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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 2 澎湃たる殃禍

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畏れよ黒の荒吐神

「コーヒーを一杯頂戴っ。銘柄は良く分かんないからお任せで!」

「…………あんまり飲んだ事ないけど俺もお任せで」

「ブラックなの?」

「……さ、砂糖とミルクつけておいて」

 いきなりブラックに挑戦するのは勇気が要るが、砂糖とミルクを足したからって味わいがどうなるかも予測不能だ。コーヒーは飲もうと思った事がない。カフェオレをコーヒー扱いするなら嘘になるが、多分あれはコーヒーじゃない。

 他にお客さんがいるというのがどうも、落ち着かない。それも薄暗くて分かりにくいが他のテーブルに座る客はどれもこれも温厚そうな人間には見えないというか、スーツ姿の集団や体の至る所に刺青の入った二人組、トレンチコートにガスマスクを被った奇怪な恰好の人間など、仮装パーティでもなければ許されないような存在ばかりだ。本当なら近づきたくないが、カウンター席の端、ティルナさんの隣へ座る事でどうにか正気を保っている。

 店員は透子だけなのでいついなくなるかと思うと気が気でないが、ここの客は注文以外は殆ど内輪だけで会話するか一人でコーヒーや軽食を楽しむ事が多いようで、その心配はないとの事。

「あの時、本当に休みだったんだ」

「でなきゃ君を入れられないわ。ほら、あそこのゲームコーナーだって先客がいるでしょう」

「……壊さないの?」

「壊したら弁償させる。それが店長の意向だから」

「ひょっとしてお兄さん、全員ガラが悪いから当然マナーも悪いもんだと思ってな~い? さっきも言ったけど、ここは安全性が売りなの。だからこのお店の中だけはみんなお行儀よく過ごすよっ」

 ティルナさんが心を見透かしたように目を細めながら、脇腹を軽く肘で小突いてきた。図星なので言うべき言葉が見つからない。人は見た目じゃなくて心だなんて綺麗な言葉があるが、やっぱり人は見た目だ。全身ゴミだらけの人間なんて幾ら心が高潔でも近寄りたくないだろう。同じ理由で、当然そんなものかと。

「だからあんまりおどおどしないっ。そうやって挙動不審だとむしろ目を付けられるかも……」

「ひっ……!」

「冗談冗談! ……半分だけね。暗くてよく見えないだろうけど全員銃的なモノや刃物的なモノを持ってるから本当に注意してね? 今回は私が守ったげる♪」

 今すぐ通報して警察に取り締まってもらえたらそれが一番だが……この地区に限って働かないのはテレビが十分すぎる程証明してくれている。普段は親でも殺されたのかというくらい警察の不祥事を報道するマスメディアも、かばね町が絡むと全く触れようともしない。俺達が気づけるのは身近に感じる治安の変わらなさと何度も何度も同じ人物が逮捕されるニュースを見ているからだ。

「ティルナ。あまり夏目君を怖がらせないで。大丈夫。ここのルールが破られた事はここ数年ないから」

 透子は用意したカップにコーヒーを淹れると、ソーサーとスプーンをセットに、俺達に差し出した。俺の方にはミルクが三つと砂糖が四つも添えられている。

「君の好みは分からないから、悪いけど最初は自分で調整してくれると助かるわ」

「わ、分かった」

「熱かったら冷ましてあげるから、無理しないでね。舌を火傷したら美味しいご飯も食べられなくなっちゃうから」

「やだー透子って過保護ー! 夏目君の事が心配で心配で仕方ないのー?」

「―――ティルナ、そろそろ帰る?」

「う、やだ怒らないでよ。こっちは本当に冗談だってば」

 やや話は逸れたが、透子は自分から話題を戻した。

「このお店のルールは第一にトラブルの火種になりそうな事情を持ち込まない事、第二にトラブルを起こさない事。だから例えば、泥酔してる人はお断り。誰かから逃げてる最中の人とか、今にも死にかけで病院へ連れて行かないといけそうな人もお断り。病院には連絡するけど、ここに匿ったりはしないし勝手な治療もしない」

「……言われて素直に守る人達なら法律のいう事も聞きそうだけど」

「守らないと駄目なんだよ~。ここの治安を乱そうとするってのは他全員からマトにかけられ―――あー喧嘩売ってるのと同じだからねー。法律はなくてもルールはあるの。ルールを守らない人とその人を囲う組織はもう散々な目に遭って……大人しくなったんだから」

 加減が良く分からなかったのでミルクも砂糖も全部入れてしまった。かき混ぜて、まだ熱そうだったので少し冷めるのを待つ。その間にティルナさんはもう半分以上を飲んでいた。

「そうそう、やっちゃいけない事を説明するんだったね。ここに移住してきたばかりとか、考えてる人には私、毎回言ってるんだけど―――その一、無暗な詮索はしない事」

「相手が犯罪者かもしれないから?」

「そっ。まあでも? 犯罪者じゃなくても詮索屋は嫌がられるでしょ。学校でやたらプライベートな事聞いてくる人とか居たら嫌じゃん? 一旦それで目をつけられたらもうこの町には入ってこない方がいいからくれぐれも注意っ」

 その中にあるお店に居るとはいえ、やっぱり同じ国で言われる発言とは思えない。海外なら分かるのだ。日本人だけを相手するタクシーには気をつけろとか、出来るだけ目を合わせるなとか。国には国の治安があって、その国からすれば俺達こそ外国人なのだから立ち振る舞いには気をつけなければならないという話である。所でここは……日本だ。

