さいしゅうへいきなの
「え! 詰んだ?」
「大丈夫なの?」
時間は我々にとって死活問題だ。このまま無為な時間を過ごすと少年に悪い。彼の身体には時限爆弾が命と直結している故、関わるなという禁則は破られ地上に呼びつけてしまった。仕方ないで簡単に済ませるのも中々威厳が失われてしまうが、我々が悪党として小競り合っている内に大国は我が神の劣化を続々抱えていたなんて十分想像出来る範囲だった。とはいえまさか異空間を作る能力とは如何に最先端技術が魔法に見えるとはいえ少々やり過ぎていて……私に言わせれば非現実的だ。だから仕方ない。
「御覧の通り、浮上は出来たが打つ手が見つからない状況だ。ジャックとの通信が途絶えているのもこれが原因と私は偉大なる推論を立てた。少年、そちらも連絡は出来ないか?」
「俺の方もついさっき声が聞こえなくなったばかりなんだ。呼びかけても返事がない。血はまだ活性化してるから生存自体はしてると思う。ていうかこれどういう状態なんだ? アイツは俺に寄生してる筈で、存在が確認出来るのに意思疎通が出来ないなんて」
「ふむ。それについては詳しくなくとも道理で説明出来そうだぞ。貴様らは人格まで融合している訳ではあるまい。飽くまで同じ体に二つの人格が居住しているだけだ。それは単に最も近い距離に居る隣人というだけで同じ自分ではない。向こうが顔を出さなければ挨拶だって不可能ではないか」
「うーん。詳しくない割には無駄に納得の行く考察を」
「肉体は本質ではない。俺の本質は能力にあると常々奴は言っていた。少年が精神に寄生する能力を獲得したならば或いは―――同一人物とみなされチャンネルが開かれるかもしれないが。そんな話をしても無駄だ、もしもはない。我々はみごと、異界に閉じ込められ途方に暮れているのが現実だ。さあ対処法を考えよう!」
誰が言い出したきっかけでもないが視線は技術屋である川箕燕の下へ。いたいけな少女は「私?」と目を丸くすると、棒切れ越しに異界の水を触ってぺろりと舐めた。
「…………異空間? ってのは本当なの? 舐めた感じ海水と同じなんだけど」
「しかしこの艇の無茶苦茶なスケジュールを実現可能にしていたティストリナが同化出来ず、身体を持って行かれていたぞ? 尋常な液体であれば種類を問わず結合する女がだぞ?」
「そうらしいのは呼び出された時に聞いたけど、それが水じゃない事の証明になるかな?一般的には無色透明で浮力があるだけでも水って思っちゃうけど」
「異界の水なんじゃないか? 現実世界の水と相性が悪いんだよ。似て非なる物質みたいな」
「一応科学でしょ? ほら、対抗物質みたいなさ……ティルナさんの体質が割れてるならそういうの用意出来そうじゃない? 私達はざっくり液体と何でも同化するって思ってるけどミクロの世界で見たらそうじゃなくて、頑張れば同じ水でも結合不可にするって事は出来るんじゃないの?」
「ふむ……」
私が答えられる事案ではないと考え、ティストリナを呼びつける。異空間に取り残された今は危機的状況でもあると同時に我々が呑気に会話が出来る数少ない時間だ。決して暇ではないが必要な人員は惜しみなく活用するつもりである。
「えーそういうのアリですかねー。まあ……研究資料を手に入れてたら不可能じゃないかもしれませんけどね」
「確信はあるのか?」
「私の改造目的を考えれば、その矛先が自分達に向いても問題ないようにすると思いませんか? 物質を透視する超人に大量の鉛を用意する、みたいな」
更にその資料すら手に入れていたら不可能とは言えない、か。全く理にかなっている。するとここは全くの異空間ではなく、対策物質で満たした空間とでも言うつもりか。
「―――なあメーア。色々考えてるとこ悪いんだけどさ、多分俺が透子の血を使えばこんな良く分からない空間は崩壊すると思うんだ。やってみてもいいか?」
