陽炎を観る事に
「うわあ、本当に調達できたの!? ありがとっ! じゃあ貰ってくね!」
「こんなんで本当に大丈夫なのか? ていうか本当にって、もしかして持ってくる事を期待してなかったのか?」
「ちょっぴりね! 結局、詳しい人じゃないと分からないっていうか、夏目が自力で探すのは絶対不可能だし。詳しい人も詳しいだけじゃダメでちゃんとそれなりにツテがある人じゃないと持ってこられないからさっ。でも……なんで箱?」
俺に聞かれても困る。
注文通りのパーツとやらは何故か段ボールで渡された。素人目にも明らかにリストに書かれた以上の量が入っていたものの、そういう判断をするのは川箕だろうと思い直して持ってきたのだ。道中は非常に重かったが、見た目がボロい段ボールだからか盗みには遭わなかった。
川箕は段ボールを開き中身を確認する。上からそれとなく覗いたが、部品の山を見ても何が何だかさっぱりだ。ネジとか基盤とかアンテナっぽい何かとか、それが見えたからって全体像は浮かんでこない。
「あーこれ、もしかして大型を想定してくれたのかな。でも持ち運び出来るようにはしたいからここまでは……うーん。まあ別のに流用出来ない訳じゃないしいっか」
「俺には何が何だかさっぱりだけど、まあ問題がないなら良かったよ。因みに作りたい物ってどれくらいかかるんだ?」
「結構かかるかもっ。あんまり深く考えて算出した日数じゃないけど、一週間とかじゃ出来ないかな! うひひ~でもこれで手持無沙汰になる事はなくなったよっ! あんまり急かされても困るし気長に待ってて! 夏目には絶対驚いてもらうんだから!」
ここまでハイテンションな彼女を見るのは初めてかもしれない。俺には無用の長物もとい、作りたい物もなければ製作スキルもないからゴミ同然だが喜んでくれたなら良かった。サイトウさんに料金をケツモチしてもらった事については……俺だけで向き合う問題だろう。
心配は、かけたくないし。
「それで、ビデオの方は?」
「あ、うん。やっぱりネットにも挙がってないかもしれない。掲示板で聞いたりもしたけど誰も見た事ないんだってさ。そういうビデオを見るのが趣味な人達でも知らないんだから、多分あってもまだ販売されてない気がする」
本来それだけでも収穫としては十分だが、彼女の表情は浮かない。
「……まだ何かあるのか?」
「うん……ちょっと、これ見てくれる?」
川箕はパソコンの画面をこちらに向けてきた。しかしそこには何もなかった。いや、何もないというのは語弊があるが……犬の死体の写真が並んでいるだけで、今回の一件とは無関係に見える。
「以前に見つけた筈の場所でビデオが全部消されたんだよっ。ビデオを上げてたアカウントにコンタクトも取ってみたんだけど、サイトにアカウント情報を入力してくれたら見せるとしか言ってくれなくてさ」
「アカウント? ログインすればいいだけじゃないのか?」
「怪しすぎる場所にわざわざ行く趣味はないよっ! ダークウェブって一口に悪の巣窟みたいに言われるけど、それ自体は携帯で触れるような普通の場所と変わんないんだから注意する事だって同じ。夏目も行かないでしょ」
「まあ……そうなるか」
「あんまり納得いってなさそうだけど、興味本位でアクセスしちゃ駄目だからねっ? もし何か買いたいんだったら私が代わりに動かすから!」
納得は……確かにあまりしていないが、それは俺と川箕でダークウェブとやらの理解度が違うからだ。その辺りは流石に弁えている。彼女はわざわざ口に出したりしないだけで用事があれば何度もアクセスしていたのだろうし、俺はどんな事情があろうと一度だってアクセスした事がない。
自分に用心深いつもりがあっても未知の世界では何が命取りになるかも分からない以上、経験者の発言を信じるべきだ。その辺りは流石に弁える。透子や川箕の行動になるべく異を唱えないのも同じ、ネットもリアルも変わらない。
「因みに。因みになんだけど、俺の認識ではダークウェブって違法行為が横行してるんだ。馬鹿正直にログインなんてしないでクラッキングしたらどうだ?」
「夏目……意外と悪い事に抵抗ないね」
「抵抗はある! やれなんて言ってない、案の一つとして、可能なのかどうかを聞きたくてさ。違法には違法をだ」
「そりゃ乗っ取れたらそれが一番いいよ。そういうサービスも売ってるし。でも最後の手段にしたいかな……お手軽に頼ると、いつか悪い事してるって自覚がなくなりそうだから」
それはこの死人の町に生きる彼女の、最後の抵抗なのかもしれない。悪い事ばかりが蔓延り、善すらゴミ箱に投げ捨てられるようなこの町では誰しもいつかは麻痺してしまう。
「……綺麗に生きたかったな。もう、叶わないけどね!」
透子が戻って来るまでにそう時間はかからなかったが、その手には何の土産も用意されておらず、何か言うより先に結果は分かり切っていた。
「結論から言うと、在庫なんて物は存在しなかったわ」
「駄目だったか……」
「だけど聞いて。発想を変えたの。正体不明の依頼者からの依頼が続いているのに構成の変わった作品が一個しかないって川箕さんが言ったでしょ? 逆に、最新作は何処から持ってきたんだって思ったから、そう聞いたの。そうしたら、龍仁一家から大量に段ボールで届いたんですって」
「ん? でも龍仁一家って」
「ええ。私達の考察では本物の龍仁一家は関与していないのではないかという話になっていたわね。少なくとも花弁スタジオの一件で動いているとは思えない。だから偽物でしょうという話、飽くまで私達の推測だったんだけど、普段送られてくる段ボールとは大きさも色合いも違ったみたいでビデオ屋も怪しんでくれてたわ」
透子は地図を取り出すと、自分たちの現在地から直線で塗り潰すように一つの建物にマークを付けた。
「だからどこの運送屋を使ってるのか教えてくれた。それがこのプルートって呼ばれてる個人の運送屋ね。大手の店より量を運べない代わりに格安で且つ素早く運んでくれるから個人店ではかなりお世話になってるみたい」
「あ、私も使った事あるよっ。忍者の恰好した人が音もなくやってきて指定した場所に置いてってくれるんだよね」
忍者…………?
