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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 4 親愛なる災禍へ

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災害もかつてはヒトだった

 川箕のお陰でテレビに透子―――人間災害の正体が露見する事は避けられた。現地に居た人間は不服だろうが、あの大規模作戦の真実を撮影出来た人間はドローンを使っていた彼女しか居ない。テレビだって画の映える映像を採用したいのだ。平地から大量の甲冑に阻まれた人間災害の正体の映像なんて興味はない。というかそもそも、真司が『人間災害は男』と言ったので、それと違う情報は出したくないのがメディアだと彼女は言っていた。

「結構想像とは違うけど、お前を守る事が出来て良かったよ」

「ジュード様。本当によろしかったのでしょうか。私、お姉様の隣で映像を聞いていたのですが……お姉様は心配していらっしゃいましたよ。目の見えない私に心配されても、お困りかもしれませんが」

「……心配するべきは俺じゃないと思うけどな。結局、思い描いてた通りに行かなくて、透子が余計なリスクを負ってくれただけだ。俺がやった事と言えば、名実共に悪党になった事かな」

 この部屋のテレビを見ている限り、彼女が提供した映像は様々な局で採用されており、夏目十朗が救いようのない犯罪者である事は最早弁明の余地もない。自分から言い出した事だが、俺の名前はいよいよ本当に使えなくなった。町の安全を脅かす、年頃の少女を救う為に乗り込んだ慈善団体を殲滅する悪魔の名前となったのだ。

「……ごめんなさい。私のせいで」

「もう謝るのはやめてくれよニーナ。俺が悪党になったお陰で君は選択肢が生まれたんだぞ」

「……へ?」

 空になった食器を片付けてお盆に乗せると、それは一先ず横にどけて彼女の手を優しく握る。敵意を示さないように。

「現状、君が頼れるのは俺達だけだった。だけど川箕の印象操作のお陰で俺はとんでもない悪党になって、外の人からすれば君に酷い事をした男になる。だから、逃げるっていう体で何処か遠くに行く事も可能なんだ」

 外の人間を頼れるかはともかく、俺や透子に反感を抱いている人間が少なくないのは十分分かった。自分を『姫』と名乗ればまず信用してくれるだろう。そしてこの町の脱出の手助けをしてくれる筈だ。

 川箕から借りたパソコンの画面をニーナに見せようとして……目の見えない人間に見せる方法が分からない。口頭で説明するしかないのか。

「これは映像が流れた後のSNSだ。かなり多くの人間が……単にそれっぽく乗っかってる人も居るかもしれないが、君を助けようって気になってる人がいる。こいつらにどう連絡を取るかは川箕に相談した方がいいだろうけど、頼れば君は逃げられるんだ。この町から、永遠に」

「……目の見えない私が、一体何処で安全に暮らせるのでしょうか」

「今すぐじゃないよ。いつでもそうなる準備が生まれた事に意味があるんだ。……本当に良かったと思ってる。この町にずっと閉じ込められるのは辛いだろうに」

「そんな事ありません! ジュード様と会えて……良かったです。私は……ただそれだけで……」

 頭を撫でて少女の感情を宥める。目が見えないせいで視界的に閉塞感を覚えているのかもしれないが、ニーナは情緒不安定だ。大切な話をしようとするとすぐにそれどころじゃなくなる。俺が言えた口ではないが、この町で生きていくには繊細過ぎる。

 落ち着いた所で退出すると、扉のすぐ横で川箕が待っていた。一緒に階段を下りてガレージへと向かう。

「……ニーナちゃん、夏目から離れたくないみたいだけど?」

「犯人に連れ回されてたらその犯人を好きになるみたいな奴だろ。なんだっけ。何とか症候群」

「ストックホルムとは違うでしょ。別に私達は保護してるだけだし」

「対外的にそうは見えないだろ。今回の一件で俺の信用は完全になくなった。テレビを見たか? この町の外じゃどんどん犯罪が厳罰化されていく。特に刑罰が軽いって言われてた奴なんかは見直されているよな。テレビの言う事なんて何処まで本当かって話だけど、世界中でもそんな動きが起きてるくらいだ。犯罪者はますます肩身が狭くなる。俺も、もう同じだよ」