「根拠がない。やめろ」
「でも……」
「少年。死ぬぞ」
「このまま置いてけぼりでも時間切れだよ!」
分かっている。だからこうして必死に考えているのだ。性質も攻略法も聞いた事がない能力をどう突破するか―――その一答として”むりやり破壊する”という回答は何から何まで外れではない。圧倒的な力で小細工を踏み潰していた事実にこそ輪が神を『人間災害』たらしめた所以がある。今はそれが可能でもやらせるべきではないだけだ。
「なの子、お前がぶった切れたりしないか?」
「お兄ちゃん、なのにそんな力はないの。大体そんな事しなくたって突破は出来る筈なの」
「え?」
「最近のお兄ちゃんは目が良いから分かる筈なの。よく見るべきなの」
「確かに、少年は死を恐れて我が神の眼力を使わないな!」
「まだ何かも分かってない内から乗るなよ! 目を凝らすのだって力を使うんだからな? まあこれくらいなら多分大丈夫っちゃ大丈夫だけど……」
少年は暫く海を見渡すと、ある一点に向けて視線を留めた。
「……ニーナ。今から俺がある方向めがけて海を蹴っ飛ばすから、良く音を聞いててくれ」
「は、はい! 分かりました!
盲目の少女に何を頼る……なんて、視界に代わってそのデバイスが五感を補助しているのは聞いている。その上で敢えて疑問を投げるなら、その性能が探査ソナーに及ぶ程とは知らなかった。
少年が海水の表面を力強く蹴った瞬間、神がモーセを助けたが如く水が裂け、滝のような断崖を左右に造りながら奥へ奥へと伸びて行く。地平線の向こうまでも伸びて行くかと思われた”水路”は一定の距離で横に弾け、間もなく神は道を閉ざした。少女は身を乗り出したままバイザーの角度を合わせる事数分、私にも負けず劣らずの明るさとと共に声を張った。
「分かりました! 分かりましたジュード様! あそこに出口があるのでございますね!」
「違うけど」
「へあ!?」
「メーア、俺達の居る場所は非現実的な亜空間には程遠い。どちらかと言えば多分、ウォータースライダーだよ」
「ほう?」
「ニーナの眼には詳細な地図が映ってると思うけど、俺も確信はした。ゲームみたいにこの世界には透明な壁がある。ただ隔絶されてる訳じゃなくて進む事も戻る事も出来るって部分が肝だろうな。さっき横に広がった水を見ただろ? 一面に壁が隠れてる。道は多分水中でつづいてんだろうな、気づかなきゃ俺達はそのまま突っ切って恐らく―――包囲されてるんじゃないかな?」
「現実の最短ルートに外付けで行き止まりへ続く道を作ったと言いたいんだな。我々の現在地は行くも戻るも敵わぬ行き止まりではなく、まだその途中。しかし進めば確実にそこへ行くと」
なの子を使えばたとえ包囲されていようと我々が生き残る可能性はあるが、それでは失敗だ。少年の寿命が尽きる。知ってか知らずか効果的な作戦ばかり下されるとこちらもなんだかその土俵に乗っかりたくなってきた。作戦参謀の柄ではないが、知恵比べで国を出し抜けたらどんなに気持ちいいだろう。
「まあ待て、待て待て待て。知将メーア、国を突如として出し抜きたくなった。少年、どうか協力してくれ。よくよく考えてみれば一週間も呑気に航海している暇はない、そうだろう?
「な、なんだよ。俺は何もしちゃいけないんだろ?」
「我らが最終兵器に指示を出せるのは貴様だけだ。ニーナと共に指示を出す行動のどこに力の消耗がある。仮に消耗したとしてもする価値はあるだろうな。研究所に一瞬で辿り着けるかもしれないのなら」
ジャックはまだ生きている。ただこちらに対して能力を発動出来ないだけ。その事実があれば十分だった。我らには偶然の神が味方している!
奴の本質は、能力にあるのだから。




