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剣姫  作者: 冷水
6/7

異世界の料理




 サイトウ・ハジメは悩んでいた。

 異世界には、電子レンジが存在しない。

 スキル経由で、お金と引き換えに『地球の物品』が取り寄せられるとしても、あまり凝ったものが頼めるとは思えなかった。


『ネット通販 残高:金貨2080/銀貨45/銅貨50

 ・食品Lv1

 ・書籍Lv1

 ・映画Lv1

 ・家具Lv1

 ・武器Lv1

 ・防具Lv1

 ・(ロック中)

 ・(ロック中)

 ・(ロック中)

 ETC……

 火は使える。


「ミカさん、水って使える?」

「水を出す魔道具がある」


 部屋を見渡すと、鍋は小さめのものがある。

 スキルで『食品Lv1』から選べるものは、つい数時間前に食べたポップコーンなどの袋のお菓子、レトルトや冷凍食品などだった。


「鍋と、パックご飯、二人分の食器……あとは、これにしようか。鍋に水をください」

 ハジメが選んだものは、湯煎ゆせんして食べられる食品。

 たった今購入した大き目の鍋を用意して、暖炉の石板の上に置くと、ミカがそこに水を注いでくれる。

 空のかめのような道具をカバンから取り出し、何か光ったと思ったら、中に水が満たされていた。

(これが魔道具なのか)

 初めて見るものに心の中で密かに興奮しながら、ハジメは鍋の水が徐々に暖かくなるのを眺め、購入した食品を投入していく。


「これは肉なのか?」

 沸騰してから10分、ハジメは火から鍋を離すと、机の上にそれを置く。

 机といっても、木材から掘り出されたような形をしていて、この家の家具はどれもそんな見た目をしている。

(異世界では、これが標準なのかな)


 どこか落胆した表情を浮かべるミカに、ハジメは火傷しないよう注意して、中身を取り出す。

 鍋と一緒に購入したお玉を使って、ちょっと手間取りながら、お湯からパックのライスとおかずを取り出した。


「これは、レトルト食品って言うんだ。俺のいた世界の、保存食みたいな感じ」

「ほう」

 まずは、ライスの包装を取りだすと、白く輝くお米の粒が湯気をあげる。

「良い匂いだ」

 ちょっと期待したような表情を見せるミカを横目に、今日のメインを張るおかずを開けるハジメ。

 熱を通した醤油の香り、甘い味を連想させるトロトロの肉。

 目の前の女性が、喉を鳴らすような気がして、ハジメは思わずニヤリとする。

 

「これは、豚の角煮って言うんだ」

 多くの説明はいらないだろう。ハジメは、銀色の食器スプーンとフォークをミカへ渡す。

 自分自身は箸を持ち、プラスチック製の容器に浮かぶ茶色の肉の塊へ、そっと力を込める。

 油身の断面は、まるで溢れ出す肉汁の暴力によって、口の中は食べる前から唾液で一杯になる一品。


「……!」

 驚いた顔を見て、ハジメはこの選択が失敗ではない事を確信した。

 味わうように咀嚼するミカは、続いて穀物の方へ興味を向ける。


「ミカさん、この切り取った肉を、お米に乗せて……」

 ハジメは箸で器用に、一切れの肉をライスに乗せて、それを一緒に口の中へ入れる。

 見よう見まねで、スプーンですくったミカは、白いライスを口に入れた。

「お米……それ自体はこちらにもあるが、こんなにも美味しくは無いぞ」


 胃袋を掴む。

 ハジメはそれを意識した訳ではないが、異世界転生の物語で、地球の食品で現地の異世界人を虜にする作品は、たくさん知っていた。

 それが、あながち間違いではないのかと、目の前の女性を前にして実感していた。


(次は、何を出そうかな)

 以降は黙々と、そして購入した角煮のパックは4パックもあったので、それぞれ2パックずつを食べてしまった。

 前日から、大したものを食べてなかった二人は、夢中でライスと角煮を行ったり来たりしていた。


「ミカさんは、甘い物は好き?」

「苦手ではないが」

 ある程度のところで、ハジメはアイスクリームを選ぶ。

 棒のついた、チョコでコーティングされたアイスクリーム。

 実は、スキル『ネット通販』というのは、その場で食品が届くように思えるが、食品の輸送には『手数料』がかかり、実際の金額より二倍となっていたのだが、ハジメは気づかなかった。

