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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 3 夕立の降る青春

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広がる死 能う人生

 気づけば、鏡の前に立っていた。死ぬ瞬間に世界はスローモーションになるらしいが、死んだ後は鏡の前に立つのだろうか。目の前には俺が映っている。俺が………俺が……俺?

 俺か? 鏡や写真で見る俺にそっくりだけど、どうも違う気がしてきた。電話越しの声はよく似た声らしいが、それと同じような……

 

:こうして喋るのは初めてだな


「…………俺、じゃない?」


:ああ。君は僕じゃない。覚えているだろう。君が死んだ事を


 そうだ、覚えている。俺は薬で真司に眠らされて目が覚めたら学校が血塗れになっていて、それで……透子を見つけて。

『夏目君?』

『ねえ、返事してよ。ねえってば』

『目を覚まして! ねえ!』

 意識を失う瞬間の最後まで機能したのは耳だったか。いつまでもその声が脳裏に響いていた。返事をしていたつもりだったのに、彼女に届く事はなくて。

「……死んだのか、俺」


:ああ、出血が多すぎたんだ。君は僕と違って普通の人間だった筈なのに、どうしてこうも世界に変化を与えてしまうのだろうな?


「何の話だ?」


:一つ質問がある。君は、彼女をどう思う? トーコの事だぞ


「どうって…………もう死んでる奴にそんな事聞くのか? 気になる女の子、だよ。そして、俺を救ってくれた恩人だ」

 

:あの子は人間災害と呼ばれているようだな。そして死ぬまでずっとその事を黙っていた。怒らないか?


「…………」

 人間災害の事を恐ろしい存在だと思わなかった日はない。けれどもし、もしもその正体が透子なら、俺は彼女を恐れてしまうのか? 答えは否だ。恐れない、恐れられない。彼女を災害呼ばわりするには、その優しさをあまりに知りすぎているから。

「だから何だ?」


:え?


「もう死んだから言いたい放題だけど。それを知ってても俺はアイツを人間として見るよ。打ち明けるのが怖かったなら知らないフリをずっと続けてた。誰だって秘密を打ち明けるのは怖いからな。俺みたいに下らないと一蹴されたり打ち明けたせいで嫌われるとするなら……気持ちは分かるからさ」

 

:…………そうか


 鏡の中の俺は、嬉しそうに微笑んで、中から手を差し伸べてきた。自分と握手をするなんて複雑な気分だ。けど死んでるならもう何でもいいか。鏡に合わせるように俺も手を伸ばし、鏡の中の手と握手を交わす。

 直後、手を通じて俺の身体に向けて暖かな奔流が迸る。慌てて手を放そうとするが、俺達は最初から一体であったように繋がりを断ち切れない。


:そう心配するな。僕が君を助けてやる。人生が終わるにはまだ早いからな


「…………お前は誰だ? どうして俺を助ける?」


;誰かを助けるのに一々理由を用意しなくちゃいけないなんて不便だな。助けたいから助けるんだ。君のこれからの人生は苦難と後悔に満ちているだろう。それでも生きたいと願うなら、その生きざまを僕に見せてくれ


 身体が、熱い。燃えるようだ。実際燃えているかもしれない。足先からちりちりと神経を焦がす感触がたちのぼってくる。


「なあ! せめて名前を教えてくれよ! 死んだ人間を蘇らせるなんてどうするとか突っ込まないからさ! 名前だけでも……!」


;僕は、君が生きていてくれるならそれで充分だ。ああ、これでようやく肩の荷が下りた。ずっと心配していたんだ。十朗


「…………何で、俺の名前を! 答えてくれよ! お前は一体!」


;君の人生に幸あらん事を。出来ればトーコも一緒に、未来を楽しんでくれ――――――



 全身が弾け飛びそうなくらい熱く滾るこの活力は一体なんだ。俺は本当に生き返れるのか。もし生き返れるのなら、今度こそ。




 



