屍の上を生者がふらふら
気の置けない友達と何一つ気にする事のないカラオケは、本当に楽しかった。特別凄いイベントがあった訳ではない、ただ……そう。やりたい事があって、それを受け入れてくれる人が居るというだけで。
透子と二人きりのカラオケも悪くなかったけど、あれはあれで『歌って楽しむ』という本筋から逸れていく気配がある(全ては俺の理性に問題があるせい)ので、川箕が一緒に居てくれるとそんな心配もない。この体は何処まで行っても人の目を気にしてしまうから、邪な心に支配される事なく楽しめる。合いの手を一番全力で入れてくれるのが彼女だ。それは歌い手が透子に代わっても同じ。
流石にデスボイスだけは困惑していたけど……
「はーっ! もうひっさしぶりにうたった! 今まで積もってたのが全部吹き飛んじゃったっ!」
川箕はもうすっかりご機嫌で、擬音があったらうきうきるーんと言い出しそうな勢いでポテトをつまんでいる。つまみながらハンバーガーを食べていた。特定の誰かに限った話じゃないが、一人でも楽しそうだとつられて何となく楽しい気分になる事がある。
今はそんな気持ちで、俺も少々浮かれていた。
「料金がちょっと高い分、安心を買えるのはいい事だな。いざ本当に襲われたらどうするかは気になるけど」
「……あまり気分の良いものじゃないから一生知らない方がいいわよ。でもそうね、料金が高いのはいい事かもね。大体……後一時間も過ごせばいいかしら」
「―――何処かに料金表があるのか? 見当たらないんだけど」
「料金は部屋がどれだけ汚されたかを見てティルナが何となく計るからないわよ。その気になればぼったくれるけど、利用客どころかリピーターが居るという時点で、良心は証明されているわね」
「俺達みたいな個人はともかく、組織で利用してきた時にそんな真似したら潰されそうだな。確かに……調子に乗るのは良くない事だ」
何事も、出る杭は打たれる。ティルナさんが生き残っているのは他の誰も目をつけなかったような営業スタイルを取りながらも、長い物にはある程度巻かれているからに違いない。それが誰にとっても都合の良い存在になるなら、利用する全員が全員の抑止力となって襲われないのだし。
「じゃ、次は私ね。曲については随分悩ませてもらったけど、自信のある一曲があったわ。自分で言うのもなんだけど息を呑むような歌唱力を見せてあげる」
「あ、ごめん透子ちゃん。乗り気な所悪いんだけど、実は二人が歌ってる最中にお化けについて調べてみたんだよね」
マイクを握った手がぴたりと止まる。
「……SNSに書かれてたの?」
「店員さんの話を基に検索ワードを変えてみたんだよね。そしたら情報が出たの。あ、でもこれ。まだ言わない方がいいかな。今の所部活よりこっちのが楽しいし」
「気持ちよく歌えないから駄目、気になるでしょ。なんて書かれてたの?」
「えっとね―――」
お化けの噂はティルナさんが言ったように龍仁一家のシマ……明確な境界線はないが主に幅を利かせている場所で発生しており、その道の通りにひっそりと構えているのが花弁スタジオとの事。
花弁スタジオは主に町の外と仕事をしている健全な企業であり、その主な仕事は番組制作や映像制作。ネット番組にも何度か携わっているらしく、表向きの実績は何ともない。
問題は映像制作であり、会社のHPには書かれていないがSNSでは犯罪者達の要望に応えて探偵紛いの尾行や映像を絡めた工作活動、狙われた人間に密着取材を仕掛け、その人間が殺されるまでのドキュメントを作って売り物にするなどかなりアブない仕事をやっている。
お化けというのは正にこちらの仕事に関わる方面で、密着取材を仕掛けるという事は相手にとっては命の危機を悟らせるきっかけにもなる。逃げるにも隠れるにも付き纏われたら邪魔だし居場所をチクられるリスクを考慮したら殺すしかない。その殺された社員がお化けとして夜な夜な歩いているのだとか。
「…………これ、映像制作って言うか?」
「物は良いようね。情報を伝えるという意味では正しいけど。それよりそのアカウントはまだ動いているの?」
「うん、動いてるよ」
「それじゃあ罠かもしれないわね」
「……公にこんなまずい活動を発信してる奴が部外者なら生きていられないからか?」