 ただ、初期の手持ちのお金から、ミカが支援したお金があったので、それを実感するような金額だと思っていなかった。


「甘く、冷たく、美味しい……」

 ハジメが、アイスクリームの包装を剥すと、真似するようにミカも包装を剥く。

 硬い食感で、パリっと音が鳴ると、中からバニラのアイスがねっとり冷たく口内を流れていく感覚。

 

「どうだった?」

「すごく美味しかった」

 どこか、口調が柔らかくなったミカは、アイスに夢中で二個目へ食いついていった。

 ミカは無言で、ただ


「明日のことは、明日考えよう。どうせ時間はたくさんある」

 歯磨きをし、トイレは洞窟から出て壁面から掘り出したような個室。雨水が入らないよう段差あり、鋭く四角に抜かれた底の見えない穴、燭台が置ける棚がある。

 どこか、全体的に神殿を思わせるような、鋭利に切り抜かれた石造り、木造の建物に、日が暮れて夜になると不気味な雰囲気が漂っていた。


「じゃあ、寝ようか」

 その後、なぜかミカと同じ布団で寝ることになったハジメ。

 悶々とした夜を過ごした少年とは対照的に、ミカは静かに寝息を立てて無警戒だった。


「寝具もあるんだね。これ購入していいか?」

「昨日、買えばよかったね……」

 翌日、ミカはハジメのスキルで購入できるものを眺めていた。

 特に興味を示したのは、映画と刃物、木刀を一本だけ購入して振り回していた。


「今日から剣を振ってもらう。あの剣を出せ。稽古をつけよう」

「分かった」

 ハジメが一日ちょっとミカと一緒にいて分かったことは、このエルフの女性は、あまり言葉は多くなく、思い立ったら速攻で行動に移すような、気まぐれな人だということだった。

 ゆったり過ごしていたと思えば、木刀を振り回したり、映画を見ていたと思ったら、ハジメに稽古をつけるという。


「貸して」

 ハジメはミカに貰った剣をアイテムボックスから取り出す。念じるだけで、異空間にある剣は実体化される。

 それを受け取ったミカは、撫でるように鞘から抜いてハジメに持たせる。

「私を斬ってみろ」

「え?」

「切れ味は良いぞ。素人でもそこの木を倒せる。やってみるか?」

 背後にまわり、手取り足取りで真横にあった頑丈な木に押し付けると、豆腐に包丁を入れるかのように刃が入っていく。

「ぇぁ」

 構えを取らされるハジメ。

 真正面に立つミカ。

「振り下ろせ、私に」

「無理ですよ!」

 手が震えても、フィクションのようにカチカチと鳴るような、安物の剣じゃない。押し付けただけで木が斬れる剣を、見目麗しい女性に振り下ろせそうにない。いや、荒々しい野蛮な男だとしても、振り下ろして平気な日本人はそうそう居ない。


「大丈夫。君に殺せるくらいなら、私はこの世界で数千年も生きていない。この世界には、どんなに瀕死でも生き返える秘薬もある。とても貴重なのだが」

 寝る前に、ミカが数千年を生きるエルフだと聞いた。人肌の温もりが分かる距離で、昔話を聞かされた。

 ミカが、腰のベルトにある小さなポケットから、澄んだ青の小瓶を取り出して地面に置く。

「ここには、殺せる相手はいない。まず、人型を相手に刃物を振れるようにする。それが最初の稽古。力を込めて握りなさい」

 息を飲む。

 するとミカは、半袖の腕を伸ばして斬りやすく示す。

 指で関節の部分にすっとなぞる。

「その剣ならどこを斬っても変わらないけど、普通の剣の切れ味なら、骨の間を斬らないと痛いんだ」

「……」

 青白くなるほど強く握るハジメ。

 まるで映画の感想を語るような気軽さで、人を斬ったり斬られたりのレビューをするミカ。

「っ……できません」

「この世界は、君の世界ほど安全じゃない。二ホンだと丸腰で夜間に治安の悪い場所を歩いて、五体満足で帰れるのだろう? こちらなら、夜にスラムを歩けば身ぐるみを剥され、バラされ魔物の餌にされる」

