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正道、エルフの里に迷い込む

 トイレからメアの悲鳴があがった。

「どうした?」

「水が出ました!」

「それは排泄物を洗い流すためだ」

「あたしのお尻、汚物ですか?」

 そっちか。


 まずいな。この世界になれるまで、メアの身の回りの世話役が必要だ。それに、下着とか服とか靴とか身の回りの物を買いそろえないと。これは俺じゃ無理だ。助けを呼ぶか。




 仲村正道は、姉の、仲村 (りつ)を呼んだ。

「あら可愛い女の子。どうしたの?」

「異世界から連れて帰った」

 一瞬、ドン引きの律。

「とうとうおまえは、現実の世界と小説の世界の区別ができなくなっちゃったんだね」

「俺のことはどうでもいい。彼女はこの世界に来たばかりで勝手がわからない。男の俺じゃ限界があるから協力してくれ」

 律はメアの手を取って別の部屋に逃げる。

「あなたお名前は?」

「メアです」

「メアちゃんっていうのね。だいじょうぶ? あいつに変なことされなかった?」

「正道さんはあたしを助けてくれました」

「メアちゃんはどこから来たの?」

「正道さんがいうには、異世界だそうです」

「日本ってわかる?」

「知らないです」

「地球とか、アメリカとか、知らない?」

「すいません。知らないです」

「日本語得意ね」

「あたし、日本語話してますか?」

「とても流暢に」

「ホントですか!? 嬉しいです」

「本当に異世界から来たの?」

「たぶんそうです」

 律は改めてメアを見た。異世界物のアニメに出てくる様な、あざとく露出の多い服装だ。

「その服も異世界?」

「はい」


 メアを連れて正道の元に返って来る。

「事情は察した。納得はしていないが」

「協力頼む」

「買い物行くわよ」

「ああ」

「金は全部、正道が出すんだからね」

「わかってるよ」




 三人でショッピングモールにやって来る。目を丸くするメア。

「すごい。城ですか?」

「ショッピングモールっていってね、異世界の露天が全てここにあるって思って。メアちゃんがこの世界で生きてゆくために必要な物を買いそろえるから」

「ありがとうございます」


 三人でショッピングモールを回る。メアの服が異世界のままではさすがにまずいので、ひとまず姉の服を借る。回るショップは多い。下着、服、靴、アクセサリー。ドラッグストアで生理用品、化粧品、あったら便利な女の子アイテム等々。買い物はふたりで。会計と荷物持ちは俺で。モール内のフードセンターで昼食をとり、アイスクリームを食べて、夕食の食材を買い、自宅に戻った頃には日も暮れ始めていた。