「二つ目。三大勢力には手を出すな」

「三大勢力って……かばね町ってそんな勢力図みたいなのがあったんですか?」

「まー三大勢力に属さない弱小組織はちらほらあるけど、それを省いたらパイはおおよそ三つに分かれるね。一つは龍仁一家りゅうじんいっか。元は関東の連合組織の末端だったけど、裏のゴタゴタで切り離されてからは一本独鈷でやってた筈の極道? と言ってもこの町に居を構えてからは規模が拡大しちゃって、一家っていうのは単なる名残、結構大きいよ。昨今は暴対法なんかで殆どの極道はおまんまの食い上げって感じだけど、ここはほら、分かるでしょ? 規模が大きくなった理由もそういう事」

「……もしかして取り締まらないのって警察の一斉検挙の為って可能性ないですかね? 敢えて泳がせるみたいな」

「さあ、どうだろ? 二つ目はマーケット・ヘルメスっていう世界各地で違法物品の流通を取り仕切る犯罪組織かな。こっちじゃもっぱら闇市を開いてるよ。ここに住んでる人なら少なからず利用した事あるんじゃない?」

「透子も?」

「……私には縁が無いわ。嘘じゃなくて、扱う商品と対価が見合わないから。私にはこの町の外の正規品で十分。君と同じ」

 そう言われた事がどんなに嬉しいか、他の誰にも分かるまい。透子にとっては本当にただ、自分に需要がないから利用しないだけの話かもしれないけど、凄く嬉しい。彼女と同じ世界で生きているような気がして。

「三つ目は『鴉』っていう……多国籍の、なんか、犯罪集団? あんまり遭遇しないけど夜に起きる事件は大抵この組織の仕業とも言われてるね」

「聞けば聞くほどこの国の話をしているとは思えないな。あんまり聞きたくないんだけど、もしかしてティルナさんもその内の三つに属してたり?」

「お兄さん、どこかに肩入れなんてしてたらあんなお店は続かないよー。私は有象無象、それも個人経営! ともかく、この三つには手を出しちゃ駄目。だーれも助けてくれないよ」

「私は助けるけど」

 ティルナさんが刺すような目で透子を睨むと、彼女は申し訳なさそうに顎を引いた。

「……ごめんなさい」



「で、最後。三つ目。人間災害には手を出すな!」



 その言葉は以前も聞いた。そう、華弥子の電話越しに、誰かがそんな事を言っていたのだ。

「人間災害、災害人間、人間型災害(ディザストロイド)。呼び方は何でもいいけど、この町に潜むもう一つの災害だよ。もしも手を出したら最後、そいつとそいつの所属してる組織や生活圏は跡形もなく吹き飛ばされる」

「……に、人間? 組織?」

「さあ、それも分からないんだよね。なんせ出会った人は死んじゃうからさ」

 ティルナさんは一度透子の方を見遣ると、すぐに視線を戻して話を続けた。

「お兄さんさ、事実と噂話のどっちが聞きたい? 人間型災害の」

「…………?」

「いいからいいから。どっち?」

「じゃあ、事実の方で」




「合衆国様が最初に懸賞金を懸けて、続いて他の国も懸賞金を懸けて、それでも狩れなかった。全部の賞金は失効したけど、総額はなんと八〇〇億ドル! 一概には言えないけどざっくり一〇兆円くらいだと思ってよ」




「せ、一〇兆円!?」

 ちょっと、現実味がない。事実と聞いていたのに、金額がぶっ飛びすぎている。

「それで、捕まえられなかったの!?」

「もー無理無理。全然無理。だから一年くらいで失効したの。国はどこも恥ずかしくなっちゃってその事実を隠蔽してるから普通に調べても当時の記録は出てこないけどね。そんな怪物がこの町の何処かに居るの。三大組織が如何に巨大でもさ、国が敵わなかった怪物なんて勝てる訳ないじゃん? だから手を出すなってのはお兄さんだけじゃなくて全体がそう。誰かがもし手を出したなら早急に自分で後始末をして丸く収めてもらうのが鉄則。災害と戦うなんて馬鹿らしいからね」

「…………透子。危ないから引っ越そうよ。ティルナさんは商売してるから仕方ないけど、他の所でだってバイト出来るよ」

「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫よ。ここは安全だから」

 安全だからって、そういう問題じゃない。良く分からないが人間型災害はとてつもなく凶悪な存在だと分かってしまった。そんな存在ともし出会ったらきっと怖くて泣いてしまうだろう。

 だが腐っても、俺だって男だ。透子みたいな女子を出来るだけこの町から引き離したい気持ちに嘘はない。


 そこでようやく、俺はここに来たかった用事を思い出した。



「そうだ透子。実は今日ここに来たのはお前にお願いがあるからなんだ。単に会いたかったのもあるけど……」

「……うん」

「お前ともっと過ごしたいんだ。だけどほら、ティルナさんに毎日おんぶにだっこみたいなのは恥ずかしいし迷惑だから……学校で会いたいんだけど。やっぱり普通に来てくれたりはしないのか?」

「ごめんなさい。行きたいのだけど、ここを無断で使ったのがバレて店長に怒られたの。だから暫くは用事がないと行けないわ」

「用事! 学校に行くべき理由があるなら行けるんだな?」

「…………?」



「部活だよ! 俺が部活を作るから一緒に入ってくれ!」

 


 勢いに身を任せて透子の両手を包むように掴む。彼女はぎょっとして仰け反り、後ろの棚に軽く背中をぶつけてしまった。

「あ、ごめん!」

「気にしないで。それで、どんな部活にするの? あまり無意味な活動をする部活だと、そもそも設立を認めてもらえるかどうか」




「課外調査部! 部活って要するにさ、有意義であればいいんだろ。だからかばね町を歩き回って色々な事を調べるんだ。誰も触りたがらない場所に踏み込むから地域社会に貢献するし、認められない筈がない! やろう!」











「おにいさーん。私の話ぜーんぜん聞いてなかった感じー?」

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