「……学校で多数決とかするとさ、私ってすぐ流されるんだ。喧嘩とかしたくないし、責められるのはもっと嫌だったから。でもね、だからって世情がどうなっても私は夏目の味方だよ。流されたりしない……つまりさ、一人になろうとしないでよっ」

「……有難う。この町で身を寄せたのがお前で良かったよ。ところで透子はいつになったら帰ってくるんだろうな。もう十一時なんだけど全然帰ってくる気配がなくて」

「あ、そうだ。透子ちゃん、もう帰ってきてるよ。ただ私が幾ら中に入れようとしても入らないんだ。ずっと独り言ぶつぶつ言ってて怖いから、夏目を連れてこようと思って」

「独り言? アイツってそんなタイプだっけ……まあいいや。分かった、話してみるよ。というか、いつか話さないといけないもんな。ずっと嘘をつき続けるのは……どうかと思ってたんだ」

「……今日は私がニーナちゃんをお風呂に入れるよ。思う存分話してきて。二人には必要な事だと思うし」



















 冬だから、夜風が冷たく感じるのだろうか。ガレージでも感じる冷えが、今日はやけに痛い。一つ歩みを進めるだけで更に鋭く、吹雪に呑まれたように遠く、山脈でも上っているのかと錯覚する程だ。

 ほんの数メートル。なのにブロック塀に腰掛ける透子の背中はまだまだだ。白い息を吐いて、体感に惑わされず確かに近づいていく

「…………透子」

「………………」

 後ろまで近づいても反応しない。同じように塀に上って腰掛ける。視線はやや上、月を見ている。満月はまだ少し先だ。今は何とも言えない形の月が俺達を照らしている。この町は夜にこそ喧噪を広げる。耳を澄まして聞こえるのは生ける屍の声。

「…………ごめんなさい。嘘をついてたわ。この町に生きる災害は私。私が、君の生活を壊した張本人よ」

「……」

「ドローンで見てたのを知ってるわ。君の居た場所からじゃ外の状況が分からないから川箕さんに頼るでしょうし……だから、もう隠さない」

「―――知ってたよ」


「えっ」


 透子が初めてこちらを向いた。

「知ってた……?」

「最初から知ってた訳じゃないんだ。俺は……そういうのに鋭くないからさ。嘘をつかれたらすぐ騙されるくらい単純さ。知ったのは……俺が、死んだ時? や、死にかけてた時って言えばいいのかな。夢で……教えてくれたんだよ」

「……え!」

「だから知ってたし、透子が隠してるのを知って、俺も知らないフリをしたんだ。だから謝る必要なんてない。騙してたのはお互い様なんだ」

 塀の上に置かれた彼女の指先に掌を重ねる。透子の怯えは手に取るまでもなく伝わってくる。たとえ俺が知っていたとしても秘密を暴露するのは恐ろしい事だ。たとえそれが他人から見てどんなに下らなくても、本人にとってそれは関係ない。

「もう、分かっただろ。俺はお前の正体を知ってたけど、それでも俺はお前から離れなかった。それは知ってる事を隠したかったからじゃない。誰に災害呼ばわりされようと、俺にとって祀火透子は一人の女の子なんだよ。大切な恩人で、傍に居てくれないと困る人なんだ。人間災害だからじゃない。ただ一緒に居たいだけ」

「…………私は、壊す事以外に何も出来ないわ。君が思う以上に、この身体には暴力しかない。君は私をそんな風に思ってくれるかもしれないけど、事実は違う。私と君は、違う生き物なのよ」