「……」

「私は死なない。それを信じて振り下ろしてみなさい」

 腕を上げ、目を閉じて力を込めるハジメ。

「目を閉じるな。狙いを外すぞ」

「ぅぅ……」

 薄目を開けて、歯を食いしばる。そして力を込めて振り下ろした。血が出るを見るのが怖くて、目を閉じてしまった。

 目の前で人が動く気配がした。

 手応えがあった。

 目を開けると、ミカは首を傾け首元をさらしていた。

 肉に食い込む手応えで、骨に当たって止まった刃が見えた。


「あっ……あぁ……」

「危ない」

 手から剣が離れて落ちた。刃が滑ってするりと落ちる。

 ミカの服が裂けて、右胸が見える。ズボンの留め具が斬られて、ほぼ全裸になってしまう。

 ハジメの目から涙が溢れてきた。

「よく頑張ったな」

 抱きしめられる。柔らかく、甘い匂いがして、ハジメはそこで、目の前の女性の無事に傷をつけたのではないかと、正気に戻らされた。

「ミカさん! 大丈夫なんですか……っっ???」

 気付くと剣が鞘に納められていた。

 そしてほぼ全裸に近いミカを見て、また気が動転しかけた。

「ほら、見てみろ。剣は首に落ちたが、傷はないだろう? そこから滑って落ちたが、どこかに傷でも見えるか?」

 確認しろと、目線で訴えかけてくるミカに、思わずみてしまったハジメだが、下着もない白い素肌を見て、美しさで固まってしまう。

「ほら、手で触れてみろ。傷はない。大丈夫。分かったか?」

「あっ」

 涙など吹き飛んでいた。

 しなやかな柔らかさに、興奮しそうになる自身を必死に抑える。

 そして心配した内容を思い出して、首筋に触れて傷が無いことを確かめる。手汗が気になって、すぐ手を引っ込める。


「言い忘れてたが、私に刃物は通らない。昔、剣の切れ味を片っ端から自分で試していたら、剣では斬れない身体になった」

 もちろん、わざと言わなかった。

 人を斬る経験、殺す経験。

 そういうのをさせる目的があった。


「すまない、怖かったな。だが……これで遠慮なく、剣を振れるだろう?」

「恥ずかしいので……そろそろ隠してください」

「ああ、そうだったな。見苦しかったか?」

「ぃぇ……(美しかったです)」

 ミカは、少し離れた場所に置いてあったミカの肩掛けバックから、代わりの衣服を取り出して着替える。

「さて」

 ミカは振り返ると、木刀を握りながら、鞘に納めた刀風の剣をハジメに放り投げて渡してきた。

「今度は捨てても良い服を着ている。存分に切りかかってこい。躊躇(ためら)えば叩く」

 ――結局、ハジメは何度も木刀で叩かれたのだった。

「人型を相手に、躊躇いなくなるまで。私に斬りかかってもらう」

 剣を振れた回数も三十回くらい、それ以上は腕が震えて危険と判断したミカのストップがかかった。


 こんな稽古をつけるのは、異世界といえどミカしかいないが、人を斬るのにこれ以上の経験はない。

 出会って一日くらい、それでも異邦の地で、親切にしてくれる美少女(年齢はともかく外見は少女)に斬りかかれるのなら、他で躊躇うような事はなくなるだろう。

 そして斬れなくとも、肉に当たる刃の感覚は少年の脳に強く刻まれた。

 直後の恥ずかしさと、ミカの女性らしさを意識したことで、人を斬るトラウマを無理やり乗り越えたのだった。

 それで人が殺せるかはともかくとして、斬りかかる事への最初の一歩は踏み出すことができた。


・スキル通知『ネット通販』

 使用金額・利用回数に応じて、機能が解放されました。

 生鮮食品(肉)、フードコート機能(ラーメン・お好み焼き)が解放されます。

(それまでの食料品は、インスタントやレトルト、袋菓子や冷凍食品しか購入できませんでしたが、制限が解除されます)


 次回予告、条件解除するとシアターモードが解禁されます。

(次回、明日18時予定)

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