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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 3 夕立の降る青春

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日常の幻に春を思う

 周囲から音が戻ったのはいつ頃だろう。すぐに音が戻ってきた訳じゃない。ドップラー効果のように全体の音が近づいてきて、ある時何事もなかったように景色に接着する。壁を介したお陰か分からないが影響は軽い方だ。それこそ少しだけ耳鳴りがするくらい。

 塀から外を覗くと、逃げ惑う人も含めて広範囲もの人間がその場に蹲って耳を塞いでいた。あまりにも無防備な背中を多くの人間が見せている現実が、俺にスタングレネードの恐ろしさを知らしめてくれる。だが気持ちは分かるのだ。俺達も実際隠れていただけで似たような物だった。耳をつんざく炸裂音を塞ぐ為にはまず両手が必要で、次に閃光を防ぐには目を瞑る必要があって。

 男も牛刀を放り出して蹲っている。影響を免れた人間が野次馬よろしく人の輪を作ってがやがや騒いでいると警察がパトカーと共に現れる。


「なんだなんだ? 誰か事情を知ってる者は居るか?」

「とりあえず全員連れてこう」

「車は一台しかないんだぞ? 応援を要請するのか?」


 いい加減な通報を受けたのだろうか。警察はさっぱり状況を理解しないままここにやってきた様子。爆発物を投げた当人として説明するべきかと足を踏み出そうとすると、川箕に強く手を引っ張られた。

「馬鹿。勾留されちゃうよっ」

「でも状況は俺達が一番知ってるし……」

「いいから帰ろうっ。あんまり見てて気分のいい物じゃないからっ!」

 何度も何度も脇腹を肘で突いてくるので仕方なく俺達はひっそりとその場を後にした。申し訳程度に日傘も閉じて忍び足。


「よーし! 署長がさっき言った様に、今は外から流れ込んできた奴らの相手で手いっぱいだ。事件なんて起きなかった、そうだな!」

「こいつら、どうする?」

「…………」


「なあ川箕。お前らしくないぞ。幾ら面倒を避けたいからってこんな逃げるなんて―――」


 パン、パン、パン、パンパン!


 乾いた銃声が、何連発か。

「―――え」

「振り返らない! 関係者だと思われたらどうすんの!」

 今度は少し強めの肘鉄が背中を殴った。川箕は本気だ、多少手荒になろうがとにかく俺を関わらせたくなくて―――その理由は今しがた聞いた音が全てを物語っているのだろう。

「こ、殺したのか?」

「そんなの聞いた通りだよ。警察はさ、元々逮捕しないし、勾留しても保釈金ですぐ帰しちゃうしであまり頼りにならなかったけど、ここに人が溢れてからはもう見かけ上治安を維持する気もないんだ」

「死体が悪事を働く事はないからある意味合理的だけど、組織としては腐敗しきってしまったようね」

「気になるのは分かるけどさ。誰にも居ない所に向かって近づくなとか……お化けに関係ありそうっちゃ関係ありそうだし。でも今は駄目だよ。私達が勾留されたら帰ってこられないよ?」

「…………そうか。悪い。まだ良識が残ってるみたいだ」

「それ自体は素晴らしい事よ。この町とは決定的に相容れないだけだから気に病む必要はないわ」

 


 背中越しに多くの人の命が失われ、どんよりとした気分を抱えたままガレージに到着した。



 「はあ~ごめん、先にお風呂入るね。二人はゆっくりしててよ」

「残念だけど、私は仕事に行かないと」

 透子は日傘を俺から貰い受けると、半身を外に出して言った。

「仕事?」

「あのカフェのバイト、もう忘れたの? 今日は夜にシフトが入っているから行かないといけないの。だから今日は危ない事は止めて大人しくしててね。私みたいに一人で遠出なんて危険だから」

「…………」

 透子の正体を踏まえた上でそんな言葉を聞かされると、成程無理がある訳だ。俺は仕方なく納得するという形で流していたが、一人で歩くのは危険だなんて、まさしく『お前が言うな』である。無理があると分かっていて、それでも隠すのは透子自身がその力を嫌っているからに違いない。

「本当に大丈夫か? タクシーとか乗った方がいいんじゃ」

 それでも俺は、透子の事が心配だ。

 どんなに強くても、心配くらいしたい。

「大丈夫。ついてきちゃ駄目よ。本当に……フリじゃないからね」

 透子も川箕もそれぞれの用事の為にガレージを去り、ここには俺一人が残されてしまった。


 ――――――何もかも、俺には未知の世界だ。


 きっと間違っていなかったであろう事が間違っていて、それが罷り通る世界。検問所など設ける必要もなくここは日本とは違う世界だ。話し相手が欲しかったが、その為に川箕の所へ向かうのも違う。浴室に入らなかったらセーフなんて甘い考えだ。脱衣所にはきっと彼女の下着があるだろうし、これらを想定した上でそれでも俺は下着を見てしまうだろう。自分の事は自分が一番良く分かっている。

