3話
本作は、聖女と“人外の護衛”が世界の理を巡る旅へ出る、
シリアス寄りのダークファンタジーです。
暴力描写があります。苦手な方はご注意ください。
世界観は重めですが、物語は「聖女×護衛」のバディ関係を中心に進みます。
楽しんでいただければ幸いです。
「なんだ…おめぇ」
「空から…降ってきた?」
男達の間抜けな鳴き声が、耳には入った。
だけど、私の目は突然現れた彼から剥がす事はできなかった。
空気もそうなのか、音も風も聞こえなくなり、視覚だけに世界が集約した。
夜への最後の抵抗なのか、夕陽の赤が空に一条の線 を描き、彼を背後から照らす。
赤錆色の毛まで鮮明に真紅の縁取り包まれた彼から伸びた、巨大な影の中に私は居た。
赤の逆光が、彼を立体の影とし、私を見下ろすのは金と翠の色違い両目。
突き刺さるのは、値踏みの視線。
いや、物を見る視線。
ーー冷たい、無情の眼光。
「た、たすけて」
縋った。
自然と、当たり前の様に、躊躇いなく私は彼の足に縋り、助けを求めた。
“女の私”に価値を感じていない彼に。
彼は暫く私と目を合わせてから、小さく頷く。
木々と葉が擦れ合う音が、漣の様に耳に入り、世界には音と風が戻っていた。
恐らく、数瞬の出来事だったのだろうが、永く感じた。
その証拠に、男達はまだ彼の登場という異常事態から復帰できておらず、後退りしながら震える手で剣と斧を抜くことしか出来ていない。
男達が再び鳴き声を上げようと、口を開くのと同時だった。
彼は、転がっていた聖杖をいつの間にか拾い上げ、引き絞られた腕をしならせた。
躊躇、躊躇い、慈悲、恐怖。
命に向き合った時に現れる感情は、微塵もその腕には存在してなかった。
思わず、顔を背けた。
間を空けずに耳に割り込むのは、頭が割れる音。
肉と骨が破れる形容し難い音。
時間差で、地面に崩れる重い音が二つ。
「ば…馬鹿なっ!」
「おまえっ!くそっ!」
ーー恐怖と驚愕が巻かれた声、走り去る足音。
ゆっくり慎重に顔を彼に向けた。
既に夜闇と一つになっていたが、その手には無残にひしゃげ、先端からは命が溶け込んだ血脂が、ぽたぽたと雫を落とす元聖杖を持ったまま、私を見下ろしていた。
左の金眼だけが闇影の中で、星の様に輝きが明滅していた。
そこには、感情は無く、やはり値踏みーーまるで、有効な道具や、武器を選んでいるのと同じ選別の目。
『……まぁこれでいいか』
低く、胎内に響く落ち着いた声。
一定の諦観と妥協が言葉を装飾していた。
男の声なんだが、何かが”混ざってる”様な違和感が、引っかかる。
『…薄皮は世と我等を遮る』
何気ない、低い呟きを聞こえた。
その意味を理解した瞬間、私は叫び出したい衝動と、感じた事のない恐怖に腰を抜かし、手と膝を地面に付けたまま、小刻みに震えた。
今、世界に放たれたのは古い理。
人が行使するそれとは全く別の、神世の業。
神話や御伽噺、聖書の中で生きていない筈の理。
“それ”と私を包むのは理の薄皮。
世界から、音も時も遮られ、それと私だけの世界になる。
ーーパンッ
軽い破裂音が、呆然とする意識を繋ぎ止める。
それが、一拍手を打った音だと気がついたのは少し後だった。
『跪け』
背中から地面へ、天から地へと掛かる強烈な不可視の形ある力。
自然に、両腕の間に頭が収まって額が地面に着き、まるで赦しを請う罪人の様な姿勢になった。
『…助命の対価は、何だ?…”ミレイア”と言う名の女よ』
小さく丸まった身体に、緊張が最大級に高まる。
ーー私の、名前。
“名”は理の一にして全の基礎。
名によって世界に認識され、存在は縛られる。
私は、今縛られた。
神代の理を説く程の力を持つそれに、逆らう事は出来ない。
「…御所望あれば、何なりと」
口が勝手に動き、意思が伝わった。
すると、見る事も出来ないそれの雰囲気が少し和らいだ。
『面を上げよ、ミレイア』
その言葉で、私の首は見たくないと言う本音を無視して、上へと向かい、視界が開いた。
それは、土を少し盛った台の上に腰掛け、腿の上に肘をついた姿勢で私を見下ろしていた。
それの顔半分を暗闇から引き出しているのは、自分の背後から入る灯り。
思わず、首を捻れば数人の旅人が焚火を囲っていた。
ーー野営地…?
『そうだ。ここを目指していた様だったからな。連れてきてやった』
ーーどうやって…?
『理解できない者に話す言葉は持っていない。”そういうもの”だと理解しろ』
ここまでのやり取りで、私は一言も発していない事に気がつき、心を読まれている事実を頭が遅れて理解する。
『そうだ。これも我ならできる”そういうもの”の一つだ』
『聡明な”ウムの徒”であるお前は、我の名を知っているな?』
鼻で笑いながら、聡明という部分を強調しながら、問うそれ。
私は、いや、聖火教信徒なら誰でも知っているそれの”忌むべき名前”を、口にした。
「…竜…神々の首を喰いちぎりし、古の、最古の化獣』
言葉を紡ぎながら、背中には冷や汗が流れ、身体は震えようとするが見えない力に抑え込まれる窮屈な拘束感と不快感が広がり、じんわりと足の間が、仄かな温かさがじわりと広がり、服が濡れた。
『くく…さて、対価だが貴様には一つ、やってもらうことがある』
私の無様が愉快なのか、喉を鳴らして笑いながら竜は告げる。
『七つに散らされた我を一つにせよ』
そう言って、パチンと指を鳴らせば、圧力と同時に、全身の不快感が全て消えていた。
聖火教にとって、竜は怨敵。
呪詛の言葉でも吐いてやろうと、顔を睨み、口を開いた瞬間。
『頼りにしている』
暗闇に沈む顔の左、金の目と灯りを返す翠の目が、私を見ながらそう言った時、身体を走ったのは、駆け出したい程の歓喜と使命感。
まるで、幼子が親にお願いをされた時の様な、絶対者に頼られ、生物としての格が認められた様な継承し難いが、根源的な歓喜だった。
「…身命を賭して」
自然と自ら頭を下げ、平伏している私がいた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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