も相まって、知性と屈強さを感じさせる。
鼻筋も通っており、全体的な作りは悪くない。
そして髭で誤魔化されていたが、意外に肌質から若いことがわかる。
身体も含めてだが、顔にも贅肉はなく引き締まっているとも、窶れてるとも言える輪郭だ。
それに、よく見たら水浴びでもしたのか、昨夜までの汚れが綺麗になくなっている事に、今更ながら気がつく。
そこらの男より頭ひとつ大きい身体とこの顔であれば、まぁ舐められる事も連れて恥ずかしいという事もないーーだろう、という感想。
「それで、この服達だが…一言で言えば報酬だ」
勝手に心中で評価をつけていたところ、彼は正面を向いたまま、静かに話し始める。
馬車の揺れや音を避けて、不思議と低い声が耳にするりと入ってくる彼の言葉が、その時の事を想像させてくれた。
ミレイアが疲労困憊の眠りについて暫く経った。
俺は、彼女を背にして座っていた。
陽はこれから、頂点に向かって登り始めたくらいの頃だった。
突然、野営地に野太い声が響いた。
「外獣だっ!外獣が出たぞっ!」
俺は、素早く立ち上がり彼女を一瞬見る。
気持ち良さそうに寝息を立てているのを確認して、一応武器として持っていたひしゃげた鉄棒を手に声の方へ顔を向けた。
ーー外獣。
人々にとっての身近な災厄。
その響きに、心の中で暗く燃える火が揺れる。
まるで、それに何かを奪われた過去がある様な、許すことのない断罪の揺らめき。
獣の理から外れ、手当たり次第に暴れる”外れた獣ら”を、外獣と呼ぶ。
俺は遭ったことも、戦った事はない。
人間としか戦ってきた記憶しかない。
「っ!きみも、手を貸してくれないかっ!」
立ち上がったはいいものの、彼女から離れるわけにはいかずに様子を見ていた俺に、声を掛けてきたのは、商会名を名乗る青年。
肩で息をする青年の話では、街道で商隊が襲撃され、護衛の狩人達だけでは劣勢らしい。
話を裏付ける様に、野営地に駆け込んでくる数台の荷馬車と転がる様に逃げてきた人々が舞い上がる土埃も相まって、静かだった野営地が騒然とする。
「…いいだろう」
俺の胸辺りの高さにあった青年の、切羽詰まり、青い顔が喜びに綻ぶ。
「ただし」
その青年の首を片手で掴み、ゆっくり持ち上げ、目の高さを合わせて、覗き込む様に顔を近づけた。
青年は必死にもがき、手を剥がそうとするが微塵も影響はない。
「この方に指一本でも触れたら、全員外獣の後を追わせる…わかったな?」
青年は赤から青に変わりつつある顔で、弱々しく同意の声を出したので、手を離す。
土の上で、ひゅうひゅうと空気を集める彼を無視し、俺は外獣に向かって大地を蹴った。
「外からだっ!外からぁっ!」
「っ!二人やられたっ!」
野営地から駆けて数分。
そこは既に、命を奪い合う”戦場”だった。
武装した男達の背中が、馬車程の大きさがある巨躯の猪を囲んでいた。
素早く、いつもの様に周囲を確認すると、護衛は全部で六人。
残存は三、残り二人は、血溜まりの中、一人は腕を抑えて座り込んでいる。
「参加するぞ!」
猪を見た途端、揺らいでいた火が強くなり、身体と頭を焦がそうとするが、短く息を吸い、助太刀を告げる言葉に乗せて、頭から熱を逃す。
ーー身体は燃やし、頭は冷やせ。
戦場で覚えた教訓。
これまでは感覚だったが、今は言葉でも理解できる。
「助かるっ…っ!おいっ!」
後ろから迫る俺を見る事なく、外獣から視線を逸らさずに返事をした一人の横を、駆け抜け、外獣の視線に入る。
外獣の背には数本の矢が刺さっているが、致命傷にはなっていない。
寧ろ、暴れる様からは刺さった事で激昂しているのだろう。
二人の男は、互いに弓矢を持っているが暴れる獣に当てる事は難しく、距離をとっていた。
ーー俺の獲物っ!
