15話
「…俺は、あんたに感謝すべきか、憎むべきかわからなくなってしまった」
「あぁ?簡単だ。死ぬまでは感謝しろ、死ぬ時は憎め、武器屋はそういうもんだ」
気づけば、あの恐ろしい部屋から引きずり出され、商館の一部屋に放り込まれていた。
そこで、用意された全ての装具と武器を手にして、職人長との最初のやりとりがこれだった。
「…奴の”城”はちょっとは欠けてたか?」
「…俺はあんなに恐ろしいと人間がいるとは知らなかった」
その返しが良かったのか、ギヌーサは”イヒッ”と妙な笑い声を上げた。
装具は、見た目は一般的な旅人の一式だった。
だが、装備すると”何か”を”纏っている”感覚が確かにあった。
靴は黒の革製で、膝下まで覆い薄い鉄板が脛を守るように入っており、ズボンは暗い深草色ですこしゆったりした形をしており、太腿の脇や、後ろにも小物がはいるポケットが付けられていた。
上は、首まで覆う黒の長袖のシャツ。
胸部を覆う様に、茶色の革帯が通り、そこにも小物入れが幾つかあった。
帯は、背負う形になっており、背中側は腰辺りまで長さがあった。
背中部分は背嚢として使え、腰部分にはナイフなどを収納できる様になっている。
また、手袋は少し分厚く作られ、各部に補強が入っているが動きは邪魔されない不思議なもので、同じく手首から肘までも同じ作りをしており、ちょっとした剣先なら受け止められると思わせてくれる代物だった。
実用性に加えて、装備性も高いまさに職人の逸品というべき装具達だ。
何故か、これを着てから心の中が仄かに熱い気がしている。
そんな俺に、ギヌーサは淡々と説明を始めた。
「さて。装具についてだが、外見は普通で言う事はないが、重要なのは中身の方だ」
「着ている全て、マントやブーツも含めて裏地か中生地にポガヂの革を入れてあるから、人が持てる武器なら、傷は付かないし、ついても勝手に治る」
「ポガヂは、あんたと繋がってるから、”精神的な傾き”が作用する」
「精神的な傾き…?」
「殺意、怒り、恐れ、恐怖…まぁそう言った”心の具合”だな。あんたがその時に望む力を、最大限生み出すと思ってればいい」
そう言って、説明を終えた。
他の職人達は、徹夜明け特有の座り濁った目で、装具品をにたにた笑いながら、たまに指を伸ばしたり、それを叩いたりしながらも見ていただけだった。
全身を駆け巡るのは、絶対的な万能感。
最後に立てかけてあった武器ー無骨な両刃の鈍器ーを手にした。
「あぁ。そうだ。これは、俺達からの贈り物だ」
そう言って、ギヌーサが渡してきたのは一つの被り物だった。
鼻先から上を覆う灰色と白の毛が混じった狼の顔をしたそれも、装着し、錆色の毛を後ろに流した時、まるで何かに”呑み込まれた”様な気配に、ぞくりと背筋に悪寒が走った。
「…お客様。それでは、いってらっしゃいませ。二度目のご利用は”恨み言の後で”」
その言葉と共に、職人達は皆、正しく商売人の顔に戻り、列を作って頭を下げた。
俺は、無言でギヌーサに手を差し出し、握手をして部屋を出て、お嬢を待つことにした。
ーーここからは、二人で。
フェルベルト商館長がそう言って、机の上にあったベルを二度鳴らせば、屈強な見た目の職員二人が部屋に入ってきた。
「”それ”を三階の彼らの部屋に」
短く言いながら、壁際の”それ”ことゼオバンを顎で指せば、二人は両脇から彼を持ち上げ、足を引きずらせながら、部屋を出ていった。
「ミレイアさん。最後の話です。前置きですが、私は貴女と彼の間に、どの様な繋がりや、取引、契約があるのは知らないし、興味もない」
「…だが、彼は”安く”はなかったよ」
商館長は、机を越えて私の前にわざわざ来てから、一枚の紙を渡してきた。
その書類名は”所有権利証明書”。
それ以上は、見たくなかったし、見るべきではないと思った私は、商館長に優しく突き返した。
「…彼は、私の旅路に必要な存在です。値段は見ませんが、合わせて必ずお返しします」
竜は唯一、私を”私”として見てくれた存在だ。
そして彼は、私が創り出してしまったかもしれない人格でもある。
ならば、その責任は私にあって然るべきだ。
ここで目を逸らしては、一生彼に合わせる顔がない様な気がして、商館長を見る。
「そんな怖い顔しないでください。これに他意はない。ただ、この”所有権”だけははっきりしておきたい。貴女でよろしいか?」
言って、書類の下部にある空欄部分を指で示す商館長に応えようとして、腕を伸ばしたところで、止めて下ろす。
「いえ。その書類はフェルベルト商会で所有権を持っていてください」
「そして、万が一私が死んだら…」
「彼に全ての”支払い義務”がある様にして下さい」
そう、彼は”竜”で死ぬわけがない。
死なないなら、こんな大事にさせた意趣返し位はさせてもらおう。
きっと、商会は草の根分けて探し出すはず。
その先で、暴力の竜と経済の竜が暴れ回り、共喰いする様を、私は神々の国で、下界を高笑いしてやる位は、許されるはず。
そうして、最後の話を終えた私は、商館長の部屋を出て彼と合流する為に下へと向かった。
遂に、旅は始まりを迎えるのだ。
この先にどんな苦難があっても、今この時の高揚と期待は、嘘じゃない。
それは、一人じゃないからかも知れないな、なんて思いながら、合流した。
「…誰?」
妙な被り物をしていた彼に、つい、そう聞いてしまった。
それが、旅を告げる最初の言葉だった。
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