屍喰らわば葬り去らん
「げほ、ごほっ……な、なん……だ!?」
不幸中の幸いと言うべきなのか、トイレの壁を隔てていたお陰で真正面から爆発を受けずに済んだ。いや、そうじゃないだろう。突然個室に押し込んできた少年がいなければもっと酷い怪我を負っていた気がする。
「所謂ソード爆弾だったな。トイレに行ったのはたまたまか? それならあんたは運がいいぞ。爆心地を避けられたから生きているんだ。あそこに居た奴はもう手遅れだな。はは」
「……君は?」
「おいおい。このペストマスクを見て思い当たる事がないって言うのか? このくちばしのとんがった感じを見て考えられる組織は?」
「……鴉?」
「ふ、どうだろうな……」
うざっ。
「しかしこんな形で再会するとはな」
「え?」
「おいおい。銃殺されそうになってたのを助けてやったじゃないか。覚えてないなら、まあいいか。恩着せたかったら洗面所で拷問まがいの事はしないし」
「―――もしかして、あの時の……人?」
俺が自分で催涙スプレーを食らって身動きが取れなくなっていた時、わざわざトイレまで連れて行ってくれた人だ。視界が封殺されていたので仕方ないが、あのままだと俺は銃殺されていたのか……? いやでも、あの人は地割れの中に落ちてしまったけど(因みにあの地割れは表面を塗り潰されただけで全然修復されていない)。
「思い出したのか。後出しで言われるとなんか絡みにくいな。帰っていいか?」
「あの時は……有難う。銃殺されてたかどうかはともかく、道端で身動きが取れなくなってたら追剥ぎに遭いそうだったし、ずっとお礼を言いたかったんだ。ここで会えて良かった……のかな」
「嘘つけ、探す素振りなんて見せなかったろ。いいんだよそれで。俺はただ困ってる人を助けなくちゃいけないと思っただけだ。まして、どう考えてもカモにされそうな優男はな」
俺よりは爆発の余波を受けたと思っているが、少年はさして気にした様子がない。体に破片が突き刺さった訳でもないから当然と言えば当然だが……もしや俺にも破片による被害がないのは彼が壁になっていたからか?
「お前、何でここに?」
「何でここに、は簡単だ。俺は人を助けなくちゃいけない。それが鴉の鉄の掟だから。『善行無尽』……汝、常に善人であれ」
「あ、悪の組織とは思えない発言だ。俺が聞いたのは、夜の犯罪は全部『鴉』の仕業だって……それに、お前のとこの人間が町内放送を利用して心身の壊れた人間を回収してまわってたじゃないか!」
「うちのトップはちょっと頭のネジが外れてるだけの……まあ悪い人だな。でもほら、組織が一枚岩な訳ないだろ? 俺だけが良い奴って事でもいい。気にしないでくれよ、うちは秘密主義だから関わる事なんてないし」
それはそうかもしれないが……
一先ず組織の話は置いておこう。別に『鴉』は関係ない。そこに所属している恩人とたまたま遭遇しただけだ。居酒屋だった場所は激しく燃えている。爆発のせいで引火したのだろうか、火の手は激しくなるばかりで、消防車が来るには時間がかかりそうだ。来なかったなら周辺の建物も漏れなく全焼だろう。かばね町が広がってから消防車が何処から来るのか、そもそも来るのかは一切不明だ。国がそこまで見捨てていないといいが。
「さっきの騎士、躊躇なく起爆しやがったな。今時あんな野蛮な奴が居るとは思わなかったぞ……」
「……そっちはこれからどうするんだ?」
「そりゃ、うちのボスに報告だろ。少なくともこの甲冑達が外来種なのは発覚した。この町のルールってもんを弁えちゃいない。あんたは?」
「俺は……あ、そうだ。その甲冑について調べてるんだけど、甲冑達の動向が良く分かる場所ってないかな」
「だったら光羽駅に行ってみろ。カラーギャングの『バレット・ウルフ』が屯してる筈だ。アイツらはあそこが住処で日中は町をウロチョロしてるから、何か知ってると思うぞ」
「有難う」
意外に思われるかもしれないがこの町にもきちんと電車が通っている、いや、通っていた。とっくの昔に廃線となっているから名残だけが残っており、駅という形だけが街に構えられている。まさかギャングに占領されていたとは知らなかったが。
外側に向かう少年を見送り、俺も言われた通り駅へと向かってみる。一人で乗り込むのは危険だろうか、しかしやはりというか、一部の人間を覗いて透子の正体は広まっていないように思える。配慮、だろうか。悪党からすれば暴力で捻じ伏せられるのを避ける為にも広く周知した方がいいと思うけど―――まあ、都合がいい事には違いない。
日傘だけでぶいぶい言わせていこう。
―――あいつが爆破したのって多分、俺が姫について知ってるからだよな。
元はと言えば勝手に目的を話したあの立ち読み騎士に問題があると思うが、甲冑のせいで顔が隠れているからしらばくれられたらどうにも出来ない。ニーナがこんな危ない町に居たらと思うと気が立って過激な行動に出ている可能性も否めないが、それを考慮しても今は味方と言い切れない。あの騎士は恐らく情報共有をする。日傘を持った奴が俺達の職務を知っているぞと。
