厄落ちて休みたり
「お待たせ」
何となくデートっぽさを出したくてお店の中で暫く滞在した後は外で待っていた。川箕は既に帰宅済みだが、「後で感想聞かせてよ」なんて軽く俺を揶揄うくらいには快く背中を押してくれた。
今回に始まった事じゃないが川箕は幾ら何でも優しすぎるというか、周りに居た人が人なのでちょっと善意が信じられないくらいだ。これで求める見返りがマッサージ? …………あれは別に労働でも何でもなくて、ご褒美に近いけど。
「誰か代わりシフト入ってくれたのか? 外からずっと様子見てたけど分からなかったよ」
「裏口があるのよ。湿っぽくて嫌いだから私は堂々と表から行くだけ」
そして透子とのデートもご褒美なので、ずっとご褒美しか貰っていない気がする。良いのかこれは。本当に、許されていい事なのか?
朝はよく見ていなかったしお店の中では店の制服だから分からなかったが、デートを予期していたように透子は普段の服装からはかけ離れた格好をしていた。チェックのロングスカートに、ゆったりとしたカーディガン。学校が失われて制服を着る必要性がなくなったからかもしれないが……大人っぽく見える。
「か、可愛いな……」
「そう? これ、あの時買った洋服だけどね。褒めてくれるなら頑張った甲斐があるわ。さあ、行きましょうか。買い物ならやっぱり、デパートとか?」
「デパート? あるのか?」
「今まではなかったけど、かばね町が広がったお陰である事になったのよ。時間はたっぷりあるんだし、たまには遠出でもしましょう」
俺が日傘を差すと、透子は当然のように腕を組んでご機嫌そうに歩き始めた。以前差していたのは彼女の方だ。しかし何度も差していると人間嫌でも慣れてくる。俺もずっと前からこんな風に日傘を使っていたような気がしてきた所だ。
「元々この町の事情には詳しくないけど、広がったって事はやっぱりもう誰かの領地だったり?」
「マーケットが制してたと思うけど。龍仁一家がみかじめ料を求めるのに対してマーケットは単に人件費だけを求めたのが決め手になったって話よ。この町で散々酷い目に遭った君に今更こんな事をいうのは変だけど、デパートの中はある種の安全地帯という噂があるわ」
「あ、安全地帯? ちょっと想像つかないな。そりゃ三大組織の一角が後ろについてたらやんちゃしようって奴は居ないのかもだけど、でも安全ってのは……」
透子のお店やティルナさんの店なら事情は分かるのだ。安全や機密保持の観点でビジネスをしたとして、それも飽くまで個人規模の話。組織の誰かが一枚噛むには小さすぎ、かといって目障りな程大きな展望は見えてこない。だから誰も乗っ取りに来ないと俺は考える。それに乗っ取るなんて口で言うのは簡単だが、小規模でもお店を管理するのは手間だろう。自分達が利用出来れば勝手に管理して置いてくれた方が手間も省ける……少なくとも俺が組織の人間だったらそういう思考をする。
「言いたい事は分かるわ。デパートは流石に大きすぎるから取り合いにならないのはおかしいって話でしょう」
「ああ」
「デパートは言うなれば物資の宝庫だけど、それが成立するのは販路がまだ生きているからよ。誰の物になるにしても悪に染まり切った場所にはそれこそ違法な物しか運ばれてこない……マーケットが人件費しか求めなかったのも、つまりは警備員として自分達の人間を置くだけで後は干渉しないという意味だから」
「……俺は闇市を実際に見た訳じゃないけど、違法な物しか運ばれてこない事に何か問題があるのか? そういうの上等だからここに居るんだと思ったんだけど」
「市場は本来自由であるべき、がマーケットの信条よ。まだ生きている販路をわざわざ自分達で潰す事はない……それに、かばね町はどこもかしこも危険だけど、危険だからこそ一部が安全と分かればそこにお客さんが集中するわ。私のお店もそうだし、ティルナのカラオケもそう。『安全』に需要がある訳。だからデパートのオーナーからしてもここにお店を残す事は売り上げに繋がる筈よ」
そこまで行くとこの町の殆どの施設は三大組織の掌の上か。安全かどうかすら決まってしまうなら生殺与奪の権利は未だ握られたままだ。最近人が少なくなったような気はしていたが、ひょっとすると死んだ以外にデパートに入り浸っていたりするのだろうか。
「…………」
「どうかしたの?」
「―――今日さ、修理してたんだけど、川箕と修理してる物がもしかしたらクリスマスプレゼント用かもしれないって話をしたんだ。ほら、もうすぐっちゃもうすぐだから」
「うん」
「そういえば、お前の欲しい物とか関心のある物を……知らないなって」
透子の事はよく知っているつもりだ。その性格については―――だが。洋服なんて言ってしまえば必需品だし、そこに多少個人の好みが加わるだけで欲しい物と呼ぶかどうかは微妙だ。欲しい物と暑かったとしても、俺が透子の好みに合わせたチョイスが出来ないという最大の問題が残ってしまう。
だからもっと、知りたい。
透子の事を。
