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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 4 親愛なる災禍へ

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始まりはプレゼント

「夏目、修理は進んでる?」

「う、いや……パーツ交換だけでいいつってもやっぱ難しいな。裁縫とは全然違うし」

 

 月はそろそろ十二月にさしかかる。本当に小さかった頃はこの時期からクリスマスが楽しみで楽しみで仕方なかったが、この状況ではそんな呑気な考えはもっておけない。そもそもかばね町で安全にクリスマスを過ごせるとは思っていないし、俺の知る常識はとっくに死んだのだ。

 しかし龍仁一家の会合所から焼き払われてからおおよそ二週間、平和的に過ごせているのも事実。本格的に外も冷え込んできて用事がなければ外出も控えたい気分だったが、ほんの少し前まではそうもいかなかった。


 会合所から傷一つなく無事返された俺を待ち受けていたのは川箕と透子の泣き混じりの非難だった。


 誰にも言わず忽然と姿を消した事で川箕はネット上に捜索願を出そうとする程思いつめ、透子に至っては逆におろおろしすぎて何も手につかない始末。

『…………一言くらい、言ってほしかったわ』

 悪いのは俺だ。言い訳は出来ない。誰にも告げずに来いなんて一言も言われていないから、言おうと思えば一言なんていつでも言えた。単に二人の邪魔をしたくなくて勝手に気を遣った結果なのだ。

 その後は丸一日碌に口を聞いてくれない災難にも見舞われたが、謝り倒してどうにか許してもらえた。『もう勝手に何処かへ行くのは止めて』と言われたら、従うしかなかった。


 ―――違うんだよ、透子。


 いつまでも透子を頼っていたら、俺に秘密を話してくれないじゃないか。彼女の正体が人間災害であるという真実、俺は知らないフリをしている。出来ればきちんと本人の口から聞きたくて。

 俺は、対等でいたい。いつまでもおんぶにだっこじゃこの町で生きているなんて胸を張って言えないだろう。だけど暫くは、悲しませないように注意しよう。

「夏目? おーい、夏目?」

「あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた。ラジコンの修理なんてやった事ないけど、パーツの交換だけで済むなら自分でやってくんないかなあとか思ってて」

「仕事が減っちゃうでしょっ。クリスマスも近いし、多分もっと忙しくなると思うの、夏目には裁縫だけじゃなくてこういう簡単な修理もやってほしいかな!」

「クリスマスとこれに何の関係が?」

「前も言ったと思うけど、ここは別に戦時中の国とかじゃなくて日本だし。真っ当な商売もあれば生活だってあるよ。子供にプレゼントを贈りたいと思った親がそのプレゼントを安く済ませようと思ったら、壊れた物を買い取ってうちに修理に出した方が良いって理屈」

「……真っ当な生活を送ってる奴を見た事ないけど」

「これまで関わってるのが一家とマーケットならそりゃね!? 近所付き合いなんてリスキーだから殆どないし、知らないのは仕方ないよ。大抵はアジトはあってもこういうきちんとした居住地を持ってない人が大半だし」

 今は俺と川箕の二人だけだ。透子は昼からバイトに向かってしまった。夜には帰ってくるそうだが、それまでする事もないので代わりに仕事をしている。部活動として掲げた活動は刺激的すぎて生きた心地がしなかった。こういう地道な作業が今は心に沁みる。

「……俺はクリスマスに目覚まし時計なんか送る奴はとても信用出来ないな」

「あはは……何でもいいから適当にって思った可能性もあるよね。デザインも普通だし」

 ラジコンだの目覚まし時計だの懐中電灯だの、送られてくる品物には一貫性がない。事情も教えられないから俺達は修理するだけだ。ラジコンはともかく、他の品物はもしプレゼント扱いするなら個人的にはセンスを疑う。

「あ、夏目。ごめん、忘れそうだから今のうちに渡しとくね?」

「なんか忘れてたか? って―――」

 そう言って川箕が俺に渡してきたのは、厚みのある茶封筒だった。まさかと思い中身を確認すると、見た事もないような数の札束がたんまりと入っている。

「…………………ば、バイト代?」

「初めての給料でしょっ。夏目にはいつも助けられてるし、ちょっとサービスしちゃおうかななんて! 私の口から伝えてもいいけど、その様子だと自分で数えたい感じ?」

「お、おう。か、かぞ、えるわ」

 こんなに大量のお金を触った事がないから慣れない指捌きは勘弁してほしい。一々隙間に指をねじ込んで一枚を数える方法が非効率な事なんて分かっているけど、ドラマでよく見るようなパラパラと適当に捲るだけで数えるやり方が分からないのだ。あれはどうやったら数えられる。

「ご、五〇万円か……ま、マジか。俺のお小遣いが月に五〇〇〇円だったから……一〇〇か月分か」

「いつもありがとうね夏目っ。夏目が来てくれてから毎日楽しいし、嬉しいよ! 危ない事も沢山あるけど、友達になれて良かった!」

「か、かわ、川箕いいいいいいいいいい~!」

「うきゃあああああ!」

 女子に抱き着くなんていけない事だと分かっていたが、それでも体は感極まって動いてしまった。仕事の相場については分からないが、ただずっと、ずっと俺はその言葉を聞きたかった。楽しいとか嬉しいとか、そういう感謝を…………ずっと。