「そんな事……」

「私がこの町でどれだけ人間に気を遣ってるのか考えた事はある? 意識してもないような蟻を踏み潰さない様に優しく、力を抜いて、力が出ないように調整して。本来、私は君の傍に居るべきじゃないの。いつか君を殺す。私にはそれしか出来ない。人間災害には、それしか許されない」

「自分が怖いなら、心配しないでくれ。俺は怖がらないよ」

「何かを勘違いしているみたいだけど。私はこの力を恐れていないわ。ただ……とっくに殺しすぎたのよ。私にとって人の死は単なる数字でしかない。それが故意でも故意じゃなくても、全ての被害は私に押し付けられる。川箕さんの事をどれだけ羨ましいと思ったか、君は知らないのでしょうね。あの子は本当に器用で……なんでも出来て……私よりずっと愛想が良い。ずっと……私なんかより、可愛い」

「ひ、比較するもんじゃないと思うけどな。透子は透子だろ。そこを比べたってしょうがない。俺だって芸能人のイケメン俳優と比較されたら無理だよ、勝負にならない」

「…………」

 女の子を慰める方法って、どうすればいいんだろう。

 ニーナの時も悩んだ気がするが、透子は事情が事情だ。普通の慰め方は的外れになる。何が最善なのかを親は教えてくれなかった。華弥子で学べる道理もなかった。これは俺の永遠の課題なのだろうか。いつか解決したくても、解決させてくれる場所があるとは思えない。

「………………君は私が出会ってきた人の中で唯一、私を女性として見てくれている人よ。私が君に真実を話そうと思ったのは、そんな君に、私は強欲な願いを抱いたから」

 透子の指先が力を込めた瞬間、ブロック塀全体に罅が入った。一瞬驚いて、体勢を崩しかける。




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「……な、何を言ってるんだ? 災害として見てほしいって」

「君はこの世界で唯一、私を女の子として見てくれるわ。けど同時に、世界で唯一私を人間災害と認めてくれない人なの。女の子として見てるから、頼ろうとしないんでしょ。自分の力で何とかしようとしたんでしょ。全て納得したわ。除け者にされた様な感覚は、そのせいだった」

「除け者になんてしてないよ! 何でもかんでも頼ったら、それこそお前を便利な兵器としか見てないじゃないか!」

「だからそうしてほしいのよ! 私には、これしかないから!」

 初めて透子が声を荒げたような……気がする。少なくとも俺に向けてここまで声を荒くしたのは初めてだ。災害として見ない事が救いになると思っていたのは、俺の身勝手だった?

「…………災害だから君を助けられた。災害だから君に出会えた。それもまた紛れもない事実。一口にこの呼び名が私を困らせている訳ではないのよ。だから、強欲な願いなの。君の願いを切り捨てる。女の子として見てくれる事が嬉しいのに、災害として見てほしい。ごめんなさい。でも君に優しくするのはやめたから。我儘を……言わせて」

「…………どうしたらいいんだよ。俺にはやり方が分からないよ」

「それは―――」

 最後まで言い切られる事はなかった。透子が明後日の方向を見ている。視線を追うと、スーツ姿の男が闇夜の中に佇んでいた。

「…………邪魔しないでほしいんだけど。殺されたいの」

「マーケットの不備をお詫び申し上げたく。ボスは部下が勝手にやった事のお詫びにと、こちらを」

「―――うえ!」

 川箕が見たら間違いなく吐いていただろう。木箱に収められていたのは見知らぬ男の生首だった。むしろ自分が吐かなかった事に驚いてもいいが不快感は相当なものだ。

「勝手にやった事なんてよく言えるわね。そんなの要らないから持って帰って。私は怒ってない」

「まともな人間の言う事ではないですね。あれだけ攻撃されておきながら報復もしないとは」

「まともな人間だったつもりなんて一度もないわ。いいから早く、帰れ。次はお前達を全員殺すぞ」

 スーツ姿の男は逃げるように車へと去っていく。透子は溜息を吐いて、塀から降りた。

「透子?」

「昔の話をしましょうか。人間災害になる前の私を……知ってほしいから」

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