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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 3 夕立の降る青春

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未必の嵐

「やったああ! 終わったぞー!」

「四回目にして百点っ! やるじゃんっ!」

「おめでとう。川箕さんも自力で問題考えるの疲れたでしょうに、付き合ってくれてありがとう」

「ううん、気にしないでよ。勉強って教えてる人も教えてる時に復習してるみたいな所もあるし、これくらい全然いいって。でも……」

 川箕は大きく伸びをして、その場に背中から倒れる。

「さっすがに疲れたー! 一日中仕事してた時よりはマシだけど、肩とか背中とかなんか凝ってる気がするーっ」

「今日はもう帰りましょうか。明日はテスト前日だし……たまには早く帰ってもいいでしょう。前日は流石に詰め込みたいと思うし……どうかしら、ご飯でも行かない? 夕方くらいだし、何処でも入れそうよ」

「いいなそれ。行こう! 昨日みたいに襲撃されるのはもうこりごりだし」

 昨日襲われたのは俺達じゃないが、それでも謎の緊張感の中で脱出するのはもうごめんだ。透子と一緒に立ち上がって部屋を出ようと準備していると、川箕が両手を空に突き上げてばたばた暴れている。

「あーっ。誰か起こしてよー」

「起き上がれないのか?」

「寝転がると、身体が急に重くなっちゃってさ……んっ。ありがとっ!」

 手を取って立ち上がらせると、川箕は疲れの残った笑顔を浮かべて自分の鞄を取りに行った。物臭な俺や透子と違って彼女は勉強の邪魔にならないよう一番遠い場所に鞄を置いており、取った後、振り返って俺の肩を叩いた。

「ほら、行こっ!」

「あ、ああ!」

 早めに帰れば襲撃に遭わないという発想はどうかと思うが、流石に夕方から襲撃なんて仕掛けられない筈だ。幸い同じ発想の奴はまだおり、学校に居た方が集中出来るのだろう、教室を覗くと固まっているグループが幾つもある。彼等より先に帰るのだ、これでまだ危険なら更なる虐殺事件に巻き込まれてしまう。今度は何人死ぬのだ。

「……俺達が外に出た瞬間発砲されたらどうしよう」

「そんな事にはならないから大丈夫。車の音も聞こえないし」

「じゅ、銃はどうしようもないから、守ってよっ?」

「多分誰もどうにも出来ないぞ?」

 人は、居たい場所に居る権利があると思う。

 俺はこの空間が好きだ。やっぱり部活を作って正解だった。まだ本来の活動は出来ていないけど、それでも自分を曝け出せる場所が出来ただけでも嬉しい。日常は最悪だ。町の外に居る人間はどいつもこいつも品性が下劣で、俺に対する嫌がらせをここぞとばかりに仕掛けてくる。人の不出来をバカにしてそんなに楽しいか。楽しいだろう。

 かばね町の方が余程俺に優しい。犯罪者の巣窟なんて物はいいようだ。誰でも受け入れてくれる町という概念を悪し様に言ったらああいう表現になる。だからと言って犯罪に手を染める気はないが、それでも犯罪者じゃないので何をしても善良であるような素振りはごめんだ。明日は見返して、誰も俺に話しかけられないようにしてやる。

「……どうした、透子」

 昇降口まであと一歩の所で日傘が動かなくなり、俺達もつられて足を止めた。ここは所謂掲示板であり、学校からのお知らせや賞を取った作品の展示が行われている。そして、新聞部の新聞が掲載されるのもここだ。




『二年生の一部がかばね町の犯罪行為に関与!? 答案強盗は闇バイトだった!』




 以前も言ったように、新聞部は度々悪質なデマを流す部活として注意を受けている。確かに掲載は続いているがあまりにもデマばかり続くからわざわざこんな所で足を止める人間はおらず、内容なんて気にも留めていない。『学校新聞を見たか?』なんて話題を振ろうものなら『見てない』と一蹴される事間違いなしだ。

 しかしこの記事は……

「闇バイトって……有り得ないだろ。流石に」

 記事の中身は単純だ。二年生のJがかばね町出身の人間と関与を持つようになった上に最近は家にも帰らず町に入り浸っているという記事と、答案強盗はかばね町で生まれたバイトであり、既に答案は盗まれ用済みになった事で実行犯の生徒達は射殺されたという記事の二点構成である。

 かばね町について理解したくない人間に向けての説明も加えられている。曰くかばね町は人間災害という虚構によって支配された小さな国であり、人間災害とは数々の犯罪行為の痕跡が『人間災害』という架空の人物に押し付けられて出来上がった妄想の産物らしい。治外法権が機能している以前にあらゆる行為を『人間災害』のせいに出来るからあの町は犯罪の温床なのだと。

 そして国も『人間災害』という恐ろしい嘘に騙されているから、今更規制する事も出来なくなり、結果として犯罪者の楽園が生まれたらしい。この記事では、それが真実として書かれている。

