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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 4 親愛なる災禍へ

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災害だって恋がしたい

 化粧品の事は良く分からないので、俺はそれとなく近くにあった椅子に座って様子を見るだけだ。専門外の事に口を出すべきじゃないのは何処の世界も変わらない。もし俺が口を出そうとしたらその情報源はネットありきだし、ネットで書いてある事が本当とは限らないのだから。

 やはり任せられるのはカウンターに常駐する店員だけだ。常駐が許されるのもやはりここが平和だからだろう。店員はその人以外にもう一人いるくらいで、治安が悪ければ万引きし放題だ。

「あらあらあらあら。初めて来たの? お洒落に興味が出て、分からない? 大丈夫、貴方くらい可愛かったらちょーっと頑張るだけで男なんてイチコロなんだから!」

「え、あ、あ、あの。まだ何も―――」

「それでそれで? どうしてウチを選んでくれたの? まずはそれを聞かせてほしいわー!」

「あ、あのぉ……」

 あれよあれよと連れていかれる透子を微笑ましく見ながら俺は椅子の上で大きく伸びをした。息つく暇もないような戦乱の日常で生きている訳じゃない。何処の組織にも属さず、個人で川箕達と楽しく暮らしているつもりだ。それなりに平和で、圧倒的に自由で、だからこそ危険な事ばかり。

 惨殺死体を間近で見るのは今でも最悪な気分になるが、その辺を転がっている分には驚くだけで意識を外せるようになってきた。それはきっと味わってはいけない感覚の麻痺だ。この国で本来、起きてはならない慣れ。かばね町の外の人間の殆どは、今も他殺死体を見た事がない人間ばかりだろう。


 ―――こんな平和は、貴重だよな。


 ここでは何も起きない。変な人は居たが、その人も立ち読みしていただけだ。目くじらを立てる程の事かと言われたら―――今はもう難しい。いつ死ぬか分からない世界で生きていると、些細な悪事なんて意識しなくても見逃したくなる。

 肌感覚で分かるのは、自分が間違っても善人とは言えなくなっていく確信だけ。優しいのが俺の取り柄なんてよく言われてきたけど、本当に優しい奴ならここでも正義を見失わないで居られる筈だ。俺には、難しかった。

「………ん」

 足元にスーパーボールが転がってきた。拾い上げると、間もなく持ち主と思われる子供がやってきた。

「……なくさない様に気をつけなよ」

「うん! ありがとう!」

 子供の帰った先には母親が居たが、商品に夢中で子供の事をほったらかしにしていた様だ。こんな迂闊な真似が出来るのもここくらいだろう。或いはここが安全だと周知されているからこそ、迂闊になってしまうのか。

 透子の様子を再度見ると、店員の説明が終わって自分で選びたくなったのだろうか、陳列棚をじっと眺めている。様子見がてら俺もお店の中に踏み込むと、カウンターの方から視線を感じたような。

「透子、大丈夫だったか?」

「え」

「色々説明受けてて混乱してそうだったからさ。ちょっと心配だった」

「……お化粧って難しいのね。ジュードはどんなタイプが好きなの?」

「俺は……流石に化粧については何も分からないよ。多分華弥子はデートしてる時化粧してたと思うんだけど、何処をしてたかって言われると分からないしな。それにお洒落もそうだけどこういうのは自分の好きにやった方がいいんじゃないか? 間違った使い方をしてるなら話は別だけど、使い方なら店員さんに聞いたんだろうし」

「…………私の、自由に」

「悪いな、化粧とは無縁なもんで大した事は言えないんだ。そういう信条はどうでもいいからアドバイスをくれって言うなら川箕にでも相談してくれ。幾ら普段してなくても流石にアイツのが詳しいだろ」

「……ふふ。いいえ、参考にさせてもらうわ。君を信じて、自由にしてみる。駄目だったら……泣く」

「泣く!?」

 妥協でもないし解決もしていないけど、透子には泣いてほしくないので成功する事を祈ろう。幾らかの商品をカゴに入れて俺に渡してきたので、快く受け取り、レジに通した。

「そういや、車を持ってくるべきだったな。そうしたら荷物も気にしないで良かったのに」

「そこまで大きな商品を買うようなら配送してもらえばいいわよ。クリスマスの準備をするのは気が早いけどケーキとか見てみる? 予約をすれば安いでしょ」

「もうコーナーって用意されてるのかな。いや、されてるか。この町のクリスマスって想像もつかないんだけど、その。全員で殺し合いした返り血をサンタ衣装に見立ててメリークリスマスとか言って祝砲乱射みたいな事しないよな?」

