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2-3 出戻り娘

読みに来てくださってありがとうございます。

昨日2話一緒に投稿してしまっていました。ああ、なんてこと!

よろしくお願いいたします。

 出戻り娘というだけでも肩身が狭いのに、美月は子どもができない女というレッテルを貼られてしまった。そういう話は、この狭い土地では面白おかしく改変されてあっという間に広まってしまう。美月の両親は、美月が傷つくことよりも家名と会社に傷が付くことを恐れていた。


「どうしたものか」

「子どもが産めないなら、子どもを望む家では相手にされないでしょう? 次の嫁ぎ先は相当絞られるわね」

「結局は妻に先立たれた隠居の世話係しかないということか」

「悪い子ではないから、気に入られるとは思うわ。でもねえ」

「体裁がなあ」

「こんな形で不良債権を抱え込むことになるなんて」


 お茶を飲もうと部屋から出た美月は、両親がそう話しているのを聞いてしまった。両親に不良債権扱いされたことが、美月にはショックだった。両親さえ自分のことを持て余している。美月は自分の部屋に飛び込んだ。窓から、庭に植えられた秋桜が見えた。


 秋桜は、何度踏みにじられても、何度倒れても、再び立ち上がる。そして、秋になれば美しい花を咲かせる。その生命力の強さと、花を咲かせるために何度でも上を向き続ける秋桜が、美月を感動させた。美月はその日、部屋に閉じこもって泣いた。これまでの心の澱を洗い流すために、泣けるだけ泣いた。鳴き声に気づいた母が来ても、誰が来ても、部屋の鍵を開けなかった。そして一晩泣いて、決めた。


 二度と踏みにじられまい、と。


 美月はこの家を出るためにどうすればいいのかを考えた。大学の時に「資格の1つとして」という程度で取った教員免許があるのを思い出した。教育実習のことも思い出された。公務員なら女性1人でも老後を心配せずにすむだけの給料もあるだろう。贅沢をしなければいきていけるはずだ。


 翌日、美月は「書店に行く」と言って外へ出た。本好きの美月が笹岡の家では本を読むことさえ許されていなかったことを知っているからか、母は何か言いたげなではあったが、外に出してくれた。運転手に車を出すようにと言う母に、美月は不要だと言った。


「少し外の空気を吸ってきたいから、1人で行きます。駐車場のない公園では、運転手さんも居場所がなくて困るでしょう?」


 心配そうな母や使用人たちを押し切って、美月は外に出た。家の中の空気は重くよどんでいて、美月は息苦しくてならなかった。敷地の外に出たところで、前回、こうやって外を歩いたのは一体いつだろう、そんなことを考えながら、美月はバスに乗った。


 書店ではなく市役所の前のバス停でバスから降りると、美月は市役所の中にある教育委員会を訪ねた。


「経験はないのですが、教員免許は持っています。他県で教員になるにはどうしたらいいのか、教えてください」


 対応してくれた職員は、一瞬訳が分からないという顔をした。


「県外ですか?」

「はい。どうしても環境を変えたいんです」

「ですが、他県の情報は……」

「分かりませんか」

「いえ、そんなこともないのですが、どうして環境を変えたいんですか?」

「離婚して……」

「あ~、そういうことですか」


 職員は色々なことを察したようだ。


「いつから働けますか?」

「できるだけ早く、と思います」

「行きたい県はありますか?」


美月は少し考えた。


「雪かきしなくてもいいところがいいです」

「確かに、重要な要素ですね!」


 職員はぱっと破顔した。


「あまり聞かない理由ですが、とってもよく分かりますよ」


 その場でいくつかの県の教育委員会に電話してくれた職員は、とある県で講師を探しているという情報を掴んでくれ、電話を変わってくれた。


「ええと、本県で教員として勤めたいということですが、経験はないのですね?」

「はい、教育実習だけです」

「教育実習の時、感じたことを教えていただけますか?」

「そうですね……教育実習の時生徒たちと過ごした時間は楽しかったですね。わからかなかったことが、私の説明で分かったと笑顔でいてくれた生徒がいて、とてもやりがいを感じたことを覚えています」

「そうでしたか。それにしても、どうして教育という仕事に就こうと思ったんですか?」


 美月ははっきりと、自分の気持ちを伝えようと思った。今までは、親の言うとおり、夫や婚家の言うとおり、おとなしく黙って従ってきた。その結果、美月の尊厳は踏みにじられた。交換可能な不要品と扱われ、厄介者として「処分」方法を探られている。


 二度と、踏みにじられない。もし踏みにじられたとしても、絶対に負けない。


「私は家の柵から逃れなければ、また利用されるだけの人生になってしまいます。もうそんな生活は嫌なのです。それに、私は自分の子どもを持てないと診断されました。ですが、教育現場なら子どもたちと接することができます。高校生くらいの難しい世代の子たちと関わって、私のように親に一生を決められないように、サポートしたいんです」


 電話口の向こうからは、数秒の沈黙が流れた。そして、再び声が聞こえた。


「一度面接という形でこちらにいらっしゃいませんか? 講師を探している学校はたくさんあるんです。リストアップしておきますが、いつなら来ることが可能ですか?」

「明日、伺います。必要なものはありますか?」

「それでは、教員免許状と、大学の卒業証書、マイナンバーカードと、念のため印鑑ですかね」

「印鑑ですか?」

「ああ、それから記入済みの履歴書もお持ちください」

「分かりました」


 先方が電話を切ったのを確認し、美月は心配そうに様子を見ていた職員に受話器を渡した。


「とりあえず面接って感じですかね?」

「はい。明日行ってきます」

「大丈夫ですよ、きっと」


 職員の笑顔にほっとした美月は、電話の間、自分の肩に相当力が入っていたことに気づいた。


「頑張ってきますね。ありがとうございました」


読んでくださってありがとうございました。

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