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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 7 未亡の愛こそ青き愛

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信じるべきは己のみ

 互いの勢力にスパイを潜り込ませているとメーアは言ったが、ヘレイヤはセキュリティの突破に一役買ってくれた人物だ。スパイならスパイで、俺に出来る事は何もない。かえって楽に話せる。

 話した内容はこれといって特筆すべき事項はない。この支部の人間関係やメーアの嫌いな物(甘い物が嫌いらしい)、彼女がここに来た経緯なんか聞いたが、透子はおろか『かばね計画』にも関係がなさそうだった。


 ―――焦りは不思議と感じない。


 タイムリミットは新たに設けられた。本来なら一刻も早く透子を助ける為の何かをしないといけないのかもしれないが、不思議と心は落ち着いている。急いては事を仕損じるなんて表現もあるけれど、問題はそこじゃない。俺一人だけが先走ってもどうにもならないと心で弁えているからだ。

 たとえ透子の代わりになれるくらい強くなっても、彼女を探す術はない。その方法も手がかりも、全て誰かの導きがあっての成果だ。今の俺は強いかもしれないが、強いだけだ。全能には程遠く、むしろ半端に強さがあるだけこのような焦りを感じてしまうのではないか。前までの、喧嘩一つ出来ない弱い頃の自分だったらもっとずっと……落ち着いていただろう。代わりに絶望に浸っていたかもしれないが。

「この組織って未成年もまあまあ居るのに、誰も飲酒しないんだな。や、ルールを守る気があるように見えないって意味だぞ。それ自体は正しい事だ」

「それ、はボスの命令にいつでも応えられるように、だから。泥酔してて聞かなかったとか、体調が悪いとか、許されない」

「理由はどうあれ酒はまだ美味しく感じないから助かるよ。炭酸のが百倍くらい美味しい」

「…………ふふ。そうだね」

「興味がない訳じゃなかったけど、一家の奴に付き合わされてもういいやってなったんだよな。俺に何杯も呑むような奴の気持ちが分かる日なんて来るのかな?」

 命のタイムリミットを考慮しても、この血を継いだ事には大きなメリットがあった。前向きになれた事だ。人生が有限だと知ったからか、それともこの町での短く太い生活が俺の性格に影響を与えたのか、昔より遥かに活発になれていると思う。透子と出会う前、即ち華弥子とああなる前までは「兄ちゃんになれたら」と思わない日はなかった。両親からも優遇されていたし、恰好良かったし、明るかったし、何より直ぐに恋人を作れるくらい自分に自信を持っていた。

 まさか今になってその「兄ちゃん」に近づいているとは皮肉な話だ。兄ちゃんもやっぱりかばね連合の中に居たりするのだろうか。出来れば町の外に出て俺とは無関係な場所で彼女と幸せに生きてくれるならそれ以上は何も求めないが。

 呼び方こそ直ぐに変えられないが、俺は夏目十朗としての人生を捨ててこの町に来た。だからあの人とはもう兄弟ではないと思いたいし、だからこそあの人にも俺の事なんか気にしないでほしい。俺の事なんて気にして、こんな町で死ぬのは間違っている。

 最悪、元気に生きてるだけでも。


「ジュードさん! 助けて下さい! ひええええええ!」


 ヘレイヤとのんきな時間は喧しい声により終わりを告げたらしい。ティカは悲鳴を上げて俺の背中に隠れると、彼女を追い回す男が横で仁王立ちをして―――空の酒瓶を俺の頭に叩きつけた。酒瓶の破片が散る前に、全て集める。

「……ヘレイヤ、大丈夫か?」

「う、うん……」

「ジュード! 貴様、ボスから目をかけられてるか知らんが、最強は俺だ! 俺とスモウを取れ!」

「えっと、話の中身を誰か教えてくれ。何で俺は喧嘩を売られたんだ? お前とも初対面だ、こんな事される謂れがない」

「あたいがジュードさんがどんだけ男前で格好良くて強いか力説したら怒っちゃったんすよ~! こいつ酒に酔うと気が大きくなるから嫌っす! 飲酒反対!」

「顔を褒めるのは世界でお前しか居ないと思うけど……強いのは俺のお陰じゃないし」

 周囲を見ると、色めきだって事の成り行きを見守っている様子。コロシアムを観戦する客ではないが、野次馬達は争いが成立する事を望んでいるようだった。

「分かった。やろう」




「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」」




 思えばこの身体になってから明確に喧嘩を打ってきたのは真司くらいだ。アイツはアイツで俺と似たような状態になっていたから戦いは成立したが、俺の感覚によると目の前の男は人間で、ちょっと手加減のしようがない。