この町が大真面目に犯罪の温床な事実は変わらないが、たまに開き直ったみたいに悪ふざけする人間も居るのは何故だ。透子も「そうそう」と共感の頷きを見せてから話を続ける。
「プルートは自分の仕事を誇示する為に必ず漆塗りの段ボールで送ってくるし、送り主もきちんと明示する。両者で起きたトラブルには関知しないスタンスだから事情を知ってる筈はないんだけど、一応電話で確認したら、龍仁一家からは最近仕事が来てないと言われたわ」
「それ、嘘の可能性はないのか? 透子は一応部外者だから機密保護の為とかで」
「ビデオ屋の人に確認してもらったからその点は大丈夫よ。それで、プルートに彼以外の個人の運送屋は居るかどうか聞いてもらったわ。龍仁一家が君に仕事を頼まなくなった理由が分からないからとか何とか、上手く言ってもらって」
透子の正体を知った今だから思うが、川箕よりも遥かにこの町の事情に精通し、裏社会で確固たる立場を手にしている様だ。それだけ人間災害の影響は計り知れず、誰にも抗える大きさではないという事なのだが……俺に正体を隠すくらい自分の力を恐れているのに、その使い方があまりに上手い。
―――俺も、学んでいかないとな。
「それで? 居ない訳はないと思うんだけど、居たの?」
「居た、というか。説明が難しいわね。今、この町にはかつて外だった場所から多くの人が避難してきているわ。明日の食い扶持にも困る状態で、とにかく生きるのに必死なタイプ。搾取されないためにもやっぱり稼ぎが必要で、リスクのある仕事に手を出す人も少なくない。龍仁一家のシマにある集会所は覚えてる? 仕事の斡旋所として機能してる―――」
俺と川箕は揃って顔を見つめ合った。当初の目的は違えど一度は行った。マーケットの人に誘拐されかけたからそればかり印象に残っていたが、確かにあそこは龍仁一家のシマだ。
「そこで荷物を指定の場所に届けるバイトが募集されてるみたい。質の悪い個人の運送屋が大量に生まれてるの。どういう事か分かる? 龍仁一家はどうも無関係というより、何か目的があって今回の一件を見逃してる可能性が出てきたわ。こうなったら話が早い。本家に掛け合ってみましょうか」
「カチコミって事!?」
「そんな野蛮な事はしないけど、でも話を聞く価値はあるでしょう? 確かに私達みたいな一般人に何かを教える義理はないけど」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。透子も川箕もそんな危ない橋を渡る必要はないだろ。二人共、自分が女の子なの忘れてないか?」
危ないかどうかに性別は関係ない。透子を行かせない建前だ。彼女は自分の正体を利用して力ずくにでも情報を得ようとしている。情報は手に入るかもしれないが、それじゃあ彼女はますます俺に正体を隠してしまう。その方が都合が良くなるならと、平気で自分を犠牲にするだろう。短い付き合いでもそれくらいは分かる。
祀火透子は誰かの為に躊躇いもなく自分を犠牲に出来る人だ。
けど、俺にとっては良くない。恩人が、大切な人が、陰で苦しむ事になるのを見過ごせない。
「サイトウさんが言ってただろ。この件でマーケットへの害意が確認出来たら連絡しろって。三大組織には手を出すなが鉄則かもしれないけど、それが同じ三大組織だったならそんなルールはないよな。今も抗争してるんだから」
「そうだけど……確認は出来てないわよ」
「大きすぎる権力に抗えないのは何処も同じだ。相手が雑魚なら龍仁一家だって自分たちの思惑をこんな風に隠したりしないだろ。寝首を掻こうとしてる可能性があるなら、その危険性を伝えるだけでも十分すぎる。俺が勝手にマーケットの人と協力関係を結んだんだ。これくらい早とちりでも―――迷惑なんて思わないだろ」
そう言って電話に手をかける。開口一番が大事だ。長ったらしい前置きなんて印象が悪い。
何かするときは強い奴を頼れ。
そう言ってくれたフェイさんの言葉を、早速実行する事になりそうだ。
『用件を言え』
『今回の一件、龍仁一家が関与してる事が分かりました』