俺は日傘を捨てればいいだけだが、問題は透子だ。眩しいのが嫌いな彼女に傘を捨てさせたくはないが、捨てさせないと騎士に襲われてしまう。向こうが勝てる確率は万に一つもないとして、力を使わせたくないのだ。
「…………えっ」
「だから~。現在ご利用中のお客さんはいませんってば~! いい加減しつこいですよっ」
駅に向かう最短ルートにはどうしてもティルナさんのお店の前を通りがかる必要があった。そこでまた見かけてしまった。甲冑騎士達が……今度は三人。カウンターの前に並んで彼女を追い詰めている。
息を潜めて近くの隙間に滑り込み、耳を澄ませる。
「ここは機密性の高いお店と聞く。姫が居るならばここだ」
「姫を出せ」
「直ちに出せば大人しく立ち去ろうではないか」
「…………分かりましたー。じゃあご案内しますねー」
ティルナさんが甲冑一行を引き連れて二階に上がっていく足音が聞こえる。ニーナがここにいないのは誰より俺が知っているから、ティルナさんが嘘を吐いた事も勿論分かっている。何をするつもりだろう。
お店の前に出て様子を見ること十分。ティルナさんは何食わぬ顔で二階から降りてきた。店の前に立つ俺を見るやニコニコ笑い、すかさず俺の手を握ってくる。
「お兄さ~ん、おっはよーっ。うちをご利用? お客さん? ていうか利用してくれない? 今日は暇でさー、オプションで私とお喋り出来るぞーっ!」
「……あの。さっき騎士が」
「ご利用いただかないと何も喋りませーん!」
商売上手というか、ちゃっかりしているというか。給料が出ていなかったら即死だった。
お客さんが居なくて暇しているのは本当らしく、個室内でのティルナさんは距離が近く、ドキドキしてしまう。川箕や透子と比べると圧倒的にボディータッチが多く、それで俺が堕ちると思っているなら大正解だ。二人しか居ないのにすっかり上下関係が築かれていた。
「透子とはその後どう? 上手く行ってる?」
「喧嘩は……してないと思います。そうそう、昨日はデートもしましたよ」
「ほんと? デートしたんだったら私も呼んでほしかったなー。でも喧嘩しないで居てくれる方が一番いいから、やっぱり居なくて良かったかも?」
「ティルナさん、透子とはどういう関係なんですか?」
「恩人かな。私がこのお店を開けたのは透子のお陰だし、経営が軌道に乗るまでは用心棒やってもらったりしたし、とにかく色々お世話になってるんだよー。ここは無法の町、だけど人間災害という絶対的なセーフティがあるから、年齢、人種、性別に囚われず新たな人生を始める事が出来る。酷い町だけど、私はこの町に生かされてるから……好き、かな。うん」
「俺も嫌いじゃないですよ。この町があったから出会えた人間も居るし……あー、ていうかそうじゃない。そうじゃないんですよ。さっき甲冑の人が来てましたよね? 二階に案内したのを見ましたよ。どうしたんですか?」
「死んだけど?」
ティルナさんは俺の手を取り、指の隙間に指を通し、恋人のように握りしめる。
「あの人たち、外から来た人達だよね。この町の事を何にも分かってない。三大組織に支配された町? 悪党ばかりの町? 法律の機能していない町? どれも合ってる、けど正しくないよー。この町で生き残っている人間はどういう立場であっても相応の理由があるんだー。私達は等しく殺せる側の人間。舐められたら殺すを徹底出来るんだよ。お兄さんはもうこの町の人になったから教えちゃうけど、注意してね? 無害な人なんてここには一人も居ないんだから」
「…………お、俺は無害だけど」
「お、そんな事言っていいのかな? 襲っちゃうぞ、がおー!」
冗談っぽく振舞ってから、ティルナさんは満足したように足を机の上に置いた。
「何処の誰か知らないけど、姫を探してるからってここまで強硬手段に訴えるなら長くないね。一週間も経てば全滅しそう」
「……どうも職務は秘密らしいんですよね。俺はさっきそれで危うく爆殺されかけて、だからティルナさんも殺される所だったんじゃないんですか。店主が死ねば店内は探し放題ですし」
「ほーそうなんだ」
殺されかけたという事実も心は揺るがない。日常茶飯事なのだろうか。
「そうだティルナさん。俺、これから駅に向かってギャングにあの騎士について聞きに行こうと思うんですけど注意点とかありますか? やっちゃいけないルールとか」
「普通に舐められないような態度を取るだけでいいと思うけど……そもそも何で行く必要があるの? 透子の隣に居てあげたら?」
「…………秘密なんですけど。恐らく騎士が探してる姫を保護してるんです。引き渡せばいいって訳にも行かなくなって……方針を決める為にも騎士達について知りたいなって」
「ふーん」




