表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 4 親愛なる災禍へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/174

温もりを抱きしめて

「……起きそうにないけど、まだ離しちゃ駄目なのか?」

 突然耳が聞こえるようになって情報が処理しきれなくなったのかもしれない、暫く抱きしめていたら眠ってしまった。補聴器は消していない。音に慣れていかないといつまで経っても脳が音に慣れなくて彼女が困るからとは透子の発言だ。

「この子段ボールに入っていたでしょう。それに布団やぬいぐるみと言った柔らかい感触から手を放そうとしなかった。昨日も、そして今日もね。恐らくだけど分離不安を患ってるわ。可哀想だからあまり試してほしくないけど、疑うようなら今すぐ君が彼女から触るのをやめればいい。すぐに起きるわよ」

「……ずっと思ってたけど、透子って妙に慣れてるよな。友達にこういう人が居たとか?」

「……まあ、似たような物ね。とにかく、ぬいぐるみや布団は本来の分離不安における対抗策なんだけど、君と接触した事で新たに君が対象になってしまったわ。補聴器を切っても音に慣れてない今なら起きないだろうけど、君が離れたら絶対に起きる」

「…………俺、またこのまま放置されるのか? 嫌じゃないけど、ずっと同じ事してるみたいだぞ」

「安心して。川箕さん、今のうちに布団を彼に」

「え、うん」

 身動きの取れない俺を尻目に二人は布団をニーナに被せ、被さった部分を俺に抱かせる。生地をめいっぱい使って少女の全身を覆うようにした後、俺はゆっくり体を離し、入れ替わった透子が彼女を抱きしめた。

「布団越しなら体温も伝わりにくいから、暫くは私がお守りをするわ。ジュード君は……ちょっと心配だけど、町に出て聞き込みしてくれる?」

「……川箕は行かないのか?」

「え、私も行くの? それよりかあの甲冑の分析したいなあ」

「そういう事。もう忘れてるのかもしれないけど、ここは一度その甲冑に襲撃されてるのよ。警察に届け出る時にざっと様子を見たから今すぐ第二波が来るとは思わないけど、急がないと。彼女に事情を聞くよりも前に、せめて騎士達が敵か味方かくらいは判断したいわね」

「あいつらはニーナを助ける為に探してるんだろ。川箕が襲われたのは……たまたまそれを目撃されて監禁されてると思ったからとかで」

「助ける為なんて本当に言ってた? 探してるだけじゃなくて?」

 そんな揚げ足取りみたいな疑問を持たなくても、と思ったが。ニーナとの会話を思い出すと確かに不自然だ。何故騎士達の話題を出さなかったのか。自分の味方でずっと探しているなら俺が騎士であるかどうかくらいは聞きそうなものだが。

「……でも匂いで騎士じゃないって分かったかもしれないだろ」

「その辺りが不明瞭だから調べてほしいの。現時点で揚げ足取りなのは分かってるから」

 反論はない。騎士達が保護者の立場ならそのまま引き渡せばいいだけだ。補聴器は……あげるとして。そこでもし問題があるとするならついでに失明をしている事だが、果たしてそれが俺達の責任ではないと証明出来る方法はあるだろうか。それで俺達が襲われたら……ちょっと勝ち目がなさそうに思える。透子に力は発揮してほしくないし。

「分かったよ。何処で聞きこめばいいかは……や、それくらいは自分で考えるよ。人は沢山居るんだ、何とかなるさ」

 川箕と一緒にガレージまで戻る。彼女はこのまま地下室に行く予定だ。

「気を付けてね、夏目」

「……ニーナにジュードって言っちゃったし、近くにいる時はそっちでよろしくな」

「あ、うん。それはね。戻ってくる頃には甲冑の分析も済んでると思うから、もし敵だったら……対策会議だねっ」

 

 見送られて外に出る。勿論日傘は忘れずに。


「……さて」

 一日経ったが町ではどのような反応になっているのだろう。甲冑姿なんてそれこそ昔の西洋じゃあるまいし早々見られる人間じゃない。俺が書店で会った時だってまあまあの人間が甲冑姿を見ているのだ。いつぞやのお化けよりは噂になってくれると助かる。

 訳もなく橋から外に出てかつてかばね町の外だった範囲まで出た。何週間か経過した程度で人間災害の爪痕は消しきれない。住人はまだ残っているし再会しているお店もあるが、かつての平和は何処にもない。


 ―――これを、本当に透子がやったんだよな。


 当時俺は気を失っていたから真実は知らない。だが夢の中の声はそう言っていた。人間災害、そう呼ぶに相応しい……理不尽なまでの暴虐。いつ見てもあの優しい彼女からは信じられない力だ。突然操られて暴走していると言った方が俺は信じられる。

「…………ん」

 特に理由はないが自宅だった場所を避けて歩いていると居酒屋を見つけた。客入りから考えて普通は営業していないのだが、何故開いているのだろう。入り口は開けっ放しで、中にも人がいる。未成年が立ち入るべき場所じゃないのは明白だが、誰一人として酒を飲んでいないのが気になった。

 中に入ってみると、店主と思わしき老人が立ち塞がるように現れる。

「お前さんも家を失くしたのか?」

「え……あ、えっと」

「ああ、何も言うな。ここは行き場を失くした奴等がたむろしている場所だ。儂はここの店長だが、無償で食事を提供している。座りたい場所に座ればいい。誰も、汚す気にはならん」