「…………俺は人間災害を見た事ないけど。流石に居るって事くらいは分かるよ。ほんと、デマもいい加減にしてほしいな」

「うん。私もそう思うよ。見た事ある訳じゃないけど、因果関係が逆なのは分かってるから」

「逆っていうのは……人間災害には手を出すなっていう町のルールの事か?」

「あれ、知ってるんだ? そうそう、人間災害が誰か分からないから、どんな危ない人も手を出そうって時は徹底的に身元を調べるんだよ。一旦手を出したら自分の居場所がなくなるどころか、味方だった人まで敵になっちゃうらしいからさ。これが真実なんだったらもっと嬉々として犯罪すると思うんだよね」

「…………銃は撃つ相手を選ばない、撃つ人が相手を選ぶ。災害は災害と呼ばれるだけの理由があって、そこに意思なんてないわよ。災害は誰にも与しない」

 町の出身者が二人もそんな事を言うならやはりデマか。こんな陳腐な嘘を堂々と書ける新聞部の人格にも問題がある。真司だけでなく他も全員頭のネジが外れているのか。強い言葉を使った方がウケがいいと? こんな新聞を読む人間誰も居ないのに。

「ただ闇バイトの方は……どうだろうね」

 これ以上立ち止まっているのも腹立たしいので二人を半ば引きはがす形で昇降口を抜ける。校門を抜けた所で川箕が改めて記事を話題に出した。

「マジであるのか?」

「あるかは分かんないけど、仕事としては成立するよ。町の出身だとバレたら私みたいになるんだから、基本は全員隠すって話をしたでしょ。ていうか暗黙のルールだし」

「ああ。自分も排斥されたら嫌だもんな」

「でも町の出身だからこそ役に立てる事もあるんだよ。例えばある人が闇市を経由して答案を手に入れて、それを基に自分でノートを作って皆で共有したらどう? 人望が生まれると思わない?」

「勉強が出来る奴とは思われるな」

「需要があるなら仕事は生まれるよ。真相は分からないけどね」

 勉強が出来るからモテるなんて事はないが、少なくとも良い奴や友達で居てもいい存在とは思われる。今の俺とは正に対極で、川箕のような排斥を避けたいなら町の出身者はやらないといけない行為だ。

 そうしたらある程度信頼を稼げて、仮にバレても庇われるかもしれない。自分達は世話になったからと。逆に言えば彼女はそのような忖度もなしに一瞬で排除されたので似たような事はしていなかった証明になる。

「……町の話はもういいでしょ。夏目君、何処で外食する? 思い出のお店とかない? 誕生日にしか連れて行ってくれないお店とか、華弥子さんと行って一番おいしかったお店とか」

「……華弥子の話はしないでくれ。でも、一個だけあるよ。大した場所じゃないけど」

















 二人を案内したのは何でもないレストランだ。透子が言うような心温まるエピソードはないが近い物はある。町の外だからだろうか、彼女は日傘を閉じて俺の対面に。川箕は道側に座ったので俺は二人に挟まれるように窓側に座った。

「ここさ、誕生日の人には無料でケーキを出してくれるんだよ。まあ、登録してたらなんだけど」

「へえ、いいじゃんっ」

「思い出になるわね」

「うん。なると思う。毎年……俺と兄ちゃんも条件は一緒で、高校に入るまでは慣例みたいになってたんだ。ケーキは普通のショートケーキでさ、上に板チョコが乗っててそこにハッピーバースデーって書いてるんだよ…………」

 言ってて、悲しくなってきた。俺は何であんな事を許容していたのだろうか。今思うと、分からない。

「いつからだったかな。俺がケーキを食べさせてもらえなくなったの。俺が食べてたの、上の板チョコだけだよ」

「それは、どうして?」

「生クリームが苦手になっちゃった?」



「いつも両親に苦労かけてるから、だってさ」



 俺は兄ちゃんと比べれば殆ど全ての事が要領悪く、適性もない。それだけを理由に、純粋に祝う気持ちになれないからというだけで、チョコだけを食べた。残りは家族が分け合った。形ばかりの誕生日祝いを口にして。

「…………信じられない。自分の子供にそんな事が出来るの?」

「流石に理不尽じゃないっ? 夏目が何したって言うのさ!」

「だから、せっかくだし久しぶりにケーキを食べたいなと思ってさ。食べていい、よな?」

「当たり前じゃんっ! ていうか私達に許可なんて取らなくていいよっ、 好きなだけ食べなって!」

「嫌な思い出があるようなら、塗り替えましょう。テストには十分な気持ちで臨んでほしいもの。直接誰かに見せる事でもないけど、見返してやりましょう。もう君は誰かに優しく虐げられるような人間じゃなくて……もっと幸せになるべきなんだって」

 透子は慈愛に満ちた微笑みを浮かべて軽く首を傾げた。そんな風に言われたのは生まれて初めてだ。幸せになるべきなんて。今まで俺は、努力が足りないとしか言われなくて。

「…………ああ。そうだよな。だって、俺は、頑張ってるもんな!」


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