神との取引
「…………」
まさか最近の作品が一番マシだとは思わなかった。
ホストに貢ぐ為に親族の情報を切り売りする女性が最期にはその親族全員から切り捨てられて解体される様子まで(性商品としての価値は見出されなかったのだ)を収録した作品。
親の病気を治したいと願う子供がたまたま出会った大人に言われるがまま売買行為をし、映像では快癒していく様子を映しながらも、BGMでは子供の悲鳴と苦悶だけが響き渡る作品。
単にお金が欲しい女性がただただ分割で金を受け取るだけの映像。と思いきやカメラに映る度ちょっとずつ顔が変わっており、彼女の望む金額が支払われる頃にはすっかり別人になっていた。恐らく合意していたとは思うのだが、それまでずっと町に滞在させられた結果、元の家に帰る頃には誰からも当人だと認識されなくなり、お金の使い道すら失い最後には自殺してしまう作品。
「…………」
誰もが言葉を失っていたし、正直見たくもなかった。幾ら部活動とはいっても、こんな悍ましい映像を見たいとは思わなかった。かばね町の闇はまだまだ留まるところを知らないが、透子だけは平然として、感想を言った。
「まだ全部の作品を見た訳じゃないけど、変ね」
「変って…………悪趣味ではあるけど」
「そうじゃなくて。どの作品も一応映像作品として楽しめるように手が加えられてるじゃない。悪意たっぷりに、あくまで彼らを商品としか見なしていない様に。だけど最初の映像は時間経過をカットしたくらいで殆ど垂れ流しだったわ」
「……透子ちゃんそんな冷静によく見られるね……私、気分悪くて。吐きそう」
「同感だ…………とはいえ、部活だしな。頑張らないといけない。そういえば、この映像って全部闇市が関わってないか?」
他の作品も早送りで何となく確認してみると、やはり闇市が関わっている。そこでお金以外の何かを提供して最終的に死ぬ……構成は同じだ。
「確かにそうみたいね。見た作品には全て共通しているわ。だけど意図が掴めないわね。闇市の宣伝にしてはネガティブだし、批判にしては弱腰が過ぎるし」
「目的…………は分からないけど、でも一番最近の作品がおかしいのは確かだな。何でこんな、納期が迫ってたみたいなクオリティなんだろう」
登場人物に共通の特徴はない。強いて言えば闇市の事を知っているくらいか。撮影者は彼等を死に至らしめる人物とは恐らく協力関係にある事も考慮するべきかもしれないが、それはそれで勢力図がおかしい。龍仁一家のシマにあるお店ならマーケットとは敵対関係にある筈だ。仮にシマにあるだけでマーケットの傘下ならあの偉そうな女性が事情を知らない道理がない。
「……電話してみるか」
「まさか、さっきの人に? あ、危ないと思うけどな」
「誰?」
「透子は知らないよな。義眼の人が俺達をここまで送ってくれたんだよ。色々あって、なんか協力してくれるらしいからこれに頼らない手はないと思ってさ」
渡された電話番号を見ながら電話をかける。これで繋がらなかったらお手上げだ、俺達は相当揶揄われていた事になる。
『ほう。思ったよりも早かったな?』
『すみません。えっと……』
『サイトウでいいぞ。呼び方なんぞどうでもいい』
『サイトウさん。花弁スタジオから販売されてるビデオを幾つか見てみたんです。そしたら全部、闇市で破滅する人間の映像でした。花弁スタジオとマーケットには関連性がありますか?』
『お前はどうやら勘違いをしている様だ。我々は闇市をまとめているが、しかし証人と客のやり取りを一々見ている訳ではないぞ。商いとは本来自由であるべきだからな。何を売るも自由、何を買うも自由。何を求めるも自由だ。次に花弁スタジオの件だが、我々は関知していない』
…………じゃあ、どういう事なんだろう。
質問に困っていると、向こうの方から話を振ってきた。
『実を言えばこちらでも少し探りを入れた。何、今日ここで聞くまではまるで知らなかった事だからな。興味深い事が分かったぞ。金の流れを追うと、誰かが花弁スタジオに依頼をし続けている様だ。上手く身元は隠しているが同一人物なのは間違いない。そちらの話と総合するに。我々が仕切る闇市をわざわざ教えてる奴がいるな』
『……花弁スタジオって有名じゃないんですよね』
『ここでは末端だが、表で活動しているならそこから繋がったのかもしれないな。この件……もしもこちらへの害意が確認出来た場合はすぐに連絡を入れろ。そのような事にはならないと願いたいがな』
今までのやり取りはスピーカーにする事で二人にも聞かせてある。お礼も程々に電話を切ると、改めて三人で話し合う。
「この噂ってそもそも言い出したアカウントがあったよな! あれは告発……というか、調査してほしいんじゃないか? 何でお化けなんて言い出したのかは分からないけど……」
