一に始まり十に終わる物語
理性を取り戻した時には手遅れだった。人間災害の力を手にしているのにも拘らず、全力を出した。それはタイムリミットを一気に縮める行為でもありせっかく掴んでいた手綱をわざわざ投げ飛ばすようなものだ。力を制御出来ていた筈が、これで全く出来なくなった。そればかりかこの研究所を破壊し、俺達は透子を連れ戻すよりも水没から退避する必要に迫られ―――
「心配しないで。君が解放したその力は全て存在しない未来へと向けられた。僕が提示した未来に干渉出来るのは僕と同じ視界を共有している者だけだ。つまり今のはセーフ、安心していい」
その視界はとうに切られた。ここにあるのは寂れた研究所と白髪の青年のホログラムのみ。ニーナは全身から汗を噴き出し錯乱する俺に混乱を隠せていない。普段なら川箕がフォローに入ってくれるのだが今しがた見た光景は友達としても信じられない物だった筈だ。
「む、向こうの未来はどうなるの?」
「トーコ以外は全員死んでしまうね。けれど別にもう存在していない未来だから大丈夫じゃないかな。それに……未来視を持っているからと言って遍く全ての未来を愛するなんて主義は持っていないんだ。今となってはあんな未来は僕の妄想だけど、唾棄すべき現実となるところだった。君達なら分かるよね」
「……………………い、今の、は」
「今のは?」
「今のはなんだ!? お、お、俺の……おぇ……おとう……あの男が! と、透子を……透、あああああああああああ!」
「気持ちは分かる。僕も最初に見た時は目を疑った。まさか僕の大切な友達が……地上に思いを馳せていただけの子があんな残酷な仕打ちを受けるなんて……ごめん。意地悪するつもりはなかったんだ。僕もまともな身体があったら同じ反応をしていただろう」
「…………透子が、脱走しなかったらああなるってのか? ほ、ほんとに? 信じられない! 信じたく、ない」
「僕が情報を流さずにこのまま実験させたら、ね。特別深い考えなんてなくても強すぎる兵器があれば世界征服をしようと思う事はなんら不思議ではない。この未来で夏目一心はトーコを愛人であり恋人であり兵器であり右腕であり自分の子を産ませるだけの道具として扱う。初めてこれを見た時の衝撃と失望といったら……幸い、未来を視る力は僕しか持ち得なかったし、僕に反抗心が芽生えてる事など誰も知らなかった。僕の戦いはそこから始まったんだ」
「聞いてて思ったんだけどさ、未来を視る力なんてあったら幾らでも方法は探れたんじゃないの? 私達、ニーナちゃんを護る為にこの子のお父さんに酷い方法を取ったけどさ―――未来が分かるならもっと別な方法を取ったと思うんだ。本当にそれしかなかったの?」
「肩入れするのかい?」
「夏目のお父さんがとんだクソ野郎なのは私も分かったよ! でも……貴方は知らないだろうけど透子ちゃんが夏目とか……体を重ねた時、本当に嬉しそうにしてたんだよ。後で聞いたら、自分が人として認められた気がして嬉しいんだって言ってた。貴方は助けたつもりかもしれないけど、その方法が透子ちゃんを傷つけた自覚はない訳!?」
「……僕の弱点はまだある。それは視ている未来と僕の肉体がある現在という時間軸で時の流れ方がその時々で異なるというものだ。未来を一時間見たつもりが僕の肉体がある時間軸では一週間経過していた事もある。これらは全く操作出来ない。方法を吟味している暇はなかった。それに透子にも気づかれたくなかった。透子は脱走するその日まで協力的な姿勢を見せていたからね。最強だからこそ悪意には鈍かった」
「ジュード様。大丈夫ですか?」
「………………だ、だい。だい。だいじょうぶ。だいじょうぶ、だ。俺は、なんとも、ないから」
強がっているのは自分でも分かる。ちょっと脳が受け付けない。どれだけ言葉を並べられようと、どれだけ気を遣われようとも煮えたぎる殺意や憎悪を一緒くたにした負の感情は命のタイムリミット以上に俺を蝕んでいた。膝崩れになっていた身体を起こそうとした瞬間、視界がひっくり返って身動きが取れなくなる。
「夏目!? 全然大丈夫じゃないよ! 少し休も? いや、休んだ方がいい。透子ちゃんの居場所はクロウさんが知ってるんだから焦る事ないって。そ、そうでしょ?」
「休めるような部屋はないよ。そして君達も今の十朗には触るべきじゃない。跡形もなく滅ぼされてしまうからね」
「関係ないよ! 好きな人のあんな未来見せられてまともでいられる訳ないじゃん! 酷いよあんな映像…………ほんと最悪っ」
川箕がリスクを厭わず俺の頭を抱えてその場で膝枕に乗せてくれた。気休め程度の休み方でも、川箕の存在を間近に感じられるだけでも心は段々と落ち着きを取り戻した。こういう時に備えて二人を連れてきたつもりはないが……連れてきて良かった。俺一人だったらきっと。
「でも僕の力と行動の道理についてはああでもしないと納得しなかったんじゃないかな? 情報の流出がなければジャックの脱走は起きず、脱走がなければ一部地域の戦争は激化の一途を辿っていた。戦争の激化を居合わせたトーコが止めなければ人間災害は生まれず、人間災害が生まれなければ君とトーコは出会わなかった。十朗―――君の人生を巻き込む形にしか出来なかった事、心から謝罪したい。君の人生を操るような真似をして、本当に…………ごめんよ」
「クロウ様はジュード様の何なのですか? 他人とは思えない喋り方と言いますか、関係性があるのでしょうか」
「―――おや、トーコもジャックもきっと気のせいと思ったか或いは僕に気を遣って伝えなかったのかな。それじゃあ、改めて自己紹介をしないとね」