「………………うっ。く…………」

 目が覚めると、見慣れたベッドの上で寝かされていた。とても狭い部屋で、俺が町で暮らす際に与えられた部屋。横を見ると、馴染みのある顔がすやすやと眠っていた。

「……川箕」

 俺達に関わらなければ……いや、かばね町にさえ生まれなければ本当に普通の女子だった筈だ。きっと今日もテニス部で活動していた、寝顔をよく見ると目の下にうっすらと隈が出来ており、寝方もおよそ整っているとは言えない。これは睡眠というより殆ど気絶ではないだろうか。

 起こすべきか、掌がゆらゆら揺れて逡巡を体現する。だが事情を知っているとすれば彼女だけだろうし……いや、しかし。自分でも分かるが全身がまだ痛みを孕んでいる。体中に張り巡らされた包帯は俺が重傷患者であった事の証だ。だから歩き回るのも良くない。

 相反する意見を抱えて悩んだ結果、自然に彼女が起きるのを待つ事に決めた。幸い起きているだけなら問題ない。疑問はあっても、受け入れるべき現実をまず受け入れよう。


 ―――あの夢は、夢だったのかな。


  僕が君を助けるったって、助けてくれたのはどう考えても川箕だ。超能力的な現象ではないだろう。だったら包帯をしている意味が分からなくなる。鏡に映った俺は何やら意味深な事を言っていたが……なんとなく、もう二度と会う事はないと知っていた。

 

 ガチャっ。


「…………………」

「………………あ」

 透子はその場にフリーズしたまま、持っていたカップを落とした。勢いよく割れた陶器の音がそこで眠っていた川箕も起こし、

「え?」

 


「「きゃああああああああああああああああああああああああ!!」」



 人が三人入るのもやっとな個室に、絶叫が突き抜ける。川箕は壁の方まで下がりすぎて頭を打ち、透子は片足立ちになって絵にかいたような驚き方をしていた。

「な、夏目? う、嘘でしょ? 目が覚めたの!?」

「夏目君。本当に、夏目君?」

「―――な、何だよ。心配かけたな。さっぱり事情は分からないけど俺は生きてる。だから透子。あまり、俺の事で気に病んだりしないでくれよな」

「…………」

 言葉の意味が彼女に伝わらなくても構わない。透子はお化けでも見たような足取りで俺に近づくと、ベッドの傍で跪いて手を取った。

「…………ごめんなさい。私、君の日常を壊しちゃった。何処まで覚えてるか分からないけど、もう……学校には通えないわ」

「学校に通ってた皆は?」

「生き残ってるとしても、消息不明よ。その………………ど、何処まで覚えてる? 全然覚えてなくても、問題ないんだけど。一週間前の事だし」

「い、一週間? 俺は一週間も眠ってたのか?」

「そうだよ! 血が足りなくて……夏目の血を賄う為に透子ちゃん一人で仕事してたんだよっ。でもずっと目を覚まさないから―――本当に心配で」

「川箕は、ずっと俺の……傍に?」

「……外は危ないし、友達が死にそうになってる横で仕事なんかできないよっ! 本当に心配だったんだから……将来白髪になったら夏目のせいなんだから!」

 反応は違えど、二人は俺の目が覚めた事に安堵し、素直に喜んでくれている。ただちょっと、涙ぐんだり、嗚咽を漏らしたりするのは大袈裟だ。自分で言うのも変だが、そこまで重傷だったつもりはない。

「…………透子を見つけてからは覚えてないよ。気を失って、それっきりだ」

「……本当に?」

「何か言いたい事でもあったのか? 俺が気絶した後に何が起きたのか、とか」

「…………………………いいえ、何も」

 

 夢の事は、伏せておく事に決めた。


 思いもよらない人物から透子の秘密を聞いてしまったが、出来れば本人の口から言ってくれるまで聞かなかった事にしたい。言うのが怖いなら俺は待つ。ちょっと前の俺と同じだ。何かを打ち明けるくらいの信頼を……誰かに預けるのは分かっていても難しい。透子が俺に対する不安を微塵も抱かなくなるまで待とう。彼女の正体が何だって、俺の大切な友達なのだから。

