4話
本作は、聖女と“人外の護衛”が世界の理を巡る旅へ出る、
シリアス寄りのダークファンタジーです。
暴力描写があります。苦手な方はご注意ください。
世界観は重めですが、物語は「聖女×護衛」のバディ関係を中心に進みます。
楽しんでいただければ幸いです。
ゆっくりと夜が役目を終えて白け始めた群青が空を染め、黄色の朝日が帯となった朝空。
人々は土の上や、馬車の中など思い思いの姿で、目覚めに向けた微睡の快楽に浸っている野営地で、1人だけ燃え終わった焚火に、枝を投げ、幻想の火を見ている様な女が居た。
女の名は、ミレイア。
千年未到の大業へと揚々と旅立った初日に、災難の夜を越えた女。
目の焦点は合っておらず、ぼんやりと燃え滓を視界に捉えつつ、女は言葉を溢した。
「ゼオバン…」
それは、焚き火の対岸で丸まって寝息を立てている赤錆色の大男。
昨夜は”竜”という絶対強者が現れていた器の名前であった。
女は、名前を知った経緯を反芻する。
それは、昨夜。
聖火教信徒として忌むべき竜の願いを叶える事に、身命を賭す事に、自ら平伏して誓った狂乱と言える夜の後だ。
私の身体には、奇妙な熱が篭っていた。
頭の中では、聖職者としてあるまじき、唾棄すべき竜への平伏に対する罪悪感が跳ね回っている事を、心が読める竜はわかっている筈だが、触れずに話を始めた。
『ミレイア、これの名は”ゼオバン”という戦闘奴隷だ』
『守り手として連れていけ』
親指で自分の、いやゼオバンの胸を指しながら竜は軽く告げてきた。
「ど、奴隷…?」
厄介で面倒事ではないか。
奴隷は所有権が存在する。
誰かの奴隷を、聖職者が連れているのは流石に無理がある。
『こいつは骸として捨てられていたのだ』
私の心を読んで、捕捉された。
彼は、重傷を負って谷底に捨てられたところを、竜が”創り直した”という。
そういえば、谷の向こう側では長く戦争が続いていると、聞いたことがある。
確かに、武力としてはお墨付きだろう。
きっと安全に旅を続ける事は出来る…だが。
『ふむ。腕ではなく頭の問題か』
分かってくれたのか、眉間に皺を寄せて頭を捻っている。
人の見てくれだが、中は神の血を啜り、世界から追い出した化獣。
恐れ多いが、伝承よりも遥かに人間臭く感じてしまった。
『くくっ。羽虫や石ころにどう思われてるなど、気にはせぬだろう』
呆れる様な視線で、さらりと言い放った竜の言葉で、私の中の何かが”切れた”。
一日に起こった様々で、理不尽な出来事とそれによる感情の波が、遂に心を逆流して口から言葉となって噴き出した。
「…ならなんとかしなさいよ」
『!…ほぉ?』
「べ、別に怖くないっ!あたしが死んだら困るのは貴方でしょう!そうよ!何も恐れることなんてないっ!あははっ!ざまぁみろ!」
やけくそで怒鳴った。
何が面白いのか、十八年の人生で一番大きな笑い声もでた。
それを見る竜の顔は、ぽかんと表情が抜けていたが、すぐに手を口にやって肩を震わした。
『はははっ!いい啖呵だ!』
太腿を手で叩き、笑うと腹が痛いのは初めてだと涙すら浮かべている竜。
『くくくっ!我に挑んだ神どもに聞かせてやりたいのぉ!我を痛撃を食らわしたのは、やけくその女であったと!はははっ!』
『くくっ!ではミレイア、おまえの”思う通り”にしてやろう』
そう言って、左の金眼が怪しく、一段と輝いた。
『…知性…理性…女として見られたくが、”女性”としては扱え…と、相変わらず人間とは勝手なものだな』
独り言を言いながら、最後には心底呆れた声を漏らした竜。
独り言の一言、一言が私を冷静にさせていく。
「ちょ、ちょっと待って!それ」
『あぁ』
『ゼオバンの”材料”から、おまえ好みの男に”しておいてやったぞ”』
「待って!まって、待ってくださいっ!」
『くくっ…ではな。また会おう』
その一言を残し、竜は目を閉じた。
座っていた土の盛り上がりはなくなり、ゆらりと男が横に倒れると同時に、野営地の静かな喧騒と、雑多な匂い、風が世界に入って来た。
そして、私の一夜はようやく元に戻った。
「…あぁ、おはよう。ミレイア嬢」
昨夜の反芻から、現実の朝へ引き戻したのは、理知的で静かな低い声。
無意識に緊張していた事を、抜けていく力で実感した。
奴隷を体現する、粗末な服とは言えないボロ布が引っかかっている身体は、引き締まった筋肉のせいなのか、肌を埋める無数の古傷のせいなのか、朝日の中で神々しくも見えてくる。
伸び放題の長い髪を、落ちていた紐の切れ端で器用に一つに結って、毛先は背へと流れた。
そして、同色で輪郭を描く様に生えた髭を、手櫛で整える一連の動きは、気品すら感じさせた。
「…すまない。寝ずの番をさせてしまったのか」
彼を見る私の様を見て、心底申し訳なさそうな表情と、労りが籠った声を掛けられた。
「今日は、昼の乗合馬車で街まで行った方がいい」
それまでは少しでも、寝ててくれ。
そんな事を言いながら、鞄を枕に私を横たえるゼオバン。
彼の顔を見ながら、心に去来するのは彼の人格などを歪めてしまったのでないか、という罪悪感。
それに悩まされて眠るどころではないと思っていたのだが、一瞬で意識は微睡の懐へ飛び込んでいた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
感想や応援があると、続きの執筆がとても励みになります。
次話もよろしくお願いします。