内にる自分ではない”誰か”が、歓喜の声を上げ、それは自然に口角を吊り上げていた。
音が置き去りになり、世界は俺と獲物を結ぶ直線だけ。
猪の頭が、鳩尾の高さになる様に跳び上がる。
限界まで反った背を戻す力も片手に握る鉄棒に載せ、全力で振り下ろす。
頭蓋の反発と、血肉が裂ける感触。
万全であれば、必殺の威力。
しかし、ひしゃげた鉄棒では力を受け止めきれず、跳ねるように半分に折れてしまった。
世界の速度が緩慢になる。
俺は、中空でゆっくり回る鉄棒の半身を掴み、そのまま外獣の眼孔に向かって、何度も突く。
狂乱する外獣。
片手で眼孔に近い耳を掴み、力がはいる様にして、突き抜く。
ーー悲鳴と衝撃。
腕が、肘まで眼孔に入る頃には外獣は断末魔の悲鳴をあげて地面を滑る様に倒れた。
身体はぐっしょりと温い返り血を浴び、身体の熱を保っていたが、心の火は急速に萎み消えていった。
「あ、あんた…」
野営地に戻ろうと、歩くと狩人達は、顔を青くして後退る。
ーーよく見た目だ。
戦場でも、陣地に戻る度にこの目を向けられた。
当時はわからなかったが、今はそこに何が宿っているのかわかる。
ーー俺が怖いか。
あの頃は、嫌な気分になったが今は逆だ。
護衛として怖られるなら、それは良い事だから。
そんな事を思いながら、俺は野営地へと急ぎ戻った。
「ひぃ…!お、おかえり、なさい」
青年は約束を守り、ミレイアと距離を置いて守るように数台の馬車を並べて待機していた。
返り血に塗れた俺を見て、卒倒しそうになっているのか、仲間達に支えられていた。
「約束は果たした。狩人達も時期に帰ってくるだろう」
そう告げ、身体中の血をどうしようかと悩み始めると、青年が震えながら、声をかけて来た。
要約すると、外獣の骸は金になるらしく分配や報酬についての相談だった。
適正価格が分からない物を商人相手に交渉する程馬鹿ではないし、邪魔になるだけだ。
だから、報酬については一言だけ告げた。
“俺を普通の旅人にしてくれ”と。
青年達は、まるで命令された奴隷の様に無駄なく動き、持っていた水の全てを使って汚れを流し、商品から服を見繕った。
流石に武器はない事を謝られている時に、四人の狩人達が外獣の肉やら牙やら持って戻ってきた。
最後に、名を聞かれ商会のコインを渡されると逃げる様に出立していった。
「…と言うわけだ」
私は無意識にふぅと息を吐いた時に、息を止めて、手が汗で濡れる程に握っていた事に気がついた。
ーーつい、聞き入ってしまった。
自分が寝ている間にあった、物語の様な出来事の語り。
恥ずかしい気持ちと悔しい気持ちが、顔に出てたのかそれを勘違いしたゼオバンが聖杖を壊して、外獣の中に置いて来てしまった事を謝っていた。
ー間も無く到着します。
ー”交差街・ランヴォル”です。
業者の声が聞こえ、馬車の中では降りる準備を始める物音が馬車の音に混じり、幌の外からは人々の喧騒も聞こえ、鼻には生活の匂いが漂ってきていた。
「まぁそれはいいです。それよりも、どこの商会でしたか?」
その中で、大した荷物もない私達は座ったままだったので、戯れに聞いてみた。
「あぁ。…”フェルベルト商会”と言っていたぞ」
彼は無造作に、三本の矢と天秤の紋様が彫られた銀貨を渡してきた。
その商会紋を、私は二度見し、全身に戦慄が走る。
「あ、あんた…これ」
「ん?有名な商会なのか?」
惚けた事を言う彼の足を、思いっきり踏む。
ーーランヴォル最大の商会よっ!
疑問符を顔に浮かべる彼と、この街で巡礼の支援者を探そうとする私を乗せて馬車は街中へと到着した。
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