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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 3 夕立の降る青春

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屍山血河の王権

 言葉の圧力に屈して、言われるがまま車に乗せられてしまった。かばね町に限らずこの手の無理やり乗せる手口は逃げられなかった時点で詰みなのだが、肩を掴む力が異様に強く、またこの近くで騒ぎを起こすと龍仁一家の人間にボコボコにされると脅されて、足が動かなかった。

 せめてもの抵抗に社内では川箕を守るように彼女の膝の上に手を置いている。護送車みたいな車に乗せられた時点で気休めなのだが。

「なんだ、そう固くならなくてもいいだろうに。取って食ったりなんかしないぞ? 私にイモ臭いガキをどうこうする趣味はなくてな」

「…………な、何が目的ですか?」

「あそこで紹介される仕事に将来性は期待できない。どれも使い潰される仕事だ。一時のお金は得られてもまとまったお金を得て安泰を望む頃にはお前の信用などボロボロに朽ち果てている。その前に救ってやったじゃないか。感謝されてやってもいいぞ」

「ね、ねえ夏目。この人高そうな服着てるし、もしかして結構偉い人なんじゃない?」

「……偉い人かどうかはともかく。この間は助けてくれてありがとうございました。貴方が助けてくれなかったら俺は殺されてたかも」

「それはあり得ないが、お礼は受け取っておこう。なあに気にするな、コートの趣味が合う者同士だ、今日は着ていないようだが……」

「とう……友達に回収された気がします」

 実を言えば自分もよく覚えていない。ホテルで生活している時は着ていたが、川箕の自宅に移動した時にはもう着ていなかった。だから多分、透子が回収したんだと思う。仮に俺が持って行ったんだとしたら無意識すぎてやはり記憶にない。

「そ、それよりもこの車は何処に向かってるんですか? 俺達、働き口を探しに来た訳じゃないんです。ただ用事があっただけで」

「ならば猶更やめておいた方がいいな。番犬は鼻が利く。仕事を探しに来た訳じゃないと分かればすぐに捕まってしまうぞ。訳を聞かせてみろ。私とお前の仲だろう」

「…………」

 たまたま持っていた衣類が一致しただけの絆なんて大した事ないようにも思えるが、もし立場ある人間なら情報を得られるかもしれないと思い直し話す事にした。どうせ俺達の身に関わる問題ではない。

「ははは! お化けか! まさかこの年にもなってそんな単語を聞く事になるとは思わなかったぞ! 腐肉と硝煙の臭いに塗れたこの町にお化けとは似つかわしくないにも程があるな」

「下らないって暗に言われてるよっ」

「ああ下らない。実に下らないが、下らなすぎてウチの耳にも入らなかった情報だな。それで、お前達は部活とやらの一環でその調査をしようと思ったと」

 副流煙への配慮などなく、女性は車の中で平然と煙草を吸い始めた。二人して顔を顰めてしまう程の煙が忽ち車内に充満する。この町の無法は何も犯罪の側面に限らない。マナーみたいな領域も最底辺だと思い知らされた。

「全く下らない話だが、気になる話でもあるな。過去、この町が楽園と化してから一体何人ものゴミが死んだか分からないが、ただ一度としてそのような話は出てこなかった。恨みとやらが吹き上がり霊的現象として現れるなら、この町は正真正銘『かばね町』と呼ばれている筈だ」

「どういう事ですか?」

「かばね町という呼ばれ方は誰かが言い出した物ではない。単に多くの死人が出るからそう呼ばれ出しただけだ。ただ私に言わせればこの町は『全てを失った人間と、得る物のなくなった人間とが同居している』からかばね町―――生きる意味を見失った人間が最後に行きつく漂流先だ。お化けが出るなら文字通り『屍の存在する町』になってしまうと思ってな」

 お化けがいたらとっくにゴーストタウンという言葉は何も透子やティルナさんの間でだけ流行っている返答ではなかったようだ。だが確かに、切った張ったをしている町の中で突然お化けがどうと言われても現実味がないのは分かる。犯罪者であるなら誰しも少なくない恨みは買っているだろうし。

「それにこの町には『人間型災害ディザストロイド』が居るしな。奴は呪殺されないのか? 私達のような悪党はお化けなんぞよりも遥かに災害を恐れているよ。流石は、災害大国ジャパンだ」

「……貴方は人間災害の正体を知っているんですか?」

「さあ、どうだろうな。正体を知っていようがいまいがあれはどうにもならない。それよりはまだお化けの方が対処のしようがあるというものだ。その話、協力してやってもいいぞ」

「え!?」

 願ってもない話に思わず食いつきそうになったが、川箕が俺の思惑を制するように口を挟んだ。

「ちょっと待って。タダなんて信じられないっ!」

「油臭いお嬢ちゃん、人の厚意を先に無下にするのはいただけないな。だが言いたい事は分かる。タダより高いものはない。悪戯に貸しを作れば一瞬でケツに火がついて、あっという間にカチカチ山の出来上がりだな。そんな、狸よりは警戒心のあるお嬢ちゃんに免じて条件を加えてやろう。うちで持て余してる玩具を一人修復してもらいたい。軽く事情を説明するなら不良品として返品されたはいいが、うちの者がどう扱っても死んだように反応しなくてな。廃棄処分してもいいが、商品価値のある内は丁重に扱うのが流儀だ」