きっとそれは、彼女が俺に正体を隠している間しか調べられない事だ。災害を打ち明けられる前に、人間としての透子を知りたい。
「……私が欲しい物ね。考えた事もなかったわ。クリスマスは知っているけど、行事に縁がなかったから」
「―――それは、欲しい物を貰えた事がないとか?」
「ううん、そもそも私に何かをくれる人なんて居ないという意味。だからクリスマスと言われても私の中ではそこら辺の一日と変わらないし、頭の中だけで特別感は終わってるわね」
「じゃあ俺が初めてって事か! 嬉しいけど、やっぱりお前の欲しい物が分からないから緊張するな。変な物渡したくないし」
「……何を貰っても喜べると思うけど、それじゃ駄目そうね。だったら暫く色んなコーナー見て回らないと。今日は、私の為のデートだものね」
「そうだよ。仲直りのデートだし……時間は幾らでもかけてくれていいからな!」
何せ俺には川箕から貰った給料がある。宝石でも選ばれない限りはこれで予算は足りる筈だ。一人家に帰って贈り物を待つ同級生の事を不安に思わない訳ではないが。
今は、楽しもう。
橋を通って過去かばね町の外であった筈のエリア―――デパートに併設された駐車場までやってくると、無数の死体が野晒しになって転がされていた。
「これの何処が平和なんだ!?」
「平和よ。デパートの方には傷一つないでしょ」
「駐車場に全部のあおりが来てるよな! 駐車場っていうか遺体遺棄所だぞもう。誰が車をここに入れるんだよ」
車はあるが、動かした形跡はない。中には家族連れの人間も居たりするが、様子を見るに彼らは車上で生活中であり、死体が広がるずっと前からここに居たと思われる。
早々に不安を募らせてしまったが、透子の言う通り中は至って平和で、綺麗で……在った筈の日常を思い出させてくれた。人間災害の影響か一部エリアは封鎖されていたり、床にそもそも地割れが広がっているくらいはあるが、子供の笑い声も聞こえれば恋人と思わしき男女が指輪を吟味しながらイチャつきあう光景も見られた。
この流れで本当に平和な事なんてあったんだ。
「……あの二人はこの町の中で結婚するのかしら」
「どう考えてもそんな訳なさそうだけどな……生きていく上で色々と不都合だろうし。ていうか危ないし。二人の愛があれば何だって乗り越えられるってメンタルだったとしても、ある日突然死なれたら困るだろ」
「ジュードはいつ指輪を探すの?」
「え?」
日傘の中から透子を見遣る。言葉の意図が、掴めない。
「ど、どういう意味だ?」
「………………」
「え、え?」
「こっちに行ってみましょうか」
答えてくれなかった。
続いてやってきたのは本屋だ。狙って来訪したつもりはない、単に近くにあっただけ。言われてみるとネットカフェを利用していた時も漫画を読んでいたし欲しい物がその手の本という線もあるのか。
「少し趣旨からずれるけど、実は君と一緒にやってみたい事があったわ」
そう言って、透子は一冊の本を取り出した。
「互いに本を買って、交換した物を読むっていうのをね。そこからどんな意味を読みとるのかは本人達次第……面白そうじゃない?」
「確かにちょっとだけ面白そうだけど。せめて好きなジャンルは教えてくれないか? 俺は、小難しい話じゃなかったら大抵楽しめる方だよ。小難しいっていうのは……なんか、純文学的な?」
「私は……恋愛の話が好きよ。恋の形がどうあっても構わない。両片思いが通じ合うとか、片方が機械故に悲恋の決まっている恋だとか、結ばれた頃にはすっかり気持ちが冷めていたとか。色々な好きの形を見たいの。人が人を愛するとはどういう事か、なんて。難しかったかしら?」
「急にイジらなくていいからっ。でも好きの形かあ…………」
「色んな『愛』を知る事が出来たら、私も色々な方法で自分の好きを伝えられるようになると信じてるのよ」
好きの形。
透子を好きな気持ちと川箕を好きな気持ちに違いはない。二人共好きだ。どちらか一方を異性として認識していないなんて起こり得ない。幻滅されたくないから誤魔化しているだけで、本当はもっと軽々しく好意を自覚したいのだ。
―――いや、違うな。
俺が好きの形とやらを捉えられないのはきっと家庭環境のせいだろう。俺の弱い面も全て受け入れてくれた人は透子が初めてだ。殆どの人間が俺の弱さみたいな物を否定して強くさせようとしてきた。そのせいで自分の気持ちに名前をつけられない。制御も大して出来ない
「うん、面白そうだ。じゃあ五分後にカウンターに集合でどうだ? 平和なんだからこれくらいの単独行動も大丈夫……大丈夫だよな?」
「監視カメラもあるから大丈夫よ。気づいていないみたいだから言うけど、このコーナーに居る六人くらいはマーケットの私兵だからね?」
「…………それは、言わないで欲しかったな」
訳あって本を悩んでいるお客だと思っていたのに。
透子と一時的に別れ、恋愛を題材にした漫画を探しに目的の棚へ向かう。そこに立っていたのは恋愛とも日常ともかばね町からもかけ離れた異質な存在。
甲冑を着た騎士が、漫画を立ち読みしていた。