 老人が奥に引っ込むと、お言葉に甘える形で俺は大人達が集まる場所に席を降ろした。こういう時、相手の素性が分からないなら互いが互いに無関心のまま携帯でも眺めて時間を潰すのだが、年の離れた男達が壁に設置されたテレビを見ながらのんびりと話している。

「坊主、店の中でまで日傘を差さなくてもいいだろ」

「あ、すみません。友達の癖で」

「…………や、悪い。何でもない。好きに差してくれ」

 ガタイの良い男が水の入ったグラスを一気に飲み干し、気まずそうに笑う。

「人間災害、って言うんだったな。誰か知らんがそいつのせいで俺の人生は台無しになっちまったよ」

「……え」

「結婚してたんだ。幸せに暮らしてたつもりだったが、最近生活が苦しくてな。高い報酬が欲しくて、その為にかばね町に出入りしてた。元々反対気味だったんだが、人間災害って奴が家も車も全部ぶっ壊してくれたせいで愛想尽かされたんだよ。俺は、家族の為に頑張ってたのによ。こんな危ない町で貴方と一緒に居たら死んじゃうからって」

「……」

「お前さんも友達が死んだんだろ。あっちの奴は娘が死んで、俺らにここ貸してくれてる爺さんは息子家族を全員失ったんだ。みんな誰かを失ってる。人間災害って奴は悪魔だ。俺達が一体何したってんだよ」

「…………」

「人間災害って奴は顔を知った奴を殺すらしいが関係ねエ。俺ら全員、そんな奴を殺したくてまだ生きてるんだ。どんな手段使ってでも後悔させて、ぶち殺すんだ……クソ」

「……あの。最近町で変な物見ませんでしたか?」

「あん?」

「この辺、復興してますけど、まだ全然まともに暮らせないですよね。俺も……えっと、普段はプレハブ小屋に居るんで。分かります。入用になったら元々かばね町だった場所に行くと思うんですけど」

「変な物って言われてもな……まあ探し物なら関係ないと思うが、甲冑姿の奴が歩き回ってるよな」

「! 俺も見たんですよ。やっぱり沢山居るんですかっ?」

「なんだ、一日引きこもってたのか? 目撃情報が出たのは昨日くらいからだけど、もうずっと持ちきりだぞ。甲冑姿の奴らが揃って何かを探してるんだ。誰かに危害を加えたって話は聞かねえけど、まあ不思議だからな」


「成程。俺達はそこまで有名なのだな!」


 気が付いた時には、甲冑姿の男が俺の隣に腰を下ろしていた。

「うぇっ!?」

「おお、こいつだこいつ。知り合いだったのか?」

「し、知り合いじゃないですけど」

「あまり司教から目立つなと言われているのだがな、この姿では目立ってしまうか。では俺達の目的も有名なのか?」

「ひ、姫を探す……ですよね。昨日出会った騎士の人が言ってました」

「何? 教えた奴が居るのか? 誰だ?」

「同じ甲冑を着てるから分かりませんよ! 知ってて困る事を俺は言われたんですか?」

 あの甲冑騎士、立ち読みして捜索はサボるわ俺に余計な情報を教えるわで碌な事をしないまま帰りやがった。ひょっとしてうっかり口を滑らせた事を隠したいからそれとなく理由をつけて立ち去ったのではないか? そんな邪推をしてしまう程度には、凄く余計な事をしてくれた。

 こちらの騎士は畳の上に剣を刺すと、語気を強めて言った。

「我らの職務は秘密であるからな。そのような人間がいるとは信じられないが、それを知っているという事はやはり聞いたという事なのだろう。では姫が何処に居るか見つけたのか?」

「そもそも、探してないですけど……」

 だって家にいるし。

「その姫って奴も人間災害に殺されたんじゃねえのか?」

 対面に座っていた白髪の男が湯呑を傾けながら話に割り込む。

「ん? 人間災害とは何だ?」

「知らねえのか? じゃあアンタらこの辺の人達じゃ……いや、甲冑からしてないか。人間災害ってのはこの近所に隠れてる悪魔だよ。誰も取り締まれない最悪の犯罪者さ。そいつは誰彼構わず人を殺す残虐野郎さ。殺されてるかもな! はは!」

「あ、すみません。人間災害にみんな色々壊されて……やさぐれてるだけなんです。き、気にしないでくださいね!」

「―――人間災害、か。調べておこう。いやはや、特に理由もなく立ち寄ったが有益な情報が聞けて感謝する」

 騎士は席を立って店の外に出た。ニーナの事を教えた方がいいかどうかは判断出来ないが、何やら空気はおかしかった。

 妙な緊張感から解放され、俺も心を落ち着かせる為にトイレを借りる。


「おーいアンタ! 剣を忘れてるぞ! 銃刀法違反だけどせめて持って行けー!」


 そんな声を聞きながらトイレの中に入ると―――ペストマスクを被った少年が俺の手を掴んだ。

「えっ」

「早く入れ!」

「ちょ、え、まっ。なに―――」

 状況を理解する暇もない。嫌がる俺を引きはがし個室に閉じ込められた次の瞬間―――



 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!



 耳をつんざく轟音が、壁一枚を隔てて俺を吹き飛ばした。


 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