「一人って…………に、人間って事か?」

「………………う、うっぷ。こういう時って、大体女の子なんだよ、ね」

「目と鼻に漂白剤を突っ込み、クソを食わせるような無残な状態ではないさ。引き受けてくれるなら協力しよう。私の誘いは断るべきではないぞ? 長い物には巻かれるべきだ、特に―――龍仁一家と五分で張り合うマーケット・ヘルメスにはな」

 契約書などを書かせるつもりはないらしく、女性は手を伸ばして握手を求めてきた。凶器を持っている様子はないし、発言は物騒だが俺達に対して敵意も感じられない。川箕はこの空間を苦痛そうに顔を歪めているし、解放されたいと願うなら手を取るしかない。

「―――い、一応聞きたいんですけど。この手を取ったら俺達はマーケットの傘下に入った扱いなんて言いませんよね」

「ガキをどうこうする趣味はないと言っただろうに。そうだな、ナツメくんが立派に胸を張れる悪党になれたら迎えに来てやろうじゃないか。それまでは自由な人生を楽しむといい。それこそ龍仁一家に絡んだっていい。ただ……時代遅れのヤクザよりは、うちの方が性に合うと思うがね」





















 提案を受けた事で車両の目的地は変更され、只々無事に近くのネットカフェまで送っていってくれた。握手をしなかったら一体どこへ連れていかれたのかは想像したくもない。

 ついでのように渡された電話番号をポケットにしまい、なんとなしに川箕を見たら視線が合った。

「……こ、怖かった」

「今まで避けてきたのに今日この日に限って誘拐されるかと思っちゃったよ……本当にあんなの引き受けて良かったの? 事件が解決したら送り付けるって言ってたけど」

「俺達に任せようってなったのはまだここの空気に染まってないからだと思う。別にさ、この町に来たからって悪い事を沢山しようって気にはならないよ。俺はただ自由になりたいだけなんだ。人助けは……いい事だろ?」

「そうだけど……私達だけじゃ手に負えない事になっても知らないからねっ」

「……ありがとな」

 どうなっても川箕は手を貸してくれるようだ。その優しさが、俺は本当に嬉しい。軽く口を尖らせて怒っていても、人の事を全く言えないくらい彼女も優しい人間だと思う。


 もっと早く、出会いたかったな。


「流石に透子はまだ来てないか。まあビデオを沢山抱えてたら時間もかかるよな。ネカフェって行った事ないんだけど途中で外出は出来るのか?」

「出来たと思うよ。それより夏目っ、私って油臭くないよね!?」

「え?」

 気にしていたようだ。

「そりゃ全く臭いがないとは言わないけど、でもちゃんとお風呂入ってるしさあ! 仕事してて気絶した時なんかは学校休むし、臭いなんて無いと思ってたんだけど……! 私慣れちゃってるから分かんないし、嗅いでみてっ」

「え、ええ? 煙草の臭いがするくらいで大丈夫だと思うけど、ほ、本当にいいのか?」

「臭かったらシャワー浴びないとじゃんっ! やだよ、ずっと臭いのはっ」

 隣に居る俺が何も感じないなら気にする必要はないと思うのだが、この辺りは自分の清潔感にどれだけ気を配っているかの違いだろう。女性の身体についた臭いを嗅ぐなんて変態チックな行為をすすんでしたいとは思わない。思わないが、ポニーテールのふんわりした部分に鼻をつけて匂いを嗅いだ。


 ――――――。


「いや、何もない。筈。髪についてないなら身体も大丈夫じゃないか?」

「本当? 煙草の臭いは?」

「それはするけど、お互い様だな。じゃあ俺が透子を待ってるから先に部屋を……って出来るのか? ごめん知らなくて」

「出来るから大丈夫。流石にこの町の中の事は私が先輩だねっ。川箕先輩って呼んでくれてもいいんだよっ?」

「じゃあ頼んだ。何ならシャワーを浴びてもいいぞ。臭いが気になるなら」

「ほんとっ。それじゃお言葉に甘えて浴びてようかな! へへ、じゃ、後で様子見に来るね! もし透子ちゃんが来てなかったら来るまで別方向から調べてよっ」

 内心ずっと気になっていたのだろう。今にもスキップを踏む勢いで彼女は小走りにネットカフェの中へと去っていった。透子の連絡先しかない携帯を取り出し、電話をかけてみる。

 ワンコールも終わらない内に繋がった。


『もしもし?』

『ビデオ、幾つか見つけたわ。持って帰るのはいいんだけど、何処のネットカフェに居るの?』

Free Liefe(フリーライフ)って名前だよ。川箕は先に部屋を確保してるってさ。まあ部屋が空いてるかどうかも分からないけど』

『休日でもないなら大丈夫でしょ。十分くらいしたら着くと思うから待ってて。足りないものを集めなきゃ』


 そうしてまた一方的に切られる。少し心配だったが、ここまで話せるなら透子の方に危険はなさそうだ。俺も店内に入ろう。

 身を翻し入り口のカーペットを踏んだ直後、どこかで建物の壊れる音が聞こえた。かなり遠いがその異様な轟音から人間災害が関わっている……様な気がする。


 ―――大丈夫、だよな?


 たまたま倒壊した建物の中に居たとか、やめてほしいけど。

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