青年のホログラムは自身の顔に掌を横切らせる。それと同時にアバターが切り替わり髪は黒く背は少し高く……何より、この場の誰もが知る顔になっていた。
「僕はクロウ。夏目九朗。夏目一心の最高傑作になる予定だった一人であり……君の本当の兄だ。十朗」
夏目勇人は本当の兄ではない。血縁関係のある兄の登場という形で改めて突きつけられたが自分でも中々どうして腑に落ちていた。こういう形でなら……兄ちゃんは本当の兄ちゃんではないと言われても受け入れられる。だからと言って急に他人扱いするような真似はしない、この身体をくれた恩人で―――消極的でも何でも、俺と透子を最終的には応援してくれた人だから。
「何度も言うようだけど僕やジャックの本質は肉体ではなく能力にある。僕の場合はそれ故、赤子の状態から成長できないんだ。ホログラムなのもそれが理由……それでも僕が彼の兄だとは信じられない?」
「信じないとは言ってないけど……ホログラムだろ? 俺とそっくりのアバターを持ってるだけって考える事も出来る。嘘をつく理由もなさそうだから信じてもいいんだけどさ。ただもしそうだとしても……血縁関係があるなんて妙だぞ」
ジャックも透子もクロウも人造人間だが、俺は違う。ちゃんと普通に生まれた人間の筈だ。父親の邪悪な側面を知ってからは複雑な気持ちだが、確かに人間から生まれているという点で血縁関係は否定出来る。
何せ俺は家にいる間、父親の仕事なんて全く知らなかった。それはつまり、研究所の仕事から離れて久しいという事だ。兄ちゃんでさえ知らなかったと思うし、更に言えば透子が生まれたのは想像以上に前の話。血縁と呼ぶにはあまりにも遠い話だ。
「血縁関係があってもなくても俺達の目的は変わらない、透子を連れ戻す。けどもしかするとお前には何かしてほしい事があるんじゃないか? だから血縁関係があったって事にして俺に言う事を聞かせたいとか」
「僕は敵じゃないよ。君達が来るまでずっとここを守っていたんだから。でも確かに完全な味方でもないかな。トーコについては是非連れ戻してほしいと思っているから案内はするけど―――そうだな。僕は懺悔がしたいのかもしれない」
「懺悔?」
「僕のせいで世界が滅茶苦茶になった。それは言い訳のしようもない。だからせめて弟である君には知ってほしいんだ。僕の戦いを。僕の筋書きを。僕の…………僕が最期まで下せなかった選択を」
気分が落ち着いてから俺達は改めてクロウの案内を受けた。もうあんな未来は視たくないし想像したくもない。中身を聞きたくもない。最低最悪の男の血を引いている自分が恨めしい。
「僕達以外にも実験体は沢山いた。些細な特殊能力持ちはいずれ死ぬ運命にあったから良かったが、そうでない者は大変だ。夏目一心の求める基準に能力が達してしまった時、世界はより最悪の方向に導かれる。さて、僕はどうしたと思う?」
「…………未来を変えたんじゃないんのか? 自分一人の力じゃ変えられなくても、間接的に変える事は出来る筈だ。透子についても、情報の流出という形で外部の人間に変えさせた」
「では誰に? 僕はトーコとは違う。赤子だ。純粋な存在であると無条件に信じられていたからこそ水面下で行動出来た。勘付かれたらその時点でおしまいなのに一体誰を頼る?」
「…………この研究所で稼働してた『マツリビ』とか?」
「ふふ。あの人は子煩悩でね。トーコに話が伝わってしまっただろう。答えはジャックだ」
「それは透子ちゃんには伝わらないの?」
「ジャックも僕も肉体は決して重要じゃない。大切なのは能力の方だ。それ故に実験ではよく彼と同じ現場に居合わせた。組み合わせる事が可能なんだよ。ジャックは僕の意識を一部乗っ取り、僕が視た未来の中で生きる生物に自分の一部を食わせる。そうすれば間接的に未来の人間を操り直接未来を改変出来たんだ。彼は元々反抗期に入ってたからね。快く協力してくれたよ。最低最悪の脅しなんかしなくても良かった」
…………。
「あ、そっか。未来に直接干渉しようとしたら向こうの透子ちゃんと戦わないといけないからやっぱりその未来だけは……」
「未来視の中で死亡したらどうなるかなんて実験されていなかったし、それで彼を失えば僕に抗う手段はなくなるからね。実際、そのやり方で幾つもの実験を失敗させた。彼らを廃棄させた…………透子と無関係でも世界に混沌をもたらすシナリオは止めないといけない。世界が悪に染まれば夏目一心に世界征服の大義が生まれてしまう未来もあったし…………何よりどの未来でも君が、幸せになれないからな」
到着した部屋には、巨大なポッドが一つだけ。ミサイルでも格納しているかのような巨大な楕円形のポッドが窓から鈍色の液体を見せながらコポコポと音を立てて動いている。
「え、ちょ、ちょっと待って! 夏目、まずいよこれ!」
「どうした?」
気づけば川箕が部屋の端にあるパネルの前に移動して画面に釘付けになっていた。ポッドの配線を辿るとどうやらそこが動力源になっているらしい。慌てて俺も近づくと、”記憶消去中”の文字が冷たく浮かんでいる。
進捗は―――――――八八%。
「おい、クロウ! 中に居るのは!」
「…………」
「夏目、押しちゃうよ!?」
「お姉様! やっちゃってください!」
「…………ああ、ロジック・コードを持っているの?」
ホログラムが。実態を持たない空虚な刃が。
「ごめん。止めてほしいな。ハッピーエンドはもうすぐなんだ」
川箕の首を貫いた。




