重度の人間災害
町に繰り出すと、『鴉』と過ごしてきたせいか分からないが相手が一般人かどうかは何となく分かるようになってきた。今となっては誰か一人怪しいと思えば感覚を研ぎ澄ませて追跡すればおおよその正体が割れるものの、理由もなくやる気にはならない。体内の侵食を進ませるような真似は、透子に関連する事柄に絞るべきだ。
俺やニーナはともかく他の人間は顔が割れている可能性を考慮すると素顔を晒して歩けないので、ティルナさんの『肉体』を使って偽の顔を被ってもらった。液体マスクの通気性は最悪らしいが、お陰でティカも別人の顔になったし、整形手術をするより遥かに楽だろう。
連合のいずれかと接触するまで俺達はバラバラに行動している。連絡手段はメーアから貰った専用無線機くらいだが、メーアを介す連絡自体が最終手段のつもりだ。各々拠点に帰ってきてもらった方が早いし、何より『鴉』との連携が弱いと思わせられる。
「……なんか緊張するな」
「ジュード様、やはりどれだけ強くなられてもご自分を使って接触を図るのは怖いのですか?」
「そういう意味じゃないんだけど」
単純にホテル街をニーナと歩く事に緊張しているなんて、彼女には分からないのかもしれない。昔と比べれば活気もなく三割くらい廃墟通りになっているのは事実だが、それはそれとしてやっぱりその手の話が横行していた場所だ。周りに少女趣味だと思われるのも嫌だし、襲われるのも困る。かといって現実逃避なんかしていたらニーナを狙撃でもされた時に守れる気がしない。この身体は今や透子の血も入って身体能力は死ぬ前と比べても飛躍的に上昇している。しているが、精神は全くそれに追いついていない。身構えていれば銃弾を見てから打ち返す事だって出来るが、不意を突かれたらそれっきりだ。何か出来たりは、しない。
「よく一人でこの辺りを駆け抜けられたな。走ってるんだから目が見えないとは思われないかもしれないが、にしても子供は子供だ。狙われてもおかしくない」
「それは……玩具として?」
「マーケットで商品として扱われてた時みたいにだな。子供の姿で強いと言えばジャックが居るけど、アイツと君は違う。透子の力がなきゃ何度死んだか分からない俺よりずっと勇敢で、強いよ」
「そんな。私なんてお姉様とジュード様に拾われなければ生きる希望も見いだせずに死んでいたでしょう。お礼を言いたいのはこちらの方です。連合の方達は本当にジュード様を利用なさるおつもりなのでしょうか。私は、仲良くできると思って……お姉様も心配しないでって言ってくださったのに」
下手に刺激して話を拗らせると自分の助かる見込みがなくなるから嘘を吐いたのだろう。川箕は明るいだけの女の子じゃない。そういう足搔き方も心得ている。連合には俺の知り合いも大勢いるとニーナは言っていたが、それが事実かどうか俺には分からない。思い返すと彼女を引き取ってから……厳密には視界が見えるようになってから二人で誰かと会うような事をしていない。向こうが一方的に知り合いと言っていても彼女にその真偽を確かめる方法はない。
「…………」
ホテルから出てきた何気ない男女のペア。続いて今しがた隣を通過した車。向こうの歩道を歩いていた学生。その全てが俺の視界から外れた瞬間、こちらに向かって一直線に向かってくる。ニーナも不審な動きに気づいたらしく、俺の腰にしがみついて不安そうに震えていた。
そして最後に、正面から俺達の足を止める三人組。
「よう、修理屋。今は災害って呼んだ方がいいか?」
「KID……」
町がここまで落ちぶれてもこの男の身綺麗さだけは不自然な程一貫している。ロングヘアを尻尾のように束ねたワイシャツ姿。少しくらい無精髭にでもなってくれていたら苦労も窺い知れるのに、それすらない。
「俺の事を覚えてたか。そりゃぁ、光栄だな。今となっちゃてめえが人間災害だ。まさかあの女からここまで簡単に代替わりするとはな。やっぱ災害なんて呼び名は大袈裟じゃないか? 言っちゃぁ何だが、あのシンジって奴もお前も透子より強い気がしねえぞ」
「KID。世間話をしに来た訳じゃないぞ。帰っても良いか?」
「お二方。話し合いなど無用では?」