 立ち上がって空間の広い場所まで大人しく誘導されると、男がこちらに向き直ったのに合わせて足を止めた。相撲というからには土俵が欲しいが、それっぽい目印がない。

「なあ、土俵を誰か作ってくれよ。これじゃ勝負の行方が」

「うおおおおおおあああああああ!」

 男の身長は一八〇を超え、その横幅と筋肉量から体重は一〇〇を優に超えているだろう。ちょっと小さい熊が全力で突っ込んできたような物だ。昔の名残で回避行動を取ろうとしてしまったが、腰に組み付かれて一気に焦りは消えてしまった。あんなに全速力で突っ込んできてくれたのに、俺の身体は全く動かなかったのだ。

「いや、やっぱ勝負になってないだろこれ。後、押し出しを狙うにしても土俵がないんだぞ。このまま」

「…………おいおい。てめえ、軽いな!」

「は―――?」

 視界が捻転。ぐるりと天地が入れ替わったと思ったのもつかの間、頭部が勢いよく床に叩きつけられる。大理石の床を割る程の膂力こそないが、 俺の身体が硬すぎたのだろうか、叩きつけられた顔面を中心に罅が広がっていた。



「うおおおおおおおおお!」

「いいいぞおおおおお!」

「やったれやったれえええ!」



「ッしゃあ! どんなもんだ! んだけ強かろうが、身体が軽いんじゃなあ? おら立て、第二ラウンドだ!」

「…………これじゃ、相撲じゃなくてプロレスだろうが」

 投げた後にマウントへ移行するのではなく仕切り直しとは、いよいよショーの様相を呈してきた。喧嘩もした事がなかったような男には当然、受け身の技術など期待するべくもない。ただ純粋な耐久力で耐えている。

「…………でも確かに、ある意味弱点か。重さが増える訳じゃないのは」


『おーっとぉ! ここでジュードさん立ち上がりましたあ! さっすが! 我らが希望の星! 透子さんの恋人!』


 調子のいいことで、ティカは椅子に座ってマイクを手にすっかり実況者の気分でいる。元はと言えば誰のせいでこうなったんだっけ? これもメリハリ?

「で、プロレスってやり返さないといけないんだっけ? でも俺、自分を納得させられない殺しは嫌なんだよな。どうすればいいんだ?」

「安心しろ! 俺の強さをこの、しみったれの能無し共とてめえなんかを称える便所暮らしの女に分からせてやるだけさ! 食らい続けりゃいい! の前に病院送りになるか!? お!?」

「こりゃ本当に悪酔いだな。いいよ、分かったよ。好きなだけ技をかけてきてくれ。その酒で熱く膨れた自信も人を人とも思わないような悪酔いもまとめて冷ましてやるから」

 受ける。だって相手は弱いから。


 ああ。






 透子はこんな気持ちで、ずっと。




















「ジュードさん、マジお疲れッス! いやぁ~、すみません。あたいのせいで」

「本当にお前のせいなんだよな。何だったんだ結局」

 歓迎会も一区切りついたと勝手に判断し、俺達は一足早く個室に離脱した。彼の悪酔いが覚めて場違いなプロレスショーが終わった事で何となく他の人員もパーティーの終わりを感じ取ったらしい。お開きの雰囲気が漂ってきたところでメーアから正式に通達された。

 片づけを俺達が手伝わないでいられるのは、仮病みたいなものだ。俺は傷一つ負っていないが『心配だから』とティカに理由として使われ、俺もついでに乗っかってしまった。

 理由の半分はその場の勢いだが、残り半分は色んな人に可愛がられたせいか疲れて眠ってしまったニーナを守る為だ。本当ならもっと甘えさせるつもりだった。生きていたのに、ずっと川箕に任せきりにしてしまったから。

 だからこれはこれで予定通りではない。

「この子、目が見えてないのに随分明るいッスよね。そのバイザー使ってる間は見えてんのは聞きましたけど」

「それも視界っぽいだけで、厳密には違う感覚を使ってるからな。根本的には確かに見えてない。実際、俺達と出会ったばかりの頃は今にも死にそうどころかまともに生きられるかどうかも分からなかったよ。こんなに元気になってくれてよかったって今も思ってる」

「後、育ちが多分いいッスよね。滅茶苦茶食べるの綺麗だったッスよ」

「……まあ、俺達とは違う世界の人間だったのは確かだな」

「―――じゅ、様―――」

 名前を呼ばれてびっくりしたが、単なる寝言だった。挙動不審になった俺の様子を見て、ティカがにわかに笑った。

「びびりすぎッスよ。しかしまあ、難儀ッスね。透子さんを見つけてなんやかんや解決させようって算段なのは分かるッスけど、自分の命にリミットがあるって分かってて人に慕われんのは辛くないスか?」

「こうでもしなきゃ透子は助けられないし、そもそも俺も生き返ってない。だろ? 少なくとも今暫くは―――川箕に代わって、守らないとな」

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