21話
ーー止まらず、しかして歩め。
ーー濁らず留まれ我らが時よ。
朗々と唱えられる神代の理。
異物の混ざった声が、静かに騒めく森に響くと世界は止まっていた。
太く登る夜に押し込められる、細い赤空。
半身を瓦礫に変え、多くの死を呑む廃墟。
横には温もりを忘れた親友。
凍りつく時、不動の世界で私は竜と対面していた。
私の心は、それを美しいと思っていた。
「…連れ征くか?」
「え?」
言葉を失っていた私に、急に声が掛かり思わずな反応を出してしまった。
土の高座に座る竜の金目が向く先を追うと、親友を指している。
「…生き返らせるの…?」
一縷の望みが湧き、声が震えた。
ありえないことだけど、神代の化獣ならーー
「そのような理はない。こやつに”混ぜる”のだ」
竜はなんでも無い様に、言いながら自身の胸を親指で示す。
その姿と言葉を理解した時、私の頭は凍えた。
思わず、座っていた椅子から立ち上がった。
「…どういうこと…!まさかっ!」
「元は獣共の”終場”であった谷底を、人が屍山にしていた」
「助ける為に、”全てを混ぜた”ものがこやつだ」
彼は、ゼオバンは純粋に人ではない。
それどころか今の説明が正しければ、彼はーー
「…化物」
私の反応に、つまらなそうに肩をすくめて竜は続けた。
「助かるだけでも屍山が要る。よって”蘇り”なぞ、初めから無い」
望みは完全に潰えた絶望を上回る驚愕。
彼は、生き物としての理の外側にいる”物”だったという事実。
きっと顔には不安が出ていたのだろう。
竜が苦笑しながら答えた。
「元は人だ。何も変わらん。こやつも”知らない”のだ。今まで通りでいろ」
ーーそうだろうか?
心中で急速に広がる不安。
警鐘を鳴らす脳裏。
言っているのは、神々を排した化獣だ。
その化獣が入っているのは、人の形はしているが”混ざった”身体。
それは、教義上では理から逸脱した化獣と、何ら変わらないのではないだろうか。
このまま彼と旅をしていいのか?
さっきまで美しく見えていた景色が、急に末恐ろしいものに感じ始めた。
薄暗く、血が溢れている様に空が赤い。
不気味で動く物のない世界。
そう思えて、恐怖から身体に力が入り、息苦しさを感じ始めたその時。
ーー本当に?教義は信じられるの?
「っ!?」
思わず、顔を横に向けた。
親友が微笑みながら耳元で囁く優しい声が聞こえた気がしたから。
そうだ。
私の知ってる教義は今の教会がーー奴等が創ったものだ。
そこに本当にウムが遺した想いや、考えはどれ程残っているのだろうか。
そう思えば、対面する竜の見え方も変わってくる。
ーー本当に竜は世界の敵なのか?
ーー神々はなぜ去ったのか?
ーーウムは本当に”聖人”なのか?
ーーそもそも、”竜”とは何か?
私は何も知らない。
知らなければならない気がする。
竜と化物に縁を持った私は、資格がある。
それに、脳裏に浮かぶのは眼鏡の奥で目が笑っていないフェンベルト商会長の笑顔。
ーー借金、返さないと。
旅をしなければならない。
世界を知る為に。
神々が遺したものを見極める為に。
そして、莫大な借金を返す為に。
思った途端に、心の中に火が宿っている事に気がついた。
明るくも温かい黄色の火が愉快そうに揺れている。
それはサミィの笑顔を想わせる火。
瞬間、心に夜明けが訪れた様に覆っていた闇が晴れ黄に染まった。
そして、唐突に一つの悟りを得た。
「…これが本当の”聖火”」
言葉が、自然と口から出ていた。
心は熱を持ち、身体には活力が漲っていた。
「…何かを見つけたか」
私を見る竜は、愉快そうに言葉を掛けた。
「えぇ…おかげさまで」
「そうか。それで?連れ征くのか?」
さっきまでは希望と絶望を感じた言葉も、正面から受け止められた。
「その必要はないわ。もう”宿っている”のだから」
そうだ。
そう考えれば、彼もそうだ。
屍山が混じっているのではなく、無数が”宿っている”のだ。
彼も私も、理の枷から外れた者なのだ。
私の足は、自然と大地に着いていた。
法衣の背中に施された火の刺繍が、温かな手の様に背中を押してくれていた。
行かなければならない。
旅を、始めなければならない。
「もう行くわ。彼と共に、世界を知る為に。貴方の欠片を集める為に」
真っ直ぐに高座の竜を見た。
竜は、そうかと一言だけ頷くと立ち上がり、崩した二脚の土は宙を舞って、横になる彼女を包み、地中への潜っていった。
「旅への手向けよ。征くのだ。我が輩よ。また会おう」
世界は動き始めた。
樹々が帰還を喜ぶ様に、ざわめいている。
「えぇ。また…」
歩き始めようとした瞬間、ふと思って止めた。
「あっ!待って!最後にーー」
私の伝えた言葉を聞いた時、竜は噴き出した。
身体を折り曲げ、涙が溢れる左目を拭う。
「くくっ!つくづくお前は、我を殺そうとする者よ」
「よかろう。その願いを叶えようーーそして、賞賛と共にこの名を贈ろう」
ーー”害遊のレミィ”。
嬉しくない贈り物だったけど、ありがたく受け取って歩き始めた。
「じゃあ次の町、パラレで!」
反対にランヴォルに向かう彼らに、そう告げて。
“害遊のレミィ”
それは、この話が歴史に残され、逸話となり、やがて誰もが物語の中だけの話だと思う程に時が経った未来にも轟く悪名。
それは、竜が贈った一つの賞賛だった事は、誰も知らないーー
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