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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 3 夕立の降る青春

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愛は日常の外にある

 テスト前日にもなると流石に殆どの人間(あの真司でさえ)口数少なに真面目に勉強する様子が見られる。かばね町を隣に持つ俺達にとって自分達がまともである事の証明は勉強でしか得られない。

 犯罪と隣り合わせの状況だからこそ、対外的に自分達は違うと発信しなければならないと言うか、やる事はやらないといけない。裏社会の組織で成り上がるまで行くと分からないが、犯罪者に身を堕とすだけなら学力なんて必要ない訳だ。

 今の俺なら、頑張れる。

 少なくとも、俺の為に頑張ってくれた二人が居た。家庭の問題に口を出されたくないなんて歪んだモチベーションで取り組んだ勉強に付き合ってくれた人がいた。ちょろいと思われてもいい、それだけで十分だ。『夏目なら出来る』なんて、そんな期待は久しくかけられた事もなかったから。

 


 テスト当日は、緊張しなかったと言えば嘘になる。



 期待をかけられていない人間だったから言うが、期待をかけられない現状は翻って期待された時の恐怖を生んでしまう。期待に応えられなかったらどうしようという不安、そのせいで相手に嫌われたり失望されるのではないかという予感。俺の学習した範囲から問題が出るかどうかよりも、遥かにその方面で緊張していた。

 それでもやりきれたのは、二人を信じたからだ。もし俺が失敗しても二人は俺を見放さないと信じてやりきった。他人依存の覚悟はどうかと思ったが、それ以外にどうする事も出来ないなら、やるしかない。

 そう信じて、全ての科目をやりきった。






「おっつかれ~!」





 放課後。多目的教室という名の部室で落ち合った俺達はそれぞれ三人で互いの苦労を労った。具体的に何か物を用意したという事もない……しいて言えば自販機の飲み物を持ちよったくらいか。

「テストでハイタッチなんて初めてしたかもしれないな」

「まあ、いいでしょ。ハイタッチ禁止なんて校則もないし」

「二人共どうだった? 私は夏目に教えてたお陰でかなりやれたと思うっ」

「……意地悪な問題以外は出来たと思うけど」

「俺もだ。二人のお陰で不安はない。やれる事はやった。後は結果を待つだけだよ」

 暗記系の問題は川箕の教えてくれた覚え方が、理屈を立てて証明しないといけない問題は透子の考え方がそれぞれ役に立ったと思っている。数学は特にだったが、俺は基礎をあまりにも軽んじていた。難しくなる話をこねくり回しても間違ってる答えを正当化する時間にしかならないから一旦最初に立ち返ろうという発想は……斬新ではないかもしれないが、俺の頭にまるっきりなかった物だ。見習いたい。

「部活ってテスト終わったら開催していいんだっけ」

「テニス部はしてたけど。こっちはどうなの?」

「…………どうなの?」

 透子と思わず顔を見合わせてしまう。互いに責任を被せ合う気持ちまでもが一致してしまった。何も決めていない。ただ、やる事と言えばかばね町に繰り出す事なのですぐに始められるかどうかという話なら、とりあえず始められる。

「あー……じゃあ、こうしよう。俺達は今日活動する。ただ課外調査部の最初の活動として……テーマ? 議題? なんていえばいいんだ……方針がないのは難しい気がする。かばね町を調べるって言ってもあの町は闇だらけだ。犯罪に関わりたくないなら町を一括りに拒絶しないといけないくらい。だから最初くらいは方針が欲しいかもしれない。何かないか?」

 二人は町の住人だ、普通に暮らしているだけでも情報は入ってくるだろう。透子も川箕も普通に生活しているだけの住人だから、耳にはしても調べない話くらいは出てくるような気がした。創設者の癖に他人任せをするのは避けたかったが、こればっかりは町の外で生きてきた俺には難しい。最近はホテルで透子と寝泊まりしているが、それだけだし。

「うーん。最初に調べるんだから危なくない方がいいよね。全員撃たれて死ぬとかごめんだし」

「人間災害について調べるのもおススメしないわ。結構な組織の顰蹙を買うから。少なくとも三大組織には目をつけられる」

「そうだね。人間災害を特定して刺激して三大組織を滅ぼしてもらうって話してた人知ってるよっ。そういう思惑の人が居るから、人間災害って正体が明らかにされてないのかな……」

 言いたい事は分かる。あんな災害みたいな被害を人力で起こせる人間が近くに居たらそいつはまず死んでいるだろうという理屈は。けど俺は、そんな人間災害からコートを貰ったのだ。

 全く同じコートを羽織っている女性も居たせいだろうか、なんとなく女物のコートという気もしている。だからって着ない訳じゃない。特に寝る時は冷え込むから、使わせてもらう事もある。

 不意に、川箕が声を上げた。

「季節外れだけど、お化けについて調べてみないっ?」

「へ? お化け?」

 突拍子もない話に呆気に取られる。彼女は指を立てながら恥ずかしそうに笑い、SNSの書き込みを見せてくる。

「かばね町にお化けが出るって話があるのっ。どう、怖くない? 気にならない?」

「あの町で一日何人が死んでいると思ってるの? 死んだくらいで化けて出るなら今頃文字通りのゴーストタウンよ」

「まあ多くの人にとってはゴーストタウンになってくれた方がいいんだろうけどな……お化けって言うからには噂とかあるんだな?」

 書き込みにはお化けが出たとしか書かれていないし、このアカウントはそもそもこれ以降発信がない。季節外れなんて言うが、お化けが本当に居るならそもそも生者の季節なんて尊重してくれる筈もないから、見つかるだろう。