 嫌われたくないので、大人しくベッドに寝転がった。

「…………」

 これから俺はどう変わっていくのだろうか。生きていく環境が違えば人は変わる。環境が全てとは言わないが、環境が人格に与える影響は決して軽微じゃない。いつか―――例えば三年後くらいの俺が今日という日を思い返した時、随分変わったなと思うのだろうか。

 それとも、変わらなかったと…………。

「……」

 気が滅入るような事ばかり起きて、思考もセンチメンタルになっている。何か楽しい事を考えたかったがここには娯楽がない。川箕が上がってくるまで待てばいい訳だが……ああ、クソ。考えたくないのに一度下着の事を考えると中々頭から離れてくれない。

 そうだ、この暮らしには重大な欠点がある。透子も川箕も女の子で、俺は二人を共に異性として意識している。意識せざるを得ない程度には心を許し、もっと仲良くなりたいと思っていた。

 家の頃は家族が茶化すせいで何とかなっていたが、ここではどうだ。俺の―――思春期の欲求はどうやって解消するべきだ? だってここは厚意で貸してくれた部屋だろう、何事か欲求を発散する為の行動なんてしたくない。

「ああ、くそ………………」

 考えれば考える程頭が染まっていく。平和に暮らそうと思うなら一切の煩悩を捨てて僧侶のように淡白であるべきだが、そんな事は出来ない。透子の体温も、川箕のふにゃっと柔らかく崩れた笑顔も、等しく俺にとっては異性を意識させる瞬間だ!

 だけどそれより大事なのは、嫌われたくないという気持ち。

 華弥子の時、キスどころかハグもという話はしたと思う。あれは下心を露出してしまう事で華弥子に嫌われるのではないかという恐れがあったからだ。人が人を好きになるという事に下品も上品もないとは思う。思うが……受け入れられる筈がないと、今でも思っている。透子だって……俺を慰める為じゃないと、身体を触らせないだろう。あれはメンタルケアみたいな物で、俺に身体を許してる訳じゃない。今になってそう思う。

「…………嫌われたくないよ」

 もう誰にも嫌われたくない。そんな自惚れのような、諦めのような言葉が、言葉となって声に出た。





















 お風呂を貸してもらい、無事に入浴を済ませた。気持ちよかったかもしれないがあまり覚えていない。自分の感情に折り合いがつかず、上がってきた川箕にも曖昧な返事ばかり返していたくらいだし。

 ガレージに戻ってくると、反対側のスペースで川箕が何かを作っていた。

「―――何してるんだ? 風呂上がりなのに、汚れちゃうぞ」

「そうなったらシャワーでも浴びるよっ、これは……えへへ、見て分かるでしょ。テレビ!」

「…………直してるのか」

「実は夏目がお風呂行ってる間に粗大ごみ置き場に行っててね。そこで見つけました壊れたテレビ! ウチにも勿論あるんだけどさ、直せたら夏目も見られるでしょ?」

「電波は?」

「流石にこの町も電波妨害はされてないからっ。幸い壊れてるって言っても本当に少しだけだから。多分だけど家電をすぐ買い換えたいって人が捨てたんじゃないかな。もうすぐ終わるから待っててよ!」

 同級生だった女の子はこんなにも優しくて頼りになるのに、俺って人間は一人で勝手に悶々として馬鹿みたいだ。女性と過ごす時間が母親を除けば殆どないようなものだったから、仕方ないと言えばそうなのかもしれないけど……かばね町より先に、この空気に慣れないと。

「か、川箕。テレビさ、良かったら二人で見ないか?」

「え? 狭いよ?」

「大丈夫だよ。それに、まだお前を労ってない。今日の作業」

「あー、そういえばそんな話もしてたねっ。へへっ、じゃあお言葉に甘えよっかな♪」

 透子は大人しくしろなんて言ってたけど、精神的には事件ばかり起きてくれた方が思考の深まる余裕がなくて良かったかもしれない。想像以上に俺の頭の中は邪念ばかりで、少し落ち着くだけで同級生女子と一つ屋根の下であるという事実ばかり気になってしまう。

「あ、そうだ。言い忘れてたよ」

「んー?」

 作業中の背中に向けて、声をかける。

「今日は……お前がくれたスタングレネードのお陰で助かった。ありがとな」




「どういたしまして~っ! まあ? 私のお陰って? それ程でもあるけどね~!」

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