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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 2 澎湃たる殃禍

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平和な世界の恋願う

 俺は普通のデートがしたかっただけだ。

 今更、誰にも信じてはもらえないだろうが、ここで表明しておきたい。お互い楽しめればそれで良かった。透子相手に下心が全くないとは言わない、むしろその真逆―――彼女がそれすら受け止めてくれるせいで爆発しそうなのだが、それでも今回のデートで何かしようという気にはならなかった。

「……この町、おかしいよぉ……」

「…………良かったじゃない。沢山洋服は買えたんだから」

 その本当の意味も理解せずに『襲える』なんて言ったのが間違いのもとだった。襲えるなら服が安くなるというそのロジック……俺はてっきり、そういう目的で利用させる事により申し訳なさから購入させる意欲に繋げ、その際に安くする事で結果的に利益を得るという事かと思ったのだが。話はもっと単純。


 試着室にカメラがあり、その時の行為を記録してビデオとして仕上げる事で第二の商品を作るらしい。


 不幸中の幸いだったのは乗り気な素振りを見せていた透子がいざ試着室に入ろうとすると恥ずかしがってやっぱりやめるなどと言い出したのが可愛かった事だ。それが心の琴線に触れたのと―――直前まで勘違いしていた事もあって、覚悟を決めた俺が押し切ってしまった。

「………………ほ、本番、しなくても良かったのはいいけど、さ。こ、これはありなのかな」

「……暗黙のルールとは明文化されていない以上、こうした穴を突かれても文句は言えないわ。それとも……シたかった?」

「そ、そういう訳じゃ……」

 透子も飽くまで口実というか、カメラ位置が元々悪いのをいい事に適度に見切れる事で本番をせずに乗り切ってみせたのは凄い事だ。俺にはとても真似できない度胸ではある。だけど身体に指一本触らないというのも不可能だから、そのように見える行為ならやってしまった。きっとカメラには鼻息を荒くしながら自分でも訳の分からない情動に突き動かされた暴れる俺が映っていたのだろう。

 本当に恥ずかしい。

「て、ていうかさあ。あんなルール知ってる事はその……誰かと良く来たり、するのか?」

「だったら、恥ずかしがる理由もないわ。私が知っているのはティルナから聞いたからに過ぎない……隠してた訳じゃないけど―――」

 透子は日傘を傾けて俺を壁の近くに連れ去ると、つい数分前にあった距離感で呟いた。

「……ハジメテ、だから。まだ」

 それは信じる信じないの話ではないだろう。本当に疑わしくて仕方ないのなら今すぐにでも一線を越えてみればいいだけだ。俺のストーカー扱いが罷り通った理由は主に人望でしかないが、惚気が聞こえる割にはその手の話題が上がらなかったせいもあると思う。ハグすら碌になかったのだから仕方ないが、恋人という扱いでハグもないのはおかしい。つまりアイツはストーカーという図式は十分に成り立つ。

「……ま、まだ?」

「君がシたいならって意味」

 傘を戻して透子は再び歩き出した。デートする時間はまだまだたっぷり残っているが、もう俺の頭の中はどうかしてしまった。さっきからイレギュラーばっかり起きて下見の意味が何もない。セーター自体は普通の服だがさっきまで鼻息荒く顔を埋めて擦りつけていた場所がたゆんたゆんと揺れている所を見るだけでもう情緒がおかしくなる。とても直視出来ない。


 ―――き、気を取り直せ!