「ていうかさ。密着取材って割には遠くからこそこそしてたし、そもそも一番最近の作品以外全員殺すような動機ってなくない? その、酷い目に遭ってるけど、一応願いは叶ってるじゃん。付け狙われたら必ず死ぬって話が有名だったらともかく、マーケットの人も知らないんじゃ本当に知名度もないみたいだし」
「…………今日はここまでにしましょうか。気分の悪い映像を見て疲れたでしょう? 丁度ネットカフェにも居るし、何か楽しい物でも見ない?」
「う……それ、賛成かも。そう言われちゃうと靡くタイプでごめん……」
「まあ簡単に解決するような事件でもなさそうだし……たまにはいいか」
詮索屋は嫌われる。ティルナさんから聞いた言葉はしっかり覚えている。課外調査部と矛盾するようだが、無謀に足を進め続ける必要など何処にもないのだ。時間を置いてゆっくり、忍び足。成果を急ぐだけ損をするだろう。
これは俺の生存本能なんかではない。
映像を見て何ら気分を害さなかった透子からわざわざ調査を少し中断しろと言ってきたのだ。何かあると、思った。
一応お店という事で静かに過ごしていたが、周囲は守る様子もなく騒いでいるので次第に馬鹿馬鹿しくなってきた。だがかえってこの騒音は隠れ蓑になっているかもしれない。少なくとも目立つ事はない。
三人で静かに過ごす時間は決して気まずくない。思い思いに過ごす時間だっていい物だ。隣で漫画を読む透子を横目に、俺は肩が凝って仕方ないという川箕にマッサージをしていた。
「ああ~…………! そこ、ぅぅく……気持ちよすぎゅぅ~♪」
「お前、よく生きてたな……素人でも分かるぞこれは」
「夏目、マッサージ上手いんだぁ~。なんでえ?」
「―――親の機嫌を取る為に上手くなったんだよ。それ以上でもそれ以下でもない。お小遣いが貰える時期もあったんだ」
「ふぇええぇぇええぇぇえぇえ~そうなの~」
語尾までぐっずぐずに溶けた川箕があんまりにも可愛くてついつい力を入れてしまうが、想像以上に身体がカチコチなのでむしろ喜ばれる有様だ。両親との仲が拗れてからは意味のないスキルだと思っていたけど、同級生が喜んでくれるんだったら意味はあったのかもしれない。
「…………そんなに気持ちいいなら、後で私にもしてくれない?」
「え、透子……お前も肩が凝ってるのか?」
「凝るような事は別にないけど、単純に興味があってね……」
透子が漫画を閉じてこちらに近寄ってくる。読んでいた漫画は所謂少女漫画だ。話の中身に詳しい訳ではないが、確か転校生の女の子が恋をする漫画で……確か、女の子はエスパーである事を隠して過ごすのだ。
「んー…………今度から学校でも、夏目にマッサージしてもらおっかなーっ!」
「それは……誤解を招きそうだな?」
「冗談だよっ。半分くらいね!」
体を伸ばし、川箕が仰向けになった。台の代わりにしていたクッションから身体が滑り落ちて床に仰向けになる。
「……私達の存在に気づかれたら、やっぱり消されちゃうのかな」
「怖気づくのは、もう遅いんじゃない? 今更引き返しても手遅れだと思うわよ」
「分かってるけど……やっぱり、死にたくはないんだ。やりたい事沢山あるし。こんな楽しい時間があると、怖くなっちゃうよ」
「大丈夫だよ川箕。心配しなくたって俺達は大丈夫。根拠は全くないけど、俺が二人共守るから」
「聞いた、川箕さん。私を守るんですって。聞いた? ねえ、聞いた?」
「え、うん。聞いたけど。と、透子ちゃん嬉しそうだね……?」
「だって……うふふ。だって…………ふ、うふ、ふ。だって」
何かを言いかけようとして、透子は急に顔をしかめて外の方に視線を動かした。
「どうしたっ?」
「…………ちょっとシャワーでも浴びてくるわね」
「え?」
それ以上は何も言わず透子は個室を出て行った。
―――何だったんだ?
耳を澄ましても聞こえるのは喧噪だけだ。本当にシャワーを浴びたくなっただけ? 考えるだけ無駄だと結論を出し、俺も同じように寝転がった。寝転がれるタイプの部屋と広さで良かったと思う。もっと狭い個室だったら、正気じゃいられなかった。
ふと横を見ると、川箕の身体がある。仰向けになってもなお重力に負けずツンと張った大きな膨らみを見て咄嗟に視線を横に逸らした。殆ど同時に彼女の視線もこちらを向いて、交錯。柔らかい笑顔を向けられる。
「なーに見てんのっ?」
「え、いや……な、何となく」
「えへへ♪ 私も何となくっ。こういうまったりとした時間っていいよね! 久しぶり……だなあ」
一生こんな時間が続けばいいのに、とは思わない。最初から続く筈がないと知っているからだ。この町にあるのは狂った静寂と戯けた波乱だけ。町の外にでも行かない限り、安寧などない。
俺だけは、外にすらないけど。