「う、うう、ううぅぅ……」

「ちょ、やだ。泣いてんの? そこまで感激されるとこっちも反応に困っちゃうよ。これからもちゃんと働いてもらうつもりで払ったんだし、毎月あげられるとは思わないでよ? 賃金の法律なんてこの町じゃ無意味だし、ほんと、仕事がどれだけ来るかなんだから」

「…………頑張る。頑張るよ俺。ありがとう」

 季節におよそ似合わぬ暑苦しさを感じたのだろう。川箕はタンクトップの上から着ていたカーディガンを脱ぐと、慣れない手つきで俺を抱きしめた。

「夏目は、ここに居ていいんだからね。透子ちゃんの手前言うのは避けたけど、勝手に何処かへ行くのは……悲しいよ。せめて一言だけでも出かけるって言ってほしかったんだから」

「…………その件は、本当にごめん。どれだけ謝罪してもしきれない。変に気を遣って、余計な心配をかけさせたんだ。透子が取り乱す様子を見たかったとかそんなんじゃないんだ本当」

「誰もそんなひねくれた捉え方してないってっ。ちょっと卑屈過ぎない?」

「…………そういう揚げ足取りの塊みたいな奴と友達だったせいだな。それもごめん」

 それとなく非を責められて冷静になってきたので川箕を一緒に立ち上がらせながら改めて一呼吸。すると幾ら衝動的だったとはいえタンクトップ姿の同級生に抱き着くのはやりすぎだったと思う様になった。

 恐らく川箕も改めてその事に気づいたのだろう。いつぞやのマッサージの時みたいに気まずい空気が形成されていく。お互い顔を赤くしてしまって、今は夏か?

「そ、そうだ! せっかく給料入ったし透子のお店に行かないか? 温かい飲み物も出してくれるし、客入りが少なかったらゲームも出来るぞ!」

「あぁ~い、いいよね! う、うん。いいと思う……あれ? でもそういうのって大丈夫なのかな? なんかバイト先に冷やかしに行くみたいで気が引けるんだけど」

「冷やかしも何も注文するんだから何も問題ないだろ。それにあそこは安全らしいからさ。平和に暇をつぶすにはもってこいだ」





















「いらっしゃい二人共、待ってたわよ。特にジュード君」

「え、俺?」

 今日は店員が二人いるようで、とても忙しくないと言える客入りではなかった。しかし透子の目の前の席だけは誰一人座ろうとする気配がないので俺達がいただいていく。

 この席に仕掛けがあるでもなし、どうして皆避けるのだ。

「出来る事なら仕事を切り上げてすぐにでも会いに行きたかったくらい。おかしいわね、私はこんなに寂しがり屋じゃなかった筈なのに。誰かさんが黙って危ない場所に行ってきたからだと思うんだけど」

「……ごめんって!」

 口をきいてくれない部分は解決したが、それとこれとは話が別らしかった。まだあの件をそれとなく引きずられている。俺は……どうすればいいんだ?

「プライベートの時間は勿論大切だと思うけど、タイミングは本当に卑怯よ。私、あの時だけはぐっすり眠れていたのよ。何も気にする必要がなくて、誰も襲わなくて、傍で…………心臓の音が聞こえるようで。それなのに目を覚ましてみたら君が居なくて」

「ごめんって! ど、どうしたら許してくれるんだ? 謝る事しか出来ないんだけど。余計な気を遣ったのが悪かったって思ってるから!」

「透子ちゃんにプレゼントでも買ったら?」

 横でコーヒーを飲んでいた川箕がポツリと呟いた。

「え?」

「え?」

「…………あーそ、そうだ! 透子、聞いてくれ。実は給料が入ったから自由に使えるお金が生まれたんだ。その、プレゼント。えーと、そう買い物デートしよう! 好きな物、買うから!」

 豆を挽いていた手が止まる。

「……川箕さんは行かないの?」

「私は……大丈夫。あ、遠慮してるんじゃないよっ。ただ一人くらい残ってた方がトラブルが……ほら、マーケットの人がなんか送ってくるって言ってたでしょ? 玩具を、さ」

 玩具とは、この場合弄ばれた人間の事を差す。

「送ってこないならその方がいいんだけど、送られてきたら誰か一人は先に対処しないとっ。そういう事で私の事は気にしないでっ。その代わり、また夜にマッサージしてもらうから!」

 送られてこないならその方が良いは本当だ。誰が好きこのんで人間なんて受け取るんだ。実を言えばすっかり忘れていた、今思い出した。そんな話もあったなあと何処か他人事だった。



 だって、透子とまたデート出来るのだ。


 

 機嫌を直してもらう為の物だけど、デートはデートだし。川箕の言葉を聞いて、心なしか彼女は目を輝かせて俺を見つめた。

「…………デート、する?」

「す、する」

「うふふ…………じゃあ、決まりね。仕事、頑張らなきゃ」

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