二人で一つの描く未来
「…………透子!」
ずっと追い求めてきた存在が、大切だった存在が、二度と会えないと覚悟していた存在が。目の前に居る。
「……また君に会えて、嬉しい。本当はもっと話したい事があるけど、今は私の友達をどうにかしないとね」
「く…………透、子ちゃん! 具合はだいじょう……ぶ? 元気そうなら、いいんだけど……」
「川箕さんもここまで来たの……? わ、私の為に……?」
「あったりまえでしょ! 友達だもん! ね!」
「お姉様! あまり無理をなさらず……」
「大丈夫! 夏目の中に居た人が……私の怪我を治してくれてるみたいだから。後の事は知らないけど、今は問題ないよっ」
ジャックが血を感染させたのは治療目的でもあったようだ。発言こそ一々トゲトゲしている節はあるものの、なんだかんだで世話焼きというか、ツンデレというか。ああ、思考まで読み取られていたらきっと怒られているのだろう。
―――今はこんな事考えてる場合じゃないしな。
形成は逆転したものの、過去から覗き見てくる存在に対して俺達が何か出来るかと言われたら非常に微妙だ。クロウは両手で顔を覆いながら虚空をぐるぐる回っている。
「どおおおおおおおして! なんで! トーコ! 君のせいで僕の計画は台無しだ! 僕は君と弟を幸せにする為にここまで導いてきたのに! 何故ひっくり返した!」
「……途中まで、私はどうかしてたわ。彼を傷つけてしまった事に後ろめたさを感じていた。私が傍にいる限り似たような目に遭い続けるならいっそと……」
「透子……」
「クロウを悪者にしないであげて。彼が私を助けようとしてくれたのは事実だから。私の記憶を消し、ここに来るであろう君に新しい身体を見繕い、何処か見知らぬ場所で私達を解き放つつもりだったの。ここに帰ってきてから私も知ったけど、この秘密区画はクロウの手で船に改造されたみたい。今はその航行中なんですって」
「ふ、艇ですか? では私達がここに入った時の大きな揺れって」
「出航した衝撃だったんだな」
「…………ああ、最悪だ。ポッドは壊れた、十朗は体の状態を巻き戻した。これでもう僕は何も出来ない。僕に逆らってそれで満足か? トーコ、君は災害としてこれからも生き続けなきゃいけないんだぞ? 十朗、少し回復したからってその身体はとっくに手遅れだ。いつか死ぬ未来がまた少し遠のいただけ。彼女の目の前で死にたいのか? 僕には何も分からない。最善の未来を選んであげたじゃないか。なんでさ……」
クロウに抵抗の意思はない。それどころか彼は泣いていた。俺達を憐れむように、或いは己の非力を呪うように。
「うぅ……ぐす…………うううううぅぅ」
その姿がかつての自分と重なって見えるのは気のせいだろうか。もっとも、そう見えていたからといって適切な言葉が見つかる訳じゃない。泣いてる人には寄り添いたいが、ホログラムでしかないクロウに一体どう寄り添えばいい。言葉だけなら幾らでも取り繕えるが……
「<哀れだな、クロウ>」
泣きじゃくる声を除けば気まずい沈黙の中、真っ先に口を開いたのはジャックだった。ただし今は川箕の治療をしているせいか借りる口も彼女の物だ。可愛らしい声に口調を合わせる気は全くない。
「お前の間違いは能力の過信。未来が視えるから、視えるならばと救世主を気取った。俺達は人造人間、たとえ能力により一般人とは次元の違う存在になっていたとしても、決して神様にはなれない」
「分かった風な口を利くなよ! 透子の身体は……もう自分の力を抑えきれないんだ。君達も知ってるだろう、彼女はその内この星にも居られなくなる! 太陽の届かない領域まで追放されなければならないんだ! そうでなければ……何もかも壊してしまうから」
「それと記憶を消すのがどう繋がるんだよ」
「……彼女の力を制御しているプログラムは彼女の記憶に紐づいている……ここでトーコは無欠であると結論付けられるまで様々な破壊方法を実践された。プログラムは破壊方法に応じて力を引き出し破壊されない程度に身体の強度を上げる。トーコを殺す方法がもう何処にもないのはひとえにやりすぎたからだ」
「そこで彼は記憶を消せばいいと私に提案したの。記憶を消せば私の頭の中にあるプログラムは参照情報を引き出せない。そうしたら私は、災害をやめられるって」