隣に控えている人間のうち一人はレインだ。マミーみたいな恰好は相変わらずなのですぐ分かるとして、残りは。
「ジュード様!」
後ろに控えていた虚無僧の男が非常に軽い踏み込みで二人の間を抜けて俺の胴体めがけて抜刀。腰から肩にかけて切り上げられる必殺の一閃は下から刃の腹を膝で打ち上げて逸らす。人体を壊さない程度に力を込めて男の方に掌打を叩きこむと、鋭い痛みが掌を貫通した。
ナイフが突き刺さっている。
「いつ刺した?」
「ほほう。やはり二代目を殺害しただけはありますね」
「……透子なら刺さらねえぞ?」
「ちょっと待て。お前ら何を……俺が何したんだよ!」
「いや、離してください!」
「っ!」
ニーナが掴まれた音を耳が拾い、反対側に蹴りを突き出してしまった。脊髄反射と言っても差し支えない、だから加減も……出来ていない。今まで全力で殴った相手は真司一人だけだから分からなかったが、アイツは不死身だったし俺と同じような状態だった。だから身体が破壊されても死なないし、それで釣り合っていたのだが。
経験もなければ知識もない素人染みた蹴りはニーナを捕まえていた女性の身体を吹き飛ばし、臓物が百メートル以上先の窓に激突。割れて、無関係の住人が悲鳴を上げていた。
「この子に触るな」
俺が正面に気を取られている内にニーナを再度誘拐するつもりだったのかもしれないが、今の光景を見て残る男達は怯んで動けなくなった。目は後ろを振り返りながら、それ以外の感覚は正面を意識。
「…………成程なあ。なあ災害屋、まずは大人しく来てくれないか? お前、『鴉』に迎え入れられてるらしいな? だが見たところ今は……世話役の女も居ない。だから話そう。まずは俺達と……飯でもどうだ?」
「勝手に呼び名がコロコロ変わるのは慣れないな。今しがた殺しに来た奴と大人しくご飯を食える程俺の心は腐っちゃいないぞ」
「災害にしちゃ心が狭いな! 透子の奴はどれだけの規模で殺しに来てもまるで無関心だったと聞くぜ? それを手加減した挙句に人間みたいに不意を突かれて情けないったらねえよ」
「……喧嘩を売りに来たのか話し合いに来たのかハッキリしてくれよ。それともお前にとってはそれが話し合いなのか?」
舐められてはいけない。それはかばね町に限らずどのコミュニティにおいても大事な事だ。かつてこの町で一般人がカモにされていたのは舐められていたから。犯罪をする覚悟もなければ逃げる努力もしないような奴を悪党は決して逃がしたりしないのだ。
そういう意味だと透子はこの町で一番恐れられていた。継承した記憶もないが、そういう呼ばれ方をされるのなら、俺も相応の態度を取ろう。
KIDはサングラスを取ると、澄んだ碧眼を俺に見せ、嘲るようにハッと息を吐いた。
「偉そうに構えんなって。少し動きを観察させてもらったが、お前は透子じゃねえ。いつでも殺せるのはこっちの方だ。だから言わば脅しだな。その子もまとめてぶっ殺せるぜ俺は」
「彼の言う通りですな。その手に刺さるナイフは警告です。殺す気があれば私の刃はとうに貴方の首を刎ね、そこな床に転がっているでしょう」
「…………」
レインだけは何も喋らない。初めて会った時もそうだったが何を考えているのだろう。一先ず三人が敵として、俺は乗るべきか逃げるべきか。ニーナだけは逃がしたい気持ちもあるが、やはりメーアが俺に直接与えた任務については伝わっていない様子。一方で『鴉』に迎えられた事が伝わっているならスパイの存在も明らかだ。
―――俺に勝つ算段があるとすれば、あれだけだろうけどな。
騎士団が使っていたあの剣があれば無効化されるだろうが、虚無僧の刀は違う材質だった。ハッタリの可能性が高いと思いたいが……これでも十分人知を超えた身体能力は手にしている。その動体視力でさえ捉えられなかったナイフのカウンターについて仕組みを見破らないと、いつまでも翻弄されそうだ。それが負けに繋がるかは分からないが。ニーナは守れないかもしれない。
「……分かった。飯だな? ついていくよ。ただ一つだけ言っておきたいな」
「ほう、言ってみろよ」
加減無し、躊躇いなくその場で踏み込んだ足が町中を激しく揺らした。日本中とはいかないが、この地域に震度3くらいの負荷は与えただろう。
「あんま、俺を舐めんじゃねえ」