 気にしているんだか気にしていないんだか、透子はまだ前向きだ。俺は自分が何て理性のない奴だと蹴っ飛ばしたくなるが、彼女はまだデートを楽しむ気でいる。俺に何をされても、気にしていないように受け入れてくれた。それなら選ぶべき選択は逃げる事じゃない。このデートを完了する事だ。

「そ、そうだ透子! さっきはちょっと変な事になったけど、本屋に行こう! 本なら流石にないよ、な? 大丈夫だよな?」

「本? 本は好きよ。私も週に一回くらいは仕事帰りに買いに行くわ」

「え、思ったより食いつきが良い。何を買うんだ?」

「恋愛系の……小説を。本の中の世界には……人間災害なんていないから」

 ……慣れてしまっただけで、やはり彼女も人間災害なんてふざけた存在は嫌悪しているのか。台風を好きなんて言う人間は学校だか会社だかを休みたい人間だけで、それ自体が好きという人間は殆どいない。それが激しければ激しいほど生命も脅かされるからだ。

 《《人間災害なんて居ない方が良い》》。

 平和の為の抑止力ではあっても、それがこの町に住む人間の総意なのかもしれない。

 書店に入ると、しわくちゃで色黒の老人がカウンターでパイプ椅子に座って居眠りをしている。本の値段も常識的で、何かおかしな事をする余地は一切ない。良かった。これなら一安心だ。

「夏目君はどんな本を読むの?」

「や、実は最近まで漫画ばっかりなんだ。勉強頑張らないと点数上がらないタイプだからさ。学習系の本を買う為に足を運んでる事の方が多かったかな。その、兄に借りた本が何となく面白くて、それで高校に入ってくらいから親に隠れてちょいちょい……」

「へえ、そうなの」

「だから俺のおススメをっていう話をしたかったんだけど……いいよな!」

「―――楽しそう。いいわよ」

 良かった、また乗り気になってくれた。今度こそトラブルなんて起きない事を祈りながら目当てのコーナーに行く。おススメ出来る程本を読んだのかと言われたら怪しいが、情報は十分だ。

 透子は人間災害のない世界―――つまりこのかばね町のような治安の悪い場所から離れる事を望んでいる。恋愛系を読むなら心の機微に強い関心があって、且つ平和な……一旦二人が離れたり喧嘩したりするような不安になる描写のない作品。それが面白いと感じるかもしれない。

「こういうのは華弥子さんにやったの?」

「やる訳ないよ。俺がやりたかった事だからさ。相手が乗ってくれるかどうかも分からないのにやるなんて博打すぎて当時の俺には無理だ。透子は……俺の我儘を受け入れてくれるから、言ってみたんだよ」

「…………君と一緒に居るのは楽しいから、これからも気にしないで。それより、君はどういうタイプの本が好きなの?」

「…………面白ければ何でもいいけど、難しくなくてファンタジーな感じがいいな。違う世界に飛び込んだ感じがして、ワクワクする。まあ現実は、違いすぎる世界に困惑するような根性だけどさ」

 かばね町は俺の知る現実には程遠い。同じ国で暮らしているのにまるで違う国に旅行に来たかのような治安の悪さ、独特の文化。少なくともこの外で暮らしてきた人間には受け入れがたい。そんな、所謂別世界に足を踏み込んだ結果がこれだ。俺はまだまだ馴染めない。馴染もうとしたら時間がかかる。これは犯罪か、許されるかどうか。頭で一旦考えようとしていつも真っ白になる。ファンタジーはそういう世界だと受け入れられるのに、この町はまだ現実と認めたくない。

「……夏目君は、この町が嫌い?」

「…………怖いとは思うよ。今でも怖いと思ってる。法律とは違う秩序が働いてる感じが凄く、呑み込みにくい。だけど……この町があるからお前と出会えたのかもって、そんな気はしてるんだ」

「―――ッ」

「日傘が法律違反って訳じゃないけどさ。透子みたいに変わった子と会えたのは間違いなくここの気風な気もするんだ。だから怖いかどうかは一旦置いといて……お前が居る限りは、嫌いになれないかも」

 おすすめの本を、彼女に手渡す。優しく、手の甲にもう片方の手を添えながら。




「こんな町に住んでると刺激が足りないかもしれないけど、楽しんでほしいな。お前に合ってる事を祈るよ」

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