「日光で制御出来なくなる問題は解決出来なくないか? それじゃ単に死ぬのが簡単になるだけで」
「……ジャックから聞いたの? 確かに私の異化因子は日光……厳密には紫外線で活性化してしまうけど、日光で力が制御出来なくなるのは違う理由なの。……最終実験として太陽の中に放り込まれたからで。活性化によって身体が状況を誤認してしまうの」
つまり日光を多く浴びるだけで透子の体内にある人工知能が太陽に放り込まれたと誤認して力を出し過ぎてしまう、と。だから日傘程度の対策でもある程度までは問題なかったのか。室内にまで日傘を持ち出したのは多分、光を避け続けたせいで癖が生まれてしまったのだろう。
「……ここでいう異化因子とは同化の対義語にあたる異化ではないよ。僕達が人造人間たる所以とか、特殊能力の起源と思ってくれたらいい。つまり記憶を消せば問題は全部解決したんだ。それを……君は…………!」
「だから、それが嫌だったのよ」
透子はポッドの傍を離れて俺の目の前に立ちはだかると、身体を抱きしめ、全体重を預けてきた。
「消すのは実験の記憶だけじゃなくて、私が外で渡り歩いてきた日々もでしょ。参照出来る情報があれば同じ話だから。記憶は繋がってないと夢と同じだから、私は嫌」
「…………僕の言う事を聞いてくれ。十朗と君を引き合わせたのは僕なんだぞ?」
「<いや、それは勘違いだな>」
誰よりも先に、ジャックが真っ向から否定する。
「<クロウ、未来を視る前にまずは自分の時代に帰ったらどうだ? 灯台下暗しということわざもあるぞ>」
「どうしてさっきから君はそっち側なんだジャック! 僕達は元々一人の人間を予定された存在なのに!」
「<そっち側も何も事実だからな。ここまでの未来はお前の筋書き通りだったかもしれないがここからは違う。因果の流れは正常なまま逆転したんだクロウ、分かったらもう諦めろ>」
「…………クロウ様は先程から辛辣ですよね。仲が悪いのでしょうか」
「俺は心配してやってるんだよ。こいつは未来が視える代わりに身体が成長しない、それはいいんだが、出歩けないせいで頭でっかちなんだ。だから自分の行動は正しいと思い込む、数限りない未来を視ているというだけで正当性を主張し、従うべきだと譲らない。あそこで死んでいれば良かったものを、だから今を生きる奴らと相容れないんだ」
それがたとえ家族でも、と言い切ってまでクロウは徹底的にジャックの思想を否定した。友達にしては容赦がないと思うニーナのような人間も居れば、俺みたいに友達だからこそ厳しい目線を向けているように見える人間もいる。クロウがどう捉えているかは分からないが、彼はそれ以上何も言わなくなってしまった。
―――もう、気にしなくていいんだよな?
戦意喪失、或いは作戦失敗。クロウにこれ以上の脅威を感じられない。視界を覆う髪に、少し鼻を埋めた。
「透子」
「会いたかった」
「…………俺もだ」
メーアから受け取った日傘を手持無沙汰の手で開くと直ぐに彼女の手が重なり、二人で傘を開いているみたいになってしまった。互いの体温が混ざり、伝わり、まだ生きていると証明された。俺達にはまだ未来がある。
「私を助ける為に随分無理をさせちゃったみたい」
「気にしないでくれ。俺は……透子のせいでなんて思わない。、むしろこうなったお陰で分かった事があるんだ」
「……何?」
「透子は、やっぱり透子だよ」
それが二代目を継いだ俺の答え。初代は兵器でもなければ災害でもなく、れきとした人間だった。
「ようこそ、自由へ」
「……ふふっ♪ やっぱり君だったのね。ああ、良かった。私は…………人間として私が生まれた日を祝福してくれた人を、見つけられたのね」
『悪党の楽園で 君を待つ ようこそ自由へ』
それはマツリビに頼んだ最初で最期の仕事。透子とクロウが脱走した時は停電するそうだから、それに合わせてちょっとしたメッセージを残してもらったのだ。暗闇でのみ浮かび上がるように細工をしてもらい、脱走するその時しか気づけないように。
「災害として振舞う必要なんてない。普通の人間として慎ましく生きる必要もない。これからは俺が人生を祝福するから。だから、だからさ! 祀火透子!」
「―――もう、お前を離さない」




