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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
LASTRASH  人間災害

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210/215

今を生きる者

「透子様、私です! 覚えていらっしゃいますか!」

「そんなに時間は経ってないでしょ? 忘れてないわ、ニーナ」

「も~良かったよホント! 透子ちゃんが居なくなってから夏目ってば見てらんなくてさ!」

「おい、透子が見てなかったからって適当言うなよ! お前こそ泣きすぎて化粧がぐちゃぐちゃになってたぞ!」

「はあ!? そんな事してないし! 大体夏目に化粧の事なんて分かる訳ないじゃん!」

 目的を達成したせいだろうか、突入までのシビアな雰囲気が一転して和やかな空気になってしまった。ここは海底にある研究区画で全く安心出来るような要素は何一つ存在しないのだが、家で寛いでいるみたいで……本当に、涙が出るところだった。

「<……トウコ。その、俺は>」

「……」

「<……すまない。お前を苦しめてしまって>」

「まず川箕さんから離れない? 話はそれからしましょうか」

 いざ本人が目の前に現れると途端に刺々しさを失うジャックが傍から見ても面白く、俺とニーナは隠す気もなく露骨に笑っていた。川箕は複雑な気分かもしれないが少しだけこの景色を楽しませてほしい。ようやく全てが……報われた気になれたのだから。

「<……そうか、その話をしないといけないんだったな>」

「ジャック、いい加減川箕を使うのはやめような。乗っ取るなら女子の方がいいって気持ちはまあ……尊重はするけど」

「<おい、誤解を招く言い方はするな! 大事な話をするんだ。お前達の今後の話をしないといけない。当然だがクロウの計画をご破算にした時点でお前達が抱える問題は自力で解決しなくてはいけなくなった>」

 因みにそのクロウは俺達が再会を喜んでいる間に姿を消してしまった。元々がホログラムだから現れようと思えば一瞬だろうが、本当に過去に帰ってしまったのかもしれない。俺達とは相容れなかったが彼は彼でトーコを想ってやった計画だ。騙されたと感じた直後は喧嘩を売ってしまったが、一言も告げずに居なくなられると何故か罪悪感を覚えてしまう。

「<大まかな問題は主に二つ。トウコの力をどう制御するか。今はお前がまだ俺の血に侵されているお陰で無事に済んでいるが、それは毒だ。お前とこの女から完全に排除しないといけないのも問題で……二つとは言ったがどちらか片方だけを解決するのは簡単だ。しかしそれではクロウを拒絶した意味がない>」

「策はあるのか?」

「<片方なら簡単だと言ってるだろ。ま、それもトウコの方を解決しようとしたら一時しのぎと言われても反論出来ないくらいだ。お前達のは完璧だが」

「……?」

「<この区画は現在切り離され一つの艇として何処かへ向かっている最中だ。目的地くらい探せば見つかるだろうが、そもそも区画があった場所自体が深海と呼ぶにふさわしい深度だからな。この艇を拠点に生活するのなら、トウコの問題はあってないような物だ>」

 しかしそれだと記憶を消さないだけで事実上の軟禁、自由に生活しているとも言い難く、反論しようと思えば幾らでも出来る。確かに一時しのぎだ。解釈次第では解決したとは言えるが、とても前向きと言わざるを得ない。

「<お前達の方はマシだ。この区画の何処かに血液を採取する装置がある。俺達人造人間の血の生物に対する毒性を調べる為の物だったが今は単に除去装置として考えていいだろう。ここが閉鎖してどれだけ使えるかは分からんが、この女は技術屋なんだろ? まだ使える機材があるなら使えばいいし、ないなら直せばいい。クロウが守ってたお陰でここから持ち去られた物品は殆どないみたいだからな。予備の部品くらい探せばある>」

「え、私にこの研究所の機械触らせてくれるの!? 全部!?」

「<元々その為についてきたんじゃないのか? いや、違ったな。単なるエゴだったか。とはいえその辺の技術屋では理解しきれるかどうか。これでもかつては最先端技術を先行していた場所だからな>」

