魔法
「今日はまず、私の拠点へ行こう」
雨が止み、ハジメが異世界に降り立った場所の野営地をミカは片付けていく。
ミカは腰に下げていた片手剣に手をかざすと、どこかに吸い込まれるように消してしまった。
そして代わりに、つい先ほどにハジメのスキルを経由して購入した『日本刀』を腰紐を使ってベルトに繋いでいた。
「今のは、アイテムボックス?」
「いいえ、空間魔法。私は剣とそれに関連する物だけ、虚空へ収納する魔法が使える。君の持つアイテムボックスと似たような性質で、一定の魔力を消費して別の空間へ物を送る、という感じ」
ハジメは、アイテムボックスと念じると、目の前に自身だけが見える事のできる『アイテムウィンドウ』が現れる。自らが所持する亜空間に、物品を保管するスキルであり、これは保管と取り出しに魔力を必要としない。
ミカは知識だけは持っていて、ハジメにその使い方を口頭で説明してくれた。
ただし、使用感には個人差があるらしく、中身を覚えておかなければ取り出せない人もいれば、本や巻物、ハジメがミカへ説明した「ゲーム風のアイテムウィンドウが出てきて、中身が分かる」というのも、個人差だとミカは判断していた。
「魔法、俺にも使えるかな?」
「あとで教える」
そういうと、腰に下げた日本刀を抜く。
つい先ほど、ネット通販というスキルで購入できた『日本刀』を見たミカは、「これ、さっき見た映画に出てた武器だよね?」と喜んでいた。
刃先を指で擦りながら
「うーん……切れ味は聖剣には及ばないかな。いや、魔法的な加護が無くても、これだけ鋭ければ十分なのかな」とつぶやいていた。
「……!? 危ないですよ!?」
無防備に刃ごと素手で掴み、柔軟性を確認しているのか、軽く側面に力を入れてしならせる。
「私に刃は通らないから大丈夫」
言われた意味を理解できなかったが、異世界の常識が分からないハジメは、そういうのもなのかと思う事にした。
曲げ終わると、刃筋を確認するように柄から先に向けて視線を走らせる。
「柔軟性はある。ちょっと、試し切りしてみようか」
つい先ほど、映画だけを参考にしたはずなのに、流れるように鞘に納めると、足元にあった大きめの岩に向けて抜き放つ。
「さすがに演舞と実践だと、体の動かし方が違うのかも」
まるで漫画やアニメのように、岩は綺麗に両断されていた。
だが、ミカはそれで満足していないのか、断面には大して興味が無さそうだった。
根本から刃先へ、点検するように眺めながら、さすがに「これは岩を切るものじゃない」と指先を刃に添えていた。
鞘に納めると、また日本刀がその場から消えた。おそらく、空間魔法で収納していた。
「<創剣>」
ミカが呟くと、目の前に先ほどより厚みと横幅の大きい、日本刀みたいな剣が生み出されていく。
明らかに、華奢な見た目の少女が持てるような軽さには思えなかった。
「強度はミスリル合金で軽く強く、芯は世界樹の灰を混ぜたオリハルコン、形状はもっと切れるように研磨の魔法を付与、風魔法の触媒となるよう魔力の通りを良くする――」
ハジメが隣にいるのに、剣を持ってから、ミカは自分の世界に没頭するように視界が狭まっていく。
そんな彼女へ、声をかけて良いのかと迷いながら、ただ立ちすくむ少年。
エルフの少女は、まるで好きな事を語るように、目線は鋭く、口元は薄ら笑いで楽しそうだった。
「しばらく私から離れてて」
「え、あ、うん」
ミカは独り言が終わると、ハジメに自分から離れるように促す。
さきほど斬った小岩ではなく、数メートルはある岩石を見つけると、その前で立ち止まる。
映画で見た居合いの姿勢を取ると、静寂でありながら、周囲を囲むよう微風が発生し始める。
その姿勢は、ファンタジー風の美少女にとても似合っていた。
――ハジメが瞬きをすると、少女が振り返っていた。
気づくと、ミカが納剣の動作をしていた。続けて岩が落ちる轟音が響く。
刀身よりも、明らかに大きい岩が、斜めに滑り落ちていた。
振る瞬間が見えず、振り切った後からの一連の動作だけが、ハジメの脳裏に焼き付いていた。
「映画のお礼に、この剣をあげる」
ミカは、試し切りを終えた『日本刀?』をハジメに手渡してくる。
そういう武器を生み出す魔法なのだろうか。明らかに最初に見た『日本刀』を魔改造したような武器。
実物よりも、ゲームに登場する武器みたいになっていた。
「あ、重っ……」
自分より非力に見える少女が、軽々しく扱っていたのでより手応えが際立っていた。
日本で武器なんて持った事のない少年は、その重さに驚いていた。飾り気は無く、黒い鞘に白い柄。握る所は雑に布が巻かれているだけだが、それが手に吸い付くように心地よかった。
気づくとミカの腰には、最初に出会った時に下がっていた剣に変わっていた。
「身体を鍛えつつ、身体強化の魔法を覚えればいい。武器を扱う筋力は、魔力と魔法を使えるようにあれば、問題にならない。時間ならたくさんあるし、それも教えよう」
呆然としながら、渡された剣が気になってハジメは抜いてみようと思った。
鞘から上手く抜けず、擦るような手応えを感じつつ、なんとか鞘から抜いた剣を持つ手は震えてしまう。
刃を少し見ただけで、素人目にも、とてつもない切れ味だろうと思わされた。
透き通った刃、青みかかった刀身、見れば見るほど吸い込まれそうな、狂気さえ宿す美しさ。
少し手間取りながらも鞘を傍らへ置き、両手で柄を握り直す。
「危ないから、待ちなさい」
精神に毒でもありそうな美しさは、どこかミカに通じるものがあった。
それに堪えて、抜き身の刀を納めようとしたら、ミカが止めに入った。
「これはよく斬れるから、慣れないと納剣するときに怪我をする。もし使えるようになりたいなら、切れ味を落とした練習用のを用意しよう」
「……」
恰好がつかないと思いながら、確かに少し怖いと感じていたハジメ。
剣を受け取り、よどみなくミカが鞘に納める。
ふと、今のやり取りを思い出して、自分の迂闊さが恥ずかしくなった。
武器を与えられた時、それまで日本刀など映像しか見たことも無かったのに、ハジメは見てみたい、使ってみたいと思ってしまった。
「良い剣だろう」
目を細め、わずかに口角をあげた良い笑顔を浮かべるミカ。
ハジメが『アイテムボックスに入れ』と念じると、武器は異空間へと送られた。
「だけど、剣は所詮ただの消耗品。手入れを欠かさず大切に飾ったところで、意味はない。血を吸えば錆びる、研げば減る、打ち合えば刃が削れ、戦場に出れば美麗な装飾は壊れる。修復の魔法がかかったものもあるが、折れたらそこまで。職人に敬意を払うことはあっても、命に代わるものじゃない」
それからは特に大きな出来事もなく、二人は荒野を歩み、気付くと静かな森の中へと進んでいた。
ほどなくして、洞窟が見えてくる。
どことなく人の住む気配が感じられる場所だった。
剣を作り出すには代償があります。
殺害衝動+1(素材や出来により増可)、時間経過か、生物の殺生により軽減。
ちなみに、なぜか森には生き物の気配が少なく息を潜めています。猛獣でもいるのでしょうか。
(次回、明日18時予定)




