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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 4 親愛なる災禍へ

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箱庭の中の人間『  』

 暗闇の中で眼を覚ます。脳波の変化に反応して部屋の照明が点灯すると、真っ白い空間が視界いっぱいに広がる。

「…………夢?」

 何か見ていた記憶もあるけど、思い出せない。廊下に出てみると部屋の照明が黄色になっているから……今は『昼』という時間帯か。どうにも寝すぎてしまったかもしれない。


 ―――みんな、まだ寝てるの?


 だったら起こさなきゃ。いつまでも眠っていると、博士がみんなを連れて行っちゃうから。向かいの部屋の扉を開けようとすると自動ロックがかかっていたので隙間に指先を入れてこじ開ける。

「起きろおおおおおおおおお!」

 入って一歩目の足で部屋全体を揺らすと、真っ暗闇の中で大量の家具の倒れる音がする。それと、


「うぎゃあああああああああああ!」


 私以上に寝坊助な、子供の声も。

 間もなく照明が点灯すると、大量の家具に挟まれた男の子が恨めしそうに髪を重力で垂らしてこちらを睨んでいた。

「なんだよトウコ。起こしにくるのが遅いんだよ……二度寝しちまったじゃねえか」

「私のせいなの!? 確かに私も寝すぎた……けど、それが分かって二度寝したのはそっちじゃないの!」

「最初に起きた奴が全員を起こして回るルールどうにかなんねえの? 大体ここに何人いるんだよ。七人? 多すぎだろ。起こす気にならねえって、お前みたいな馬鹿力と違ってこっちは繊細なんだから」

「別にカードキーで開ければいいでしょ。私はそれが面倒だからこじ開けてるだけ。アンタなんかと一緒にしないでほしいわね」

「……はいはい腕力腕力。なんだよ喧嘩なんかしねえよ、勝てないのは分かりきってんだ。はーあ、いつになったら学校いけんだろうな。頭じゃ出来が違うのにな」

「知能で勝負したら勝つのは私達のどっちでもないと思うけど。私も毎日全員起こすの怠いし手伝いなさいよ。『クロウ(crow)』を起こすから」

「はいよー。脅し文句作戦で行ってやるさ。こらー、起きないとトウコにぶん殴られますよーって!」

「……コンクリートの中に沈めてもいいのよ」

「そりゃ脱出に時間がかかりそうだなっと」

 少年はすれ違うように部屋を出て、突き当たりを右にのんびり歩いていく。私は左に出て、廊下の最奥の扉を開けた。

「クロウ? 起きてる?」

 培養カプセルが藍色にぼんやりと光る。気泡のようにその本体が浮かび上がるより少し早く、目の前に設置された装置から白髪の青年を象るホログラムが現れた。もうとっくに見慣れた光景だけど、ホログラムが眠そうに目を擦るのは少し面白い。

「トーコ。おはよう。昨日は少し夜更かしをしてしまってね……ははは。怒られないといいんだけどな」

「また未来を視て家族と話してたの? 今度はどんな話を?」

 近くの椅子を引っ張ってカプセルの隣に腰掛ける。ホログラムは嬉しそうにこぶしを握って、少し未来の話を語りだした。

「僕は小学校を卒業して中学校へ行く事になったんだ。そこでジョークの面白い友達が出来たりもしたんだよ。みんなと一緒に受ける授業が楽しくてさ、もう……いつ外に出られるかと思うだけでワクワクが止まらないよ」

「ふふ、貴方の話を聞いてると、こっちまで胸が躍りそう! 未来って希望が詰まってるわねっ、でもやっぱり私達は離れ離れになっちゃうの……? それは少し、寂しいような」

「出会ったんだ、いつかまた会えるよ。或いは未来で視えていないだけで、違うクラスには居るかもね。ま、可能性は限りなく低いよ。僕達は選ばれた人間なんだ。世界各地、僕達を必要とする人々は沢山いるだろうし、その人達を助ける為なら少しの別れなんて怖くないよ」

「……私は、誰かを助けるより、知ってる人と穏やかに過ごしたいわね。テレビでよく見る平和な生活っていうのが大好き! 私達は大切な仲間だけど……家族が欲しいなって、思う事もあるのよ」