「だからその噂から調べるんじゃないの? 私も一回聞いたくらいで全然町が殺気立ってる感じもしないから安心だってっ! それに、お化けより人の方が怖いしさ……」

「それは言えてるな……」

 存在するかも分からない、害するかも分からないお化けより、後ろから突然銃殺されたり通り魔的に刺殺されたりする方を怖がらないといけないなんてつくづく日本らしい治安とは言い難い。

「……透子はどう思う?」

「それくらいだったらいいんじゃない? 多くの組織は切り分けられたパイの中でどれだけ利益を出せるか必死だから、そんな事に構う余裕もなければ興味もない筈よ。方針はそれで決まり? それじゃあ早速だけど、テスト終わりの打ち上げついでにあの場所へ向かいましょうか」

「ん? あの場所って何?」

 川箕は知らないようだが、確かあの場所は個人経営だから……知らないのも無理はないのか。



「あの町で一番、機密性の高い場所だよ」





















 「おや~? 三名様いらっしゃーい!」

 絶対にそんな事はないのだが、ティルナさんと会ったのも久しぶりな気がしてくる。いつ突然殺されるかも分からない町の中だとほんの数日合わない程度でもそう思えてしまうのかもしれない。

 透子と一緒にホテル暮らしを続けていて危険はないが、しかし寝静まろうとすると遠くの方から銃声やら爆発音やら聞こえて……特にテスト前日の時は何十人が車を走らせ暴れ回っていたから睡眠薬を服用しようかと思った程だ。夜の町は本当に危険で、出歩きたくなる道理もない。ティルナさんのカラオケの需要についてますます理解が深まっている。

「へー。こんな所があるんだっ。安全なの?」

「個室の中の事は関知しないらしいから、色んな組織が利用してるらしい。それで、多数の利害の一致で逆に危険に晒されてないっていうか、ここを襲ってくる奴だけが敵みたいな扱いっていう話を聞いたな」

「あー、そういう? じゃあここのお店、何処かが後ろに居るとかでもないんだね。一家の人とか入ってきそうだけど」

「誰も牛耳れない、けど誰もが利用出来るって所に商売を見出したのよ。隙間産業じゃないけど、誰もが真似出来る事じゃないわ」

 個室の中では安全という事を聞いた川箕が早速警戒を解いてソファの端っこになだれ込んだ。今日の個室は普段よりも薄暗いからか、透子も日傘を閉じて俺の隣に座ってくる。両隣を女子に挟まれて微妙に落ち着かないが、まあ……危険はない。

「で、ここに来た意味って何なの? 情報も揃わなそうだし、打ち上げって感じも……まあカラオケはすっきりするけどっ!」

「ここは後ろでレストランやってて、料理が凄く美味しいんだぞ。情報は……うーん」

 俺は無言で、店員呼び出しボタンを押した。暫くしてティルナさんが扉を半開きにしてひょこっと顔だけを覗かせてくる。

「お呼びですか?」

「ティルナさん。この町を騒がせ……てはないか。えっと、お化けについて何か知りませんか?」

「んん? お化け?」

 凄く微妙な表情をされたし、そこに裏などなくリアクションに困っているだけというのは俺でも分かる。言い出した川箕を一瞥すると、身を乗り出して快く発言を引き継いでくれた。

「一回か二回聞いたくらいの噂なんですけど、お化けが出るって話があったんです。全然詳細とかは分からないんですけど、もし知ってたら教えてほしいなあーって」

「お化けお化けお化けお化けお化けお化けお化け……お化けとか出るタイプの町だったらこの町はとっくにゴースト」

「ティルナ、それは私がもう言ったから」

「うーん。あ、もしかするとこの話が近いかもしれませんね。花弁スタジオっていう小さな会社があるんですけど、そこの社員が日に日に殺されてるんです。ある時は轢殺、ある時は銃殺、ある時は刺殺、ある時は圧殺。バリエーションのある死に方から自殺の線はなくて他殺って言われてるんですけど」

「ティルナさん―――それは恨みを買ったとかじゃ?」

「まあ普通はそうなんですけどね? ただこの件、龍仁一家が花弁スタジオに仕事を任せた日から起きてるみたいで……お二人はご存じないかもですけど、三大組織は結構面子を気にするんですよ。だから、変な話と言えば変ですよねぇ」

 三大組織には手を出さない方が良いという暗黙の了解があるのに、三大組織の一角が関わった仕事に不穏なケチがつく。確かに命知らずな話だ。そしてまだ解決出来ていないらしい(解決してたらティルナさんだってこの話を言わないだろう)のも不気味である。

「気になると言えば気になるけど、それとお化けは関係ないんじゃないかしら」

「一家が犯人を見つけられないからお化けって言われてるんじゃないか?」

「そこまで行くと妄想ですけどね。透子の言う通り、お化けって言われて何とか捻りだしただけですから」

 用件はそれだけで、ついでに料理を頼むとティルナさんはまた扉を閉めてしまった。三人の間に満ちたやる気を感じる。面倒事が終わった後特有のハイテンション。後で疲れる事を知りながら、衝動を抑えられない。



「じゃ、一先ずこの話は置いといて歌うか!」

「いえ~い! そうこなくっちゃね!」

「楽しめる時に楽しまないと損よね」

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