「うわああああん! 良かった! 良かったよぉ、夏目が起きてくれて! 死なないでくれて!」

 「ちょ、川箕! 待ってこの部屋は狭いから二人で来ないでくれ! ちょ、タンマタンマ!」


 幾ら相手が女子でも、傷だらけの身体で押し返すのは困難を極めた。三人でひとしきり再会を喜んだ後、俺から改めて尋ねる。


「で、俺が眠ってた間に何があったんだ?」

「…………」

 透子は露骨に顏を逸らして川箕に説明役を与える魂胆らしい。「川箕」と一声かけてやると、彼女はまだ止まらない涙をハンカチで拭いながら言った。

「え、えっとね。人間災害が暴れて…………かばね町の周辺に位置する市町村が壊滅状態になったの。大震災とか、大型台風が過ぎ去った後みたいな。それで復興の為にかばね町から大勢の人が出て、今はむしろ平和?」

「かばね町から?」

「この町、色んな組織があるけど、結局のところ町は町で小さなもんじゃん。それが人間災害のお陰で空白のパイが生まれたから領地争奪戦……みたいな? その影響か国もこの辺一帯から警察を引き上げちゃってね。総括すると、かばね町が大きくなったって感じ。橋で分けられてた内外は、今となっては即席で置かれた検問所で分けられてるんだよ」


 ――――――国が総力を挙げても殺せなかった災害のその一端。確かに個人が持っていていい暴力ではないようだ。


「じゃあ本当に日本の中の別の国じゃないか。マジ、か」

「問題は……ここからなんだよね。夏目、私達、今はこうやってプライベートだから普通に呼んでるけど、違う名前を考えた方が良いよ」

「……何でだ? 人間災害がやった事は火を見るより明らかだろ。まさか俺のせいにされてるとか言わないよな」

「それが、ニュースではそうなってるんだよね。夏目十朗という学生が手引きしたテロが原因……頭ぼんやりしててよく覚えてないよ。透子ちゃん合ってる?」

「……ええ。幸い顔は出てないけど、その制服と名前は……都合が悪いわ。懸賞金がかかってる。一千万円」

「…………部活どころの話じゃないって事か」

「いいえ、残念ながら今回に限っては部活も再開しないといけないわ。君はマーケットと繋がりを持ったでしょう? 投げっぱなしは許されないわよ」

「学校が無くなったんなら意味ないってのは分かるけど……まあそれはいいじゃん? この町の事を単純にまとめるだけでも、生存戦略に使えるかもしれないしっ」

 未来では苦難と後悔が満ちている、だったか。今、早速苦難に遭っている所だ。俺は特殊な力も何もないただの学生だったのに、寝て起きたら犯罪者で、賞金首か。

「…………名前、どんなのがいいんだ? 偽名なんて考えた事なくてさ」

「出来れば日本の名前は避けた方がいいわね。顔を見れば人種くらいハッキリするけど、耳で聞いて日本名と英名だったら印象が違うし」

「でもこういうのって慣れないと反応しづらいし、音は似てた方が良いんじゃないかな。ジュードとか」

「じゃあそれで」

「早っ!? ちゃんと考えてよ!」

 自分で出しておいてそれはないだろうと川箕をそれとなく目で問い詰める。案を出したのは彼女で、採用されるのは嬉しい事の筈だ。元々拘りなんてない。強いて言えば『なの男』とか名付けられたら嫌だったかも……というくらい。

「ジュード。ジューロウ。音は『うーお』まで一緒だから反応は出来ると思う」

「まだこの町に知り合いが少なくて良かったわね。そっちの名前を浸透させればそれだけ見つかりにくくなるわ」

「少しずつ慣れていけばいいよ。今、この町は特需で潤ってるんだ。人間災害の破壊はかばね町の中には一切及んでなかったから、生き残った人が大勢やってきててね。本当に別の経済圏が出来上がりそうな勢いなの。落ち着くまでに偽名に慣れたら多分大丈夫……だよね? 夏目の顔、殆ど誰も知らないよね?」

「……知ってる人なんて、近づけさせたりしないわよ」

 死んで生き返った話が本当なら、こんな丁度いいタイミングもないだろう。名前も捨てて、身分も捨てて、新たな人生が今度こそ始まる。なんちゃってなんかじゃない、本物の……俺だけの人生。


 もう二度と、透子を怪物呼ばわりさせるような真似はさせない。


 きっとそれこそ、彼女が俺に秘密を打ち明けてくれるようになる為の近道だと思うから。











 

 

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