「それは、両親や兄弟姉妹が欲しいという意味かい?」

「ええ。たっくさんの家族が欲しいわ! …………でもこんな体じゃ、誰も受け入れてくれないかしら」

「そんな事はないだろう。トーコはいい人だ。お姉さんが居たらこんな感じなんだろうなってきっと皆思ってるよ。毎日、叩き起こされてるしね?」

「そ、そうなの? じゃあ私、みんなのお姉ちゃんとして頑張れてるかな? ジャックなんて、いつもうざがってるようにしか見えないけど」

「素直になれないだけだよ。僕は知ってるんだ。君が起きてこないだけで病気なんじゃないかと緊急呼び出しを押そうとしてた彼の姿をね。ははは」

「何それ、大袈裟!」

「…………まあ、気持ちは分かるけどね。君が一か月に摂取させられている食事には全て猛毒が混入している。データを見ると、半年で君が摂取した有害な物体は五十キロにも及ぶから、病気くらい心配するのも当然だ」

「大丈夫! 私は辛くなんかないわ。それよりみんなが……連れられて行っちゃう事の方が怖い。みんな、私みたいに強くないから」

「ジャックくらいしか君を守れる奴はいないもんな。ごめんね、辛い思いをさせて」

「しんみりしないでよ! 誰が守ってほしいって言ったの? 私は最強なの、このまま全員幸せな生活を手にするまで、守ってあげるんだからね!」



















「…………………」

 彼女の口から語られたのは、幸せだった頃の幻想。断章。彼女の生活環境について謎は多いが、そんな事よりも気になったのは、それを語った時の幸せそうな、それでいて空しい表情だった。もう戻らない、戻れない事を自分が何より知っている。

 それでもあの時が幸せだったと噛みしめるような、俺がニーナから引き出そうとした反応その物だ。 

「…………この町の出身ってのも、嘘か」

「……ええ。ごめんなさい。今は住んでいるというだけ。でもあの頃は幸せだったわ。何も憂う事なく、自分の未来がどんなに明るいかを想像出来た。クロウは未来を視る力を持っていたの。娯楽の少ない環境では、彼から聞く未来だけが私達全員の娯楽だった。彼だけが外に出て、彼だけが人生を体験していた。その顔があんまりにも眩しかったから、私もそうなれるって思ってた」

「…………ちょっと待ってくれ。かばね町の出身じゃなくてそんな良く分からない所に居たなら…………透子、お前は本当は……何歳なんだ? 本当に同い年、か?」

「どうして?」

「人間災害っていう呼び名は別にここに定住してから呼ばれた訳じゃないんだろ。だったらその……話を聞いてる限りその頃のお前は小学生で、でも外にはいなくて。だから……なんか、年齢が合わないようなって」

「ああ、それに気づいちゃうのね。何歳って言われても、身体年齢に嘘はないわ。今の私は十七歳。ただこの身体年齢に達したのはもっとずっと前だから、精神的にはずっと年上って事になるわね。だから君のお父さんはずっと私の事を警戒していたって事」

「……何で、あの人の事を急に」



「ハーデス海洋研究所。表向きは生態系や海洋地形の観察をしながら、裏では全く別の、生物兵器を造ろうとしていた。その所長の名前が夏目一心」



「…………んえ?」

 頭が、理解を拒んだ。俺の父親が、研究者? いや、仕事内容は興味ないから聞いてこなかったけど、保険会社とか何とか言っていたような。

「生物兵器って、その、所謂超能力者の事か? 未来が視える人が居たなら、それくらいしか思いつかないけど」

「さあ、私は研究者じゃないからそこまで詳しくないけど。少なくとも私は、偶発的に生まれた成功作品。そして……生まれながらの怪物。当初予定されていたのは普通の子供に外付けで兵器としての力を移植する事だったけど、私だけは違う。いや、私のせいでそんな研究が始まったと言った方がいいかしら」

「話が見えてこないな……意味が分からないよ」

 透子のせいで研究が始まった? それはあれだ、卵が先か鶏が先かという話だ。生まれながらの怪物なら、じゃあ彼女は怪物から生まれたのかという話になる。きっとそうじゃないだろう、その思い出を聞くに、透子は普通の家庭どころか碌に親の概念にも詳しくなさそうだった。

「元々は少子化対策に伴う人工的な人類の生産研究をしていたの。私はその、人工子宮で生まれた人間。どうせ生まれるならと数値を弄られ、普通である事を許されなかった存在―――」