「随分察しが良いじゃない。その通りよ。この町の中に居るなら龍仁一家の事は誰でも知っているわ。仮にも元々は極道だったから、悪戯にカタギを巻き込むような事はしないだろうけど、もしかしたらこの情報を餌にして誰かを探しているのかも……私達は単なる部活で首を突っ込もうとしているけどそんな事情を相手は知らない。命に関わるかもしれないけど、それでも調べる?」
「―――あ、当たり前だろ! この部活はかばね町の事を調べ上げて皆に認識を改めてもらう部活なんだ! ざっくり危険って認識じゃなくて具体的に誰がどんな風に危ないのか、そして誰が危なくないのか……直ぐには無理かもしれないけど、三年生になる頃には透子も川箕も普通に友達と話せるようになったら、最高だよな!?」
「夏目…………」
「それに部活をちゃんとしなかったら、お前が毎日学校に来てくれなくなる。そんなのは……嫌だよ」
透子に学校で会いたい。毎日会いたい。それだけを理由に部活を考えた。かばね町が危ないと言われるだけで家族からもそれを否定されるなら、この町の危なさを暴いてしまえばいい。未知とは恐怖だ。分類してしまえば恐ろしくない。混沌は正体不明だからこそ悍ましい。この町の仕組みや構造を解き明かしてしまえば、皆の目もハッキリと定められると信じている。
かばね町には確かに犯罪者も居るが、普通の人も居るのだと。
「―――君の気持ちは分かった。でもその前に……やっぱり歌いたいから一曲歌わせて?」
一先ずテストの打ち上げが済んだので、切り替える。普通の部活とは活動自体が変わっているからついていくのも大変だ。危険があるかもしれないという事で川箕は一度家に護身用武器を取りに帰るらしい。目的地は共有済みなので、改めて現地で再集合となる。
俺の定位置は、決まって透子の日傘の中だ。
「やっぱり町の住人って護身道具を持ってるものなんだな」
「隠してるだけで普段から持ち歩いている筈よ。学校にも持ち込んでる人が居るのをみかけたわ。一年生だけど」
「へえ。でもバレないタイプって事は小さいんだな。催涙スプレーとか?」
「ナイフ」
…………護身用、武器?
「拳銃もいるんじゃない? 使わないだけで、使う気がないだけで、あの学校はテロリストが乗り込んできて立て籠もる可能性も決してゼロじゃないわ。そういう状況になったら使うかもね」
「怖い事言うなよ! ……でも、そんな事言う割にお前がそういう武器持ってるの見た事ないな」
透子の身体をじっくりと見回すが、スタイルがいい事以外は何も分からない。制服の構造から隠し持つ事は不可能だし、何なら歌っている時に割と動き回っていたからもし服の中に入れている程度の隠し方ならあの時落ちているだろう。
「……私は必要ないわ」
「実は武術を習っていて、凶器が来ても安心とか?」
少し驚かせるつもりで彼女の右手首を強く握った。どういう反撃をしてくれるか楽しみで、本当にただの出来心で。
「…………?」
「おい。反撃してくれよ。俺は今襲ってるんだぞ」
「……君が私を襲うの? やめてよ、一回負けたじゃない。私は君に襲われたら何も出来ないわ」
「そ、そんな事言ってたら襲われちゃうぞ! この町で襲ってきたのが俺以外だったら酷い目に遭わされるんだぞ! お、おい。武器とか武術とかないのか?」
「必要ない。私には君がいれば十分」
「は、はあ?」
いまいち表情の読めない顔で透子はやはり無抵抗を貫いた。両手首を抑えつけても壁に押し倒しても攻撃する事はなく、わざわざこっちから体を密着させても何もしない。
日傘をその場に落としても、やはりそのまま。
「…………し、心配だな。熟練者って顔して、川箕よりお前が一番危機感なさそうだ」
「そう? ……危機感がないと言われても、こればかりはどうしようもないわ。友達と一緒に過ごす時間があんまり楽しかったから、つい」
悪ふざけはやめた。落とした日傘を返すと、彼女は何事もなかったように手に取ってまた歩き出す。
「―――お化けって、実際問題居ると思うか?」
「居ても居なくても私達のやる事は変わらないわ。やると決めたからには君も恐れないで。大丈夫。たとえ世界が亡んでも、君だけは守るから」
「大げさすぎるし、武器の一つも持ってない奴に言われたくないっ。ああ、こんな事なら俺も武器……あの野郎、スプレー返せよな……」
「………………ふふ。守って、あげるからね」