「何を言ってるの?」

 うん、そういう反応で良かった。どうしても治安の悪い場所だと分かっていると最悪の想定ばかりをしてしまう。そして悲しい事に俺はここに来て日が浅い言うなればニワカなので、治安の悪さの想像をすると解像度の低い悪さが出来上がる。

「君の想像は中々エキセントリックだけど残念ながらそういう事にはならないわ。ただ、私は普通のクリスマスを全く知らないから良ければ普通のクリスマスを教えてもらえると助かるんだけど」

「んん? 俺もあまり楽しめた側じゃないけど……クリスマスツリーを飾ってサンタさんに欲しい物をねだったり、七面鳥とかケーキを家族で囲んで食べたり、あるいはもっと細やかに恋人との時間をゆっくり過ごしたり……そういうのだな。特にクリスマスはテレビなんか特番やってたりして、面白いんだよ」

「そう…………それじゃあかばね式のクリスマスには乗っからない方がいいわね。私もそっちの方が素敵だと思うわ。川箕さんと三人でゆっくり過ごしましょうか」

「かばね式をまず教えてほしいんだけど」

 国柄の文化とかでもない形式がある時点でもう、不安だけど。

「簡単に言えば一般人をコマにしたパーティーよ。普段表立って活動してない組織も、クリスマスの日は姿を現して仕事を募集したり直接声を掛けるの。クリスマスプレゼントを渡す約束で大なり小なり何かをさせる日……この状況を率先して作ったのがマーケットだから、幸いそのブランドを毀損するような真似をする組織は居ないんだけど、プレゼントをちゃんと渡すなら何をさせてもいいという認識の人が一定数居てね。娯楽になってるのよ」

「…………?」

「フェイを覚えてるかしら。町中に監視カメラをばらまいてる変態の」

「変態扱いは多分心外だと思うけど」

「アイツにも協力してもらって町中を映すカメラとそのモニターを一か所に集めて、そこに各国からのお客人を呼び寄せて見世物にするのよ。お客人というのは、組織の誰かしらに弱味を握られてるかずぶずぶのお偉いさんとか、組織の上の人とか、趣味の悪い富豪とかね。そこで行われる催しは例えば……お金を積めば仕事に乗った人に好きな指示を出せるとか、仕事の結果がどうなるかの予想とか、そういうのとは無関係に、人の尊厳が破壊されるのを楽しむとか。私の知る限り大抵はカジノも近くにあって、お客人にじゃぶじゃぶお金を使ってもらいたい名目があるわね」

「へえ…………滅茶苦茶楽しくないな。市井には関係ないし」

「町の人の事だったら……長く生きてる人ならきっと穏やかに過ごせるでしょうね。そうじゃないなら、夜のお仕事をしてる人達が活発かしら。ほら、性の六時間……だっけ。あれが、あるから」

「あったな、そんなの…………俺には無縁だったけど」

「前の君ならそうだったのかもしれないけど、ジュードなら違うんじゃない?」

「俺には二人が居るし……風俗なんか行かないよ」

「それは……私達二人をやっぱり襲うって事?」

「襲わないよ! その為に……一緒に寝てもらってるんだし。そういう意味じゃなくて……ああもう、何でもない! この話やめた! 見に行くぞ!」

 どう言葉を捻ってもそういう意味だと自分で気づいたので乱暴に透子の手を引っ張ってコーナーへと向かう。どういう言い方をしても誤解を招くなら沈黙していた方がいい。最小限の誤解に抑えたとしても、まるで俺が性に潔癖な人みたいになるからだ。

 

 お金さえ払ってくれれば誰とでも体を許す人より、二人の方が俺には魅力的に見える。


 これはこれで気色悪いし、かといって欲望全開にしても。


 街中で見かける夜の人より、二人の身体の方が好き。 


 やっぱり気持ち悪い。ああ駄目だ駄目だ。ここが平和なせいでまた良くない事を考えてしまう。クリスマスの話題は程々にしておくべきだった。二人のスリーサイズなんて気にしだしたら止まらない。クソ、変態は俺だ。フェイさんじゃない!

「ジュード」

「な、何だっ?」

 透子は俺の身体の下の方を見て―――口元を隠しながら微笑んだ。

「足元には気を付けてね。さっきみたいにスーパーボールが転がってきたら転んじゃうわよ」

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