 山の様な荷物を俺の部屋に置く。

「疲れた~」

「一番疲れたの、俺だと思うけどな」

「おふたりともありがとうございます。あたしのために」

「いいんだって。好きでした苦労だから。正道、お風呂入りたい」

「はいはい。沸かしますよ」

「浴槽洗ってからね」

「はいはい」


 お風呂からふたりのはしゃぐ声が響いてくる。この世界の風呂の入り方を教えてくれたならありがたい。三十路童貞にそれは無理ゲーだ。その間に俺は夕食を作るろう。


 お風呂上がりでキンキンに冷えたビールを飲みながら、律はぷっはーと息を吐いた。

「さあメアちゃん。どんどん食べちゃって」

「こんなご馳走、見たことないです。これ全部、正道さんが作ったんですか?」

「ああ」

「上手ですね」

「感想は食べた後に言ってくれ」

 メアの前に一膳の箸が置かれている。

「メアちゃん。この世界。日本ではね、箸を使って食べるの。使い方教えてあげる」

 なんか、急に妹ができたみたいだな。


「「「いただきます」」」




「「「ごちそうさまでした」」」


「正道。今日、泊まっていくから。メアちゃんにいろい教えてあげないと」

「変なこと教えんなよ」

「日本で生きてゆくための、いろはだよ」

「そいつはありがたい」

「ところで正道。異世界ってどうやったら行けるの?」

「どうやって行ったかどうかわからんが、次回作の参考に、なちゃおで流行ってる作品を読んでいただけ」

「それだけ?」

「ああ」

「どの作品?」

 正道は、タブレットを点けて、小説家になっちゃおうのトップページを開いた。

「作品は忘れたが、ランキングトップの作品を読んでいたと思う」

「ふ~ん」


 正道は、おもむろに現在のランキング1位の作品を読み始めた。内容は、転生した主人公が異世界でタイムリープしながら望む未来を切り開いてゆく。


 メアと律の目の前で、正道は光に包まれ部屋から消えた。




 正道が気がついたとき、霧の中を歩いていた。視界は晴れないが、踏みしめる足元は土の感触が柔らかい。辺りは深い樹の香りで満ち、静かで、虫はおろか鳥のさえずりすら聞こえない。正道は前回と同じ服に日本刀を帯びている。

 何分、歩いただろう。霧が晴れてくる。その先に、樹で造られた家が建ち並ぶ村が見えてきた。村人は皆、透き通る様な白い肌に若葉の様な緑色の髪と瞳。耳が尖っていている意外は人間と変わりない。村人達が正道を見つけると、皆笑顔を返した。

 さて、どうしたものか。思案しているとき、小学生ぐらいの女の子が声をかけてきた。

「どうしたの?」

「ちょっと道に迷ったんだ」

「なら、家に来て」

「良いのか? 素性の知らない異邦人だぜ」

「困っている人がいたら助けるのが里の慣わしです」

 なんだそれ。しかし、あてもない。

「世話になろう」

「こちらへどうぞ」


 女の子に導かれるまま、小さな家へ行く。

 家に入ると、女の子の両親が正道を暖かく迎え入れた。女の子に似た母親の胸元には、緑色に輝く宝石のブローチがあった。

「ようこそ」

「エルフの里へ」

「お世話になります」

 ふたりは正道のことを警戒すること無く、暖かく家に迎え入れた。

「昔、この里に男の人間が来てね。里の娘と恋に落ちて、銀髪の娘を産んだ。風の噂に聞くと、その娘も成長して、異国の男性と旅をしているらしい」

「その男。短く散切りにした黒髪に、黄色い瞳に黄色い肌ではないか?」

「よく知っているね」

「風の噂で聞きましてね」

 この小説の主人公だ。現代の日本から転生し、タイムリープを繰り返しながら望む未来を求めている。

「今夜は泊まってゆくと良い。里の風景は朝が格別、綺麗だ」

「お言葉にあまえましょう」


 食事を家族と供し、歓談し、客間に通された。夕食は、肉と野菜を煮たスープ。パンはフィクションにありがちな楕円でふかふかしている。トイレはくみ取り式。風呂は無い。この小説の本筋には出てこない、設定の外にある行間の物語か。


 翌朝、窓の隙間から漂う樹の香りで目が覚めた。鳥が鳴き、虫が囁き、里人の声が行き交う。にぎやかだ。東京のマンションで迎える朝は無音だ。恐ろしいくらい無音だ。生き物の声は、せいぜいカラスぐらい。里で迎えたにぎやかな寝覚めは心地良かった。



 朝食をご馳走になる。

「この後、ご予定は?」

「特にない」

「里でも観光されてはいかがですか?」

「いや、帰らせてもらうよ」

「道案内を付けましょう。アルキオネ」

「はい」

 あの少女は、アルキオネというのか。

「案内してさしあげなさい」

「わかりました」

「私の娘だ。安心してくれ」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 ふたりで里を歩く。高い樹で覆われた里は、陽が届かず暗いのかと思ったが、存外、木漏れ日が明るく降り注いでいる。

「お帰りになる前に、祠を観てください」

「祠?」

「里で誇りです」


 祠は里の外れにあって、結構大きい。

「中にはなにが?」

「宝だそうです」

「どうやったら宝を取ることができる」

「三つの試練を乗り越えなければならないそうです」

「ほう」

「入ってみますか?」

「止めとこう。俺は試練を乗り越えられるほど立派な人間じゃないんでね」




 同じ頃、結界を越えてひとりの異人が里に入って来た。

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