 透子が空に手を伸ばし、指先を素早く虚空で一回し。するとどうだ、空に少し残っていた雲が一瞬で吹き飛ばされ、夜空は雲一つない綺麗な帳へと切り替わった。


「人造人間よ」


「…………」

「老衰を避ける為に老化は一定の年齢に達すると極端に遅くなり、活動へのトラブルを除く為にあらゆる免疫を備えられ、決して機能が停止しないようにあらゆる死因を記録され、応じた回復行動を取らされるようになった」

「に、人間なんだよな。人間に対してする事でもない、けど」

 透子が俺の手を引っ張ると、いつぞやあったように胸に当てられる。心音もするし、柔らかいし、温かいし、機械だとは思えない。

「いつだったか、私は君に聞いたけど。もう一度聞くわね。私を女の子として襲える?」

「…………」

「……なんてね、冗談よ。ここまで聞いて頷ける訳ないわよね。私はきっと寂しかったんだと思うわ。嘘を吐いてでも認められたく―――」

「襲えるよ!」

 両肩を掴み直し、透子をぐいぐいと家の方まで押しやる。話を聞いた。訳が分からなかった。この町に何の関係もなければ、俺がどうにか出来る事でもなかった。関係ない。そう関係なんてある訳ない。

「襲えるに決まってるだろ! お前が人形でも襲えるよ! 当たり前だろ、だって好きな女の子なんだから!」

「す、好きって……本気? 川箕さんの方が……」

「うるさい、黙れ! 川箕も好きだし透子も好きだよ、何が悪いんだよ! 理由なんて要らないだろ、好きだから好きなんだよ! 俺が女性不信にならなかったのは間違いなくお前のお陰なんだ! 人間を信じていいかもって、この町でやり直したいと思ったのもそうだ!」

 透子が居たから、二度目の生を、この屍の町で。たとえどれだけの苦難に晒されようと続けようと思った。

「なにが人間災害として見てほしいだよ! 見たってお前を好きだって気持ちは何にも変わんないよ! だってお前は、泣いてる俺に手を差し伸べてくれたじゃないか! それだけで十分だよ。それ以外の理由なんて要らないんだよ!」

「君って人は何にも分かってない! 私は……君が思うよりずっと危険で」

 キスをした。

 初めて、自分から。

 その唇に。

 親愛と、敬意と、誠意を込めて。

「あわ、あわわわわ、な、なにを……」

「なんだよ、まだ信じられないのかよ! 分かった、じゃあ今すぐホテル行くぞ! 襲えるって事を見せてやる!」

「ちょ、ま、待ってぇ。まだ心の準備が」

「なんだよ俺が折れてる時はあんなに余裕たっぷりな感じだったのに急にしり込みして! 信じないから教えてやろうって言ってるんだから来い!」

 シンプルに、頭に来ていた。過去を思い返してなよなよなよなよ。俺を見ているようで腹が立った。そんなに落ち込んで拒絶するんだったらこっちにも考えがある。俺がどれだけ透子の事を好きかを直接思い知らせるのだ。何が人間災害だ、何が怪物だ。俺は透子以上に、祀火透子という女性が普通の女の子だという事を知っているのだ。

「分かった! 信じる! 信じるから! 私の負け! もう、もう何も言わないかから!」

 顔を真っ赤に、何故か息を切らしながら透子がその場で丸くなる。俺は彼女を立たせて、もう一度抱きしめた。

「お前が自分を人間災害だって見てほしいなら構わないよ。人間災害も自分だって言うなら、ただの女の子もお前なんだ。勝手に思い込むのはもうやめてくれ。そりゃ、元カノに浮気されるようなしょうもない奴だったかもしれないけど俺は生まれ変わったんだ。ジュードに。俺も今後はお前を災害として頼る事もあるかもしれないけど、気持ちは何も変わらない。大好きだ、マイ・ディザスター。寂しいなら俺が傍に居るからさ。そんな悲しい顔は……これっきりにしてくれよ」




「………………………ぅん。すん、う、ぅう……………ごめ…………さぃ。ごめ…………」




 透子が何もかも話してくれたとは思わない。人間には隠したい事もまだまだある。だけど今はこれで十分だ。気になる事は生まれたが、それはそれ。彼女がようやく俺に気を許してくれた事が嬉しい。

 夜が明けるまで彼女は泣き続けた。でもそれは、寝室での話だ。人間災害の泣き顔を知るのは、俺だけでいいから。


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