「部品を集めて設計図を書いただけでニーナちゃんがつけてるバイザーを造れる凄腕だから心配しないで。ここの技術にはもう触れてるわ」

 川箕(ジャック操作中)が驚いたようにニーナを見遣った。

「<……そうか、ここの技術を応用したのか。しかし図面なんてお前、よく手に入れたな>」

「記憶頼りのうろ覚えで私が書いたの。川箕さんの読み取る力が凄かっただけ」

「<本当に凄いな! それこそ特殊能力にしか思えないが人造人間ではない。変わった奴だ>」

「ほ、褒めてくれてありがとう……? とにかく! 私、やるよ! 一生に一度しかこんな機会ないもんね、放っておいたら死んじゃうしさ!」

「じゃあ直せるまで俺達も散策しようか。透子を助けられるような機材があったらいいな」

「あのポッド以外はクロウが使わなかったんだし、ないんじゃない?」

「アイツは未来が視えるだけだろ。ポッドが簡単に対処出来るから使ったってだけで、見落としがあるかもしれない」

 丁度、過去で俺がした些細な改変に彼は気づけなかった。未来が視えるというだけで全能になるとは限らない。今回もきっとあると俺は信じる。過去から視れば存在しなくて、今の人間だけに見える救いの手立てを。



















  一先ず川箕はジャックに任せておいて、俺とニーナは透子をガイドに施設の案内を受けていた。そこには過去に訪れたマツリビの存在した部屋やマコトの居住区画もあったが、どちらももぬけの殻だった。

「この水槽には……マツリビが居たんだよな」

「それもジャックから聞いたの? そう、私のお母さんね。実を言えば私よりも謎めいていた存在で、今は何処にいるのやら……」

「アメリカが回収したんじゃないのか? お前を創るくらい凄いAIなんだし回収されて当然だろ」

「回収されたとしても、誰にも私に入れたプログラムは教えないのでしょうね」

「人工知能にそんな事可能なのか? それに製作者が居れば仮にマツリビが教えなくても同じ奴を作ればいいだろ。同じ知識があってしかも友好的に作ればいい」

「それが分からないから苦労しているのよね。マツリビの製作者は不明だそうよ。単に隠しているのか、それとも本当に分からないのかは今となっては知る由もないけど。、ただもし回収されていたならこの区画に彼女以上の価値ある技術はないわ。外に居た軍隊の人達は何のためにここに来ようとしているのかしら」

「俺の親のとこにある筈ないしな……あってももう壊れてるけど」

「透子様! こちらのお部屋は何なのですか?」

「そっちはシミュレーション室ね。映像媒体を用意してセットすると、その映像に沿った仮想空間を展開出来るの。主にここで育った子の性質実験で使われていたけど、喧嘩が好きな子は休憩時間に起動して誰かと戦ってた記憶があるわ」

「この椅子は?」

「だからそこで寝転がって人の意識を向こうの大きな機械に転送するのよ。電気信号を……解析して……再構築して? 詳しくないから説明させないで頂戴。もう壊れてるけどあのパソコンに仮想空間として使えるプリセットがあって……それで遊んでた、かな」

「透子もか?」

「ジャックが私に何度か挑んできたけど」

 それ以上は本人の名誉の為に言わない、と彼女は口を噤んだ。しかし沈黙は時に雄弁よりも口を滑らせるものだ。川箕の方に集中しているみたいだから話を聞いていなくて助かった。きっと勝手に口が動いて言い訳がましかったろう。

「……良く分かりませんが、そのような理屈でしたら私もこの中では目が視えるのでしょうか! 丁度椅子も二つありますし、ジュード様のお顔を一目見てみたいです!」

 ニーナはぴょんと椅子に飛び乗ると、自分の要求が通らないとは全く思わない様子で寝転がった。透子と顔を見合わせ、クスりと笑う彼女の笑顔が答えだ。やれやれと仕方のない風を装いながら隣の椅子に腰を下ろす。横の机に置かれているヘッドギアを被りつつ、横たわった。

「一応起動してみるけど、壊れてたらどうしようもないわよ」

「お姉様に直していただけましょ!」

「川箕を何だと思ってるんだ……」

「はい! 何でも直して下さる素敵なお姉様ですッ!」

 透子は慣れた手つきで操作盤を弄っているが起動する様子がない。やはり壊れているのだろうか。まあそれならそれで…………俺はいい。顔にコンプレックスがある訳ではないが、今まで一度も顔を見られていない人物に顔を見られるのが恥ずかしいだけだ。何を言われるのか……どちらかと言えば恐怖の方が勝っている。

「…………え? そこのボタン? そうだっけ、随分昔の事だから……」

「透子?」

「ああ、ごめんなさい。ちょっと操作指南を受けてて」

「え?」

「―――あ、こっち? ありがとう。今から起動するわ。二人共、そのまま大人しくね」

「え、ちょっと……!」

 

 意識が強制的に遮断される寸前、彼女の傍に見えたのは。






 



 

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